熱 ラムが熱を出した。 いつも元気のいいあいつが、朝からなんとなくおとなしくて、気にはなっていた。 でも俺の性格上、ラムに問いただすことも出来ず、結局そのままにしていた。 昼休み。 様子のおかしいラムに気付いて、しのぶが声を掛けた。 ラムは、そのまましのぶに付き添われて、教室を出ていった。 おそらく、保健室に行ったのだろう。 ラムそのまま早退することになった。 教室に帰ってきたしのぶの話によると、「過労による発熱」とのことだった。 サクラさんの診断だろう。 俺はそのまま学校に残り、午後の授業を受けた。 放課後。 いつものお目付け役がいないにもかかわらず、なんとなく気が乗らず、何処にも寄らずに家に帰った。 ラムはたぶんUFOに帰って寝ていると思ったので、奥の部屋に声だけ掛けて、そのまま二階に上がる。 自分の部屋に入ると、やっぱりラムの姿は無かった。 だが、押し入れから気配を感じてそっと開けてみると、そこにはラムが寝ていた。 襖が開いたのに気づいて、ラムが薄っすらと目を開ける。 「何だ、UFOに帰って寝てると思ったのに」 俺がそう言うと、ラムは少し掠れた声で言った。 「うん・・・うちもそうしようと思ったんだけど・・・なんか一人だと心細くて・・・」 「あれ?ジャリテンは?」 「テンちゃんには、薬を買ってきてもらうように頼んだっちゃ」 「そっか・・・」 確かに、病気の時って人恋しくなるもんだよな。 「しょうがねぇ。布団敷いてやるから、下で寝ろよ」 「え?そしたらダーリンは?」 「俺が押し入れで寝るって。さすがに俺は、病人を押し入れに押し込んどくほど、鬼畜じゃ無いんでね」 「でも・・・」 ラムは戸惑っているようだ。 俺を押し入れで寝かすのに、抵抗があるのだろう。 今更、気を使う仲でもあるまいに。 こういう所、案外こいつは律義だったりする。 「いいから、病人が遠慮すんなって!起きれるか?」 「ん・・・」 俺が言ってやると、ラムはやっと納得して、起き上がろうとした。 が、体がフラついて、そのまま前のめりに倒れそうになる。 「おっと!」 俺は慌てて手を出して、倒れそうになるラムを支えた。 ・・・触れている肩が、異常に熱い。 宇宙人であるラムの体のことは、正直よく分からない。 だが、地球人の感覚で言うと、そうとう熱が高いみたいだ。 俺は、ラムをそのまま抱き上げて、一度床に降ろすと、布団を敷いてやった。 ラムは、壁にもたれながら、ぼんやりとそれを眺めていた。 「ホレ」 布団を敷き終わると、手を貸して寝かせてやる。 「ありがと、ダーリン」 そう言って見上げてくる瞳は、熱のせいか潤んでいる。 少し上気した頬・・・。 なんだか俺は、そのいつもと違うラムの姿に、思わず目を奪われてしまう。 柄にもなく、鼓動が早くなる。 いかん。 病人相手に、何やってるんじゃ。 俺は、あわてて自分を現実に引き戻すと、立ち上がった。 「じゃ、俺いくから。しっかり寝てるんだぞ」 俺は、部屋を出た。 その夜。 慣れない押し入れの中で眠ることが出来ず、俺は押し入れを抜け出した。 ラムの様子を伺う。 ラムは眠っているようだが、かなり呼吸が荒い。 俺はラムの横に座り、そっとラムの額に触れた。 すごく熱い・・・。 薄く開かれた唇から、絶えず苦しそうに息が吐き出されている。 俺は立ち上がって、部屋を出た。 台所へ行きタオルを水で濡らすと、部屋に戻って、ラムの額の上にそっとのせた。 一瞬、ラムの目が開いたように感じたが、またすぐ目を閉じてしまった。 しばらく俺は、そのまま、眠るラムの顔を見つめていた。 額のタオルに触ると、ずいぶん温まってしまっているので、何度かタオルを変えてやった。 ・・・結局、俺にはこんなことくらいしかしてやれない。 ラムが病気になっても、医者に連れて行ってやることもできない。 ラムの体に合った薬を、買いに行ってやることもできない。 それに、今回ラムが倒れたのは、たぶん俺のせいだろう。 「過労による発熱」 サクラさんは、そう言っていた。 確かにこいつには、苦労ばかりかけているかもしれない。 俺が女好きで、所構わず口説きまわるというのを差し引いても、俺は昔から何かとトラブルに巻き込まれる運命のようで、 (こいつも十分トラブルメーカーだとは思うが)その度にいつも、こいつを巻き込んでしまう。 それでもこいつは、そんなこと物ともしないように、いつも元気で、笑ったり、泣いたり、怒ったり・・・・ だから忘れてた。 今、俺の目の前で、苦しそうに眠っているラム。 その布団からのぞいている肩も、首筋も、腕も、俺に比べてこんなに華奢なのに。 もっと気を使ってやるべきだった。 ・・・それでも、あからさまにやさしくなんか出来ない自分の性格を、心の中で呪った。 いつしか、辺りは白み始めていた。 「少し寝るか・・・」 俺はまた押し入れに潜り込んだ。 朝。 ラムの熱は、まだだいぶあるようだった。 俺はラムのことを母さんに頼んで、一人で学校へ行くことにした。 行く時の、ラムの寂しそうな目に胸が痛んだが、俺がいたところで結局何もしてやれないのだ。 それならかえっていない方が、ラムもゆっくり休めていいだろうと思った。 登校途中、女子高生達のまぶしい太ももが目に入っても、それを追いかける気にはなれなかった。 ラムが寝込んでるスキに、俺が女の子を追いかけるのは、フェアじゃない。 ゲームというものは、ルールを守らなければ面白くないものだ。 つくづく、損な性分だ。 学校では、周り中に「ラムの具合はどうだ」と聞かれた。 俺が「たいしたことない」というと、「冷たい」とか、「よく一人で学校来れるな」とか、 「お前のせいだ」とも言われた。 そんなこと人に言われなくても、俺が一番よくわかってる。 放課後。 見舞いに来るという男子生徒どもを丁重に断って、俺は学校を出た。 家に帰る途中、コンビニでアイスを買った。 熱がある時は、冷たいものが食べたいだろうと思ったから。 「ただいまー」 昨日のように奥に声だけ掛けて、俺はその足で自分の部屋へ向かった。 「あっ、ダーリン。お帰り」 ラムは布団の上に起き上がっていて、今朝に比べるとずいぶん具合がいいようだった。 「お、元気そうじゃん」 そう言って、布団の横に座り込み、ラムの額に手をあてた。 昨日のような熱さはもうない。 「うん。今朝ダーリンが学校に行った後、テンちゃんが戻ってきたっちゃ。薬を飲んだら、もうすっかり良くなったっちゃよ」 そのまま布団から出ようとするラムを、あわてて押しとどめた。 「アホ。まだ完全に直ったわけじゃないんだから。今日はこのまま寝とれ!」 「うん・・・」 「ホレ」 俺は、買ってきたアイスを差し出した。 「ダーリン、これは・・・?」 「いや、冷たいもんが食べたいどろうと思ってさ。ところでジャリテンは?」 「UFOで寝てるっちゃ」 「よしっ、チャンスだ!二つしかないからな。今のうちに食っちまおう。ジャリテンには内緒だぞ!」 「もう、ダーリンってば」 そう言いながらも、ラムはクスクス笑っている。 しばらく二人で、黙ってアイスを食べていた。 やがてラムが口を開いた。 「ダーリン・・・昨日の晩、ずっと側にいてくれたっちゃ?」 そう言って俺を見つめるラムの頬が少し赤いのは、熱のせいじゃない。 「何のことだよ?」 とりあえずとぼけてみるけど、ラムはお見通しだという風に笑った。 「やっぱ、気が付いてたのかよ?」 「ううん、そうじゃないんだけど・・・うち、昨日の夜すっごく苦しくて、もうどうにかなっちゃうんじゃないかと思った時、 突然、側にダーリンの存在を感じたっちゃ。やさしい手の感触も・・・。 そしたら、すごく楽になったっちゃ」 「ありがと、ダーリン」 そう言って微笑む姿があまりに眩しくて、思わず顔を背けた。 なんだかこいつの元気な笑顔を見たのが、えらく久しぶりのような気がした。 やっぱ、ラムこうじゃないと調子が出ない。 でもその後の言葉で、俺の心は急降下した。 「でもダーリン、やさしかったっちゃね〜。これなら時々病気になるのも悪くないっちゃ〜。 これから、ダーリンに甘えたくなったら、病気になるといいっちゃね。 そしたら普段、冷たくされてる分いっぱい甘えて、いっぱいわがまま言って、いっぱいやさしくしてもらうっちゃ〜」 「・・・勘弁して下さい・・・」 俺は心の中で、さっきの言葉を撤回した。 end