友引町を奪還せよ-act6,5- 三日後 一人の若い女性が電話を取っていた。電話の向こうからは 「やっぱり、駄目です。今日も見つかりませんでした。明日も全力で作業を続けます。僕にも責任は有りますから、必ず見つけだして見せます」 と、珍しく元気のない終太郎からの電話だった。ラムは受話器をそっと置くと台所に向かった。テーブルの上にはもう冷え切っていたおせち料理が乗っていた。 台所には包丁の音が静かに鳴り響き、支配していた。 「ラムちゃーん」 と、その場に似合わない元気な声で入ってきたのはテンである。普段は両親の家に住んでいるが、時々こうやって遊びに来るのである。 「どうやった?」 「駄目だって・・・」 ラムはここ三日ほど元気は無い。テンはそんなラムを気遣って時々遊びに来るのだ。 (ダーリン・・・) 三日前、奥平との戦いで勝利した後、友引町は急激にエネルギーを失い、落下した。その衝撃波で周辺の町は崩壊、友引町は地図から名前を消した。 二年四組のメンバーと奥平達は幸いにも飛行機で脱出をしていたが、あたるは忘れ物があると町に去り、そしてそのまま帰ってこなかった。 落下した友引町で面堂家はあたる救出のため三日間全力で救出作業をしているが、あたるの生死は確認できないでいた。 友引町跡地 終太郎は自らの手であたるの救出作業をしていた。部下は 「若がするような仕事ではありません。屋敷にお戻り下さい」 と、止めようとしたが、終太郎は聞かなかった。 (諸星。貴様ラムさんとの約束はどうした?) 終太郎は高校の跡地、諸星家、諸星両親家の跡地を重点的に捜索していた。あたるが行くと言えばこの三つぐらいだと思ったからである。 あっという間に昼になり、休憩時間となった。終太郎はテントの中でコンビニ弁当を食べていた。始めて食べるコンビニ弁当はいつもと違う食感で、 終太郎にとってはごちそう以外の何者でもなかった。しかし、そうも感動に浸っている場合ではない。 「くそ!これだけの捜査をしておきながら何故死体までも見つからんのだ!」 せめて生きたままで見つかって欲しかったが、こうも時間が過ぎると死んでいるとしか考えるしかなかった。 眉間にしわをよせていた。そのとき現場から離れようとする作業員がいることに気付いた。終太郎は椅子から立ち上がり、 「こら!何をやっている!?どこへ行くつもりだ!?」 「いや、その・・・」 その作業員はおどおどしながら答えた。怪しく思った終太郎はさらに質問を重ねた。 「どこの部署のものだ?」 「そ、それは・・・」 イラだった終太郎はその作業員のヘルメットを取ろうとした。帽子に手を掛けるとなにか珍しいものを見たかのような顔をして、その手を離した。 「よろしい、いけ!」 何言わず、作業員は去っていった。終太郎は椅子に座ってコーヒーを軽く飲むと口元に少し笑みを浮かべた。 「全職員へ通達。今日をもって諸星捜索作業を終わりとする。正月早々ご苦労であった」 サクラ家 サクラは正月の初詣客の相手で正月気分を満喫出来なかった。しかし毎年現れる諸星あたる、ラムの姿はなく何かとつまらなかった。 「今日も一日つかれたのぉー」 若いにもかかわらず爺臭い言葉使いで居間に入ってきた。中には子どもと一緒にテレビを見ているツバメの姿があった。 「どうじゃ、今日の収穫は?」 サクラはポットから急須にお湯を入れながらツバメに訪ねた。 「お払い二件、染み抜き五件、子どものおもり三人・・・。計一万と九千八百二十円。まあまあだね」 テレビを見ながら答えた。いまや誰から見ても普通の夫婦である、職業を除けば。 「そうか、こっちは初詣客でいっぱいじゃからな。明日にでも賽銭箱を除いてみるか・・・」 急須から茶碗二つにゆっくりとお茶を入れた。湯気がせわしなくたった。 一日で二万近くも稼いだのにサクラの反応はそっけなかった。この二人は正月と盆休みの時はとんでもなく稼ぐが、 その他はもうけが少ないため、この時期は出来るだけ稼いでおかないといけないのだ。正月気分など満喫できる余裕はなかった。 「しかし、諸星がいないと逆にこたえるのぉー」 「どういう事だい?」 横になっている体をゆっくりと起こし、お茶の入った茶碗に手を伸ばした。サクラは一口飲むと続けた。 「いやな、五、六年前からいつもしつこく抱きつかれたり迷惑を被っていたが、いなくなると逆にストレスという物の発散場所が 無くてな。それに騒がしい方が私は好きだ。その中心となっていたのは諸星じゃからな」 「そうか・・・」 「それでな、せめて諸星の供養だけでもしてやろうかと・・・」 「まだ死んだ訳じゃないでしょう・・・」 「まあ、そうじゃが・・・」 サクラはお茶を一気に飲み干した。ツバメはまた横になりテレビを見始めた。 三宅家 しのぶは結婚はしているものの、因幡は運命製造管理局の社員旅行に出かけていた。 (まったく正月早々社員旅行なんてどうかしてるわ) しのぶは愚痴を叩きながら台所で昼ご飯の準備をしていた。昼ご飯を食べた後、しのぶはラムの家に行こうとしていた。 お互い亭主のいない状態ではさびしいということでしのぶが提案したものである。 (でもやっぱりラムは私何かより寂しいでしょうね) すこし包丁の音が遅くなった。 しのぶの家もまた正月ムード全開である。鏡餅はあちこちに存在し、どこにいても鏡餅は見える状態だ。 しのぶは居間に自分の昼食を盆に乗せて居間に向かった。居間につくとテレビの電源を入れて、適当にチャンネルをを回した。どこのチャンネルも正月番組で どれでもいいやとNHKにした。しかしなかなか見る気にはなれない。 やはりあたるのことが気になるのだ。 しのぶは気を紛らわせようと電話を取った。 「あ、お父さん?明けましておめでとう」 「しのぶか・・・。どうだ。因幡君は?元気にしてるか?」 「今、社員旅行に行ってるわよ。まったく脳天気な管理局ね」 「そうか・・・。しかし良く兎と結婚したな」 「あら、因幡君は兎じゃないわよ。着ぐるみを着ているだけ・・・」 久しぶりの父親との会話は三十分にも及んだ。 「じゃ、体に気を付けてね」 そう言って受話器を置くと食べ残した昼食に箸を付けた。そのときチャイムが鳴った。 (誰かしら?) すこし身嗜みを整えてからチェーンをはずし、ドアを開けた。 「あ・・・」 しのぶはその客に中にはいるように勧めたが、その客は顔を見に来ただけといって帰っていった。しのぶはその背中を見て気持ちが軽くなった。 諸星両親宅 二人はあたるの事を半ば諦めていた。自分たちで出来る葬式の準備を既にすませていた。 「まさか・・・、あたるが私たちより早く逝ってしまうなんて・・・」 母がハンカチで涙を拭きながら口を開いた。 「ああ・・・」 父は新聞を読みながら答えた。その新聞にはあたるの写真と名前が大きく載っていた。 「・・・」 部屋には母の泣き声だけが響き渡っていた。 「しかたないよ。泣いたってあたるは戻ってこない・・・。だからせめて笑って送り出してやろうじゃないか。老後もがんばるからさ・・・」 あたるの父はあたるがいなくなって初めて二語以上の言葉を喋った。それでも泣き声は治まらなかった。 テンはそれを窓の外から見ていた。話すに話しかけられずだだそれをじっと見ていた。 (あたる・・・。お前・・・本当に死んでしもうたんか・・・) テンは空を見上げた。気持ちのいい快晴でとても悲しみに包まれた諸星家には似合わなかった。 テンは耐えるの耐えられずUFOに帰ることにした。UFOに帰る途中、テンから何か光ものが無数に落ちていた。 その涙を唯一見ていた少年、いや青年がいた。 その青年は諸星夫妻の家を訪ね、ラムの家の場所を聞いた。自分が仕事に行っている間、家が別の場所に移動して解らなくなったという。 その数分後、諸星家の葬式の準備は無かったことになっていた。 新・諸星家 ラムは寝ていた。コタツにうつぶせになる状態で泣き疲れて寝ていた。もう既に七時になろうとしていた。長い間寝ていたようである。 ゆっくりと立ち上がり、魂のない顔で台所に向かった。精神的には寝ても疲れ果てていた。やはり包丁は動かなかった。何とか作った鍋も具が入っていなかった。 (ダーリン・・・) その言葉だけが心から離れない。ラムはガスコンロのスイッチを切り、台所から出ていった。台所には切りっぱなしの野菜がまな板の上で小さくなって おいてあった。 (やっぱり・・・死んでしまったっちゃ?) 心の中であたるの事ばかりが浮かんでいて時計の音も、付けっぱなしのテレビの音も聞こえてなかった。 「うっ・・・、うっ・・・」 肩がぴくぴくと動いてラムはまた泣き崩れた。涙をこらえようとしたが、それはとても無理だった。 ラムはこれからどこへ行けばいいのか、一人で生きていけるのかと思った。それがさらに涙を誘った。 手は力一杯握られていて、誰にもほどくことはできない。ほどけるのはあたるただ一人である。 そのとき電話が鳴った。泣き崩れるラムには全然聞こえない。 家中に電話が鳴り響いた。 あたるの部屋はど真ん中にラムの角が置いてあった。あたるが最後まで大事にしていたもので、ラムはそれを今日見つけ、ずっと眺めていた。 しかしそれでもあたるの気配はない。そうして下に降りると無性に泣きたくなり、そして七時まで眠り続けた。 ラムはようやく電話に気付いた。 重い体を立ち上げ、受話器を取ると涙を拭いた。 「・・・俺だ、わかるか」 ラムの目からまたしても涙が流れた。口元にはわずかな笑みが浮かんだ。 「わかるか?」 ラムはゆっくりとうなずいた。電話の主はそれを悟ったのか、確かめる質問はもうしなかった。 「だったら、今すぐ公園の電話ボックスまで来てくれ。ちゃんと厚着はしてこいよ。外は寒いからな・・・」 ラムは受話器を置くと有る程度の厚着に着替え、手袋、マフラーを着用し、玄関から出ていった。 公園 ラムは指定されたと思われる電話ボックスの真横に降り立った。 「ダーリン・・・」 小さく囁いた。その声が聞こえたのかトイレの中から青年が出てきた。 体中傷だらけで今にも倒れそうな感じだが、間違いなくあたる本人だった。いつもと違って弱々しかった。それでもあたるに間違いない。ラムは走り出そうかとした瞬間 「トイレから出てきたところに来る奴があるか」 いつものきつい口調で言って、走り出すのを止めさせられた。 「NGだ。もう一度家に戻れ」 そう言って家のある方に指をさした。 「何言ってるっちゃ。もう一度家に帰ったら、ダーリンはもうぶっ倒れてるっちゃ。それこそNGだっちゃ」 「そ、そうか・・・」 そういうと頬を少しかいて、何かを決意したかのような顔をした。そしてぎこちない言い方で 「ただいま・・・」 とつぶやいた。これだけを言うのに何の勇気がいるのかラムには皆目わからなかった。それでも 「おかえり・・・」 と、返した。 あたるはその言葉を聞いて安心した表情になるとふらっと倒れ込んだ。ラムは慌ててあたる支えた。 「大丈夫け?ウチがおんぶしていこうか?」 「女におんぶされたら恥ずかしいだろうが」 「じゃあ、肩貸そうか?」 「それも恥ずかしい」 「じゃあどうするっちゃ?」 「自分で歩く」 ラムは何を悟ったのか、しばらく考え込むと 「わかったっちゃ」 と景気のいい返事をした。あたるは体勢を立て直すと、家に向かって歩き出した。一歩一歩は非常に遅かったがそれでも確実に家に向かっている。 「ラム・・・」 五歩目であたるがラムの名を呼んだ。公園をまだ出てすらいない。 「なんだっちゃ?」 少しあたるは間をおいて訪ねた。 「おせち料理ちゃんと作れたか?」 「出来てるっちゃよ。でも、もう冷え切ってるっちゃ」 「電子レンジで温めれば良いだろうが・・・」 「食べてくれるっちゃ?」 「ああ、普通の味ならな」 「どういう意味だっちゃ」 ー完ー