ここは面堂邸内。この家の次期党首終太郎は、妹の了子の帰りが遅いことを心配していた。 面堂は自分の部屋でそわそわしながら、黒メガネの1人に、 「おい。了子はまだ帰ってこんのか?」 と何度も尋ねた。 しかし返ってくる返事は、 「はあ、まだ帰ってきておりませんが・・・間もなくかと」 と、こればかりだった。 4度目に問いかけたときも同じ返事が返ってくるばかりだった。 これには、仏の顔も3度までと面堂はとうとう頭にきた様子で、 「いい加減にしろ!!もうさっきからそればかりではないかっ!お前の間もなくとは一体いつなんだ!!」 と黒メガネに刀を突きつけて八つ当たりをした。 その男は、 「そ、そんなこと私におっしゃられても・・・い・・・いえ、申し訳ありません」 と答えるのが精一杯だった。 その時、ほかの部下が部屋に入ってきて、 「若、了子お嬢様がお帰りになられました」 と伝えた。面堂はそれを聞くや否や、刀をしまい了子の所へ急いで向かった。 時間はもう夜の9時を回っていた。とてもではないが、中学3年生の、まして女の子が帰ってくる時間ではない。 面堂が了子と顔を合わせると、了子は臆面もなく、 「あら、お兄様、どうなさったの?そんなところに突っ立って」 と話しかけてきた。それを聞いて面堂は、 「何が『どうなさったの』だ!こんな夜遅くに・・・子供の帰ってくる時間かっ! 一体どこに行っていたんだ」 と人に散々心配かけておいて、その態度は何だというふうな様子で怒鳴りつけた。 しかし怒鳴られた了子は悪びれたような素振りもせず、 「大正座にお芝居を見に行っていたんですのよ。昨日の夕食のときに申したではありませんか」 と淡々と答えた。 「ちょっ、ちょっと待て。芝居だと?だってあれは閉演は3時だろうが。何でこんなに遅くなるんだ?」 面堂が疑いの念を持って尋ねると、今日了子にお供した黒子の1人が、 「牛車の歩みは遅うございますからなあ〜」 と遅くなった理由を述べた。 面堂はそれを聞いてずっこけた後、 「またそのオチか!だからなんでもっと早い乗り物を使わんのだ!せめて人力車にしたらどうなんだ!」 と叫んだ。 一般人が彼のこの言葉を聞いたら、いや、それもどうかと思うぞ、今どき人力車もないだろうと言うに違いない。 ずっこけた後、面堂は気を取り直して、 「まあいい。ところで了子、お前、芝居見物には黒子を除いて1人で行ったのか? それとも誰かと一緒に行ったのか?正直に答えろ」 と了子に尋ねた。了子は、 「まあ、お兄様ったら!まるで警察の取り調べみたいですわね。とっても面白そう! それでは、私が正直に答えたら、今日の門限破りのこと、許してくださいますの?」 と、まるでアメリカの刑事裁判の司法取引めいたことを口走った。ちなみに彼女の門限は6時である。 面堂は、 「余計なことは言うな!いいからさっさと正直に答えろ」 といらだった感じで言った。すると了子は、 「そうですの。だったら私、何も答えたくありませんわ。第一、お兄様には関係のないことでしょう?」 と足下を見るように答えた。兄に許すつもりがないと分かるや否や今度は黙秘権の行使である。 しかし、面堂はこの行為を許さず、 「関係ないとはなんだ!!ボクはお前の兄だぞ!!妹が誰と付き合っているか知ることは兄として当然の権利だろう!! ・・・もう1度聞くぞ。お前は芝居を誰と見に行った?学校の友達か?トンちゃんか?それとも真吾か? ・・・お・・・おい、まさか諸星ではないだろうな!?おい!どうなんだ!?」 と彼女を詰問した。しかし、これでは完全な見込み捜査である。初めから彼女がほかの誰かと行ったと決め付けている。 了子は彼が勝手に慌てふためく姿が面白いのか、「黙秘します」の一点張りだった。 その様子を見かねた黒子の1人が、 「あ、あの・・・若、お嬢様は・・・」 と了子に代わって証言しようとしたが、面堂は、 「お前には聞いとらん!ボクは了子に聞いとるんだ。さあ、答えろ!諸星と芝居を見に行ったんだな!?そうだろ!!」 と、了子の自白を取るのに躍起になった。 しかし、これでは完全な誘導尋問である。はなっからあたるの存在を疑っている。 そんな兄の様子を見て、了子は冷ややかな薄笑いを浮かべながらさらに、 「あらあら、ずいぶん必死ですこと。ご苦労なことですわねえ、刑事さん!」 と面堂を茶化すように言った。その瞬間、面堂の平手が了子の右頬を打った。 了子はびっくりし、うろたえた様子で、右頬を押さえながら、 「な・・・何するのよっ!?私を拷問にかけるつもり!?」 と叫んだ。本当に取調べを受けている事件の被疑者のようである。目には涙が浮かんでいた。 面堂はそれにも構わず、 「子供が生意気言うなっ!!さっきから調子に乗りやがって。さっさと風呂入って寝ろ! それと、明日から2日間、外出を禁じる!いいな!?」 と今度はまるで裁判官のように居丈高に言った。ボクがお前のルールだと言わんばかりの勢いである。 それを受けて了子は泣き声で、 「な、なによっ!顔をぶつことないでしょっ!私は女なのよ!! それになによ!二言目には子供、子供って!!私はお兄様が思っているほど子供じゃないわ!!大人よ! 私にだってプライバシーの権利があるのよ!秘密を持って何が悪いのよ!?誰と出かけようと私の自由でしょ!? いくら兄だからといって、妹の私生活のことを根掘り葉掘り聞く権利なんてないわ! それとも、そんなに私のことが信用できないの!?実の妹に頭から疑って接するなんて・・・ お兄様のいじわるーっ!!うわあああ・・・!」 とぶたれた頬を押さえながら涙声でヒステリックに叫んだ。その直後部屋を飛び出してしまった。 「待てっ、了子っ!!」 面堂がそう叫んだ矢先、足元に何かが多数転がってきた。その瞬間、すごい爆発が起こった。それは手榴弾だった。 了子は普段は面堂家の令嬢として、大変上品な振る舞いをしているのだ。身内の者に対しても、もちろん兄に対しても。 もちろん言葉遣いも丁寧な彼女だが、このときばかりは感情に支配されていた。兄に標準語で話しかけていたのが証拠だ。 よほど悲しかったのだろう。信じてもらえなかったことが・・・多分。 「りょ・・・了・・・子・・・あの・・・馬鹿・・・者・・・が・・・」 ヘロヘロの口調でそう言ったあと、面堂はその場で気絶した。 別に面堂は、了子を詰問していじめてやろうという気持ちで尋ねたわけではない。 ただ、兄として、帰りが遅いのが純粋に心配だっただけだ。ちょっとシスコンっぽい嫌いはあるが。 面堂はその気持ちが了子に届かなかったことが悔しかった。 彼はただ、窓の外をじっと見つめていた。外は雨が降っていた。その時、玄関のほうで、 「お待ちください!了子お嬢様!!考え直してください!」 そう了子の腕を掴み説得する黒子達の言葉に耳も貸さず、 「どきなさい!私はこの家を出ます!!離して・・・!!」 と言って聞かない了子の姿が見えた。了子は黒子の手を払い、スーツケースを携え、面堂邸を飛び出してしまった。 面堂はあとを追おうかと思ったが、やめた。放っておいてもすぐ帰るだろうとこのとき思っていた。 さて、雨の降る中意気揚々と飛び出したのはいいものの、了子はどこに行けばよいのか分からなかった。 友人の家にやっかいになろうかと思ったがやめた。自分の友人の両親はみな何らかの形で自分の両親と繋がっている。 たとえ友人がかくまってくれたとしても、いずれはその友人の両親の知るところとなり、彼らによって家に報告される。 そうなれば、兄の耳にも当然その情報が入り、兄はあの手この手を使って私を連れ戻そうとするに違いない・・・ そうなれば力ずくでも抵抗するまでだが、できれば自分がどこにいるのかをしばらくは知られたくない・・・ そうなると、兄が容易に思いつくようなところは避けなければならない。たとえば、諸星様の家のように・・・ しかし、そんなところはどこにあるの・・・? そんなことを了子が頭の中で考えていると、 「ん、オヌシ・・・面堂の妹の・・・了子ではないか。何をやっておるのじゃ?こんな雨の夜更けに」 と、たまたまそこを通りかかったサクラが話しかけてきた。 どうしてこんな時間にこんなところで・・・2人の目は互いにそう言っていた。 了子はこれを奇貨として、 (そうだわ。この方のところならバレる心配は・・・) と思い、サクラに向かって思い詰めた様子で、 「お願いです!しばらくの間で結構です。サクラ様のご自宅に私をかくまっていただけませんか?」 と申し出た。 あまりに突然の彼女の申し出に、サクラは当惑し、 「オヌシ、一体何があったのじゃ?どうしてそのようなことを?」 と答えるしかなかった。本来なら、子供の外出する時間じゃない、とっとと帰宅しろと言うところだが。 理由を問い正された了子は、ただうつむいて黙っていた。その様子にただならぬものを感じたサクラは、 「・・・訳ありのようじゃな。まあ、答えたくないというのなら、無理に答えんでもよい。 よろしい、しばらくの間、オヌシをかくまってやろう」 と了子に伝えた。それを聞いた了子は、 「本当ですか!?ありがとうございます!」 と、歓喜に満ちた声で答えた。 サクラの心の中にはまだ疑問が残っていたが、今度の連休明けにでも面堂に聞いてみればよいかと思っていた。 そう、面堂が「外出禁止2日」を言い渡した日というのは、3連休の残りの2日であった。 サクラは了子を自宅に連れて行き、玄関を開けて、 「さあ、むさくるしいところじゃが遠慮なく・・・」 と言いかけたところに、チェリーが突然、 「何の用じゃオヌシ?」 とそのむさくるしい顔で了子にアップになって迫ってきた。その瞬間、脈絡もなく爆発が発生した。 「客に向かっていきなり何をさらすっ!!」 そうサクラは叫ぶと、伯父の頭を木製のライトハンマーで強打した。 バキィッっという強烈な音とともにチェリーは顔から地面に叩きつけられた。さらに、 「オジ上、それに母上。今日からこの娘をしばらく預かることになったのでひとつよろしく頼む。 オジ上は知っておると思うが、名前は了子じゃ」 サクラはただそれだけ伝えると、了子を客間に案内した。サクラはそこで、 「この部屋は自由に使って構わんぞ。ところでオヌシ、風呂にはまだ入っておらんのか? どうじゃ。一緒に入らんか?オヌシにはいろいろと聞きたいこともあるからのう」 と了子に言った。風呂の中なら了子の心もリラックスして、話しやすくなるかもと思ったサクラの作戦であった。 了子はなぜかその時、すんなりとOKした。普段の彼女なら嫌がる場面だ。 以前ホットタブパーティーで一緒になったことはあったが、そのときは水着を着ていた。 そのときのあたるや面堂たちのがっかりした表情は今でも覚えている。 正真正銘裸で接するのは今回が初めてである。なぜこんなにあっさりと承諾したのかは、今でも分からない。 そういうわけで、了子はサクラと一緒に風呂場に行った。 了子は脱衣所で服を脱いでいるとき、サクラが服を脱ぐさまをまじまじと見ていた。 その完璧なボディーラインに、見ほれていた。 特に、サクラがブラジャーを外す瞬間は、食い入るようにじっと見ていた。 その瞬間、彼女の押さえつけられていた豊かな胸が、ゴムまりのように弾ける様は、女の自分でも、惚れ惚れした。 それと同時に、激しい嫉妬を覚えた。 湯船につかりながら、了子は、 「ああ、サクラ様って、本当に豊かな胸をなさってますわね。女の私でも惚れ惚れしますわ・・・ お兄様や諸星様があなたに夢中になられるのも無理ありませんわね。 それにひきかえ私は・・・だからお兄様、私のこといつまでも子供扱いするんですわ。きっと」 と自分の胸を見ながらぼやいた。サクラはこれで大体のことが分かった。これでもカウンセラーの端くれである。 「なるほど、オヌシ、兄とケンカをしたのじゃな?それで家を飛び出してきたというわけか。 おおかたその時、オヌシの兄が『子供のくせに』といった感じのことを言ったのじゃろう?」 サクラがそう言うと、了子は図星をつかれてドキッとしたときの顔をした。 結局了子は今までのことを何もかも話した。 「お願いです!私がここにいることは誰にも、特に兄には絶対に・・・」 と了子が言いかけると、サクラは、 「安心せい。私の口は堅いほうじゃ。黙っておいてやる」 と了子を安心させるように言った。 このときサクラは、いずれは2人に仲直りをさせなければならないが、今はそっとしておこうと思った。 風呂から上がり、2人が寝巻きに着替えているとき、サクラは、 「そういえば、さっきオヌシ、胸がどうのこうのと言っておったな。まるでしのぶみたいなことを言うのう。 あやつも以前修学旅行で私と風呂に入ったとき、似たようなことを言っておった。 だがな了子、女の価値や大人として見られるかどうかなどということは、 胸の大きさやプロポーションの良さなどで決まるものではあるまい? もしそんなことで女の価値を決めるような男どもがいたら、そやつらは最低の人間ということじゃ。 大人として見てもらえるにはどうしたらよいかについては、はっきりとした答えはないが・・・ とにかく、オヌシの兄がオヌシを子供扱いするのは、そんな理由ではないと私は思うぞ」 と了子に懇々と説教した。了子の思い込みをなくすことがとても重要だとこのとき思っていた。さらに、 「これは私の憶測じゃが、オヌシのことに兄が干渉し過ぎるのは、それは兄としてオヌシの身が心配だからではないのか?」 と言った。このときまだ兄に対して憤りを感じていた了子は、 「違います!兄は・・・私の素行を疑っているから・・・面堂家の恥だと思っているから・・・」 と反論したが、サクラは、 「そうかのう?本当にそう思っているのなら、オヌシにそこまで構ったりしないと思うがのう。 おそらく兄がそうするのは一種の兄弟愛じゃよ。あやつはきっとシスターコンプレックスなのじゃ」 とさらに言った。 懇々と説教されて了子はしばらく黙っていたが、その後、 「ではサクラ様は、私のことを大人として、女として見てくださるとおっしゃるのですか?」 と問いかけた。それに対してサクラは、 「もちろんじゃ。オヌシに風呂に一緒に入らんかと言った時だって、断られたらどうしようかと思っていたぞ」 と言って、了子の大人としてのプライドを尊重することを伝えた。 「だがな、今いったとおり、オヌシはもう子供ではないのだから、いつまでもこんな生活を続けるわけにはいかんぞ。 ちゃんとお互いの誤解とわだかまりを解いて、そのために素直になることが、本当の大人として当然のことじゃ。わかるな?」 サクラはこうも言って、了子にいずれは家に帰れということを暗に伝えた。 了子はそれを聞いたあと自分にあてがわれた部屋へ戻った。布団の中に入ると、こんなことを考え始めた。 (私がとても悲しくてイヤだったことは、お兄様に頬をぶたれたこと・・・? それとも、門限破りをきつく詰られたこと・・・?・・・違うわ。 私のことを信じてくれなかったこと、そして私のことを大人として見てはくれなかったこと。それだけ。 私がお兄様から信頼されるにはどうしたらいいの・・・?どうしたら私を大人と認めてくれるの・・・? サクラ様はああおっしゃってらしたけど、私はまだ、お兄様を許せない・・・ お兄様が先に私に謝るまで、うちには絶対に帰らないわよ・・・たとえここを追い出されたとしても・・・ でも、サクラ様が言うとおり、お兄様が私のことをぶったのが、私の身を案じてのことだとしたら・・・ ・・・やっぱり私が先に謝るしかないの?) そのうち、了子は眠りについた。 次の日の朝、了子がまだ屋敷内に帰っておらず、連絡もないことから、面堂邸内、もとい面堂1人は大騒動となっていた。 そんな彼の慌てぶりとは裏腹に、邸内は静かなものだった。父も母も、顔色一つ変えていなかった。 慌てふためいている息子の姿を見て、父は、 「終太郎。どうしたのだ?そんなに慌てて」 と愛用のパイプを銜えながら涼しい顔で尋ねかけてきた。その尋ね方があまりにも能天気な様子であったので、面堂は、 「どうしたのだではないでしょう、父上!了子が昨日の夜から屋敷に帰って来てないのですよ。ご存じないのですか?」 と父をせきたてるように言った。父は、 「そうか、それは知らんかった。何しろ昨日は帰りが遅かったからねぇ。大変だねえ、そりゃ」 と人事のように煙をふかしながらのんきに言うので、面堂は、 「何人事みたいに言っておるんですか!!一大事ですよ、これは!とにかく、ボクは思い当たる節をあたってみますから。 父上も何か心当たりがあったら教えてください!失礼します!」 そう言ってその場を立ち去った。 (了子が帰って来ていない・・・なぜ・・・?家出かな。感受性の強い年頃だからなぁ・・・) 父は頭の中でものんきに呟いていた。 面堂は気が立っていた。門限破りどころか、あまつさえ無断外泊までもしたのだから、当然であろう。 廊下をせかせかと歩いていると、体格のいい黒メガネが面堂の目の前に現れ、 「若、面堂家私設警察、いつでも出動できます」 と報告してきた。しかしそれを受けて面堂は、 「キサマぁーっ!!いつからボクを差し置いてそんなことができるほど偉くなった! そんなもの必要ない!さっさと通常任務に戻るよう指示しろ!!」 と彼に向かって怒鳴り散らした。彼は、 「はあ、しかし・・・」 とぐずぐず答えたので、面堂はさらに、 「さっさとしろォ!たかが妹一人探すのにそんな大騒ぎをしたとあっては、面堂家末代までの恥だ!!」 と叫んだ。このとき彼は、すぐに見つかるさと楽観視していた。 面堂は家を出ると、早速思い当たる節をあたってみることにした。 その頃あたるは、ラムと一緒に昨日からの雨が降り続く中、友引町のメインストリートを歩いていた。 ラムはアイスクリーム屋を見つけると、 「ねぇーダーリーン!あのアイスクリームおいしそうだっちゃ。ねぇ、買ってぇ!」 とあたるの服の袖を掴み早速おねだりを始めた。今日始めてのおねだりだったので、 「しょうがねぇなあ。わかったよ。でもダブルはだめだ!お腹こわしちまうからな」 とあたるは条件付でOKした。 「お腹をこわすから」というのはラムを心配してというよりもむしろ、財布の中身を心配しての発言だった。 ラムは、 「えーっ、イヤだっちゃ!ダブルにしてくれなきゃイヤだっちゃ!」 と駄々をこねたが、あたるが、 「わがまま言ったらもう買ってやんねえぞ!」 と言うと、ぶうぶう言いながら承諾した。 しかし、シングルでも600円もする。これからのことを考えるとあたるはぞっとした。 というのも、今日はラムがあたるに何か好きなものを買ってもらえる日なのである。 実は昨日、あたるとラムはチェスで勝負した。勝ったほうが負けたほうに好きなものを買ってもらえるという賭けをしたのだ。 もちろん勝ったのはラムだ。それでラムはあたるに欲しかった洋服やアクセサリーを買ってもらうことにしたのだ。 ラムはアイスクリームを食べ終わると、ブティックのショーウィンドウをニコニコ笑いながらのぞき始めた。 「うわぁー、あのスカートかわいいっちゃ。あっ、あのイヤリングもいいっちゃねー・・・」 こんな他愛のないことを言っているラムの後ろには、 「まさかあいつ、とんでもなく高いもん買ってなんて言わんだろうな!?」 と考えながら財布をのぞいているあたるがいた。 そのときである。あたるの全身に悪寒が走った。そのすぐ後、 「諸星ぃーっ!!」 という聞き慣れた叫び声が聞こえた。その声の主、面堂が刀に手をかけた瞬間、あたるは面堂の顔面に靴の裏で蹴りを入れた。 足跡がくっきりついた顔で面堂は、 「いきなりなにをさらすっ!!」 とあたるに向かって叫んだが、あたるも、 「それはこっちのセリフじゃ、アホッ!!毎回毎回刀振り回しながら人に話しかけおって!白刃取りももう飽きたわい!!」 と面堂に向かって叫んだ。さらに、 「おのれは刀を抜かんと人と会話できんのか!?大体今日はオレが何したっちゅうんじゃい!!」 とあたるは言ったが、面堂は、 「とぼけるな!!了子をどこにかくまっている!?さっさと居場所を教えんとこの場でキサマをたたっ切るぞ!!」 と言った。もう完璧にあたるがやったと思い込んでいる。 これを聞いてあたるは、 「な、何のことじゃ?・・・ちょっ、ちょっと待て!まさか・・・了子ちゃんいなくなったのか!?」 と慌てた様子で叫んだ。すると面堂は、 「お、お前、本当に知らんのか!?」 と戸惑った様子で答えたが、あたるが、 「質問に答えんか!いなくなったのかと聞いとるんじゃ!!」 とさらにきつく言うと、 「うん、いなくなった・・・」 と力なく言った。あたるがさらに、 「なにぃーーっ!?お、おい!いつからおらんのだ!?よく探したのか!?」 と面堂を問い詰めると、 「あ、ああ。いなくなったのは昨日の夜9時過ぎからだ。 黒メガネたちに親戚や了子の友人の家など思い当たる節をあたらせたのだが、どこにも・・・ そこでもしやと思って・・・」 と答えた。あたるは、 「なるほど。それでオレに向かって切りかかったってワケね・・・」 とうなずきながら答えた。 「だがな、オレは本当に知らんのだ。お前に聞いて初めて知ったんだ。 もし知っていたら、のんきにラムのショッピングに付き合ったりせんわい」 あたるは自分が無関係であることを強調した。それから、 「おい、何か心当たりはあるのか?」 あたるは面堂に尋ねた。面堂は「は?」という表情で、 「だから、思い当たる節はすべてあたったと今言ったではないか」 と答えた。するとあたるは、 「そうじゃない!オレが聞いとるのは、了子ちゃんがいなくなった理由についての心当たりじゃ。 お前、何か知らんのか?」 と言った。面堂は知らないと答えた。自分が了子をきつく叱責したせいでとはとても言えなかった。 まして了子をビンタして泣かした、などとあたるに知られたら、了子を探し出す前に袋叩きにされるだろう。 「そうか。ならいい。ところでお前、思い当たる節にはお前自身が直接行ったのではないのだな?」 あたるがこう尋ねると、面堂は、 「ああ。それがどうかしたのか?」 と尋ね返した。するとあたるは、 「だったらもう1回、お前自身ですべて思い当たる節をあたったらどうだ? もしかすると、了子ちゃんの情を知ってかくまっているという可能性もあるぞ。 それと、了子ちゃんの行きつけの店とかもあたったほうがいいかもな」 と面堂にアドバイスするように言った。まるで本当に容疑者を捜査しているようだ。 「オレも探すの協力してやるよ」 あたるが協力を申し出ると、 「そうか、すまん。何しろ思い当たる節といっても多数あって、私設警察を使えん手前、人手が欲しかったところだ。 今回の捜索は極秘に行わなければならんのだ。もし了子がいなくなったことが世間に知れたら、 『了子を誘拐した』などという狂言誘拐を仕掛ける輩が現れる可能性もあるからな。 でもお前なら大丈夫だ。本当に、今日のところは礼を言うぞ」 このように感謝の言葉を述べた。 「気にするなよ!オレとお前の仲ではないか」 あたるはこう言って快諾した。だが決して面堂のためにではない。了子のためと自分の財布のためである。 これを口実に、ラムへのプレゼントの件をうやむやにしようとあたるは考えたのだ。 そうこうしていると、ラムが2人のほうに向かってきた。こんな会話がなされた。 「ねぇダーリン。ウチ、あのお店にあったワンピ−スとミニスカとイヤリングと、それにネックレス、気に入ったっちゃ。 ねぇ、買ってぇ!いいでしょ?」 「ラム。大変じゃ!了子ちゃんがいなくなった」 「ねぇ、いいでしょ?買ってよぉ!それと、お腹空いたから何か食べに行こうよ!」 「今から面堂と思い当たる節を探すから、お前も手伝え!今面堂がそのリストを作っとる」 「それが終わったら前から見たかった映画を見に行って・・・それから・・・」 「了子ちゃんの写真じゃ!お前はこれを持って了子ちゃんの行きつけの店を片っ端から尋ねて回れ!!」 「そうだっちゃ!テンちゃんにも何かプレゼント買わなきゃ。あっ、新しいブーツも欲しいっちゃねー・・・」 「・・・おい、ラム。お前、何が何でもオレ達への協力を拒むつもりじゃな!?」 「ダーリンこそ、何が何でもウチのショッピングをつぶすつもりだっちゃね!?」 ラムにはあたるの魂胆は見え見えだった。自分が賭けに勝った以上、絶対に買わせてやると思っていたが、 「いいかげんにしろっ!!バカモンが!今はそんなことを言っとる場合ではなかろーが!! 了子ちゃんは誘拐されたのかもしれんのだぞ!?命がかかっとるんじゃぞ!? それなのに、何が買い物じゃ!!何が『これ買ってぇ』じゃ!!」 あたるにこのように強く言われ、しぶしぶ協力することにした。いくらラムでも、あたるが本気で怒ると怖い。 (ダーリン。今日は事情が事情だから仕方ないけど、この埋め合わせは必ずさせるっちゃよ!) 賭けのことをうやむやにはさせないという決意を固めたラムは、2人とともに降りしきる雨の中、捜索を開始した。 「ちょっとお邪魔します。中を拝見させていただけませんか?」 こんな感じで、あたると面堂は一軒一軒心当たりの家を回った。そして家中くまなく探した。 中には、朝に訪ねてきたお宅の使用人に話したとおり、了子様はいらしておりませんの一点張りの家もあった。 やはり相手が知り合いとはいえ、家の中をあれこれ引っ掻き回されるのは抵抗があるのだろう。 そういう家は、こっそり忍び込んだり、その家によく出入りする人(例えば植木職人)などにそれとなく聞くなどした。 一方ラムも、面堂の作ったリストと了子の写真を手に、了子がよく行くという店をあたっていた。 さすがは良家のお嬢様である。行く店のすべてが、高級ブランド品の店や、高級レストランばかりである。 自分と同じで買い物や外食は好きなようである。どの店のオーナーも了子の顔を知っていた。 「この女の子、来なかったっちゃ?」 ラムが了子の写真を見せてこう尋ねると、どの店でも、 「ああ、この方なら存じ上げます。この方、よくこの店にいらっしゃいますから」 と判で押したように同じ答えが返ってきた。しかしどの店でも、 「今日はまだいらしておりませんが」 という答えが返ってきた。ラムは落胆した様子で、 「あーあ、せっかくの休みがこんなことでつぶれるなんて・・・ついてないっちゃ。 聞き込みってつらいっちゃねー」 と、まるでいっぱしの女刑事のようなことを言った。さらに、 「それにしても了子のヤツ、高級ブティックだの高級レストランだの、すごい店に通い詰めしてるっちゃね。ガキのくせに・・・ ウチも1度でいいから、ダーリンにこういうお店でお洋服やアクセサリー買ってもらって、 それからあっちのレストランで2人でディナー・・・なんてしてみたいっちゃ」 と聞き込みを終えたばかりのブティックを眺めながらため息混じりに言った。面堂のリストの最後の店だった。 それと同時に、どうしてここまでやらなきゃいけないっちゃというやり場のない怒りが胸の内に込み上げてきた。 「・・・ったくぅ!明日絶対にダーリンにこの店にあるものどれかひとつ、買わせてやるっちゃっ!」 ラムが思わずそう叫ぶと、周囲の人が一斉に彼女を見た。 一方あたるたちも思い当たる節をしらみつぶしにあたったものの、どこにも了子の姿はなかった。 「おい。本当にこれで全部なのか?」 あたるが面堂に尋ねると、面堂は、 「ああ、これで全部だ・・・」 と力なく答えた。 「どこかもっと遠くに行ったということは考えられんか?例えば外国とか」 あたるがこう尋ねると、面堂は、 「ボクもそう思って黒メガネたちに航空会社、それと国内の別荘などに行った可能性も考えて、鉄道会社をあたらせたよ。 だが了子が国外に出た形跡はなかった。鉄道会社のほうも、やはり・・・」 と答えた。彼が途方にくれた様子で、 「ああ、了子。お前は一体どこにいるんだ・・・」 と呟いていると、突然、 「困っておるようじゃな」 とチェリーが脈絡もなく現れ、周囲に爆発を巻き起こした。 その後あたると面堂は、 「人が落ちこんどる時に、いきなり出てくるなっ!!」 とチェリーを思い切りどついた。そこにラムが突然現れ、 「ねえ、チェリー。昨日の夜からたった今ダーリンたちに会うまでの間、了子の姿見なかったっちゃ?」 と尋ねかけた。するとそわそわした感じで、 「ワ、ワシは知らんぞ!了子が家を飛び出したなど・・・」 と言うので、面堂は、 「おい、ちょっと待て!ラムさんはただ『見なかったか?』と聞いただけだぞ。 それをなぜ、了子が家を飛び出したなどということを知っておるのだ?」 とチェリーを問い詰めた。そしてチェリーの胸ぐらを掴み、 「了子はどこだ!?知っているんだろ!?答えろ!!」 とさらに強く迫った。すると、 「さ、最近ワシゃあボケてきとるようでのう。そのせいか自分でもよく分からんことを・・・」 ととぼけてみせた。 「冗談で言っただけだというのか!意味も分からず口を滑らせただけだというのか!!えぇっっ!!?」 面堂がチェリーをさらに厳しく追求するが、何も話そうとしない。 そんな中、あたるがアイスクリームを出し、 「なあ、チェリー。これ食って頭すっきりさせたら、ボケは治るか?ん?」 と言うと、チェリーはそれをあたるの手から奪い、 「了子ならサクラと一緒に家におる。昨日の夜サクラが道で会ったのを連れて帰ってきたのじゃ」 このように急にペラペラと話した。まるで北風と太陽のようだ。チェリーを買収するには食べ物が一番だ。 それだけ聞くと、面堂たち3人は、チェリーをほっぽってサクラの家に急いだ。雨は小降りになっていた。 その頃了子は、サクラの家でサクラと一緒に夕食の準備をしていた。ちなみに今晩はすき焼きである。 「この分じゃと、今夜中には雨は止みそうじゃな。それにしても、すまんな。客であるオヌシに手伝わせてしまって」 恐縮だという気持ちをサクラが述べると、 「いいえ、これくらい当然ですわ。ただで泊めてもらうわけにはいきませんもの。 それに、花嫁修業にもなりますわ」 と答えた。 「ほう、花嫁修業とな。ではオヌシ、将来結婚したいと思っておる相手とかいるのか?」 サクラの質問に、 「え・・・あ、その・・・」 と顔を赤らめながらしどろもどろになった。その様子を見て、 「フッ、まあ、結婚を意識するにはまだ早いかもしれんのう。なにしろまだ子供じゃから・・・」 と言いかけると、了子はすかさず、 「しっ、失礼じゃないですか!私にだって、結婚するには早いにせよ、好きな人ぐらいいますわ! 言ってることが昨日と違うじゃないですか!私は子供じゃありませんっ!」 とぷりぷり怒った様子で答えた。サクラは笑って、 「ハハハ・・・すまんすまん。オヌシが顔を赤くしている様子があまりにもおかしくてな・・・」 と答えた。 「もう、サクラ様のいじわる・・・」 そうこうしているうちに、仕込みは完了した。 テーブルに鍋と食材を置き、準備は完了した。あとは食べるだけである。 「それにしてもオジ上は遅いのう。どこで道草食っておるんじゃ・・・了子、すまぬが・・・」 サクラがこう言うと、 「わかってますわ。もう少し待ちましょう」 と了子は返事した。その時である。 「了子!」 食卓の横の庭からこう呼ぶ声がした。 「お兄様・・・それに諸星様たち・・・何をなさってますの」 振り向くなり了子はこう言った。以外にもそれほど驚かなかった。 しかし、この無神経な言葉が面堂を怒らせた。 「了子!お前ってヤツは!!」 右手を大きく振り上げ了子の頬を昨日同様ぶとうとした瞬間、その手をあたるが掴み、首を横に振って、 「よせよ!相手は女の子なんだぞ。いきなり頬をぶつやつがあるか!文句があれば口で言えばよかろう」 と言った。それに合わせてサクラも、 「のう、面堂。私からも頼む。こんなこと言えた義理ではないかも知れぬが、これ以上厳しく了子を叱らんでやってくれぬか? 了子はオヌシから信用されず、子供扱いされたことで、心が傷ついておる。昨日ぶたれた頬の痛みより辛かったであろう。 門限破りも無断外泊も、悪いことには違いないが、そのことをとがめる前に、2人でよく話し合ってみてはくれぬか?」 と面堂に対して要求した。そう言われて、そのまま考え込んでしまった。 一方ラムは、 「了子も了子だっちゃ!終太郎、了子のこととっても心配してたっちゃよ? 了子がどこに行ったのか、もしかしたら誘拐されたんじゃないかって。 今日1日、この雨の中、あっちこっち必死に探しまわったっちゃよ。 散々心配かけておいて、ほかに言うことはないの?」 と、3人を見たときの了子のあまりにもあっさりとした態度を非難した。 了子もその場で黙り込んでしまった。しばらくして、口を開いた。 「お兄様、門限破りや無断外泊のことは私が悪かったです。ごめんなさい・・・ でも私は、本当に誰とも一緒に行っていませんわ。そのことを信じてはくださらなかった・・・ お願いです。そのことだけはどうか謝ってください・・・」 「だったらなぜ、素直に最初からそう言わなかったのだ・・・」 ラムはすかさず、 「そうじゃないっちゃよ!終太郎。了子が間違いを認めたんだから、まずはお前も謝るべきだっちゃ!」 と面堂に言った。それを聞いて、面堂はしばらく黙った後、 「了子・・・昨日はすまなかった。本当にそう思っとる。 だから頼む!うちに帰ってきてくれ・・・」 と必死に謝罪の言葉を述べた。了子はそれを聞いて、ただ黙ってうなずいた。 その横では、すき焼きがもう出来上がっていた。それをチェリーとコタツ猫がうまそうに食べていた。 「さだめじゃ・・・」 そう言って1人と1匹で全部平らげてしまった。雨はもう上がって、星空が広がっていた。 次の日、太陽がとても眩しい連休の最終日だった。面堂と了子は黒メガネも黒子も連れずに、往来を歩いていた。 すると突然了子が面堂の腕を抱き、 「ねぇ、お兄様。こうやると私たちも、恋人同士に見えますかしら?」 とささやいた。面堂は、 「バカモノ。ボクとお前とじゃ、せいぜい親子連れがいいところだよ!ガキ!」 と冗談めいて答えた。 「あーっ、ひっどーい!サイッテェー!もう、お兄様のスカタン!オタンチン!」 「バカ!お前そんな下品な言葉、どこで覚えてきた!?」 そんな会話を2人で交わしていると、痴話ゲンカの声が向こうのほうから聞こえてきた。 「ダーリン!!昨日のデートすっぽかした罰として、ウチにヴィネルのバッグ、買うっちゃーっ!!」 「バカタレ!オノレはオレに首吊って死ねというのか!?第一昨日は非常事態じゃから仕方なかろーが!」 「買わなかったら100万ボルトだっちゃよーーー!!」 「おまえなーーっ!!オレを恐喝するつもりかいっ!!オレを破産させるつもりかいっ!!」 この2人のやり取りをみて了子は、 「うふふ・・・あの2人、本当に仲がよろしいですわね」 とささやいた。 「そ、そうか?」 当惑気味で面堂は答えた。 「そうですわよ!お兄様、あの2人の間に割って入るなんて、ちょっと無理なのではないかしら?」 「いや、しかしだな・・・」 「そのとおりじゃ」 2人にところに突然サクラが現れた。 「面堂。今日は了子とデートか?」 「い、いや!デートだなんて・・・」 「冗談じゃよ!まあそれはいいとして・・・あの2人はある意味理想のカップルじゃと私は思うぞ」 「え?諸星とラムさんが?」 「正確に言えば理想のカップルになったということじゃ。2人の間には機微というものがある」 「機微って何ですの?サクラ様」 「他人には分かりにくい微妙な感情の趣、ということじゃ。 オヌシらも2人きりの兄妹なのじゃから、そういう関係を目指して精進せねばならぬぞ」 サクラがそう締めくくると、2人は彼女のほうを見てうなづいた。 「了子、今日はお前が欲しいもの、何か1つ買ってやろう」 「まあ、どういう風の吹き回しかしら?でもせっかくですからお言葉に甘えさせていただきますわ!では・・・」 The End Toshio