再びあたるサイド。松井はイベントの司会のアルバイトをやっているだけあって、 こなれた感じで、サクサク会を進行していった。 ビンゴゲームが行われ、あたるとしのぶは好成績を残し、商品を獲得した。 メガネ、パーマ、チビ、カクガリの4人がカラオケを歌うなどして、会は大いに盛り上がった。 料理もなかなか美味で、もう言う事なしの楽しさだった。この人物がいること以外は。 この人物とは、このクラスの担任であった、蟹江金蔵のことである。 今年で40歳のベテラン教師である彼は、2年前、あたるたちの担任だった。 担当は英語で、曲がったことが嫌いな性格であったので、予習をしてこなかったり、 授業中居眠りをしようものなら、容赦なくオシオキをした。 その凄まじさは、あたるの今の担任で、同じく英語教師である温泉マークなどとは比べ物にならなかった。 当然その1番の「犠牲者」は、あたるだった。それと松井もだった。よく2人で放課後遅くまで説教された。 しかし高校のときとは異なり、反抗しようという気は両者とも起こさなかった。 実は彼は、柔道、剣道、空手、合わせて10段というつわもので、 逆らえばどんな目に遭わされるかは火を見るより明らかだった。 実際あたるの先輩に、再起不能にさせられかけた人がいた。しかもその姿をあたると松井は見た。 それ以来、彼は2人の苦手になってしまった。そんな彼を2人は、「蟹江先公」略して「カニ公」と影で呼んでいた。 そんなわけであたるはもちろん、松井も司会をやりながらも、蟹江とは目を合わさないようにしていた。 しかし、しのぶを含め、他の多くの生徒はこのことを知らなかった。戒口令(つまり口止め)が行き届いていたからだ。 そのため、外部では専ら、「生徒思いのいい先生」で通っていた。 だからしのぶが、 「ねえ、2人とも先生に挨拶に行きましょうよ」 というのも当然だった。 あたると松井は当然嫌がったが、しのぶが2人を無理やり引っ張って行こうとしたところを、蟹江に見つかってしまった。 終わった・・・このとき2人はそう思った。 「おおーっ、諸星、松井!それに三宅も久しぶりだなー!!どうだ?こっちで少ししゃべらんか?」 2人が断れるはずがなかった。そんな2人の胸中など露知らず、しのぶはええ喜んでと言ってカニ公の横に座った。 しのぶは優等生であったから、やはり蟹江も割と気に入っていたようである。 しのぶも中学時代の思い出といえば、真っ先に思い出すのが彼のことなのである。 彼には勉強のことや進路のことでとても世話になっていた。 蟹江は酒を飲んでいるわけでもないのに、トークは軽快だった。そんな中、 「諸星と三宅は確か付き合っていたよな?お前ら、今も続いているのか?」 と切り出すと、しのぶが、 「やぁだぁー、先生!とっくに切れちゃったわよ、こんなヤツ!」 と、あたるの頭を平手で叩きながらすかさず返した。 あたるは何も言わない。いや言えない。それぐらい緊張していた。 しのぶがさらに、 「あたる君は、それに松井君ももう結婚しちゃってるんですよぉ!松井君なんか子供までいるんですから」 と言うので、あたると松井が慌てて、 「ば、ばかっ。何言ってんだよお前!悪い冗談言うな!!」 としのぶの方を見て言ったが、しのぶは、 「あーら、たとえ正式にはしてなくても事実上はそうじゃないの。 それとも18になっても婚姻届出さないつもり?あんたたち」 と冷静に返した。そんな3人のやり取りを聞いて蟹江は、 「そうか、お前らが・・・そうか」 と完全にしのぶの言うことを信用していた。まあ、あながち嘘とも言えないが。 そして、慌てて弁明しようとする2人のことなど気にも留めずさらに、 「いいかお前ら、18になったらちゃんと婚姻届出すんだぞ。 それをするとしないとじゃ、お前らのその相手の女性に対する責任の持ちようというものが・・・」 こんな感じで小一時間話が続いた後、 「・・・いいな、2人とも、夫として責任ある行動をしろよ。特に松井は子供もいるんだからな、父親としてもだ。 もし女房や子供を泣かすような事をしたら・・・いつでもオレがオシオキしに来てやるからな」 と締めくくった。2人は背筋をピンと伸ばし、はいと大きな声で返事した。 しのぶが驚いた様子で、 「エッ、先生って、生徒を怒鳴ったり体罰したりなさるんですか?」 と蟹江に尋ねた。当然である。 前述のとおり、蟹江の怖さはあたるたちを含めたわずかな人間しか知らないのだ。 「当然だろ?悪いことをした者を制裁するのは。愛のムチと言って欲しいねェ」 蟹江はあっさりと答えた。しのぶはこれで分かった。 「ははーん、なるほど。だからあんたたち、あんなに嫌がってたのね」 しのぶは2人に向かって言った。 あたると松井は彼の長い話が終わった後、緊張が解けてほっとした。 それと同時に、意外だという気持ちだった。 いくらあたるにはまだその自覚がないとはいえ、妻帯者であると思われ、そのことを蟹江に詰られるだろうと思っていたからだ。 まして松井は、できちゃった婚だったから、だらしがないと罵られ、相当しばかれると思っていた。 不思議に思ったあたるは蟹江に、 「なあ、どうしてオレたちの事怒らないんだ?」 と尋ねた。すると蟹江は、 「だって、既成事実なんだからしょうがねえじゃねえか。 それに、オレはそういう事で説教できる立場じゃねえもんな・・・」 とさびしそうな声で答え、タバコに火をつけた。 「どういうことだ?」 と松井が尋ねると、また話が始まった。今度は彼の身の上話だった。 父親は酒好きばくち好き女好きのろくでなしで、いつも母親とけんかばかりしていたこと、 ろくに仕事もせず毎日のように酔っ払って帰ってきては、母親や自分に暴力を振るったこと、 挙句の果てに、どこかの女を連れて家を出て行ってしまったこと、 その後、女手ひとつで育ててくれた母が、自分が高校2年のとき、無理がたたって急に倒れ、そのまま逝ってしまったこと・・・ このような話を、彼は目に涙を浮かべながら話した。 「オレが教員採用試験に合格した次の日のことだった。玄関を開けてみると、オレの親父がいたんだ。 そしたら、 『今日からお前たちに面倒を見てもらうぞ』 って言いやがったんだ。 最初はオレも、自分の女房の死に目にすら顔を見せなかった男が何言ってやがると思った。 けど、何があったのか知らないが、親父は相当やつれていた。そんな姿を見せられちゃ、オレも女房もとても拒めなかったよ。 親父は去年死んだ・・・」 さらに話は続く。 「実はな、松井、オレもできちゃった婚なんだ。大学のとき、付き合っていた同じ大学の彼女との間にできたんだけどな。 オレは最初、今思えば勝手な話だけど、大学に通いながら子供を育てるなんてできないからおろせって、彼女に言ったんだ。 本当は世間体が悪いとか、そういったそれこそ身勝手な理由もあったんだけどな。 けれど、彼女もオレと同じで、何というか、ほら、家庭の温かみってやつを知らずに育ったもんだからなのかなぁ、 『いや、絶対おろさないわよ!私、温かい家庭が欲しいのよ・・・ だからお願い、この子を産ませて!あなたには絶対迷惑かけないから・・・』 と言って譲らなかった。 その言葉を聞いてはっとしたよ。 オレのお袋が死んだ後、その枕元で、オレは絶対愛する人をこんな風にはさせないぞって誓っていた自分をそのとき思い出した。 もし中絶なんかさせようものなら、それは自らの誓いに背くことになるんだって気づいたんだ。 だからオレは、たとえどんな困難があっても、この新しい命を守ろう、 もちろん大学もちゃんと卒業して、「2人」を養えるだけの仕事に就こうって新たに誓ったんだ。 いろいろ大変だったけど、産んでもらって本当によかったと思っているよ」 涙をぬぐいながらさらに、 「つまりオレが言いたいのはだなー、オレの親父みたいに1度自分の愛した人を、 オレのお袋みたいにするようなやつになって欲しくないって事だ。 だからオレは中学時代どうもだらしなかったお前らに、辛く当たってしまったんだ。すまなかった・・・」 突然の謝罪の言葉にあたると松井は驚いた。 特に松井は、カニ公も自分と同じような経験があったなんて初めは信じられなかった。 「だから松井、お前がその年で子供を産ませて育てる決心をしたことを知って、オレはうれしいぞ。 諸星、お前もすぐにとは言わないが、子供は作ったほうがいいぞ。子供はいいもんだぞ」 そう言うと蟹江はまたすすり泣いた。 カニ公が結構涙もろいと知って、あたる、しのぶ、松井は本当に驚いた。 卒業式でもみんなの見ている前で泣くことはなかったのだから。 再びラムサイド。お雪はカニ道楽の到着を告げた後、ラム、弁天、そしてランのいるほうに来て、 「ほら、先生がいらっしゃったわよ。私たちも挨拶に行きましょうよ」 と声をかけると、ランは、 「えーっ、あたし、顔合わせづらいわぁー」 と答え、弁天も、 「い、いいよ!アタイらは・・・いいからおめえだけで行って来いよ」 と答え、ラムも、 「お雪ちゃんは優等生だったからいいけど、ウチらは落ちこぼれだったっちゃよ? 先生もこんなウチらのことより、お雪ちゃんの顔を何よりもまず見たいはずだっちゃよ」 と答えたが、お雪は、 「そんなことないわよ。この間私が同窓会の日時の連絡をしたとき、先生、 『弁天、ラム、それにランはもちろん来るがに?私はあいつらに会うのを1番楽しみにしとるに』 とお答えになられたわ。それぐらいあなたたちは先生の中で大きな存在なのよ。 ちょっとお話しするだけじゃない。ね、行きましょうよ?」 そう押し切られ、3人は重い足取りでしぶしぶカニ道楽のところに向かった。 その途中、先頭を歩いていたお雪が突然振り返って、 「ねぇ、そういえば・・・そろそろじゃなくて?」 と言うので、弁天が、 「そろそろって・・・なんでえ?お雪」 と尋ね返すと、お雪が、 「ほら、2年前にセットした・・・覚えてるでしょう?」 と答えた。それを聞くと弁天が、 「ああ、あの爆弾のことか。バーカ!あんなもん背中に付けられて2年間も気付かねぇわけ・・・うわぁっ!」 と言いかけたところで、弁天はラム、ランと一緒にずっこけた。 ほかの元クラスメートと話していたカニ道楽の背中は、2年前とちっとも変わっていなかった。 爆弾がくっついたままだったのだ! (そ・・・そんな・・・こ・・・こないなアホなことが・・・) (な・・・何で気づかないっちゃ・・・?2年間もお風呂に入ってないの?あ、ロボットだから身体検査か・・・) (あ・・・あのバカ・・・のんきにぐっちゃべってる場合じゃねーだろが!) 3人は彼の背中を見て、それぞれこう頭の中で思った。 計画は2年前におじゃんになったはずなのに・・・3人に戦慄が走った。 お雪が、 「まあ・・・2年前のあのままじゃないの・・・懐かしいわねぇ、みんな」 と感無量といった感じで言うと、弁天は、 「このドアホ!懐かしんでる場合かーっ!!」 と慌てた様子で答えた。その時、 「爆発まであと10分だっちゃ!」 と、ラムはラン、弁天、お雪の3人以外には聞こえないような声で言った。 ランが、 「えーっ!?あと10分で爆発・・・!!」 と言いかけたところで、弁天はランの口を右手でふさぎ、 「バ、バカヤロー!周りのほかの連中に聞こえたら、会場中がパニックになるだろうが!!」 と叫んだ。 そんなこんなですったもんだしているうちに、カニ道楽が4人に気づき、 「おおーっ、ラム、弁天、お雪、ラン!久しぶりだがに」 と言って4人のほうに向かってきた。そして、 「懐かしいがにーっ!」 と叫びながら、そのクラブ(はさみ)でお雪を除く3人をぎゅっと抱きしめた。 「ほらごらんなさい!私の言ったとおりでしょ?先生は誰よりもまず、あなたたちに会いたかったのよ。 それより先生、おかわりなさそうでなによりですわ」 「はっはっは、おかげさまでがに。それにしても、お雪はますます美人になったがに。 最初に君を見たとき、いったいどこの星のお姫様がいらしたのかと思ったがに」 「まぁ、先生ったら、お上手だこと!でも先生、私は姫ではなく女王ですわ」 そんなやり取りを交わすとお雪とカニ道楽は2人で小さな声で笑った。 その後、彼ははさみで抱きかかえている3人に向かって、 「君たちも相変わらず元気そうでよかったがに。でも、元気すぎて他人に迷惑をかけてはいかんがに」 と言うと、3人をさらに強く抱きしめた。 (はっ・・・離せ・・・!!苦し・・・) ラム、弁天、ランの3人はそう思った。すると彼はほかの生徒に気づき、どこかに行ってしまった。 弁天がお雪のほうを向き、鋭い目で睨みながら、 「おい、お雪。まさかお前、今日であの日からちょうど2年ってこと知ってて、 わざとこの日に同窓会をセッティングしたわけじゃねぇだろーな? おい!どーなんだよ!?」 と憶測を述べたが、お雪は、 「あら、私はただ、あなたやほかの人に頼まれたから、たまたま会場が取れたこの日にセッティングしたに過ぎないわ。 それに、爆弾が2年間そのままで、しかも今日爆発するなんて、どうして私にわかると言うの?ひどい言いがかりね・・・ それとも何?私が、あなたたちがひどい目に遭う姿を見るために、わざと教えなかったとでも言うの?」 と、自分を疑う弁天を逆に非難した。 ランにも、 「コラー、お雪ぃー!おんどりゃ、いったいワシに何の恨みがあるっちゅうんじゃい! よりによってこんな日に同窓会なんぞ開きおって・・・!!」 と言われたので、さすがの彼女もいい加減に頭にきて、 「だから、弁天にも言ったでしょ?今日がその日と重なったのはただの偶然だって。 第一、仮にそのことを私が知っていたとしたら、この日が来る前に伝えるわよ。 2人とも、勝手な想像はそれくらいにしないと、私、本気で怒るわよ・・・!」 と言うと、ラムが慌てた様子で、 「さ、3人ともいい加減にするっちゃ!!今はケンカなんかしている場合じゃないっちゃよ! それよりこれからどうするか考えなきゃ!!」 と、3人を仲裁した。 昔は弁天とよく一緒にケンカに明け暮れていた彼女も、あたると出会ってからは、すっかり平和主義者になった。 それに、怒ったときのお雪の怖さは、ラムもよく知っていた。 爆弾は爆発、お雪は激怒・・・となれば、それこそ悲惨である。まさに地獄絵図である。 そうこうしているうちにも時間は経過していた。爆発まであと5分・・・ To be continued......