奇跡呼ぶ花火 

 


あの鬼ごっこから1年、早いものであたる達も卒業を迎えるころとなった。まだ少し寒い。

桜も、3月の卒業式を満開で迎えることは出来なかった。ラムとあたるは、そんな桜の木の下を通って式の行われる体育館へ向かった。

ラムはちょっと元気が無い。
「今日で、この学校ともお別れだっちゃね。」
明らかに淋しそうな声。あたるは軽くあわせた。
「そうだな。」
どうも気のない返事。
「ダーリン!聞いてるのけ?」
「うるさい!!」
あたるは突然大声を出した。その表情もいつになく険しかったので、ラムは逆に気おされてしまった。
(・・・ダーリン・・何かあったっちゃ・・?)
聞こうと思うが声にならない。聞いたところで、余計あたるの機嫌を損ねるだけだとラムは思った。そんなやりとりをしてるうちに体育館についた。
「やぁ、ラムさん!」
「終太郎、おはようだっちゃ!」
「ああ、僕は悲しい!今日限りでラムさんの顔を毎日見ることができなくなってしまう!」
「ま、また会えるっちゃよ。」
戸惑いながらラムは言う。しかし、面堂の口は止まらなかった。
「いっくら顔が良くて頭がよくて運動神経良くて金があっても、時間を止める事は出来ない!あぁ、僕は悲しい!!」
「またアホがなんか言っとる。」
そんなクラスメートの冷たい視線も感じず、面堂はしゃべり続けた。
「あれ?ダーリン?どこに行ったっちゃ?」
「さしずめしのぶさんや竜之介さんにちょっかい出してるんでしょう。」
「ダ〜〜リ〜〜〜〜〜〜〜〜ン!」
そう叫ぶと、ラムは飛んでいった。
「ラムさん、あなたの事は永遠に心にとめておきます。」
別にこれから会えない訳じゃないのに・・。
この男のアホこそ、永遠に治るまい。

あたるを探して体育館に入ったラムの目には、意外な光景が飛び込んできた。

ラムは目を丸くした。あのあたるがおとなしくイスに座ってるではないか!
(卒業式で緊張してるのかな・・?)
にしても、ここまで無口でおとなしいあたるは逆にコワイ!
ラムは近づけずにいた。そこへ、着物姿のあたるの母が話し掛けてきた。
「ラム、どうしたの?元気がないわね。」
「・・ダーリンの様子がおかしいっちゃ。」
そんな我が子の姿を見ると、思わずくすっと笑ってしまった。
「心配ないわ。たまに真面目なことしようとするとああなるのよね。」

一方、あたるの所へは面堂が寄ってきた。
「ふん、これで貴様のアホ面ともしばしお別れだな。」
「お互い様だ。」
あたるは、顔を面堂に向けないままでしゃべった。
「そんなこと言いにわざわざオレの所へ来たのか?」
「・・・悔しいが、了子から手紙を預かってきた。」
「え?ホント?」
「まさかラブレターじゃないと思うが、貴様、ラムさんと了子に
二股かける気ならたたっ斬るぞ!」
面堂がそんなこと行ってる間に、あたるは手紙の中身を一目見ると、
「サンキュー!」
といって、疾風のごとくかけて行った。

「し〜のぶ〜〜!」
それを見てた母は、
「あら、元気になったみたいじゃない?」
と言ったが、その時隣にいる人からは、既にパチパチパチ・・・という危険音が出ていた。
「ダ〜〜〜リ〜ン!!うちとはろくに喋ってくれなかったくせに〜!!」
「うぎゃ〜〜〜〜〜っ!!」
見ている人たちは、皆でつくづく思った。本当に成長という言葉を知らないな、この二人は・・
「でも、卒業したらこの光景も見られなくなるわね。」
「別に見てもしょうがなくね〜か?」
しのぶと竜之介が言った。

そして卒業式は、諸々の問題がありながらも何とか終わりを迎えた。
「ラム、お主卒業式の前に体育館の床ぶち抜きおって・・」
「諸星!お前だけ起立が遅いぞ!」
「あんだけ電撃喰らってからだがうまく動くかい!」
「面堂!貴様、最後の最後まで制服着てこなかったな〜〜!」
「温泉!今更何を言うか!がたがた抜かすとたたっ斬るぞ!」
温泉と面堂の言い合いは長く続いたので、コタツネコが一撃で仲裁(?)したのであった

 

卒業証書を手にした生徒たちが、ゾロゾロ体育館から出て行く。

「ダーリン、これからどうするっちゃ?」
「サクラさんにでも挨拶してくるか!」
「うちも行くっちゃ!」
あたるは、ためらいもせずに
「そうだな、世話になったしな。」
と言った。意外な答えにラムは一瞬とまどったが、すぐに笑顔で
「うん!」
と言った。

「サっク〜ラさ〜ん!」
「なんじゃ、諸星・・・おお、ラムも一緒か。」
「こんにちわだっちゃ」
「ふ、お主らがいなくなったら、仕事もずいぶん楽になりそうだな。」
「結婚したのに、まだ仕事続けるっちゃ?」
「まぁな。」
サクラは、去年の秋につばめと結婚式をあげた。
そして、3人で思い出話をしているうちに、サクラは突然、
「ラム、すまんがちょっとだけはずしてくれるか?」
と言い、あたるが素早く近づいた、
「サクラさん、僕と二人きりにな・・」
みしっ・・・パンチが一発入ったところで、ラムは了解し、部屋を出た。
「諸星・・おぬし、今日何かやるつもりじゃろう?」
「え?何のコト?」
「おぬしもウソをつくのが下手じゃな、顔にでとるぞ。」
この場合、女の勘が鋭いわけではない。あたるの表情があからさまなのだ。
ラムの前では決して悟られないのだが、他の女性相手だとどうしても表情が緩むのだろうか?
「そうか、そんなにオレの事を分かってく・・・」
どかっ!今度はハンマーで一撃入った。
その時、学ランから手紙が落ちてきた。
「なんじゃ、これは・・・?」
「ああ、了子ちゃんからのラブレターを・・」
「ほ〜・・・」
止める間もなく、サクラは開けて中身を見た。すると、ちょっと表情が変わった。
「・・ラムのためか、少々季節はずれだが、なかなかシャレた事考えたな。」
「けっ!誰があいつのためなんかに・・」
「おぬし・・意地っ張りなのは仕方ないとしても、顔に本心が出てる・・。」
「・・・・」
「どうじゃ、これからはもっと素直に生きてみぬか?」
「こ〜んなに素直なのに!」
「じゃあ言葉を変えよう、もう少し『ラムに対して』素直になれ。おぬしがラムを好きなことは、ラムもわかっておるじゃろうが・・」
さすがカウンセラー!ところが・・
「あぁ、サクラさんがオレの事をこんなに心配してくれるなんて・・。オレは幸せモノだ・・」
「・・・・貴様は、人の話を・・わかっとるのかぁ〜〜!!!」
どご〜ん!
強烈なセリフとともに入った蹴りで、あたるは壁を突き破り、反対側の壁にめり込んだ。
「・・ダーリン、大丈夫け?」
「なんとかな・・」

 

あたるが壁から身をはがせない内に、ラムが声をかける。

「ダーリン、教室行くっちゃ。まだきっとみんないるっちゃよ?」
(・・まあいいか、時間はあるしな)
「じゃいくか。」
あたるはちょっと時計を気にしているが、ラムはそんなことには気付いていなかった。

教室にいくと、まだかなりの人が残ってた。
思い出話だけでも日が暮れちゃいそうなほど、あまりにも多くの出来事がここで起こった。
最も、あたるにとっては日が暮れたほうが好都合なのだが。

2週間ほど前だろうか、あたるがこの計画を思いついたのは・・
「卒業」が近づくにつれ、あたるはちょっとずつ不安になってきた。
自分の事ではない。ラムに関してだ。
(ラムは、この高校生活を思いっきり楽しんでいた。それ自体は別に悪いことじゃあない。
しかし、ラムの中で、この生活があいつのすべてになってないだろうか?
夢邪気の一件でわかったことだが、ラムはこの生活がすべてで、この生活を望んでいる。
「それは夢だよ。」と言った時、あいつには言葉の意味が理解できていただろうか?
でも、それはオレも同じことだ。あの幼少のラムがなんだったのか、
未だに理解しきっていない。
ラムだってわかっているはずだ。この生活にも終わりが来ることは。
いつかは皆、別々の途につく。クラスメートの顔を毎日見ることもない。
当たり前と言えば当たり前。人はみんなこれを経験していくのだが、
今の生活がすべてとなってるラムに、これが耐えられるだろうか?
新しい生活が始まっても、意識は過去に置いてきぼり・・
そんなラムの顔、オレは・・・オレは見たくない。)
そこで一つ、アイデアが浮かんだ。

「諸星様がお見えになりました。」
「通しなさい。」
「かしこまりました。」
ここは了子の家(?)である。
「りょ〜おっこちゃん

「諸星様、お久しぶりですわね。」
「元気そうだね!」
「で、今日はどうなさったの?諸星様から出向いてくれるなんて・・」
あたるは、さっき思いついたアイデアを、了子に頼むつもりできたのだ。
「実は・・頼み事があるんだけど・・」
かくかくしかじか・・・
「わかりましたわ。ちゃんと手配いたします。」
「さ〜っすが了子ちゃん


こうして、2週間前了子に頼んだ計画が、今日実行される。

 

まだ3月だ。日が暮れるのも早い。6時頃には、もう太陽が沈みかけていた。
「じゃあ、また会おうね。」
「ねえねえ、写真撮ってから帰ろうよ!」
教室からはこんな声が聞こえてきた。
そして、名残を惜しみつつも、帰宅する人が増えていった。
「うちらもそろそろ帰るっちゃ。」
と言われたあたるは、小声で、
「ちょっと寄り道しないか?」と言った。
ラムはまたまた目を丸くしてしまった。
「それじゃ〜皆さん、また会いましょ〜!」
「さようならだっちゃ!」
陽気な声で教室にいる人に別れを告げ、大急ぎで下駄箱までかけて行った。
あまりにもとっさの出来事だったので、面堂や、ラム親衛隊の面々の動きは止まってしまった。
「あ・・・えっと、追え〜〜!」
しかし、あたるの脚力と、ラムの浮力(?)をもってすれば、彼らを振り切るのは簡単だった。

「ダーリン、どこ行くっちゃ?」
「もうちょいだ。」
しばらく行くと、町外れの小さな公園に着いた。
ブランコが2個、滑り台と砂場、あとはベンチが置いてある、ちょっと殺風景なところだ。
もう空には、星が輝きだしている。

「なぁ、ラム・・」
あたるはブランコに座り、下を向いたままで言った。
「何だっちゃ?」
「卒業して・・どんな気分だ?」
あたるは、早速話を切り出した。
「ホント、淋しいっちゃね・・・。うち、大学に行くわけじゃないから、今のままのほうがずっと楽しいっちゃ。」
ラムも、隣のブランコに腰掛けた。
「もう、毎日友達に会う事もないっちゃ。
ずっと家にいて、心のより所はダーリンだけだっちゃ。
それなのに、ダーリンが外でガールハントなんかしてたら、
うち・・うち・・」
ラムの目から涙が溢れた。
あたるの予感はほぼ的中であった・・
と同時に、一つ質問しただけで、涙まで流されてしまい、
声がかけられなかった。

 

二人の中で、時間が止まりかけていた。悲しみの渦に、飲み込まれそうだった。

その時。

ヒュ〜ルルルルルルルル・・・パーーン!!
大きな花火が上がった。ラムの目から流れた涙は、その時ほのかに赤色を帯びた。
「ダ、ダーリンが!?」
「え?ゴホン!気のせいだろ?」
態度でバレバレである。ラムの顔にも笑顔が戻った。
(どうやったかは知らないけど・・ダーリンの花火・・うちのために・・)

まだ春の入り口。明らかに季節はずれなのだが、その美しい輝きは、
そんなことを忘れさせる。

面堂邸別館では、兄妹が花火を見上げていた。
「まぁ、美しい花火が出来たこと!」
「了子、お前が作らせたのか?」
「ええ、諸星様に頼まれましたので。」
「も、諸星が?何のために・・?ラムさんと二人で見てるのか!?
 ゆ、許せん!了子から手紙までもらっておいて・・・」
「あらやだ、お兄様。誤解なさって・・。」
どごっ!いつもの構図である。
「あの手紙、諸星様に、無事に花火が出来ましたとお伝えしただけですわ。」
「な、なんだ・・そうだったのか・・」
面堂は、体中に脱力感を覚えた。

また、サクラ家では、皿を山積みにした二人が会話をしていた。
「花火なぞ、季節はずれなもんがあがるのう・・」
「まぁよいではないか、おじうえ。綺麗な花火じゃ。」
(諸星の奴、うまくやっとるかのう・・?)

そのあたるは、不器用にラムに声をかけた。
「な、なぁ・・ラム。」
「なんだっちゃ?」
「人生って・・・花火みたいなものじゃないか?」
「えっ・・!?」
唐突な話に、ラムは今日1番の戸惑いを感じた。

ラムがあたるの方を見ると、あたるは顔を見られるのがいやなのか、
ブランコを降り、後ろのベンチに腰掛けた。
「一生懸命、高い場所に向かって昇っていくんだ。それで、いつかは輝く。たとえ一瞬でも・・・一回きりでも・・」
ラムには話が見えてこなかった。
「お前はさ、ずっとこの生活が続いて欲しいって言ってたが、足踏みしてられないぞ?」
「なんでだっちゃ?」
「いつだって、後ろを振り返る事は出来る。でも、止まっちゃったら、お前と言う花火はそれ以上昇らないし、輝く事もなくなっちまう。」
「・・・・。」
「オレもお前も、まだまだ下の方だろうけど、そこまで昇って来れたのは、お前の経験や感情、周りにいる人たちのお陰だったりするわけだろ?
 思い出はいっぱいあるし、過去を振り返る機会もあると思うぜ?」
ラムは、返す言葉は見つからなかったが、あたるの言葉に反応するように、ブランコを離れ、あたるの横に腰掛けた。
その表情は、喜びとも悲しみともいえない、とても複雑なものだった。
「そりゃぁ、時には休みたくなる事もあるだろうし、周りが曇ってて、自分を見失う時もあるかも知れないけど・・・」

あたるの口がちょっと止まった。その顔は、依然としてラムの方を見ようとしない。
しかし、そのあたるの顔が花火の光の色に染まり、ラムにはどこか神秘的に見えた。
「みんなそうやって生きていくんだ、お前が足踏みしてたって待ってやらないぞ!」
あたるはようやくラムの顔を見た。ラムの表情にも喜びの色が戻ってきた。
「ダーリン・・・」
「それに・・オレはそんなお前の顔を見たくない!だから・・・だから・・・」
「だから・・?」
「ずっと笑顔でオレの側にいてくれよな!お前には笑顔が一番似合うからな!」
あたるは、無意識に大声を出した。
ためらいながらも力強いその言葉は、ラムの胸の中で、優しくにじんだ。
「ダーリン・・・ダーリン・・・。わかったっちゃよ!うちも高いところまで昇れるように頑張るっちゃよ!!
 途中で止まらないように・・・
 ダーリンを見失わないように・・・」

再びラムの目に涙が浮かんだ。
でも、この涙は、さっき流したのと別の色・・・ずっと、ずっと綺麗に光ってる。

「・・・ダーリンと一緒に輝ける。その日がくるまで・・・。」

ラムはあたるに抱きつき、その胸の中で涙を流し続けた。
あたるも、今日ばかりは「やめんか、べたべたするな!」などと言えない。
その頭を、ぎゅっと引き寄せた。

(・・この温もりが、ダーリンの優しさだっちゃね・・・)
(・・不思議なもんだ、思ってた以上にラムに本心を打ち明けちまった・・)
あたるは、そう思いながら、天を仰いだ。
(花火の・・・せいか。雰囲気に飲まれちまったぜ。)
そうは思いながらも、ラムの顔を見ると、
(でも・・これでよかったんだよな?)
と、自分の心に聞いてみた。わかりきった答えがあることを知りながら・・

花火も、クライマックスに向かっていった。
その音は、二人を祝福し、
その輝きは、いつの日にも変わらない、ラムの笑顔と、あたるの優しさを、照らし続けた。

いつまでも・・・いつまでも・・・


もうこの二人は大丈夫。
移り行く時間の中でも、永遠に変わらないもの・・
それが、愛と呼ぶものだから・・・・・


−−−−−−−Fin−−−−−−−