スクランブル!ラムを奪回せよ!!(2) 軋むドアを開け、あたるを先ず部屋の中に押し込む。 「なんだよ、お前らまたこれかよ」 我々、ラム親衛隊最高幹部の四人は、非常事態宣言を発令し、放課後、帰宅前のあた るを捕捉後、拘束し、時計塔機械室に連行して来た。 友引高校本館校舎時計塔機械室。 以前あたるが、ラムさんを裏切り、十一年前の婚約者と称する異星の美女に走ろうと した時、尋問と制裁をかねた拷問をこの機械室で行ったことがある。 「他にもっとありそうなもんだろーが」 「安心しろ、今日は話だけだ」 だが、あの時とは違いあたるは、ふて腐れてはいても特別怯えた気配は無かった。 逆にこちらをにらみ返してくる。 「チビから伝言聞かなかったのか」 「言ったよォ、なっ、なぁメガネ言ったよな、俺」 名指しされたチビの方が明らかにうろたえている。 「なら他に言う事は無い、これは俺と面堂の問題だ。ほっといてくれ」 あたるの身体を、固い殻が包みこんでいた。 「悲しいなあ、あたる。お前のラムさんへの想いは所詮その程度のものだったのか」 「何・・・」 「これはお前と面堂の問題では無い。お前とラムさんの問題だ」 一瞬、あたるの表情に戸惑いの色が浮かんだ。 私は、考える時間をあたえるために、あたるに背をむけて眼鏡を外し、丁寧にレンズ を磨いた。 普段は、無節操でいい加減な性格のくせに、時として妙に頑固な一面が有る、特にラ ムさんに関しては本心を他人に知られる事を嫌がる。 しかし今日はそうも言っていられない、出来ればあたるの心を開かして、可能なら手 を組む必要がある。 「あの日ラムさんはお前を選んだ。それは明らかに選択ミスだった。しかしその後、 ミスを修正するチャンスが幾度となく有ったにもかかわらず、ラムさんは最初の選択 どおりお前だけを見続けてきた」 眼鏡を掛けて、あたるに向きなおす。 あたるは話に聞き入っている。 「そのラムさんの一途さに免じて俺達は今までずっと大人しくしてきたんだ。それが 今に成って、何故かお前から離れようとしている。しかも当事者であるはずのお前が それを静観しようとしている。そんな事が許されると思うか。今俺たちは起たねば成 らない。ラムさんが始めの誤った選択を棄てて再びやり直そうというのなら、二度と 過ちを繰り返さないように・・・。つまり、面堂はラムさんに相応しく無い」 「結局本根はそれじゃないか」 あたるがはきすてるように言い返してきた。 「おだまりっ。今夜、我々は面堂邸に突入する」 「そんな事聞いて無いぞ」 「勝手に決めるな」 「い、嫌だよぉ」 パーマたち三人が口々に異を唱えるのを、 「するのだ」 と一括して押さえ込む。 我々四人の意見が統一していないのをあたるに知られたのは失敗だった。 「あわよくばラムさんを面堂の元より奪還するつもりだ」 私はあたるに歩み寄り肩に手を架けた。 「一人より二人、二人より大勢・・・ここは一つ共同戦線を張らんか」 「くどい、断わる」 半ば予想はしていたが、即座に拒絶してきた。 あたるを包んだ固い殻は、少し叩いたぐらいではヒビも入りそうに無かった。 「そうか、お前との友情もこれまでか・・・さらば、良き友よ」 あたるの懐柔は失敗のようだ。 私は三人を促がし、退室することにした。 「メガネ、・・・」 ドアに手をかけ、帰りかけた私を、あたるが呼び止めた。 「面堂の所へ行くなら、貸した金返してってくれ」 あたるの眼が、真直ぐに私を見つめている。 かすかな悲しみに似た色が刷かれた眼差しだった。 今夜、面堂邸に突入するのは、まさに命がけだと、ひねくれた言い回しで伝えたいの か。 あたる自身、面堂にそう宣告されたのかも知れない。 「御忠告感謝する」 あたる一人を残し、我々は機械室を後にした。 いきつけの牛丼チェーンBIG BEEFのカウンターに付くまで皆無言だった。 パーマとカクガリはモソモソと丼の中身を口に運んでいる。牛丼の味もあまり分から ないようだ。 チビにいたっては愚かな事に、牛丼が冷めるのも構わず具の玉葱を選り出している。 牛丼の真髄は、汁の染みた飯の味にあるのは言うまでも無い事だが、ただ味が染み込 めば良い訳では断じて無い。致し方なくテイクアウトしたときの、必要以上に汁を吸 いその上冷めてしまった牛丼には本来の半分の価値も見出せまい。 やや固めに炊き上がった熱々の銀シャリに、素早く具が乗せられ、カウンターにおか れる。 そして、はやる心を抑えお茶を一口すすり、箸を割り、丼を手にする頃には具からは 旨味を凝縮した煮汁が飯に染み込みつつ滴り落ち、また、器と飯の間を流れた煮汁 は、一旦丼の底に集まり、毛細管現象により飯の中を上昇しながら、飯粒を飴色に染 め上げているだろう。 そして、箸で軽く飯をほぐしてやる、その時必要ならばフーフーと息を吹きかけて やってもよい。外気に触れた飯から余分な水分が飛び、牛脂と相俟って一粒、一粒が 淡い琥珀色に輝きだす。 牛丼が最も美味い瞬間である。 そして、丼が冷めるのと比例してその輝きは失われていくのだ。 至福の時は短い。 最近流行の「汁ダク」なる物をあえて邪道とは呼ばぬが、必要以上に汁を吸い込み、 ふやけて汁の中に漂う飯粒には、かつての銀シャリとしてのプライドはもはや失われ ていよう。私は好かぬ。 なお、心と財布に余裕がある時に、玉子を奢るのも悪く無い。 このとき肝要なのは、大胆に白身は使わず黄身だけを用いることだ、白身を入れると 牛丼の味が薄まりぼやけてしまう。 卵黄の衣をまとい、黄金色に輝く飯粒もまた華麗で、美味い。 勿論、黄身が半熟に成るように、牛丼が熱いことは言うまでも有るまい。 さすがに今日は、愚かなチビに牛丼の何たるかを講釈する気にもならず、無言で丼を かきこんでいると、 「やっぱ命がけなんだろうねぇ・・・」 パーマが話し掛けてきた。 「何かっつうと日本刀振り回すボンボンが相手だからな、まぁ本気でかかれば恐らく ・・・」   最後の一口を食べ終えて丼を置き、パーマに目を移す。 「怖いのか」 「いやそうじゃ無いんだけど・・・俺たち、ラムちゃんの親衛隊作ってからもうかな りたつだろう、だからその・・なあ・・・」 「何だ、はっきり言ってみろ」 「玉葱あげようか?」 今までかかって選り分けていたらしい玉葱を持て余したチビが割り込んでくる 「要らん」 まったく間の悪い奴だ。 「長い年月が経っているから、褪めたとでも言うのか、命を賭けるなんてバカらしい ととでも言うのか。お前達にとってラムさんとは何だったんだ。ラムさん無くして俺 たちの存在も有り得ない。ラムさんこそ全てでは無かったのか」 「メガネェ」 チビがなさけない声で訴えてくる。 「もういい、何も言うな。俺は今夜面堂邸へ突っ込む。その時、俺と行動を共にする つもりの無い奴は、今すぐここから出て行ってくれ」 少しの沈黙の後、 「すまんな、メガネ」 「メガネの事一生忘れないよ」 「行く前に下着替えてった方がいいぞ」 各人一言ずつ別れの言葉を残して店を出ていった。 不思議と三人に対する怒りは無かった、裏切られたとも思わない、ただ悲しかった。 私自身、面堂と事を構えるのに恐怖が無い訳では無い。 彼らの気持ちも分るし、当たり前だとも思う。 少し、ラムさんへの想いの強さが違っていただけの事だろう。   気を取り直して、カウンターから立ち上がりかけると店員が声を掛けてきた。 「お勘定まいど、四人分で千四百円」 あいつら、牛丼代を払わずに出て行ったらしい。 「いや、五人分じゃ」 声に振り向くと、錯乱坊が隣で牛丼を喰らっている。 「チェリー、何時わいて出た」 「何時もの事じゃ、気にするで無い」 「何故貴様に牛丼を奢る必要がある」 「今日、お主の友人にテンの事を教えた」 錯乱坊は当たり前の事の様に言放って牛丼をかき込んでいる。 「フン、それだけか、理由に成らんな」 「先程、サクラより話は聞いた。ラムのことであろう、何なら拙僧に話してみぬか、 その相談料込みでよいぞ」 早くも、牛丼を食い終え、お茶を啜りながら虫の良い事を言ってきた。 「フン、だれがお前のアドバイスなどいるか」 錯乱坊は私のセリフを無視して、顔を覗きこんでくる。 「不吉じゃ、お主の顔に凶相が出ておる。死相と言ってもよいやもしれぬ。悪い事は 言わぬ、今宵は早く家に帰って大人しくしておる事じゃ」 死相が出ていると言われ、さすがに良い気持ちはしなかったが、どこかで納得してい る自分がいた。 それよりも、この生臭坊主にも少しはモノを観る目が有ることが分った事のほうが何 かおかしかった。 「余計なお世話だ、俺にはやらねば成らない事が有る。ただ、それをやるだけだ」 「かなり思いつめておる様じゃのぉ。気をつけよ、そういう時は見えるものも見えな くなりがちじゃ」 錯乱坊にしてはまともな事を言うものだ、 確かに、今回の事は分からない事だらけだった。 ラムさんは面堂の元にいて会う事は出来ない。 そして、あたるは頑なに沈黙を守っている。 早退した面堂とは何も話していない。 分っているのは、ラムさんは面堂の元に居ると言う事だ。 大金持ちの面堂がなぜ友引高校に転校してきたのかは知らぬ。 奴の学力と財力ならいくらでも好きな高校へ通えるだろう。 それでも友引高校に通い続ける大きな理由はラムさんだと睨んでいる。 そして、ラムさんを手に入れた面堂が明日からも登校して来るとは限るまい。 と言う事は、二度とラムさんに会え無い可能性が大きかった。 ラムさんに会え無い人生など考えられない、それは「死」も同じ事だ。 同じ死ぬのなら、たとえ一目でもラムさんの顔を見てから死にたい。 錯乱坊は黙って私を見つめていたが、小さく首を振ると呟いた。 「そうか、残念じゃ、決心は変わらぬとみえる。性よのぉ」 なにか寂しそうに聞こえたのは、気のせいだろう。 「これは、仏道に帰依する者の言葉ではないのじゃが。武運を祈っておる」 『武運を祈っておる』とは心でも読み取ったのか、コイツ意外と鋭いとこがある。 錯乱坊は「南無阿弥陀仏」と教を唱えながら外に出て行った。 もしかすると、私の行動を予測して止めに来たのかもしれない。 私は五人分の牛丼代をカウンターに置いて、BIG BEEFを後にした。 勉強机の一番下の引き出しから、小学生の時に使っていた書道セットを取り出して、 墨を磨りはじめる。 階下からは、父が観ているバラエティ番組らしいテレビの笑い声と、母が皿洗いをす る音が聞こえてくる。 先程の夕食の時、両親の顔を見るのはさすがに辛かった。 これから自分の行う行為が最悪の結果を迎えた時、二人がどれほど悲しむかと考える と心が痛んだ。 両親に当てた遺書をしたため終え。 クローゼットから、過去一度の実戦投入を経て改良を施した自作強化服を取り出す。 頭部および胸部のアーマーは、レーシングカーやオートバイのカウル等に使うFRP 製の外装に、アメリカのデュポン社と日本の東レが共同開発した、ナイロン系アラミ ド繊維であるケブラーで織った布を幾重にも重ねてサンドイッチしてある。 至近距離からのライフル弾は無理としても、拳銃弾位は防げるだろう。 バットをへし折れる事が実験済みのレッグアーマーは、野球のキャッチャーのレガー トを参考にチタンプレートを削り出して自作した。 グローブのナックルにもチタンを埋め込んである。 ラムさんを護る為に、冬休みのバイト代とお年玉の殆どを注ぎ込んだ、対人用戦闘防 護服の自信作だ。 生徒手帳に挟んであるラムさんの写真を抜き出し、胸部アーマーの内側にテープで貼 り付け、全ての準備は終わった。 後は、両親が寝静まるのを見計らい、家を抜け出すだけだ。 壁のポスターの中で、相変らずラムさんが天使の様に微笑んでいた。 あの笑顔のためなら我が命など何程の物でもなかった。 徒歩で、無人の友引商店街を通り抜け、面堂邸を目指す。 ショウウィンドウに、自作強化服を装着した禍々しい姿が移し出されている。 ゴミ箱を漁っていた野良犬が、その姿に怯えて逃げ去っていった。 野良犬の逃込んだ路地から「横断中」の黄色い小旗を手に、米軍放出品らしい戦闘服 に白い鉢巻を締めたパーマが歩み出てきた。 戦闘服の切り落とした肩口からのぞく、オレンジのトレーナーが眼に映える。 立ち止まった私の目前で「右向け右」で正対し陸軍式の挙手の敬礼を行うと、照れた ように笑った。 「パコーン、パッシ」「パコーン、パッシ」今頃、誰かがテニスの壁打ちか一人 キャッチチボールを行うリズミカルな音が商店街にこだましている。 不意に音が途切れ、ビルの陰からキャッチャーのプロテクターに工事用のドカヘルを 被ったカクガリが、転がったボールを追いかけて姿を現した。 ボールを拾いかけたカクガリは私達に気付くと、一度グローブを叩き気合を入れてか ら歩み寄ってくる。 無言で差し出された右手を私は強く握り反した。 深夜便のトラックのヘッドライトが、野球のヘルメットと剣道の防具に身を固めたチ ビの笑顔を浮かび上がらせた。 彼は我々の中で、一番気が弱く、臆病で、体力的にも恵まれていない。 おそらく恐怖と闘い、悩んだ末、ここに来たのだろう。 そして、漢らしく鮮やかに笑っている。 私はその笑顔にしばし見惚れた。 フェイスガードの下の眼鏡が曇って、視界がぼやけている。何か話せば、声が震えて 上手く喋れないかも知れなかった。 それを、三人に悟られないように無言で行進を続けながら、今回の作戦の成功を確信 していた。 たとえ面堂が、金に任せた軍隊でラムさんを守ろうとしても、我々の内、必ず誰かは ラムさんの元へ辿り着いてみせる。 「皆よく来てくれたな」 閑静な住宅街と道一本隔てた面堂邸の巨大な正門の手前で進行を止め、三人に振り返 り、深呼吸をしてから、頭部アーマーを外して声を掛けた。 「お前に化けて出られたんじゃ、かなわんからな」 冗談めかしてパーマが明るく応える。 感極まったのか、チビは泣き始める。 「メガネ、お・・・俺・・・ね、・・・俺さ・・・」 チビの肩に手を架けて落ち着かせる。 「わかった、わかったから泣くな」 言葉など無くともチビの言いたい事は解り、私の気持ちも彼に伝わっている。 「メガネ、何か作戦は有るのか」 カクガリは現実的な問い掛けをしてくる。 「うむ、先ず正門横の詰所を強襲する。敵もまさか堂々と正面から来るとは思ってい まい。で、そこで武器と乗り物を手に入れ、一気に本拠地を叩く」 「上手く行くかなぁ」 「やって見なけりゃ分らんさ」 「そう、やって見なけりゃ・・・誰だ」 聞き覚えのある声が、パーマ達とは違う方角から聞こえてきた。 「よお」 あれほど頑なに協力を拒否していたあたるが傍らの民家の塀から顔を覗かせた。 「あたる・・・」 何故と言う想いと、やはりと言う想いが交錯していた。 「どうしてここに」 「お前ら、そろいもそろって頭良くないからな。きっと正面から攻め込むだろうと 思って、待っていたら案の定って訳さ」 喋りながらあたるが塀を乗り越えて来る、どうやら行動を共にする気らしい。 「お前も、あんまし頭良くないな」 それぞれ戦闘に備え、プロテクター等に身を固めた我々とちがい、あたるはジーンズ にトレーナーと、まるで散歩にでも来たような軽装であった。 「なにもエモノを持って無いようだが、どうやって戦うつもりだ」 あたるはジーンズの腰から拳銃を抜き出す。 あきらかに非金属製の光沢と、SF映画にでも出てくる様なデザインのそれは、 「玩具じゃないか」 「だが、ただの玩具じゃ無い。ジャリテンの玩具だ」 ニヤリと笑うと、面堂邸の門に向け構銃して見せる。 「それじゃ、お前」 「近代兵器真っ青って代物だ」 コイツ、凄い物を持ち出して来たものだ、しかし、戦力的に見て心強い事は確かだ。 眼は門を見据えたまま、銃を腰に戻し、 「メガネ、俺はラムを取り返したい」 あたるが本心を曝け出す、彼がラムさんへの想いをストレートに口にした事は今まで 無かった。 「良かろう」 これで、共に戦う事が出来る。 「命を俺に預けてくれ」 「嫌だ。俺達の命はラムさんのものだ」 あたるのラムさんへの想いは受け取った。 しかし、立場の違いは明確にしておかねば成るまい。 私は頭部アーマーを装着して、戦闘態勢に入る。 面堂邸の巨大な正門の扉が、我々の侵入を拒むが如く聳え立っていた・・・。 死闘!メガネVS面堂軍団!!(仮題)につづく