- 海王星で見る夢 - 「…あちい」  家ん中の空調システムが壊れたのは、昨日の夜だ。  このクソ暑い時期に壊れちまうなんて…ツイてねえよな…。  昨日の夜だって何回暑くって目が覚めちまったコトか。起きて、シャワー浴びて、 寝て。んでもって、また目覚めて、起きて、シャワー浴びて。  ほとんど一睡もしてねえ。  計器を自分でいじったってダメそうだ。壊滅的に壊れてやがる。  頼みにしてたシステム整備屋も今日は休業らしいし。  …このままじゃ…家ん中で蒸し焼きだぜ…。  意を決したように立ち上がって、あたいはこの蒸し風呂になっちまった家を後にし た。  モチロン、外だってスゲー暑さ。  ひとっ走りしたらどうにかこのイライラもすっ飛ぶと思ってたのに、意外な事態に なっているのに驚いた。  エアバイクで街中を飛ばしながら、時々耳に入ってくる話しを頭ん中で整理する。  ここの星自体の空調システムがイカれちまったらしい。  復旧は…明日。  こりゃもう、避難するしかねえ。  自分の家どころか、星にまで愛想を尽かして出て行く。  そんなに時間もかかるコトなく、海王星に踏み入った。  いつもなら縮み上がりそうになるぐらいの気温なのに、今日は涼しいくらいだ。  身体ん中にしっかりと熱が根付いちまってどうにもならねえ。  とりあえずいつもの道をたどって、雪原の中に堂々とたたずんでいる建物に急い だ。 「よう」 「あら、弁天」  やっぱり、ここに来て正解だと思った。  見目にも涼しい、そのおユキの容姿。  案内された部屋の中で、ゆったりと座り込んでいる。  すぐに茶と菓子が出てきて、使用人らしき人影は引っ込んだ。 「暑くってよ、ちょっくら避難させてもらいにきたんだ」  座るトコロを勧められて、座る。 「暑いって、そんなに暑いの?」  空調はどうなっているの? とでも言いたそうなおユキに、昨日から今日のコトを 手短に説明してやった。  時たま茶を飲むだけで、おユキは動かないし喋らない。  説明が終わった時に、「そう」と一言だけ。  でも、いつもこんなモンだ。  どうしてだか、あたいにとって海王星は…おユキんトコは、居心地が好い。  だからこうやって何かあったらすぐに来ちまう。  二人でボーっとしてるうちに、チラホラと言葉が漏れてくる。  昨日あったコト、つい最近ランに会っちまったコト、海王星の様子のコト、おユキ の最近のコト。  たまに、フフっとおユキが笑う。  笑うと、部屋の中の温度が少し下がる。  大きく息をついただけでも、やっぱり部屋の温度が下がる。  身体にたまってた熱が、少しずつ、少しずつ解放されてく。  窓の外は、見渡す限りに雪と氷。  時々、林らしきトコロがキラッと光る。  多分、風鈴樹。  あたいもおユキも喋らなかったら、パチパチという薪が燃える音しかしねえ。  イッパイ居るハズの屋敷のヤツ等は何処に引っ込んでるんだろう。  そんなコトをぼんやりと考えながら、二人で向かい合ったまま黙りこくる。    そのうちにコクン、コクン、と眠たくなってきて、記憶が途切れちまった。  ふいに背中に何かがかぶさった気がして、目が覚めた。 「…起こしてしまった?」 「…すまねえ、寝ちまったみたいだな…」  昨日の寝不足がたたったのか、この心地好い空気にほだされて、どれくらいだか眠 り込んじまったらしい。 「いいのよ、昨日はそんなに眠ってないのでしょう?」  間近にあるおユキの顔に焦りながら、背中にかぶせてくれたハンテンを触った。  冷血商人だけど、ヘンなトコでやさしい。  そこが…多分余計と居心地を好くさせるんだ。 「なあ、おユキ」  何も答えずに、その氷みたいに透き通った視線がこっちを見つめた。  ピッタリと寄り添うようにおユキが隣に居る。ハンテンをあたいにかぶせてから、 その場に座り込だんだろう。 「何日かココに居ても…イイか?」  どうしてだか、おユキんトコに泊まりの許しを請うのは気が引けた。  ラムんトコとかだったら何とでも言いくるめてやれるのに、どうしてもおユキにだ けはなかなか頭が上がらねえ。 「ええ」  短く返事が返ってきて、おユキが微笑んだ。  それを見て安心すると、またウトウトとその場でまどろみ始めた。  時々ひんやりとしたおユキの手が、眠っているあたいの髪の毛を何度も通りすぎて 行ったような感覚がした。  …それは、夢かうつつか…分かんなかった。