共に見る夜空    prologue あたるはもうすぐ目的地に着こうとしていた。そこにはラムがいる。そして、「すきだ」と言うつもりである。 あたるの二年に及ぶ長い旅はもうすぐ終わろうとしていた。あたるの両手には笑っているラムの写真が握られていた。 懐かしい笑顔である。旅の間、ずっとあたるの心を落ち着けていた。あたるは現在宇宙の旅に出ていた。二年前ラムと嫌な別れ方をし、 ラムに下手な未練を残してしまった。それを消すため旅に出たのだ。 出発して二年で到着するようにオートシステムで鬼星を目指した。あえて二年という長時間を選んだのは、その二年間で、 反省をするためである。あたるがこれまでラムにしてきたことはすぐには反省できない。そこでUFOにいる間、あたるは反省し続けた。 決して、休まずではないが、それでもあたるにとって十分だった。あたるは鬼星に到着する二十分の間、地球での出来事を思い出していた。 それはあまりにも衝撃的なニュースであった。八月九日午前十一時六分、友引町に非常に小型の小惑星が落下した。 NASAからの連絡はあったため被害は最小限に抑えられたが、身動きが取れない寝たきりの老人やそれを助けようとして逃げ遅れた人々がいた。 いくらこの世界の人間の生命力が強くとも隕石による爆発は死者を出すに至った。 半径2.5kmは爆発により壊滅し、さらに半径六キロ内では至る所に地割れや地盤沈下が起き、被害総額二億六千万円になった。 そのとき友引高校は夏休みの勉強合宿を行っていた。しかし勉強合宿とは名ばかりで実際は生徒の指導強化合宿である。 ただし、ラムはその日、風邪をこじらせ、家で寝ていた。UFOではなく諸星家のあたるの部屋である。 episode1 《寝顔》 山奥なのか鳥やトンボが畑、または田んぼでじゃれ合っているのが見える。その村は殆ど百メートルおきに家がある程度の人口の少ない村だった。 その村の片隅にあるグラウンドに友引高校二年生が合宿に来ていた。その横にある古びた校舎のような物が寝泊まりをする宿舎である。 「ったく温泉の奴、いつまでこんなくだらんことやらせる気だ・・・」 あたるはグラウンドで四組のメンバーとランニングをやらされていた。いつもの乱闘騒ぎでスタミナこそ強いものの、強制的にやらされるとなるとやはり 嫌な物である。もう五周を走ったぐらいになって今だ休憩を許さない事に少しのいらだちが表面化してきた。真夏の炎天下にこのようなことをされたら たまった物ではない。 「本当ですか?」 温泉はショックを表面に表した声で言った。温泉には隕石事件の事が伝えられた。 温泉の横にいるのは宿舎の管理人をしている老夫妻の夫の方だ。あごにはわずかに伸びたひげが伸びており、 顔をみるとしわやシミがあちこちに見られる八十代半ばの元気なおじいちゃんであった。この年になっても髪の毛は欠ける事なく健在であった。 さらにそのおじいちゃんから悲しい事実が通達された。 「な・・・」 言葉では言いようのない、もはや心でも何も言えない、そんな衝撃が温泉マークを襲った。脳には目からはいる信号が伝えられていたが、温泉の 脳はそのことを受け止めていなかった。 「そ、そうですか・・・」 温泉は我に返ってリラックスした後、やっと出た言葉がこれだ。温泉はあたるの方に視線を向けた。そこにはまだ何も知らないいつものあたるが 渋々した顔で走っていた。 「なんだ、温泉・・・」 どこかの多目的室で四組の招集が掛けられた。皆、ジャージ姿で椅子に座りながら、うちわで扇ぐ物もいれば、氷水を入れたビニール袋を頭に乗せている者がいた。 「実はな・・・」 温泉は前の教卓に右手を置き、外を見ながらゆっくりと喋った。多目的室に差し込んでくる光は、太陽が雲にかかったのか薄暗くなった。 教室の黒板には一日の予定が書き込まれてある。 「・・・先日」 温泉の口がやっと開いた。 「ラムくんが・・・、先日亡くなったという連絡があった」 あたるの目がぴくりと動いた。うちわで扇ぐ者達の手は止まり、頭に氷水を入れたビニール袋をのせている者達の氷が少しからんと音を立てた。 「ど、どういう事だ・・・」 やっと出せる声がこの一言だった。組んでいた腕がするりと解け、ぶらーんとつるされた。つるされた腕はゆらゆらと力無くゆれている。 「どういう事だ!!」 あたるは机をばんと叩きながら立ち上がった。そのまま時は止まったかのように誰も動きもしゃべりもしなかった。温泉はこれ以上このことに関して口を開きたくなかった。 だが、教師として言わなければならない。長年の教師生活でもっとも辛い時間帯だった。 温泉の口が重く開いた。説明を聞き終えたあたるはたたきつけた手を握りしめた。 「俺は・・・、信じねえぞ・・・。どうせ、何かの策略だろ・・・?」 信じたくないそんな想いを込めてあたるはかすった声でいった。 「そうなんだろ!温泉!!」 さらに前に身を乗り出した。しかしあたるの望はうち砕かれるように温泉は首を横に振った。 それを見るなりあたるは一歩後ずさりした。そしてもう一歩。温泉はこの反応を見るのが嫌だった。 「くっ・・・!」 あたるは歯をかみしめ、揺らしていた。髪の毛であたるの目はかくされていたが、その向こう側では眉をふるわせ、目の焦点が定まっていない。そして無言のまま 部屋を飛び出した。面堂からもメガネからも悲しみの涙を出したかった。だが、さらに悲しいはずのあたるが賢明に涙をこらえるあたるの姿を見て自分たち もこらえなければならないと思った。あたるが飛び出したドアは今だ揺れている。 あたるは自分が使っている寝室に入った。ドアをゆっくりと後ろ手で閉め、自分の荷物が入ったカバンを視界にとらえた。その部屋は二段ベットが二つあり、 とても狭い部屋であった。いかにも国民宿舎の様な汚らしい部屋である。 あたるは自分のベットの横に立つとばたっとうつぶせに倒れ込んだ。あたるは顔をシーツに埋め、ベットを何度も殴った。そのたびにシーツのしわは増え、そして 涙で汚れていた。窓の外にはなにもしらないツバメが雛にえさをやっている。あたるのバックの中には無邪気な笑顔をいっぱいに見せているラムの写真が、 荷物の隙間から見えた。 「うわああああ・・・」 一晩中悲しい泣き声が宿舎内に鳴り響いていた。あたるだけではない。面堂は雨の中、一人外で刀の素振りをし、メガネは声に出さず、腕で目をかくしながら、 大粒の涙を流していた。雨はその涙を覆い隠すかのように一晩中降り続けた。 翌朝 鳥たちが屋根の上に数匹たまっていた。グラウンドは昨日の雨でびっしょりと濡れており、また霧の深い光景があたる達の目に映った。四組は他のクラスより二日早く帰ることに なったのである。帰りのバスの中、あたるはひじをつき、外の景色を眺めていた。合宿場は山野奥深くに存在し、そこへ行くには 小一時間ほど車で山中の道を走らなければならない。あたるの目は死んでいると言ってもおかしくなかった。昨夜は泣き疲れ、そのまま寝てしまったため、体力は 回復していたものの、やはりラムの死は精神的な疲れを一晩ではいやしてはくれない。 バスの中もやはりあたると同じ気持ちだった。合宿や修学旅行の帰りのバスなどだいたいどんちゃん騒ぎか疲れて寝ている事が多いが、全員寝ることはなく、そして 騒ぐことはなかった。バスの走るときの振動があたるの手を通じて頬に感じられた。 「諸星・・・」 隣にいる面堂が珍しく普通に話しかけてきた。あたるはゆっくりとその方向を見た。 「現実を直視しろ・・・。ラムさんの死体を見てもそれを受け入れろ、いいな?」 あたるは答えなかった。内心そんなことは言われずともにわかっていた。ただ、本当に受け入れられるだろうか。それがあたるの返事をためらわせた。あたるは、 わかっていても誓うことが出来なかった。空を見ると雲一つない青空が見えた。霧はもう晴れたようである。 あたる達のバスは一度友引高校に寄ってその旅を終えた。あたる達はそこから一度家に帰り、家族の無事を確認するため解散した。 あたるは我が家を見て逃げ出したくなった。昼なのに雰囲気はもはや真夜中だ。せめて入るのだけでも止めたかった。 しかし現実逃避しては行けない。つまりラムの死をこの目で受け入れなければならない。意を決しドアノブにゆっくりと手を掛けた。 「ただいま・・・」 低く言った。そしてラムが待っているであろう今にその足を進めた。できるだけ行きたくない、それがあたるの足を遅くした。そしてふすまを開けた。 「ラムちゃん・・・。あたるや・・・」 ラムのそばにテンがいた。その部屋は薄暗く、近くには線香が静かに光っていた。ラムは白い布団に静かに目を閉じている。 「綺麗な顔しとるやろ・・・」 テンがラムを見ながら口をゆっくりと開いた。後ろから見ていたあたるはテンの後ろ姿が、どこか悲しげだった。 「ラムちゃんは・・・、ちょっと飛んできたがれきが頭に・・・、打ち所が悪くて・・・それだけで逝ってしもうたんや・・・」 あたるはラムに近寄った。確かに綺麗な顔をしていた。汚れ一つなくただいつもと少し肌が白かっただけである。あたるは両膝をつき、胸で組まれている ラムの手を静かに握った。 「ラム・・・」 呼び起こすように言った。ラムの顔は気持ちよさそうに寝ている様にしか見えない。だが、起きる気配はみじんも感じられなかった。握っている手をさらに強くした。 「そうか、もう覚めないんだよな・・・。永遠に・・・」 その夜、葬儀は地球と鬼星で行われた。特に鬼星での葬儀は日本で言う天皇陛下が亡くなったときと同じぐらいの衝撃である。葬儀には弁天達を始めとしたレイ等の 鬼達、エルやルパなどの騒動に巻き込まれた他の星の長、その他大勢の関係者によって葬儀場は埋め尽くされた。墓は鬼星にある。 そこに皆が悲しむ中、葬られた。 episode2 《夜空》  「ラムさんが亡くなられてからもう三週間か・・・」 メガネが机の上に手を組みながらつぶやいた。ラムのいた机に花が花瓶に差し込まれていた、かれることなく・・・。メガネはその花束にラムの姿を重ねた。 隕石の衝突によって友引高校も全壊した。が、壊れるを知っていてもそのままと言う言葉を知らないこの学校はいち早く元通りになった。 外を眺めると救助作業を終え、片付けがおわって後始末が始まっていた。 「俺の青春は・・・、もう戻らないのか・・・」 メガネは上を見上げながら言った。 「なあ、もう元気出せよ、メガネ・・・」 パーマが肩をぽんと叩いた。 ラムが死んで一番騒がしいのはメガネだと思われたが、葬式当日、そしてこれまでメガネはおとなしかった。ある程度クラスの雰囲気も元に戻ったが、 メガネとあたるはまだ元気は出なかった。メガネにはパーマの声が聞こえたのは少し遅れてからだった。 「パーマか・・・」 「おれじゃ悪いかよ」 「いやなに・・・、ラムさんのことを思いだしていたんだ・・・。すまない。それで用事は?」 パーマの元気づける声は聞こえていなかった。それに気付いたパーマは少し何を話すか考えていた。 「いや、何でもない・・・」 身を翻し、自分の席に向かった。メガネはその背中を目で追い、席に座ったところで、また妄想にふけっていた。あたるはあれ以来、授業も良くきき、エスケープもしない。 ましてやガールハントなどできようはずもなかった。あたるは毎日のように休み時間になるとカバンからラムの写真を取り出しては、微動だにせずながめていた。 その写真は最後の鬼ごっこで仲直り宣言を取材グループに発表したとき一人のカメラマンがツーショットを取りたいと願い出て撮ったものである。 珍しくあたるとラムがぼろぼろになりながらも純粋に笑顔を浮かべ、ピースサインをしていた。最初で最後の納得のいくツーショットだ。 あたるはラムが死んだことで自分の存在理由がわからなくなっていた。あたるの行動はラムがいるからこそその理由が最大限に発揮される。 あたるは自分を見直すため旅に出る決意を一週間前に決心していた。もちろん両親や温泉マークには話してある。その温泉マークが朝のホームルームを始めるため ガラスと木でできたドアを開けて入ってきた。 「静かにしろ・・・」 珍しく生徒達は言うことを聞いた。最初は反抗の意志があった。だが、それをあたるが手を横に出し、無言で待ったをかけたのである。抗議するが、振り返ったあたるの 表情を見て仕方なしと席に座った。 「実はな、今日限りを持って、諸星が学校を止めることになった」 温泉の唐突であり、信じられない言葉が少しのざわめきを完全に無にした。皆、あたるを見ながら隣とひそひそ話をしたり、席を立ち上がるなどそれぞれの 驚きをあらわにした。 「な、何で!?」 この言葉を聞いた温泉はあたるを見た。果たして自分が言って良いものか、それを問うためだった。あたるは温泉の視線に合わせたが、すぐに目を閉じた。 温泉はこれを言っても良いと読みとった。実際そうである。 「諸星は・・・、長い長い旅に出るそうだ・・・。帰ってこれるかどうかわからんし、帰って来ても、もうそれは四年後のことだ」 「どこへ行くつもりだ!?」 それまで口を開かなかった面堂が突如立ち上がり、抗議するかのように言った。あたるは目を開き、前を見たままこう答えた。 「ラムの・・・、所だ・・・」 面堂の眉がみくっと動いた。そこで一同は動くに動けなかった。面堂は座るに座れず、かといって抗議もできずだだ単に立ったままだった。 「そうか・・・」 「ならば俺も!」 今度はメガネが立ち上がった。 「止めろ!」 面堂が割って止めた。メガネをまっすぐ見ている。面堂のその目には武士としてのどこか男らしさが輝いていた。 「だめだ・・・」 メガネは面堂の言葉に勢いを失うと共に、その意味がわかった。メガネは勢いで前に乗り出した体を少し元に戻した。 「で、出発はいつだ?」 面堂は視線を温泉マークに変えた。 「明後日だそうだ。明日は日曜日だから、諸星に未練が残っているものは明日じゅうにな・・・」 翌日 あたるは何か用もあるわけでもなく外を歩いていた。家を出てまず向かった先は表通りである。ここはラムとあたるの最初の決戦が行われた場所である。 その頃の面影は隕石の衝突によって何もなかった。道路は表面がえぐれていて、木がなぎ倒れていた。電線も木に引っかかったのか電信柱ごと地面に落ちていた。 近くではシャベルカーががれきの撤去作業を始めていた。あたるは歩道を歩いてみた。歩道の方も滅茶苦茶になっていたが、歩けないことはなかった。 転ばないように慎重に歩き、我が家を目指した。工事の音が作業員の指示をしにくくなっているのがわかる。口に手を添えて、何か叫んでいる。どうたらその現場の 最高責任者のようだ。サングラスを掛け、怖そうな罵声が四方八方に飛んでいた。 表通りを抜け、ちょっとした住宅地に足を運んだ。しばらく行くと昔しのぶと共に遊んだ公園が見えた。そこは建設物が周りに少ないため子どもが遊ぶには十分な広さが 確保されている。事実、少し凸凹しているが何人かの子どもが鬼ごっこをしているようだ。 その中にあたるにそっくりの髪型の子と、髪が黒だがラムのような髪型をした子もいた。あたるの髪型の子が今は鬼らしい。そしてラムの髪型の子はその子に追いかけられている。 しかしラムの髪型の子は足が速く、また身のこなしが軽かった。そのたびにあたるの髪型の子は顔を電柱にぶつけたり、高いところから落ちたりと危なっかしいことばかりしている。 それでもめげずにラム髪の子ばっかり追いかけている。他の子は逃げる素振りも見せず、ただその二人をじっとながめていた。 あたるはそこに自分たちの鬼ごっこが幻として見えた。現実の二人の子と幻のあたるとラムが同じ行動を取っている。あたるはその幻に、見切りを付けてから 再び歩み出した。 しばらくして全壊している諸星家についた。その玄関前に何人かの人盛りができている。四人組と面堂、しのぶ、竜之介、コースケである。 「諸星・・・」 面堂が最初に気付いた。その声に合わせるように残りの六人があたるの方に体を向けた。あたるは一度驚いたようにその足取りを止め、そしてまた暗い表情で歩み出した。 「どうした?」 やはり元気のない声である。メガネは大きな花束をあたるに差し出した。菊の花である。 「これを・・・、ラムさんに・・・」 あたるはそれを受け取るとしっかりと握った。 「入るか?汚い家だけど・・・」 「ああ、大歓迎だ・・・」 あたるは玄関の鍵を両親に預かってきた。ぼろぼろではあるが、まだ家としての機能は生きている。 諸星一家はラムの葬儀が終わったあと、仮設住宅に住んでいる。数日間家を空けると家の中は汚くなるので時々あたるは整理に来ていた。 九人が家にはいると汚らしいが、がれきの整理や倒れたタンスなどはきちんと片付けられており、掃除さえすれば、すぐさま家として使えるのがわかった。ただし、 電気、水道、ガスは使えない。あたるは居間に入っていった。八人がそれに続くように入っていく。あたるは仏壇の前に正座して座っていた。 その先にラムの写真が笑いながら置いてあった。あたるはそっと手を合わせ、目を閉じた。線香の煙は一直線に上に伸びていた。 するとメガネはあたるの右斜め後ろに座り、同じく目を閉じ、手を合わせた。居間のテレビには多少の埃を被っており、その上には季節はずれの ミカンが置いてあった。庭はしばらく手入れをしていないため、草が伸びきっていた。その中にバッタが見える。 あたるはそっと目を開けるとメガネもそれに合わせ立ち上がった。 「ラム・・・」 あたるは無意識のうちにラムの名を呼んだ。あたるが口を開いたとき、周りは少し驚いたような顔を見せていた。 「俺はな、旅をしながらラムと新婚旅行に行こうと思う・・・」 あたるは仏壇をながめながら言った。最初は誰もが馬鹿げたことを言っていると、死んでいる人間と新婚旅行が出来るはずがないと思った。 あたるもそのことはわかっている。ラムの死体も墓の中に眠っているし、火葬されもう骨だ。だが、見えなくとも魂だけでも一緒に・・・、それが あたるの言っている新婚旅行だ。きっと今も近くにいるに違いない、そう信じてあたるは言った。それを悟った一同はラムに呼びかけるかのように天井を見た。 その夜 あたるは旅の準備をすませ、後は出発の明朝を待つだけであった。あたるは一人で屋根の上にいた。そこで荒れ果てた友引町を何の当てもなく見回した。正面には 荒れ果てた町に元に戻った友引高校が目立って見える。あたるは両手を頭の下に敷き、上向けに寝っ転がっていた。周りの光がないせいか、夜空がいつもより 数倍綺麗に見える。 その表情には何を考えているのかわからなかった。 「やっぱりここか・・・」 と、言う声が頭の向いている方向から聞こえた。あたるは首だけを動かし、目線を上に向けた。そこにいるのはコースケである。コースケはよっと手を軽くあげ、 あたるの右隣に座りこんだ。コースケもまた夜空を見ていた。 「こんな綺麗な夜空、ここら辺で見るのは初めてだな・・・」 あたるは反動を付けて起きあがり、コースケと同じような体勢で座った。 「そうだな・・・」 「お前・・・」 あたるはコースケの顔をみた。それでもコースケは夜空を見ている。 「この景色、ラムちゃんと見たいとおもったんじゃねえか?無いだろ、一緒に見たこと・・・」 「ああ・・・。でも・・、もう遅いんだよな・・・。一緒に見れないんだよな・・・。あの世で同じ夜空を見てることを願うしかないか・・・」 あたるはまた夜空をみた。一緒のものを見ていても、一緒に見れない事にあたるは後悔した。 「いや、あの世じゃない。まだ成仏できないんだ、きっと。もしかしたらここにいるかもしれない。でもそれは不本意のはずだ。 だから無事にラムちゃんの墓についたら告白してやれ、好きだって・・・」 あたるの心に少しの迷いが出来た。だが、そんなことだからラムは成仏できていないだろうし、自分にも後悔していると気付くことが出来た。それが、告白の決意を 固めた。たとえ、死んでいてもそこには紛れもなくラムはいる。 「ああ・・・」 「そして帰ってこい。ラムちゃんのこと忘れんでも良い。いつもと同じように暮らしていけ・・・」 「ああ、約束する」 あたるはこの約束を胸の中にしまい込んだ。夜空の中にラムの眠る鬼星があるかもしれない。それを無駄とわかりながらも一晩中探し続けた。 epilogue ハッチがゆっくりとせり上がっていった。その向こうには久しぶりに見る日光があった。しばらく目が慣れないため、あたるは手で目を覆い隠した。 ある程度光に慣れたところで外に足を踏み出した。やはり他の星というのは環境が微妙に異なっている。同じ酸素を吸い、二酸化炭素を吐く。しかし どこか雰囲気が違った。あたるは本能的に環境の違いを感じ取った。 鬼星のエアポートのようである。地球の空港とは類似しているが、滑走路はUFOのためか、地球のと比べるとかなり短い。 「婿殿、よう来てくれなはった」 二年という時間は悲しみを消すには十分だったようである。ラムの父親から多少の元気が飛んできた。周りにはボディーガードらしき大男が二人並んでいた。 しかしラムの父親はそれを超える大男である。ボディーガードが普通に見えた。 「あ・・・、どうも・・・」 あたるは少し頭を下げた。着ているものはかなりぼろぼろになっていた。旅の途中で数回盗賊に襲われたのことだった。一人で戦うにはやはり苦戦を強いられた。 さらに食料を盗まれて空腹だったのを親切な老夫婦に助けられ、しばらくそこでお世話になった。そのためあたるの到着は半年ほど遅れていた。 あたるは長旅の疲れを癒すため、風呂を勧められた。 「いや、結構・・・。早くラムのところへ・・・」 「あたる!」 懐かしい声が聞こえた。コースケである。その後ろには面堂、しのぶ、メガネがいた。 「おまえら、どうしてここに・・・」 「いや、ちゃんと生きてつくかと思って・・・。それにラムちゃんの墓の前で自殺されたら困るしな・・・」 「心配するな、自殺はしない・・・」 あたるの口調は妙におとなしかった。それが逆にコースケの疑いを引いた。 「ホントか?」 コースケは声を低くしていった。行くら約束でも二年も立てば気が変わるかもしれない。コースケはそれを心配していた。しかし、その心がわかる前に あたるは身を翻し、墓場に向かった。ラムのいる墓である。 「自殺はな・・・」 コースケには何を言っているかわからなかった。その他人間にもわからない。すると考える暇を与えないかのようにあたるは付け加えた。 「それから帰る準備しておけ・・・。ラムとちょっと話してくる・・・」 四人の内、コースケ以外は何も考えず、泊まっているホテルに向かった。しかし、コースケには翻したときの言葉が気になった。 「コースケ!」 メガネが向こうで大きく手を振っている。コースケは慌てて三人の元に向かった。一度あたるの方向を見たがもう既にいなくなっていた。 ラムの父親も見失ったらしく、あちこちを指さして指示を飛ばしていた。コースケはメガネ達の横に並んでホテルに向かった。コースケは (墓場にいるに決まってるだろうが・・・) と愚かさに呆れていた。 墓場 あたるはゆっくりと足を少し引きづりながらラムの墓を探した。右に左に目線を交互するがなかなか見つからない。墓場には地球で言う蝶がいた。 いつも見る墓場と違って草は生い茂っておらず、静かな高原である。所々の墓に見たことのない黄色い花が置いてあるが、地球人の美意識から見ても、墓に似合い、 そして綺麗であった。その花は墓の外にたくさん生えていて、風にあおられ、同じテンポで揺れていた。あたるは自分もこの花を置いた方がいいと思い、 墓を外に出て三本ほど切り取った。そしてまた墓に戻るとラムの墓があった。鬼星では苗字がないため、墓の持ち主の写真が貼ってある。あたるは 持ってきたカバンを横に置き、手を合わせた。風があたうにとって気持ちよかった。先ほどの蝶らしき生物がラムの墓に二匹泊まっていた。 時刻は既に午後十一時五十分を回っていた。 「こんな時間か・・・」 あたるは地球で買っていた酒を取り出した。 「ほらラム、俺は明日で二十歳だ・・・。お前も飲め・・・」 そういってラムの墓にてっぺんから半分ほどかけた。墓は酒にぬれて輝き始めた。星空が酒に反射しているのをみて、あたるは空を見た。二年前にコースケと 一緒に見た夜空に似ている。ここからは大きな星がたくさん見え、色鮮やかでオーロラを見る感じにも似ていた。あたるは息深くを吸い、しばらく息を止めた。 はぁと吐くとラムの墓を見つめた。 「ラム・・・。そ、その・・・」 そのとき墓の入り口でコースケが身を潜めていた。あたるの最後の言葉が気になり、様子を見に来たのだ。話しかけようとしたが、約束の告白をしようとしている 二人に水を差す事が出来なかった。コースケはつまっているあたるを見て、少し笑みを浮かべた。 「す・・・」 そのとき強風が吹き、ゴォーと大きな音がなった。草花が少し飛び散りコースケの目や耳にくっついた。意外とべたべたしていて取り終えるのに大分時間がかかった。 取ってもまだべたべたした感じが残っている。苛々しながらも気付かれてはマズイと思って、物陰に隠れた。そして続きを聞こうとしたが、何も聞こえてこない。そーっと 顔を出すとあたるは立ったままラムの墓を見つめていた。 「今日は俺の誕生日か・・・」 時計は十二時を回っていた。あたるは十七の誕生日を思い出した。今あたるはラムが毎日夜遅くまで探し続けていたシャツを着ている。 「ラム、すまない。ぼろぼろになったちゃった・・・」 コースケは今度こそ二人切りにしてやろうと墓場に背中を向け歩み出した。足を動かすたびに草にすれてがさがさと音を立てた。 そのとき人が倒れる音がした。コースケは自殺かと思い、墓場に向かって走り出した。あたるはラムの目の前で倒れていた。 「おい、あたる!!あたる!!」 コースケはあたるの体を揺さぶった。しかし指一本動かない。コースケは急いであたるの首に手を当て、心臓が動いているか確かめた。 かすかにぴくぴくと手に感じられた。 「待ってろ!今医者呼んでくる!」 コースケが去ったとあたるは目を開けた。右手は腹に当てられている。実は星につく前、あたるは盗賊に襲われ銃で腹を撃たれたのだ。弾は貫通していたが、 重傷であった。血が少しずつ体から抜け出し、あたるの手は血で赤く染められたいく。 (今になって傷口が・・・) あたるは意識が遠のいていくのがわかったが、視界が暗くはならなかった。夜空は変わらず輝き続けている。そしてラムの幻が見えた。いや、幻ではなく、現実でもなかった。 すると、今まで襲い続けた激痛が急に消え、意識がはっきりとしてきた。あたるはラムの迎えだと悟った。ゆっくりとラムは腕を差し出し、あたるはしっかりとその手を握った。 「二十歳になったばっかりなのにもう逝っていいの?おかあさまやおとうさまがかなしむっちゃよ・・・」 二年ぶりに聞いたラムの声は全く変わっていなかったが、新鮮な気分になった。姿はかわらない。 「気にするな・・・。もう遅い・・・。それに、またいつもの毎日が暮らせるし、奴らには悪いが先に逝く・・・」 あたるは自分の死体に近づいてくる四人を見た。頬を叩いたり、肩を揺さぶっている。しのぶはその場に泣き崩れ、コースケは諦めず揺さぶり続け、メガネは心臓マッサージ をしていた。面堂はもうどこかに去っていった。あたるとラムは空にせり上がりながら辛くも我慢して見ていた。 「いいの?」 「仕方ないさ・・・」 その日、4月13日は諸星あたるの誕生日であり、命日となった。 〜終〜