友引町を奪還せよ -act2ー 「な、な、なんだこれは!?」 あたるは少し後ずさりした。 「こ、これは夢でも見てんのか、俺たち」 メガネは苦笑いしながらいった。二人の目は友引町に釘付けだった。 「いや、現実だ・・・そ、そうだ、ラムさんが!」 そう言うとあたるは走り出した。あたるはメガネが町に行こうとしているのを悟り 「無理だ、あんな高いところに浮いている町にどうやっていくんだ!」 といってメガネの肩をつかんだ。 「お前はラムさんを放っておけるのか!」 あたるの手を振り払った。 「お前がラムを心配するのは良く解る!だが、このままではどうしようもないだろーが!」 「じゃあどうしろと言うんだ!」 「面堂の所に行くんだ!いくらあいつでもラムが危険だと知れば何か手を打ってくれるはずだ!」 あたるは面堂邸に向かった。 「お、おい」 メガネもそれに続いた。あたるは振り返って友引町を見た。何を思ったのか残念そうな顔をした。 面堂邸 「まだUFOの行方はわからんのか!」 「現在調査中です!」 司令部ではレーダーから消えたUFOの行方を捜していた。終太郎は消えたUFOが見つからないのにイラだち始めていた。 (まさかとは思うが、友引町に向かったのではあるまいな・・・。だとすればラムさんが危ない) 鬼続の長の娘ならば人質を取ってとんでもない要求をする可能性が高い。終太郎はそれを恐れていた。 司令室のドアが開き、黒メガネが走り込んできた。それを見た終太郎は瞬時に一大事だと思った。 「何事だ!?」 「指令、一大事です。はあ、はあ・・・さきほど邀撃から帰路に就いた第一空挺部隊から連絡が入りまして友引町が・・・はあ、はあ」 黒メガネは息切れしていた。終太郎は友引町と聞いて慌てた。何か大変なことが起きているとわかったが終太郎はそれを認めたくなかった。 「友引町に何かあったんですか!」 部下の一人が言った。彼の妻子も友引町にいたのである。司令室はその言葉に静まりかえった。終太郎の顔から汗が二三粒したたり落ちた。 「友引町が・・・空に浮いています!」 部屋中ざわめいた。 「な、それはどういう事だ!?」 終太郎は思わず立ち上がった。 「映像が入りました」 「メインスクリーンに出せ!」 イラだった声で言った。 メインスクリーンに空中に浮いた友引町が映し出された。空中要塞の様な友引町に終太郎は恐怖を覚えた。 「こ、これは・・・」 言葉の続けようが無かった。頬にはいまだ冷や汗が流れていた。 そのとき電話が鳴った。 「こちら終太郎、何だ?」 弱々しい声で言った。 「お客様です。諸星様とメガネ様が・・・」 「いまは、あいつ等にかまっている暇はない!」 一変してきつい口調で言った。そして乱暴に受話器をたたきつけた。 面堂邸 第四門警備室 「だそうです」 警備員は受話器を持ったままあたる達に言った。 「もう一度かけろ、今度は俺が話す」 警備員から受話器を奪い取った。あたるは今回ばかりは終太郎とまじめに話そうと思った。 「トゥルルルル・・・ガチャ、こちら終太郎」 あたるは大きく息を吸うと叫んだ。 「面堂!協力しろ!ラムが危ねえんだ!」 終太郎は大声に受話器から耳を離した。そしてあたるの言ったことを理解すると返した。 「何!?まさか友引町に取り残されたんじゃ・・・」 ラムが本当に危ないと分かった終太郎は受話器を強く握った。 「・・・そうだ、だから」 「貴様なぜここにいる!?ちんたらここまで来たというのか!ラムさんを助け出そうとしなかったのか!」 「そ、それは・・・入るのは無理だと思ったから・・・」 「何も入れないと確かめたわけでもなくここに来たのであろう!貴様、本当にラムさんを助ける気はあるのか!」 「・・・」 あたるは黙り込んだ。何か言いたいようなそぶりを見せたが何も言わなかった。 (どうした!?なぜあると言わない!?) メガネは不審に思った。 「もう良い、貴様に言われずとも我々で助け出す!」 そう言って電話を乱暴に切った。あたるはそっと警備員に受話器を渡した。 あたるは笑みを浮かべた。 「どうしたあたる・・・」 メガネはあたるの顔をのぞき込んだ。悲しい笑みだった。 するとあたるは何か決心したかのように口を開いた。 「この事件、俺は身を引いて面堂に任せるつもりだ・・・」 メガネは驚きを隠せなかった。小さな風が吹いた。落ち葉がメガネの足に引っかかった。 「何言ってるんだ、お前・・・正気か?」 メガネは本気であたるが気が狂ったと思った。しかし、それは違った。 「正気だ・・・」 あたるの背中はどことなく悲しかった。 「大丈夫。面堂のとこなら全力で助けてくれるはずだ。それに竜ちゃん率いる特武隊もあるしな・・・」 「だが、それでも失敗したら・・・」 「それでも失敗するようなら、俺たちでも無理だ」 メガネは驚きの顔から怒りの顔に変わった。そして右拳を強く握りあたるに近づいてきた。 メガネの足に引っかかっていた落ち葉はどこかへ飛んでいった。 あたるの胸ぐらをつかんだ。 「貴様!諦めてどうする!?確かに面堂のところがやってくれればラムさんは助かるかもしれん!!だが、ラムさんはそれで嬉しいと思うか!? お前に助けられたいんじゃないのか!?」 「俺は最初からラムを助けに行くつもりはない!」 「!」 その言葉にメガネは脱力した。 あたるはメガネのつかんでいる手を払いのけると後ろを向いて歩き始めた。 「あたる!!」 あたるは立ち止まるとメガネの方を見た。 「・・・助けに行って死んだら、ラムはもっと悲しむだろーが」 「貴様の生命力なら死なん!」 「昔はな・・・」 悲しい笑みを浮かべながら言った。 「どういう意味だ?」 あたるは答えなかった。 そして風で落ち葉の吹き荒れる林道であたるの背中は消えていった。 十二月二十九日午後十一時四十五分 面堂邸 司令室 外は雪が降ってきていた。終太郎は少しばかり休憩を取った。 「コーヒーです」 部下の一人がコーヒーを持ってきた。 「ああ、気が利くな・・・」 終太郎はコーヒーに砂糖を入れた。 「もうすぐ正月だというのに大変なことになってしましまいましたね」 部下は残念そうだった。先ほど妻子が友引町にいると言っていたのは彼だった。名前は奥平武雄。 「お前は良く落ち着いていられるな・・・」 「いえ、まだ心の整理がついてないんです」 奥平の顔は落ち着いていた。しかし心は不安でいっぱいである。 「彼は何故助けに行く気があるかと言う質問に答えなかったのでしょう?」 コーヒーを乗せていた盆を腕に挟みながら言った。 「彼って諸星のことか?」 「そう言う奴なんだ。ラムさんが好きだと思わせるような行動はごまかす」 「でもラムさんと結婚してたんでしょう?」 「成長しない奴なんだよ」 終太郎はメインスクリーンに映る友引町を見た。奥平もそれに合わせる。 「でも・・・、心が子どものままでも良いと思いませんか?」 「どういう事だ?」 奥平は終太郎の方を見た。 「時々思うんです。昔みたいに自由気ままにやってみたいと・・・」 「やればいいじゃないか」 終太郎はあっさり答える。終太郎の場合、大人になっても自由気ままにくらせるからこの気持ちは分からなかった。 「それは無理です。大人げという物がありますから・・・」 「そうか、しかし諸星は大人になった方がいい。このままだとラムさんの心を傷つけ続ける」 「そうですね・・・」 しばらく沈黙が流れた。そのうち終太郎は立ち上がり部屋から出ていこうとした。 「どちらに・・・」 奥平が訪ねた。 「トイレだ・・・」 終太郎は後ろを向きながら手を軽く振った。 しかしこの二人が思っていたあたるの気持ちは、本人の気持ちとは違った。 ラムに対する気持ちが知られるのが恥ずかしいのではなく、ラムの気持ちを悟ってあえて助けに行かないのである。 どこかの町 あたるは帰るところがなかった。実家も自分の家も友引町にあるからである。宛てもなくさまよっていた。 「おー、あたるじゃねえか」 コースケだった。壊れた会社を一通りかたづけてから帰路に就いたところだった。 「ああ、コースケか・・・」 「今日は残念だったな・・・。でも、まあ気を落とすな。いつか助けに行くチャンスが出てくるさ」 コースケは友引町を見ながら言った。友引町周辺には自衛隊、面堂家、水之小路家の戦車で埋め尽くされており 友引町から半径十キロ以内は避難勧告が出ていた。友引町から何が起きても良いようにしているのである。 「・・・」 あたるは黙り込んでいた。 「そうだ、お前帰ると来ないんだろ?俺ん家に来ないか」 「ああ、そうさせてくれ」 コースケとあたるは人がにぎわう町中を歩いた。 人ざかりの中には双眼鏡で友引町を見たり、電話をしている人がいた。 あたるは珍しく無口でいるのを見たコースケは、何を言えばいいか分からなかった。 「なあ、コースケ・・・」 あたるが口を開いた。 「お前、結婚してたんだよな?」 「何言ってやがる。ちゃんと結婚式、お前来たじゃねえか」 コースケの声は少し大きかった。 「もし、奥さんが死んじゃったらお前泣くか?」 「殴るぞ」 コースケは殴る素振りを見せた。しかしあたるは動じない。 「それがもし、お前を守るために死んじゃって、悲しむなって言われてもか・・・」 「悲しむに決まってんだろ。・・・お前ホントおかしいぜ。何かあったのか?」 額にはわずかながら汗が出ていた。 「俺・・・、ラムを助けに行くつもりはねえ」 コースケは立ち止まった。信じられないと言う目をしていた。あたるは静かにコースケの方を見た。 するとコースケは意外にも冷静にいった。何か理由でもあるのだと悟ったからだ。 「と、とにかく家で・・・」 二人はコースケの家に向かった。 コースケ宅 「おかえりなさーい。あら、諸星さん・・・」 コースケの妻が言った。高校時代から付き合っていた彼女とつつがなく結婚していた。 「帰るとこねーんだ。ほら、テレビで見たろう?友引町が空に浮いたって。だから元に戻るまでウチで止めて良いかな?」 コースケは何も喋らないあたるを見ながら言った。 「ええ、大歓迎よ」 本当に嬉しそうに言った。コースケは高校時代の思い出を時々話していた。そのとき絶対出てくるのがあたるなのである。 コースケの妻はその話を聞く度にあたるをウチに招きたいと言う。しかしあたるは危険だといつもコースケが止めていた。 今回は、ラムのこともあってちょっかいは出さないと思ったコースケは、気の毒な気持ちもあり、家に泊めることにしたのである。 「食事にする?それともお風呂?」 良くある言葉である。 「夕飯から」 「だったら、少し待って諸星さんの作るから」 台所に向かった。包丁の音やいろいろなにおいが漂ってくる。 コースケはあたるをリビングに案内した。そしてソファーに座らせた。 「じゃ、俺、着替えてくるから」 そう言って、コースケは部屋を出ていった。あたるは上着を脱ぎ、ネクタイをゆるめた。 するとコースケの妻が入ってきた。手にはお盆があり、そのうえにコーヒーが二つ乗っていた。 「はい、これでも飲んで暖まってください」 そう言ってテーブルの上に乗せた。 「今日は残念でしたね。ラムさんのこと心配でしょうに・・・」 「ラムのことなら大丈夫だと思う。電撃持ってるし空も飛べるから・・・」 あたるの方は高校時代に会っているせいか、ため口だった。 するとコースケの足音がした。コースケの妻はその音を聞くと 「失礼します」 といって部屋を出ていった。コースケを見ると、おそるおそる訪ねた。 「どうしたの諸星さん。なんか元気がないみたい。ラムさんがいなくなっても強がる人だったんでしょう」 「お前は気にしなくても良いよ。俺が元気づけてやるから」 そう言って部屋に入った。あたるは下を向いて座っていた。ソファーにすわるとコーヒーを一口飲んであたるに言った。 「理由を教えてくれ」 単刀直入に言った。手にはコーヒーを持ったままだった。 「お前はラムさんが急にいなくなったりしたら誰よりも一番に行動してたじゃねえか」 あたるは顔を上げた。 「おまえ・・・ここから武藏友引駅まで遠いではないか」 あたるは開き直った顔をした。話を逸らそうとしたのだ。 「ごまかすな!んなもん、面堂の刀と一緒でしらんでも良い!」 コースケの言葉にあたるは諦めた。 「・・・やっぱり・・・話した方がいいか?」 あたるは深刻な顔をした。そのとき 「不吉じゃ〜、ラムに何かが起こるぞ〜」 チェリーが突然現れた。 「ええい、とっくに起こっとる!!」 コースケは木槌でぶっ飛ばした。 「ったく・・・」 木槌をぽいっと捨てた。そしてあたるの方を見て言った。 「話してくれ」 立ち直りが早かった。チェリーが現れた意味はなんだったのか。 再び部屋は静かになった。屋根に開いた穴から直接、夜空が見えた。 「・・・俺、ラムを助けにいけねえんだ」 コースケは訳が分からなかった。 「どういう意味だ?」 コースケはコーヒーを飲もうとした。 「もし今、戦ったらおれは死ぬかも知れねえんだ」 口元までいっていた手はそこで止まった。 「なっ・・・」 コースケは言葉がなかった。 「三年前、何か頭に違和感を覚えた俺は、ラムに進められて病院に行った。別にたいしたことはないと思ってたんで、 医者の説明をあまり聞いてなかったんだが、このまま暴れたら死ぬって言われた。何でも頭の中の血管に変な塊があって それが今までの乱闘のツケだった。もう一度暴れたら死ぬ確率が高いんだと。だから俺は行かない」 外は雪が降り始めていた。屋根の穴から雪がパラパラと落ちてくる。 「ちょ、ちょっと待ってくれ、屋根を修理するから・・・」 そう言って部屋から出ていった。庭の倉庫から大工道具を取り出し、はしごで屋根の上に登ると修理を始めた。 雪がしんしんと降る。 (ここからの話、あんまり聞きたくねえな) コースケはこういう悲しい話に弱かった。意識的にゆっくりとしたスピードで、出来るだけ時間を稼いだ。 だが、時間は無情にも流れ、コースケはあたるのはなしを聞かざる終えなかった。 玄関から入り、雪を払うと、辛いながらも部屋に入った。 ソファーに座ると 「続きを・・・」 と言った。 「お前・・・、手術はしないのか?」 コースケが先に言った。がたがたと窓が鳴った。風も出てきたらしい。 「・・・塊があるのは頭の中だ。下手に手術すれば、危ないことぐらい分かるだろう」 「・・・で、でも、早めに手術した方が良かったんじゃないか?ラムちゃんに心配かけないためにも・・・」 「そうしようと幾度と思ったさ。でも・・・出来なかった。死ぬのが怖かった・・・」 「ラムちゃんは知ってるのか、そのこと」 「知らない、下手に言ったら楽しく暮らせないと思ってな」 部屋は静まりかえった。時計の音がやけに大きく聞こえた。コースケが沈黙を破った。 「お前・・・大人になったな・・・」 「高校時代の俺ならラムの心配なんかよそに助けに行っただろう。だが今は行けない」 コースケは少し怒りを感じた。 「お前、ラムちゃんを命がけで守ろうとは思わねえのか!」 声は少し大きかった。その大きな音で屋根につもっていた雪が落ちた。 「この件、ラムの命は大丈夫だ。一族の長の娘を殺したとしたら鬼星艦隊は全力で攻めてくる。やつらもそこまで馬鹿じゃない」 日本と鬼星の条約には『地球で起きた事件は地球人によって解決する。ただし鬼星の人間が殺害された場合、その犯罪組織に対して武力行使に出る』 と、あった。しかし裏を返せば殺害されないと鬼星艦隊は来れないのである。 「それでも・・・」 「今死んだら、ラムに『好きだ』って言え無いままだろうが!」 まだあたるはラムに対して『好きだ』の『す』も言っていないのである。 「このままじゃ、未練が残って死んでも死にきれん・・・それにラムも言われないまま死んだら余計悲しむだろうが・・・」 時刻は十二時を過ぎ、十二月三十日午前零時五分を示していた。時計の音が静かな空間を支配していた。 「大人になって・・・いろいろと人のこと考える用になって・・・それで行動がやりにくくなる・・・。大人ってのは損だな・・・」 あたるは悲しく笑いながら言った。 「でも、大人になってお前はラムちゃんの気持ちが分かるようになった。失う物はあるがそれで得る物がある。良いことなんじゃないか?」 あたるはコースケを見た。 「お前も大人になったな。そんな難しいことを・・・。高校時代じゃ考えられんな・・・」 「やかましい・・・」 ー続ー