スクランブル、ラムを奪回せよ!(1) 突然の停電だった。 あと、数回コントローラーを操作すればエンディングと言う所でブラックアウトし た。帰宅して後の数時間、食事も忘れ自室に籠もり打ち込んだ過程が一瞬にして消え 去っていた。 「アーッ、セーブしとらんのに」 暗い部屋の中で一時呆然と何も写らない画面を見詰めていたが、気を取り直すと窓に 歩み寄り、カーテンを開けて辺りの様子を窺う。 満月の明かりに浮かび上がった友引町には遠くのマンションの非常灯と走り去るタク シーのテールランプしか人工の光は認められなかった。 雷鳴も聞こえぬのに停電とは・・・、あのバカがあの方を怒らせたのだろう。もとよ り非はアイツに有るに決まてる。 明日、教室でアイツに会ったら、あの方を悲しませた罪とエンディングを迎える事無 く終わった物語の恨みを思い知らさねばなるまい。 そこまで考えたとき、軽い疲労感を覚え、傍らのベットに腰を落とした。 窓から差し込む月明かりと、眼が慣れてきた所為で部屋の中は意外と明るい。 壁に目を移すと、自ら撮り、引き伸ばしたポスターの中であの方が微笑んでいる。 何故か一瞬、あの笑顔を二度と見られない様な気がして動揺した。 ばかげた予感を疲労感の所為にして、考えを払い退ける為に頭を振ってから横に成 り、寝具に潜り込むと、再び壁のポスターに目を移す。 「ラムさん・・・」 彼女の名を呟き、眼鏡を外して眼を閉じた。 ポスターの中の彼女はかわる事無く微笑んでいた。 翌日、あたるは一人で登校してきた。彼の頭上を捜すがラムさんの姿は見当たらな い。 やがて、教室に現れた彼は、軽く片手をあげながら「イヨッ」と誰にとも無く挨拶を してから自分の席に着くと、鞄から弁当を取り出し喰い始めた。 昼休みまで弁当を取っておく健康な男子高校生は少ないとは言え、始業前に早弁をつ かう奴も珍しい。 「あたる、朝飯を食べ損ねたのか」 「まは、しょんあとこら」 「食うか、喋るかどっちかにせんか、ところでラムさんの姿が見当たらない様だが」 「ほれは、ひらん」 弁当から眼も離さずにあたるが答えたとき。 「みなさん、おはようございます」 女生徒限定の挨拶をしながら、面堂が教室に入ってくる。 横を通り過ぎる時あたるを一瞥したが、声を掛ける事無く席に着くと参考書を読み始 めた。 あたるは、面堂など眼中に無い様子で弁当を喰い続けている。 あたるが早弁を終えるのと同時に始業のチャイムが鳴った。 ラムさんの欠席を除けば平穏な学園風景が其処に有り、何事も無く授業は進められて いた。だが、何かが違う。 「なんか、ラムちゃんが居ないと寂しいちゅうか、静かちゅうか。ラムちゃん風邪で もひいたのかなぁ」 休み時間に一人時計塔下のテラスで考えに耽っているとパーマが話しかけて来た。 「・・・・・」 「どうしたメガネ、さっきから黙りこくって」 「ああ、ラムさんの事は無論だが、あたるの様子が気になってな」 「あたるが?」 パーマが怪訝そうに問い返した時、チビとカクガリが来て話に加わる、 「ネエ、メガネどうしたの、何か恐い顔しちゃてさ」 「おう、何かあったのか」 私は、あらためて三人に対し、先ほどからの疑問を口にした、 「あたるが、大人しすぎる」 三人は、少し考えてから、 「そう言えば、何か元気が無い感じだし、休み時間にも席からあまり離れんなあ」 「うん、今も一人で席に座ってたよ」 「やっぱり、あたるの奴もラムちゃんの事が気がかりなんだろ」 と、それぞれあたるについて口にする、 「バカ、あれがそんなタマか、仮にラムさんが風邪か何かの些細な事情での欠席な ら、これ幸いとガールハントに血眼となっとるはずだ、それなのに、今日はしのぶや 龍之介にまったくチョッカイを出しとらん」 私は、三人に話しながら考えをまとめていく、 「それに、面堂の態度も不自然だ」 「えっ、面堂も」 「考えてもみろ、ラムさんの欠席にヤツが無関心で居られると思うか、それが全く動 じた様子が無い。それに二人はお互いに無視し合っている様だ、今朝のあたるの早弁 に対しても、いつもの面堂なら厭味の一言ぐらい言う筈だ」 「それじゃあ、ラムちゃんの欠席には面堂が関係しているのか」 「解らん、あまりにも情報が不足している、先ずは、あたるからラムさんの事を聴き 出すのが先だ」 私たち四人は、教室に引き返しあたるの席を取り囲んだ。 「いいかげんに教えろよ、あたる。ラムさんは何で休んどるんだ」 「君たちもしつこいねー、俺は知らんと言ったろうが、まったくラムが休むたびにど うしたこうした、五月蝿いたら無いなー」 あたるはあくまで白を切りとおす積りらしい。 そんな、やり取りを気にする様子も無く、帰り仕度を始めた面堂にしのぶが気がつき 声をかける。 「あら、面堂さん早退」 「ええ」 「またどちらかにご不幸でも」 「いいえ、今日は野暮用です」 「・・・面堂さんらしくないのね」 「は、失礼します」 ここで面堂に帰られたら面倒な事になる、あたるの方は一先ず置いて先に面堂に質問 する事にした。 だが、私が声をかけるより一呼吸早くあたるが面堂に声をかけた。 「面堂、ちょっと話したい事があるのだが」 先ほどまでと違い、何時に無く眼が真剣だた。 面堂はそんなあたるの視線に動じた気配も無く、 「よかろう」 と、応えると、二人は私たちを残して教室を後にする。 「嫌な予感がする」 私は呟くと、呆気にとられているチビに、 「おい、二人の話を盗聴してきてくれ」 「うん、わ、わかった」 チビがあたると面堂を追って教室から走り出ていく。 「おい、今の二人、いつもと様子が違っていなっかたか」 「やっぱり、ラムちゃんの欠席に面堂が関っているのか」 パーマとカクガリが問いかけてくる。 「まだ分からん、だが我々の知らない所で、何か大変な事が起こっている」 私は次に打つ手を考えた。 「おい、すまんが二人は、ジャリテンを捜してラムさんの事を聴きだしてくれ」 「あっ、なるほどジャリテンか」 「そう言えば、アイツも姿を見掛けんな」 「ジャリテンが見つかるかどうかは分からんが、今は一つでも情報が欲しい。俺はこ こでチビを待つ」 「わっかた。次の花和の授業、代弁はよろしく」 二人が教室から出て行くのと入れ替わりにチビがオズオズと帰ってきた。 「早かったな、それであたると面堂は何を話していた」 「それが・・・、ゴメン、メガネ。二人に見つかっちゃて、それで・・・」 「それで」 「何も、聞けなっかんだょ」 「何ぃ、それでオメオメと帰ってきたのか」 「怒るなョー、時計塔のベランダで二人とも真剣な顔つきで・・・、何か、とても怖 かった、それで、それでサ」 「それで、何だ」 「あたるが、メガネに伝えろて。これは、俺と面堂の問題だ。て、俺たちには関係無 い事だ。て」 「これは、俺と面堂の問題だ。と、あたるが言ったのか」 「うん、確かに言った、面堂もうなずいていたよ」 やはり、ラムさんの欠席に面堂が関係しているのか。 昨夜の停電は、何時もの痴話喧嘩では無かったのか。 ラムさんは今どこに居るのか。 色々な考えが頭の中を駆け巡る。 その時、ヘリコプターの轟きが私の思考を遮った。 ヘリから下ろされた縄梯子を昇っていく面堂の姿が窓から見える。 まさか、ラムさんは今面堂のところに・・・。 いや、そんなバカな・・・。 すると、「俺と、面堂の問題だ」と言い切った、あたるの台詞は何を意味するのか。 それを肯定する様な面堂の態度は何を意味するのか。 なぜ、面堂は早退したのか。 ラムさんがあたるに愛想を着かして、面堂に・・・。 すると、ラムさんは面堂のところに。 まさか、面堂の奴、ラムさんに対してアンナ事や、ソンナ事を、あまつさえコンナ事 まで・・・、 「ムゥオォォォー」 「・・ガネ君、メガネ君」 「ヌァ」 「メガネ君、どこか具合が悪いのなら、保険室に行ってきなさい」 何時の間に来たのか、花和が教壇に立っていた。 「い、いえ、何でも有りません」 「それじゃ、早く席に着いてください。では、授業を始めまあっす」 この時保険室に行くべきだったと、私は後になって後悔した。 昼休に成ると、教室、いや学校中に噂が広がっていた。 今も、クラスの女子数名が、 「ラムがとうとうあたる君に見切りを付けたんですって」 「違うわよ、面堂さんがラムを誘拐したのよ、誘拐」 「二人で駆け落ちするって本当かしら」 「えー、やだあー、憧れちゃう」 等と噂話に花を咲かせている。 そんな中、しのぶは頬杖を突き、何か白けた顔で井戸端会議を眺めていた。 暇を持て余した龍之介が歩み寄り、隣の机に腰掛けると語りかける。 「ほんとに人の噂キャピキャピさえずって何が面白れえんだ」 「そおね」 「おめえも好きだったんじゃ無っかたのかよ、ああ言う話」 「噂なんか半分以上デマよ。もっとも本人に聞かなきゃ分からない事もあるけどね」 「俺には難しくて解んねえや」 そのとおりだった。 今は、真実を見極め、必要な時に動けば良い。 しのぶのおかげで乱れていた心が落ち着いた。 ジャリテンを捜しに出かけていたパーマとカクガリが漸く帰ってきた。 「おい、今購売部の前で聞いたんだけどよー」 「遅い、皆もう知っとる」 「あれ、早いねー」 パーマは購買部で買ってきたらしいよく冷えたコーラを一本差し出しながら、教室の 様子を見渡すと、 「大分尾鰭が付いている様だが」 「何か、解ったのか」 「ああ、この噂の出所はジャリテンだ」 「すると、ジャリテンを見つけたのか」 「いや、ジャリテン本人には逢えなかったが、話の大元は解った」 「もったいぶらんで早く教えろ」 「まあまて、校外から捜し始めた俺たちはジャリテンと入れ違いになったらしい、友 引高校方から面堂家の方角へ飛び去って行くジャリテンのエアースクターを錯乱坊と コタツ猫が目撃している。ジャリテンのやつ保健室のサクラ先生に相談しに来たよう だ。」 「それで、ジャリテンはいつ保健室へ」 「そおだな、時間的に見て俺たちが奴を捜し始めた頃だろう」 あの時、花和の言うことを聞いていれば或いは・・・。 「ん、どうしたメガネ」 「いや、何でも無い、続けてくれ」 「もっともサクラ先生はとぼけていたけどな」 そこまで話すと、自分のコーラを飲み始める。 チビにもコーラを一本手渡したカクガリが、パーマの話を引き継いで話し始めた。 「そこで俺たちは噂を逆にたどって、たまたま保健室に薬をもらいに来ていた一組の マモルがその話を立ち聞きしていた事を突き止めた、今購買部の前でマモルをつかま えて話を聞いて来たところだ」 「成るほど、それで」 「マモルの話だと、昨夜、浮気が元であたるに電撃を喰らわせたラムちゃんが、あた るの家から飛び出してUFOごと居なくなった、そこで、あたるが心配に成ってジャ リテンの無線機でラムちゃんのUFOを呼び出したら、ラムちゃんではなく面堂家の 使用人が出たそうだ」 コーラを飲み干したパーマが、 「ジャリテンが言うには。あたるとラムちゃんはもう終いなんや。との事だ」 私は、プルトップを開けるとコーラを一口飲み、チビがあたるから託された伝言を二 人にも伝えた。 ずっと握り締められていたコーラは、生温くて不味かった。 つづく