メガネvs面堂軍団(2) 進入した部屋は、まるでホテルや大きなレストランの厨房並の広さと設備が整っている 調理室であった。 さすがにこの時間には人の気配はない。 「こりゃあ、腹ごしらえに何か一杯て訳には行きそうもないな」 「当たり前だ。こうしている間にもヘリが来るかも知れんのだぞ」 面堂以外にもサングラス達を始めとして、多くの使用人この館には居るのだろうからこ れくらいの設備も必要なのだろう。 それに時にはココでパーティ等も催すこともあるのかもしれない。 その為か料理を運ぶためのエレベーターが備え付けられ、その前には配膳用のワゴンが 何台か置かれている。 「しかしメガネ、これだけの広い屋敷の中を一部屋ずつ探してる暇は無いぞ。いったい ラムちゃんは何処いるんだ?」 「ウム、面堂のことだあたるなら地下牢にでも放り込むだろうが、ラムさんには最高の 部屋を提供しているはずだ。」 「その、最高の部屋ってのは?」 「面堂の性格からして、最も見晴らしが良い最上階。昔から何とかは高いとが好きと言 いしな・・・。それにお姫様は最上階にいるって相場が決まっている」 「そんなもんか?。まあ今は他に当ても無いしな」 「そう言うこと。こいつで上までいくぞ」 少し狭いが、二人して配膳用のエレベーターに乗り込んだ。 慎重に各部屋を探索していく。 この部屋は書斎のようだ、無論ラムさんは居ない。 書斎といっても学校の図書室よりも広く蔵書の数も多い。 面堂は教室でもよく本を広げていて、かなりの読書家なのは気付いていた。 未読の本もあるかも知れぬが・・・それにしても凄い量だ。 学年でも常にトップクラスだし、予習・復習は勿論宿題も忘れた事は無い。もしかした ら学校の授業よりレベルの高い学習を個人的に受けているのかもしれない。 それはこの部屋の机が読書用にしては大きすぎ、その前にはホワイトボードまで置かれ ていることからも窺える。 ここは、勉強部屋なのだ。 それ以外にも奴はいわゆる帝王学の一環としてか、その他の習い事もしているふしがあ る。 ボンボンはボンボンなりに何かと大変なのだろう。 教室での読書もただのカッコ付けでなく、プライベートタイムでゆっくり好きな本を読 む時間が無いのかも知れない。 面堂の知られざる一面を見た思いがした。 奴がどんな本を読んでいるのか少なからず興味をもったが、パーマがドアに耳を付け手 招きをしている。 隣により同じようにドアに耳を付け外の様子を窺うと、微かに話し声が聞こえてきた。 「間も無く向かえのヘリが参ります。お急ぎ下さい」 「さっきの人は誰だっちゃ? あの人はどうしたっちゃ?」 「存じません。さあお急ぎを」 ラムさんの声。 私が聞き間違える筈は無かった。 夢中でドアを開けて廊下に飛び出すと声の方へと走り出していた。 パーマが慌てて追いかけてくる。 長い廊下の中ほどにあるエレベーターの前に、二人のサングラスがいた。 ラムさんはすでにエレベーターに乗込んだのか姿が見えない。 迫る私達を見付け、ジャリテンを抱えた少し太めのサングラスは素早くエレベーターに 乗込んだが、もう一人のサングラスがスーツの懐に手を入れ、ホルスターの銃を何時で も抜ける姿勢で此方を見据えている。 細身で長身の姿には見覚えがある。先ほど面堂を見送りに出て来ていた奴だ。 しばらく走りよる我々を見据えていたが、やがてニヤリと笑うとエレベーターの中に飛 び込む。 目前で扉が閉まった。 「クーッ、もう一歩だったのに」 「おい、メガネ見ろよ」 パーマに即され窓を見ると裏庭のヘリポートに着陸するためにヘリが旋回している。 「行くぞ、諦めてたまるか」 すでに動き出していたエレベーターを追いかけて横の階段を駆け下りた。 アーマーが邪魔で足元の視界が悪く下り辛い。自然と身軽なパーマが先を走っていく。 遅れまいと焦り足を踏み外して一階のロビーに転がり落ちパーマを押し倒した。 それとほぼ同時に、一抱えも有りそうな巨大なマイセンの花瓶が銃声と共に砕け散ると 破片と共に水と花びらが頭上から降り注いだ。 慌てて花瓶が置かれていた、大きな大理石の台座の影へ転がり込む。 「すまん、もう少しでやられる所だった」 「アッ、アア。危ないとこだった」 パーマが礼を言ってきた。偶然突き飛ばしたとは気が付いてないようだ。 素早く状況を判断する。 敵は、建売住宅が数件は建ちそうな広いロビーの一角に置かれたビーナスの石像を盾に している。その向こうには裏庭の方へ抜けると思われる通路が見えた。 エレベーターはすでに到着して、ラムさんすでに裏庭に向かった後だ。 追いかけるには、奴らを倒さなければならない。 銃声と壁の弾痕から判断すると軽機関銃が一丁。おそらく9mm口径。 散弾銃が一丁。弾痕のパターンの広がり具合から判断して銃身の短いライアットガン。 使用している散弾はOOバックショット等の大粒ではなく1B程度の小粒玉。先ほどマ イセンを吹き飛ばしたのもコイツだ。(散弾の粒の大きさがピンとこない方は、近くの 釣り道具屋に行き、オモリ売り場の『ガンダマ』を手にすると良い。B・BB・1B・ 2Bなど各サイズの噛み潰しオモリがあるが、これらは散弾の粒の大きさの規格から転 用されたものだ) パーマに覆い被さった私もパターンから外れた仁丹ほどの散弾を二、三粒喰らったよう だが、アーマーがはじき返してくれている。この距離では殺傷力は弱いとはいえ、もっ と近距離でマトモに喰らえば痛いでは済まないだろう。 後は、拳銃が二丁の合わせて四人か。 強力なライフル弾を使用する重機関銃とちがい、非力な拳銃弾を使用する軽機関銃には 大理石の台座を貫通するほどの力はない。ましてや散弾銃では大理石の石辺を巻き上げ るのがせいぜいだ。 敵は散発的に撃って来るだけで、盾にしたビーナスの石像の影から出て来る気配は無 い。 どうやらラムさんが脱出するまでの時間稼ぎをするつもりらしい。 ここでグズグズしているとラムさんが連れ去られてしまう。ここは強行突破の一手だ。 「援護してくれ。なーに、当てる必要はないぞ。撃たれないように銃だけ出して威嚇射 撃をしてくれればいい。その隙に俺がコイツで制圧する」 私は音響手榴弾を取り出し両手に握りしめた。 「わかった。気をつけろよ」 パーマは64式小銃のセレクターレバーをフルオート射撃の『タ』に切り替える。 パーマには言わなかったが、撃たれる確立が高いくとも敵の射撃が中断したらアーマー の性能を信じて台座の影から身を乗り出して、投げられるだけの手榴弾を投げつけてや るつもりだ。 「よし、行くぞ。スリー・ツー・ワン・ゴー」 パーマが銃床と独立して下に突き出でたグリップを握り、台座からライフルだけを出す と拳銃のように片手保持で撃ち始める。 上部に配置されたガス導入管と湾曲していない銃床の効果でフルオート射撃時のコント ロールはしやすいとは言えそのような撃ち方では、銃口はアッと言う間に上へとせり上 がっていく。 敵の隠れているビーナスの石像の首が砕け散り、天井の照明を打ち砕いたところで銃は 手からもぎ取られて沈黙した。 私はその間に三発を投擲し終え、最後の手榴弾が未だ空中にあるうちにパーマの頭を押 え付けると、再び台座の影にうずくまった。 衝撃。 閃光の方は硬く目を閉じ、台座の影に居たためそれ程の事は無かったが、続けざまの轟 音は衝撃と言った方が正確だった。此方まで頭がクラクラして耳鳴りが収まらない。 これなら、まともに喰らった敵はたまらないだろう。 少し足元がふらついたが、裏庭に通じる通路をめがけ走りだすとやがて収まった。 失神しているサングラス達は三人、逃げた奴がいるらしい。 倒れている中にラムさんを向かえに来ていた奴らは見当たらない。 「だめだ、開かねーぞ。鍵が閉まってる」 先に突き当たりの扉にたどり着いたパーマが叫んでいた。一足先に逃げた奴が閉めたに ちがいない。 三人を飛び越えパーマの元へ急ぐ。 ドアの鍵は暗礁番号を押すタイプで開ける事は出来そうも無い。 裏庭への通用口の癖に重厚な造りで、飾りの彫刻などが施されている。人目に付かない 所にも手を抜かないのが本当の金持ちなのだろう。 面堂のことだ、一見木製に見えるが中に分厚い鉄板ぐらいは挟んでいるに違いない。 例え扉自体は防弾でもドアノブと鍵の部分は弱い筈だ。 「俺に任せろ」 パーマを下がらせると64式小銃を腰だめに構え、ドアノブ周りをめがけフルオートで 撃ち込む。 次々に撃ち込まれる7,26ミリ・フルメタルジャケット弾によってドアノブと鍵は火花を 散らして撃ち砕かれ、弾け飛んだ金属片がフェースガードの左目保護レンズを破壊し た。 それでも引き金は緩めず、反動で跳ね上がろうとする銃口を左手で銃身カバーを上から 押え付けてコントロールする。 弾倉の弾丸を撃ち尽くし遊低が後退したままの64式小銃を抱えて、弾痕から煙が立ち 昇るドアを蹴り開け、外に一歩踏み出した途端、壁際に身を潜め銃弾をやり過ごしてい たサングラスが横から踊り出て組み付いてきた。 銃尻で頭に一撃を見舞って相手を振り解き、左足を一歩踏み込みながら鳩尾に槍のよう に銃口を突き入れる。相手は思わず銃身を握り締め、焼けた銃身で火傷をおこす。 もしも銃剣が着剣されていたら致命傷を与ただろうが、それでも敵は悶絶している。 とどめに前のめりに突き出された顎を右足で蹴り上げると仰向けに崩れ落ちた。 逃げたのは少しでも時間稼ぎをするためのようだ。敵ながら見上げた奴である。 ヘリを見るとちょうど飛び立つ所だ。 ラムさんの乗ったヘリを見送ったノッポのサングラスが、此方に向け走り寄ってくる。 館の中も騒がしくなってきた。新手のお出ましのようである。 このままでは挟み撃ちになる。 「ちくしょう。間に合無かったか。どうする、降参するか?」 「バカ。未だ諦めんぞ。こっちだ」 弱音を吐くパーマをしかりつけると、踵を返して建物一角に向け走る。 「何処へ行くんだ?」 「ヘリを追うんだ。未だ車があるかも知れん。」 ガレージに向け走り出した我々を次々と銃弾が掠める。 『チューン』と尾を引くのは少し遠くを、『ピッシ』と鋭い音を立てるのは至近距離を 弾が掠めた証拠だ。 その内の一発が、背中に背負った活性炭入りのエアークリーナーとマウスピースをつな ぐホースを引き千切った。 恐怖で全身の毛が逆立ち、喉が引きつる。 走りながら追いすがる敵に向け音響型手榴弾を投げ付けた。 距離が有るため、制圧できる程の威力は無くとも威嚇には成ったのか射撃は中断した。 さらにパーマが投げた手榴弾が、敵の近くで続けて爆発する。 おかげでその隙に二人とも無事にガレージまでたどり付く事が出来た。 しかし、ガレージの中に車は見当たらない。 キューベルやエンゲル・ワーゲンは全部出払ったらしい。広いガレージの中は閑散とし ていた。 「クソー、ココまでか」 「いや、そうでもないぜ。これを見てみな」 パーマが剥がしたカバーの下から白いサイドカーが現われた。 BMW-R75。 あのBMWが1940年に一般車の生産をやめて、それまでの非力なサイドバルブのR12 の後続車として完成させた旧ドイツ軍の軍用車両だ。 最高出力を26HP/4400rpmに抑えた代わりに、強力なトルクを生み出す745ccOHVのサ イドカー専用エンジンとミッションは通常4段に側車駆動時用ローギアサブミッション 4段の精巧なトランスミッションの組み合わせ。 ブレーキはその後のサイドカー標準となった油圧作動式。 フレームは修理が容易なよう8ピースに分割できる。 始めから軍用として設計されただけあって無類の耐久性と機動性をあわせ持ち、熱風と 砂嵐が吹き荒ぶアフリカから凍て付く東部戦線まで、所狭しと走り回った名車である。 キューベルワーゲン同様面堂のコレクションなのだろう。白色のカラーリングは鼻持ち なら無いが、奴もなかなか良いセンスをしている。 面堂がもう少しマトモな性格だったら。そして同じ女性に想いを寄せて無かった ら・・・。 もっと違う付き合い方があったかもしれない。 「おい、何をボーとしてるんだ。早くしないと敵に追い付かれるぞ」 「ス、スマン・・・。どうだ動きそうか?」 ついR75に見とれ考え事をしていたらしい。 「これを、こうして・・・、ヨッと」 BMWの空冷対抗二気筒エンジンが眠りから醒め、独特リズムを奏で始めた。 「よし、シャッターを開けてくれ」 パーマにそくされシャッターの開閉装置とおぼしきスイッチ入れると、油圧か電動か知 らぬがシャッターが開き始める。 急いで側車シートに潜り込むと同時にパーマがR75を発進させた。 ガレージの前に待ち構えていた敵に威嚇掃射で道を開けさせ、ついでに通り過ぎざまに 最後の音響手榴弾をお見舞いする。 炸裂音を背中に聞きながら建物の角を曲がり、ヘリを追跡する。 ちょうど正面玄関前に差し掛かった時、裏庭から邸内を抜けて先回りした例のノッポの サングラスが拳銃を構え行く手に立ち塞がった。 こちらの銃は弾を撃ち尽くしていた、ゆれるサイドカーの上でマガジン交換に手間取 る。 「メガネ伏せろ!」 パーマはハンドルに被さるように身を伏せ、アクセルを開けた。 瞬く間に拳銃を構えたノッポとの距離が狭まってくる。 ノッポが拳銃を発射するのと同時に、パーマがハンドルを切った。 飛び退いたノッポの脇を駆け抜け、左右に大きく張り出したシリンダーに被弾したR75 は、咳き込みながらも加速していった。 ―続く―