パラレルうる星小説PART1「高校野球編」  主な登場人物設定  友引高校  毎年、東東京地区予選ベスト8までは行く高校。通称「友高」。守備力には絶対の定評があるが、打撃力が今ひとつ。甲子園出場の経験はない。       諸星 あたる・・・ピッチャー。中学野球ナンバーワンの六輝中出身だったが、2番手投手で中学時代を終えた       鬼木 羅夢(ラム)・・・マネージャー。小学三年の時、諸星家の隣に引っ越して来た。日本人とイギリス人のハーフ       白井 浩介(コースケ)・・・キャッチャー。あたると同じく六輝中出身で、控えだった。あたるの幼なじみ       黒川 留羽(ルパ)・・・ピッチャー。諸星家の正面にすんでいる三年生。ナインからの信頼が厚く、期待の星。あたるが唯一尊敬する人。       藤木 さとし(メガネ)上谷 賢治(パーマ)小山内 翔太(チビ)大岩 大輔(カクガリ)新栄中出身       それぞれ、ファースト、サード、ライト、レフト       藤波 竜之介・・・好海中出身。センター。弱かった好海中を全国に連れて行った当時のキャプテン。因みに設定上「男」       因幡 裕太・・・ショート。小学校の時、社会野球をやっていたが、親の都合上、中学ではやめていた       鬼木 麗(レイ)・・・セカンド。ラムのいとこ。顔は良いが、無口で、女には興味がないが、無意味にもてる。             鬼木 吾郎(ラムの父)・・・友引高校の長年の監督。甲子園出場と全国制覇を一途に願っている。部員から親父さんの愛称で呼ばれる。                      豪太刀学園 西東京の甲子園の常連校。甲子園優勝経験はないが、毎年おそれられている強豪。打撃力は全国一と言われる。       面堂 修太朗(終太郎)・・・サード。六輝中出身。中学野球史上最強のバッターと言われたほどの実力の持ち主。あたるの親友。 水乃小路 飛麿・・・ピッチャー。六輝中出身。面堂とならんで中学史上最強のピッチャーと言われた男。       庭先 真吾・・・センター。好海中出身。強肩でランナーを刺すことは日常茶飯事。足にも定評あり。       温泉 喜助(温泉マーク)・・・豪太刀の監督。すぐにかっとなるが、以外と部員に好かれている。       三宅 しのぶ・・・マネージャー。面堂とつきあっていて、怒りっぽいところもあるが、素は優しい。あたるの幼なじみ。              (注)此処に出てくる守備位置は三年になってからの物です。第1話、第2話での守備位置は此処に記してあるものと違う場合があります。 第1話《最初の夏・最後の夏》 PART1 [友高野球部の問題児] 友引高校  月曜日 グラウンドのベンチで新聞を読みながら、ため息をつくおやじが一人いる。親父さんことラムの父である。 「は〜、今年の春も甲子園行けへんかったな〜」 季節は春。一年生が、入学し入部届けをそろそろ出す次期にまでさしかかった。現に部室では大声で名を挙げる緊張気味の声が聞こえる。 その家の中に聞き覚えのある声が二つ、鬼木吾郎の耳に・・・入ることはなかった。 「一年五組、諸星あたるです。六輝中出身です。よろしくお願いします」 ほかの新入部員に比べ、だらけた声だ。 「同じく、五組、白井浩介、六輝中出身です。よろしくお願いします」 こちらも覇気が感じられない。ほか、メガネ、パーマ、チビ、カクガリ、竜之介、レイ、マネージャーのラムとしのぶ、ほかうんぬん。 「藤波と鬼木(レイ)か・・・」 上級生は中学時代中心人物として活躍したレイと竜之介に期待した。主人公のあたるとコースケは眼中に無し。 どこかのスポーツ漫画だったら、こういわれた場合、主人公は先輩達に自分の力を見せようとするが、この2人がそんなことするはずがない。 部室のガラスの向こうに新聞を見て、ため息をつく親父が一人いた。 翌日火曜日の朝 友引高校 「うぃーす」 「よう、昨日のテレビみたか?」 「テレビはみとるがな、何の番組だよ?」 友引高校では、春の陽気で半袖姿も目立つようになった。そんな中、友高野球部の問題児、あたるとコースケが右後ろのラムを率いて、門に入った。 教室に入るとあたるは、席に座って一言。 「あ〜、疲れたぁ〜」 と、机にうつぶせで、寝始めた。ラムの席はあたるの席の横だ。 十分ぐらいして、ラムはあたるに声をかけた。 「どうしたっちゃ?」 すでに起きていたのか、あたるは体を起こし、背伸びをした。 「昨日の練習で、いきなり二倍練習させられたからな。体がもたねえんだよ。体中がたがた・・・」 「うちのとーちゃんの練習そんなにきついっちゃ?」 「ああ。殴ったりはしないんだが、飛んでくる罵声が怖くてな。とても逆らえるもんじゃねえよ」 「それでもそのノルマを達成したお前はすごいぜ」 コースケが前の席から歩きながら言った。朝飯を食べていないのか、あんパンを食べている。 「お前もちゃっかり、ノルマ達成したじゃねえか」 あたるは手であんパンをねだり、食べながら言った。 「じゃあ、宿題も全くしてないのけ?」 「出来るかよ、家に着いた瞬間ベッドに倒れこんだからな・・・」 「じゃあ、これ」 ラムはあたるの横にある自分の机から、数学のノートを取りだし、あたるに手渡した。あたるはラムと親しくなってから、 毎夜、コースケとともにラムに宿題を見せて貰っているのだ。 「おお、いつもすまんな」 「俺も俺も・・・」 コースケがあわてて前の机から数学のノートを取り出すと、あたるの前の席に座って逆さまながらも写しはじめた。 ラムは必至にノートを写すあたるとコースケを見て、悲しいような嬉しいような声で2人に頼み事を言った。 「ねえ、ダーリン。ウチのとーちゃんの夢を叶えて欲しいっちゃ」 「だから、そのダーリンって言うのやめんか。ここはギャグマンガの世界じゃねんだぞ」 あたるは鉛筆を動かしながら、ノートから視線を話さずにラムに応えた。 「だって、ダーリンっていわないと、なんか不自然だっちゃ」 「そんなの気にするな!俺はあたる、来年のエース諸星あたるだ!」 【補足1】 というわけで、今後、キャラの呼称を従来のものと変えさせてもらいます。 あたる・コースケ・・・竜之介は竜ちゃん→藤波、面堂は面堂→修(しゅう)、ラムの父→親父さん、ルパ→黒川さん ラム・・・あたるはダーリン→あたる、コースケはコースケ ラムの父・・・あたるは婿殿→あたる、 「で、親父さんの夢ってのは、何だ?」 「甲子園だっちゃ!」 「な、甲子園!?」 あたるコースケは鉛筆を持つ手を止め、あたるは後ろにこけ、コースケは頭を机にぶつけた。 「簡単にいうなよ、甲子園たって東東京だけでも何百校ってあるんだぜ!?そんな中から ベスト8にいけるだけでも難しいってのに、甲子園かよ?」 あたるは汚れた制服を手ではたきながら起きあがり、椅子によいしょという感じで座った。 「だって、来年のエースなんでしょ?」 「ばーか、俺がエースだからって甲子園に行けるって訳じゃねえんだ。ほかの学校だって、 強いところは甲子園に行こうと、必死なんだ」 「うちらの野球部は必死じゃないっちゃ?」 「まあな、必死にはやっているが、どうしてもベスト8で止まるからな。 モチベーションが下がらないだけマシだな・・・」 放課後 友高野球部のグラウンドは土手を挟んで、川沿いにある。一応フェンスがあるが、 土手を通る人には、練習姿は丸見えである。 「いいか、おのれら!わいらは毎年ベスト8がやっとだと世間にののしられてきたが、 甲子園はあきらめるものじゃあらへん!いつかきっと、きっと甲子園という聖地に足を 踏み込むんや!そのためにはわいは鬼になる!そのわいについてきてくれるか!!?」 珍しくラムの父は準備運動の後、ベンチに何十人といる部員に向かって説教をしていた。 しかし、部員も部員でそれをまじめに聞いている。とくに三年生は燃えていた。 「はい!!」 「なんだよ、もともと鬼じゃん」 そのなかで二人、やる気のないものがいた。読者にも察しの通り、あたるとコースケだ。 「こらー、そこの二人!人の話を聞いとんのかぁ!!ランニング二倍じゃぁ!!」 「ええ、厳しすぎるよ、親父さん!」 「つべこべ言わずにさっさといかんかぁ!!」 二人は渋々とランニングを始めた。その後ろ姿はやる気の無さに充ち満ちている。 ベンチ 「ああ、なんでこうもあの二人はやる気がないんじゃ・・・」 「もともとああいう性格だからね・・・。何かやる気を出すものがいるっちゃよ・・・」 隣でボール磨きをするラムが父の愚痴を聞いていた。 「たとえば?」 「大事な人が死ぬとか・・・」 すると無言でラムの父は帽子を深くかぶり、ベンチを経った。 「ラム、そういうことは冗談でも言ったらあかん」 ラムは何かに気づいたような顔をしてごめんと一言謝った。ラムの目には大きく、また悲しそうな背中が見えた。 そのころ、あたるたちはグラウンド十二周めで、土手のあたりを走っていた。 「あたる、コースケ、罰ランニングか?」 土手の上からの声だった。あたるたちはその場で足踏みをしながら、土手の上をみた。面堂が、土手の上から見下ろしている。 濃い青をしたユニホームが特徴の豪太刀のユニホームを着ている。 「なんだ、修、練習はどうした?」 「練習中だよ、今、校外ランニング中だ」 「あ、さよけ・・・」 「相変わらずやる気がないな・・・、甲子園行く気あるのか?」 「そりゃあ、甲子園に行けるわけないだろーが、今年は東東京に強豪ができたからな・・・」 「一刻商か?」 一刻館商業高校。通称一刻商。選抜で決勝まで上り詰めた東東京の強豪。最後に広島代表の風林館高校に紙一重で負けたが、夏の大会で 大いに期待される高校である。 あたるとコースケの足踏みも知らず知らずの内に終わっていた。 「ああ、三番・キャッチャーの三鷹、四番・センターの四谷、五番・ピッチャーの五代。今年の選抜で決勝まで3失点の究極バッテリーと 予選大会で打率の一位から三位までを独占したクリーンアップ。守備力が自慢のウチでもこの3人からは逃げられないさ。 ましてやヒットを打つなんて。良くて二安打。悪けりゃ、パーフェクト食らうな」 「あきれた。よくそこまで自分の学校を悪く言えるな。しかも黒川さんを尊敬してるんだろ?」 面堂は肩にかけてあるタオルで汗を拭いた。それでも汗は耐えない。 「俺たちはね、いつも冷静に物事を見るようにしてるんだよ。それよりお前、豪太刀の四番になったっていうじゃねえか?今年はムリでも 来年は新聞が騒ぎ始めるぞ」 「トンちゃんもエースになったぞ」 「飛麿が?」 「まあな。トンちゃんはお前と違って、努力家だからな。無駄な練習も多いが、そのおかげでスタミナ切れはない。あいつも俺と一緒に来年の新聞に載るよ。 しかも2人とも大企業の長男、俺たちの会社は大もうけ。そしてプロ野球界に入り、引退したら大企業の社長」 「まあ、何ともいやはやですこと・・・」 「わけのわからん台詞を吐くな。それじゃ、おれはもう行くぞ、練習サボんなよ・・・」 面堂はあたる達に指を指しながら、走り去っていった。 「コラァ、そこの2人!!何さぼっとんのじゃァ!!」 ベンチから竹刀を持った親父が怒鳴りつけている。 PART2[甲子園という三文字] 甲子園に向けての地区予選が始まろうとしている。各学校は甲子園に向けて一段と燃えている。 我らが友高もまた燃えている。監督も燃えている。あたるとコースケは燃えていない。 「行くぞォ。ライト!」 あたるの尊敬する人物・ルパも守備練習に余念がない。四方八方に弾が飛び交い、部員はレギュラーを勝ち取るため、地区予選で勝利をするため、 必至にボールに食いついていた。その中で現在四番最有力候補の一年生、レイが友高の2番手ピッチャー相手にバッティング練習をしている。 カキーンという音とともに、ボールがフェンス外に飛んでいく。球拾い組の一年生は、草の根をかき分け必至に探すが、すぐに飛んでくる球が、 作業を忙しくしていた。むろん、その中にあたるとコースケがいた。 「あたるー」 赤いジャージを着たラムが、何やら険しそうな顔をしながら走ってくる。あたるはボールを一個拾ったところでラムの声に気づいた。 あたるのところに来ると、ラムは疲れ切って息切れをしていた。はあはあ、言っている。 「なんだ、ラム。何か用か?」 あたるはバケツに拾ったボールを入れた。 「キャプテンが・・・、呼んでるっちゃ・・・」 「黒川さんが?」 ルパがピッチングの練習場で、こちらを見ている。 「なんすか、黒川さん?」 キャッチャーを見ながらいった。頬には汗水が垂れている。 「お前、投げてみろ・・・」 あたるにグラブを押しつけた。 「は?えっ、あっ、でも・・・」 しかしあたるはそのグラブを押し戻す。 「いいから投げてみろ・・・」 グラブを強引に渡され、あたるは遠慮がちに受け取るとキャッチャーを見た。カクガリがキャッチャーをやっていた。 「なんだ、カクガリ。お前レフトじゃなかったっけ?」 「いいから投げろ!」 ルパは後頭部を軽く殴った。あたるは軽く頭を触ってから、渋々グラブをはめた。少し型が合わないのか、いろいろと動かしたが、やはり型は合わない。 仕方なしにグラブが気になりながらも前方をみた。 カクガリがキャッチャーマスクをかぶると真ん中にミットを構えた。あたるはルパが横で見る中、緊張気味に投球モーションに入った。 振りかぶり、足を持ち上げ、少し止まると体を前に出しながらボールを投げた。するとあたるの頭の中に中学時代のある思い出がよみがえった。 面堂のバッティング投手をしているとき、面堂の挑発に乗り、全力投球をしたことがあるのだ。 あたるはその記憶がフラッシュバックのように頭の中に瞬間的に浮かび上がった。そして現実に戻るとボールが、手から放れたところであった。 ボールはカクガリが構えたキャッチャーミットから右に大きく離れたが、取れないことはなかった。バンっと大きな音を立てた。 「うっ!」 カクガリには、思ったより手に大きな衝撃が走り、思わず声を出した。 「やっぱりな・・・。お前投手としての素質がある。練習内容によればお前は新聞を飾ることになるぞ・・・」 「んなばかな。だって今、思いっきりはずれたじゃないですか?」 ルパのグラブをはずすと手に持ったまま、手を横に軽く広げ、肘を曲げた。 「コントロールの話をしとるんじゃない。ボールの速さの話をしとるんだ。見たか、今投げたボールの速さを・・・」 ルパは珍しくいつもの冷静な態度ではなく、少し動揺気味だ。カクガリが2人の元に走り寄ってきた。 「いえ、投げた後バランスを崩して・・・」 「俺の目が節穴でなければ、140キロは出てたぞ・・・」 「え・・・。で、でも、はずれたんですよ。いくら速くたってあんな極端なはずれ方をしたら、連続フォアボールで押しだしですよ。攻撃が駄目なウチにとって 失点はどこよりもきついんですから」 体を少し前に乗り出した。今度は横に片腕をまっすぐのばしていた。 「コントロールなら走り込めば良い。お前は面倒くさがり屋だが、素質はある。だまされたと思って毎日走り込んで見ろ。 足腰さえ安定すればお前は友高始まって以来の最強ピッチャーになれる」 あたるは少しとまどった。いまさら面倒くさがり屋の癖を直すことなどできるのか。 困った表情のあたるにルパは少し目を細めて、落ち着いた口調で話し始めた。 「俺はな、あたる・・・。どうしても友高を甲子園に連れて行きたいんだ。ここ十年、ベスト8で終わるチームだと世間にののしられ、酷ければ相手監督に なめられて・・・。それが悔しくて俺たちの先輩達は死にものぐるいで練習した。しかし、毎年ベスト8止まり・・・。長年監督をやってきた大将はそのたびに 悔しさを覚えた。だが、涙を流すことはなかった。涙は嬉しい時にこそ流すものだと・・・。だが、この年になって体はぼろぼろだ・・・。 もう監督生命は二、三年が限度だろう・・・。だから、せめて一度ぐらいは甲子園に連れて行きたい・・・」 そのときあたるの体の中で何かが動き始めた。心の中で甲子園という三文字が、浮かび上がってきた。風がグラウンドに拭いてきた。 その週の日曜日 県予選第一回戦、第2試合 「友引高校 対 尾崎山高校」 「ストライク!バッターアウト!」 『空振り三振!五回の裏、エースの黒川、五個目の三振!今日の予選一回戦、友高対尾崎高。甲子園出場は無いとはいえ、東東京の強豪「友高」。 エース黒川、今日は絶好調です!八回までノーヒットノーランです!!塁に出たのはフォアボールの一回だけ!それもきわどい判定です!』 カキーン・・・。球場に気味が良い音がして、レイの売ったボールは外野席の最上段に消えていった。 『ホームラン!ツーランホームランです!友高の四番一年生、鬼木!七回の表ここへ来て友高七点目!!7−0です!今年の友高は攻撃にも期待できます!』 「で、終わってみれば、9−0でコールド勝ち。今年はいけるんじゃないか?」 球場からのバスの帰り。あたるはコースケと前から三番目の席に座っていた。 「ムリだって、一刻商がいる限りムリだよ」 コースケがひじをついて面倒くさそうに言った。 「ばかたれ、甲子園をあきらめてどうする!何のために厳しい練習してると思ってんだ!」 コースケは、急にあたるが甲子園を夢見始めたことに驚き、ひじをついていた腕が、ずるっと横に倒れた。 「お前、熱でもあるのか?」 コースケはあたるの額に手を当てたが熱はない。あたるはその手を払いのけると再び怒鳴った。 「んなもんあるかい!!いいか、今年は、黒川さんが率いる友高なんだぞ!親父さん率いる友高なんだぞ!この調子で行けば、打倒一刻商も夢じゃない!」 あたるの右腕がコースケの前で、強く握り拳を作っている。コースケはそれがいつ自分の顔に飛んでくるかわからんっと、その拳を両手であたるの方に 押し返した。 「そ、そうか・・・」 「コースケ!明日から早朝ランニングだ!忘れるなよォ!!」 コースケはあたるの後ろに荒波が見えるような気がした。 「まあ、俺はいいけどよ・・・」 前の席で、ルパが帽子で隠した顔の下で笑みを浮かべていた。 PART3[甲子園の忘れ物] 日曜日 諸星家 「あたるー、起きなさい」 あたるの母が、階段の一番下であたるに呼びかけている。あたるはベッドの上で身を毛布で覆いながらその声から耳をふさいだ。 ぴんぽ〜ん・・・。諸星家の家中にチャイムが鳴った。 「はいはい・・・」 あたるのは母少し高めの声でサンダルを履きながら、玄関の鍵を開けると、にこやかな表情でドアを開けた。そこには豪太刀の四番、面堂修太朗その人が、 立っていた。後ろにはコースケとラムの姿も見える。 「おやまあ、面堂君にラムちゃん、それに浩ちゃん・・・」 コースケはあたるの母に浩ちゃんの愛称で呼ばれている。幼なじみの親が出来る芸当だ。外はすでに蝉がなっていて日差しも白く強い。 「あの、あたるは?」 コースケは手で仰ぎながら、爺くさくも下駄を履いている。涼しそうな格好だ。さすがに面堂は社長の息子だと言うことであまりふしだらなものはきていない。 「ああ、はいはい。今起こすからね。ちょっと待ってて・・・」 そういうとあたるの母は階段を小走りで上っていった。 「こら、あたる!!早く起きなさい!!いつまで人を待たせる気なの!!」 二階からは激しい物音がして、玄関の天井から多少なり砂ぼこりが落ちてきた。音が止むと二階から玄関を開けたときのようなにこやかな顔をしながら、 あたるの母がおりてきた。 「もうすぐ来るからね。今着替えてるから・・・」 そう言うと奥の台所に消えていった。面堂はおそるおそるコースケと目を合わせた。 「いやー、すまんすまん。すっかり寝坊しちまった。待ってろ、ちょっと朝飯持ってくるから・・・」 階段から下りてきたあたるの目の周りには青タンが出来てる。髪の毛も起きたばかりと言うより、電撃を食らったかのようなぼさぼさぶりだ。 「毎日、どういう起こされ方してんだ?」 「さあ・・・」 コースケは首を傾げた。 今日は東東京の四回戦1日目がある。友高が順調にいけば決勝で当たる一刻商の試合である。あたる達は一応偵察のためこの試合を見に行くのだ。 「今日は一刻の三人組が全員出るって?」 「ああ、そろそろベストメンバーで行かなければならないと一刻商の監督も思い始めたようだな」 「今日の相手は、ベストメンバーで行く必要ないんじゃないか?今日は大隈工業だろ?偶然とたまたまで上り詰めてきた奴らだぜ。 一刻商にとって全員補欠でも勝てる相手だよ」 「そろそろエンジンをかけておきたいんだろ。いくら大隈工業相手だってここまで上り詰めてきたんだ。補欠だけで勝てるとは思ってないだろうよ」 「そんなもんかね?」 「そうだ」 横でラムがイヤホンを使い、小型ラジオで一刻商の試合を聞いていた。 「どうだ、ラム?何対何だ?」 「六対四で一刻商がリードしてるっちゃ・・・」 ラムはいつにない真剣味な顔をしている。 球場午後一時三十分。三回戦 一刻館商業高校 対 大隈工業大学付属高校 七回の裏六対四 ワンアウト 満塁 バッターボックスは三番の三鷹 『さあ、大隈工業ここで大きなのピンチを迎えました。四死球でも外野フライでも一点!しかしバッターボックスには一刻商自慢のクリーンアップの 切り込み隊長、三鷹です!後ろには四谷、五代とスラッガーが控えています!マウンドの岩崎、ここでどういうピッチングをみせるのか!?』 大隈工業のエース、岩崎は額からたれ落ちる汗を帽子を取って左腕で拭いた。そしてまずは一塁へ牽制球で、セーフ。そしてそのままキャッチャーミット めがけて投げた。岩崎が投げたカーブは三鷹のバットからは逃げられず、ボールは真芯にあたり、そのままレフトスタンド。 『満塁ホームラン!一刻商ここで三鷹のホームランにより一挙四点!十対四です!』 外野スタンドではあたるがのんきにスナック菓子を食べている。 「凄いな・・・」 「ああ・・・。これは手強い相手だな」 カキーン・・・。今度は四谷だ。 『四番、四谷わずかに芯をはずれました。向かい風に阻まれセンター、フェンスぎりぎりで取りました』 「おいおい、芯からはずれてしかも向かい風でフェンスぎりぎりかよ?あいつお前より凄いんじゃないか?」 あたるはスナック菓子の袋を持った手で面堂を指さした。 「ああ、今のところはな・・・。たが、来年は必ず勝つ、絶対・・・」 面堂は膝の上にひじをついて手を組み、その上に頭を置くようにして、試合を凝視していた。あたるはその光景をじっくりと眺めていた。 「ばかやろ、来年は戦わせないぜ。俺らがあいつらを倒すんだからな。甲子園でお前らと戦うのは友高だ」 「おいおい、だったら打者としての成績を争う相手がいねえじゃねえか?」 面堂はあたるスナック菓子の袋に手を突っ込んだ。 「んなもんコースケがやってやるよ。今はレイが四番だが、来年、いや秋期大会はコースケが四番だ。お前のライバルになるぜ、きっと・・・。 【友高のエース・諸星あたると四番・白井浩介率いる友高、甲子園を制す!】こう新聞にでっかい活字で載せてやる。楽しみにしてろ」 あたるもスナック菓子の袋に手をつっけんで、中身をわしづかみで取り出した。 「馬鹿、お前らは決勝で俺たちに負けて涙を流すんだよ、【あっと一歩届かず、諸星と白井、号泣】ってな」 面堂は今度は袋ごとに取った。コースケが陰険というような面で面堂を見た。 「ほざけ!」 あたるは乱暴に袋を奪い返し、その勢いで中身が飛び出した。 「すごいっちゃね・・・」 ラムがひっそりと言った。あたるは面堂が袋を再奪取しようとしたので、面堂の顔を手で押し返しながらラムを見た。 「あ、ああ、一刻商か?そりゃあ・・・」 「違うっちゃ」 物寂しそうにいうラムに、じゃれ合っている面堂とあたるが静まった。 「あの三人に勝負を仕掛けているあのピッチャーだっちゃ」 「・・・」 「あの人、何度も打たれても絶対に逃げなかったっちゃ」 その日、大隈工業は八、九回の表、一刻商エース・五代が引っ込んだことで一挙七得点し、十一対十と逆転に成功したが、 九回の裏、五番五代のツーランによって逆転負け。その瞬間、岩崎は小雨の中マウンド上で号泣した。 「りっぱなエースだ。並の精神力じゃあ完投出来なかっただろうな・・・」 その日の試合で、準々決勝に二校進出。明日友高の試合がある。 「おい、面堂、コースケ、先に帰れ。俺はラムと話がある」 「話なら帰りながらでもできるじゃねえか?家まで三十分あるんだぞ」 前方を歩くコースケが振り向いて答えた。 「2人きりで話がしたいんだよ」 あたるは面堂とコースケをラムと見送った後、とある河原にきていた。 「なんだっちゃ、話って?」 あたるは河原に石を投げて、その波紋を眺めていた。ラムはその後ろでたいそう座りをしている。 「親父さんって何で甲子園いきたいんだ?」 「そりゃあ、高校野球の監督なら誰でも行きたいっちゃ!」 ラムは少しばかり焦り気味に答えた。 「本当にそれだけか?」 振り返りざまに言ったあたるの目にはいつもとは違う光が見えた。ラムはその目を見て焦り気味の顔から優しい顔にした。 「甲子園に・・・忘れ物があるっちゃ・・・」 「忘れ物?」 あたるは投げようとした石を足下に落としてラムの方に体を向けた。 「今から十年前、一度だけ友高は決勝まで上がったことがあるっちゃ・・・」 「えっ・・・」 あたるはてっきりベスト8以上に行ったことがないと思っていた。しかし一度だけ甲子園を巡る戦いをしたことがあるのである。 「覚えてるっちゃ?死んだウチのカーちゃん・・・」 「あ、ああ、ちょっとだけ・・・。でもいい人だったことは覚えてる・・・」 「ありがとだっちゃ。それで、カーちゃんが病院生活の時にその決勝だったっちゃ。とーちゃんは甲子園に連れて行くことでカーちゃんを元気づけようと してたっちゃ。そして全国制覇をしたらカーちゃんが病気が吹き飛ぶようだって・・・。その言葉でとーちゃんは張り切っていったけど・・・」 「負けた・・・」 「うん、とーちゃんのサインミスで・・・。とーちゃんはショックのあまり病院にも顔を出さなくなって、その間にカーちゃんは息を引き取ったっちゃ・・・」 あたるには悲しいが綺麗な瞳が写った。 「ラム・・・、必ず黒川さんが連れていってくれるさ・・・。絶対に・・・」 「・・・」 ラムの心境は複雑だった。正直な気持ち、あたるに甲子園初出場を成し遂げて欲しいのだ。しかしそのために今年は負けるように願うわけには行かない。 甲子園の忘れ物は誰が取りに行くのか、それは今だ知るよしもない。 PART4[暑い夏] 今日、友高にとっては貴重な試合でもある。準々決勝なのだ。毎年、友高ナインがぶち破れない壁にルパの友高が挑む。 相手は一刻商に続く優勝候補、久能帯刀率いる大垣学院。恐ろしく遅い鋭く堕ちるフォークと高校生とは思えないカーブが武器の投手だ。 『さあ、今日の晴れ渡った空、東東京県予選大会準々決勝、ここへ来て一刻商の対抗馬といわれる二校が激突します。先攻一回戦で ノーヒットノーランを成し遂げた黒川率いる友引高校、対するは後攻・一刻商の五代に並ぶ防御率を誇る久能率いる大垣学院です。そして今プレイボールが かかりました!』 球場にサイレンが鳴り、久能は先頭打者竜之介に内角にストレート。バット引っかかったボールはサードの真正面に転がった。そしてファーストへ送球。 しかしボールは少し高くそれ、ファーストの足がベースから離れた。 『ああっと、大垣サードの桐山いきなり悪送球!スコアボードにエラーのランプがつきました』 その後、友高は送りバントでワンアウト二塁。そして三番のルパ。久能は挑発と言わんばかりに、ルパの顔面めがけてにストレートを投げた。 ルパはしゃがんでそれをボールからよけた。久能をにらみ付けると久能は帽子を取ったその顔でにやっとしていた。 友高ベンチ 「絶対わざとだっちゃ!」 ラムがスコアブックを久能に向けた。それをあたるが体を張って止めるが、ラムの爪があたるを襲う。 「ば、ばか爪を切れ!危ねえだろうが!」 グランドでは三番のルパがショートゴロ。二塁、一塁とダブルプレー。 「エラーの後はダブルプレーか、なかなかだな向こうも」 ルパがベンチに帰ってきてラムの父に言った。ルパはグラブを取ると広いグランドの一番高いマウンドに立つとあたるにVサインをした。 あたるもVサインで返事をすると笑顔を作った。そしてルパはラムの父の夢を叶えるため、全身全霊をかけて第一球を放った。 そして0対0のまま四回裏二死、大垣の攻撃が始まろうとしていた。 『さあ、ここで四番の久能です!前の打席では外野フライに倒れましたが、大垣の四番です。次はどんなバッティングを見せてくれるのでしょうか?」 ルパは久能をにらみつけると何やらにやついている。ルパはかちんと来たが、キャッチャーのカクガリに落ち着けとサインを受けた。 『さあ、黒川振りかぶって・・・、投げた!』 ボールは以外にもど真ん中をついた。しかし久能は振らなかった。 『ああっと大胆にも、ど真ん中。しかし久能、はずして来ると読んだか見逃し』 そして二球目、ルパはストライクからボールになるカーブを投げたが、そこに久能の振ったバットがつっこんできた。 『な、ボール球を打ちました、久能!しかしあたりは強烈、センターの頭を越え、長打コース!』 久能は二塁にたどり着いても勢いを止めるが無く、三塁に走った。センターの竜之介が投げたボールはサードにまっすぐ飛んでいったが、すでに久能は サードにたどり着いていた。 『三塁打!久能、打っても凄いが足も速い!』 「凄いな・・・。黒川さんから三塁打・・・」 あたるがあごを引き気味に言った。 「ストライク!ストライク!ストライク!バターアウト!!」 「三球三振!大垣の五番、桐山を三振!久能の三塁打を気にせず、久能を三塁に釘付け!」 友高は七番、八番、九番と三者凡退。そしてそのまま六回の裏。 『さあ、注目の久能です!唯一三振が無いのがこの久能です!五回から少し黒川の調子が落ちてきています!久能には有利な展開でしょう!』 「黒川ぁ!討ち取れよ!!」 ラムの父はメガホンでルパに大声を出したが、ルパには聞こえていなかった。 「疲れ切ってます・・・」 あたるの隣でコースケが言った。 「何を言っとるんや?ルパはコレまで何回も完投しとるんやど」 「これは俺の勝手な推測ですので確証は持てませんが風邪を引いているようです」 「風邪やと!?」 「ええ・・・。それにこの炎天下です。黒川さんの体力はもう限界です」 コースケの言うとおり、グラウンドに蜃気楼が出来ていた。もやもやと人影が揺れている。その光景をみた。 (確かにあいつはもう駄目や・・。だが、この打線を押さえられるのは黒川だけ・・・) カキーン・・・。久能の打ったボールが球場の外に消えていき、大垣の応援スタンドから地を揺るがすほどの歓声が飛んできた。 『じょ・・・、場外ホームラン!!四番久能、特大の場外ホームラン!!ついにスコアボードが動きました!!』 その後、外野フライで討ち取り、ルパは少しふらつきながらもベンチに戻ってきた。ラムの父はルパにスポーツドリンクを手渡したが、ルパは下を向いたまま 動かなかった。 「ルパ・・・、おい、ルパ!!」 声が大きくなったラムの父にルパが気づいた。目をラムの父に会わせ無言でまた下を向いた。 「大丈夫か?」 「正直言うと・・・あと一回だけしか投げられません・・・。それ以上投げたら倒れます」 ラムの父に驚きの顔が浮き出てきた。ルパは絶対に諦めない男であった。しかし今初めて弱気を見せた。 するとルパはきつそうな目であたるを見た。その視線に気づいたあたるだったが目をそらすことが出来ない。しかしルパの方から 目線をはずし、再び下を向いた。あたるの心にエースの自覚がわいてきた。 「親父さん、俺をマウンドに行かせてください!」 後ろからラムの父に信じられない言葉が聞こえた。ラムの父は少し遅めに首を横にしてあたるを見た。 「な、なに言うてんねん!?お前はまだ・・・」 「大丈夫です」 ラムの父の言葉をあたるの声がかき消した。しばらくラムの父は考えた。確かに最近やる気を出し始めたあたるではあるが、 まだ球の速さ、コントロール、変化球の切れ味など殆どあたるに指導はしていない。指導をしているのはルパであったため、少しの 安心感はあるが、やはり自分で教えないと何か不安があるのだ。しかしラムの父は決断した。 「解った・・・。お前は次の次の回に登板じゃ。悪いが次の回は黒川にやって貰う。お前はその間ブルペンへ・・・」 「解りました!」 あたるは自分のバックから愛用のグローブを取り出すと手にはめ、ブルペンに向かった。ベンチを出たあたるをラムの父は呼び止めた。 「お前を信じるで・・・」 あたるは一瞬表情をゆるめたが、すぐに目つきをきりっとさせて言った。 任せておいてください」 一言自信を持った一言を言うとブルペンに向かった。 「完全に信じてますね・・・」 ここへ来てやっとルパがしゃべった。しかし死に際のような声だ。 「馬鹿、どんなに口で言っても完全に信じられるのは自分だけや。そやけど、あいつは大いに信じられる。そんな目をしとった」 「そうですね・・・」 そして六回の裏・ルパは披露の影響で猛打を浴びたが、それでもバックの援護もあり、なんとか無失点に押さえた。 七回の表 『さあ、友高の攻撃は三番の黒川です。ツーアウトで三塁には友高最速の藤波。しかし黒川の顔には疲労が見えます。どうする友高ナイン!』 ルパは乱れる息を止めると久能を見た。時が止まったかのように周りの音が消えた。視界にも久能しか見えない。 音のない中、久能はボールを投げているのが見えた。。 140qはあるストレートがルパの目に入った。 (なんとしても同点に・・・) ルパの振ったバッドにボールが当たった感触は無かった。ルパの目に唯一写った久能の姿もぼやけて消えた。 耳に歓声が聞こえた。しかし聞こえてくる方向は味方の応援スタンドからだ。ルパはやっと見えるようになった視界に写ったキャッチャーミットに ボールはなかった。 『ホームラン!ホームランです!黒川逆転のホームランです!!』 ルパは訳のわからぬまま味方ベンチを見ながら塁を回った。敵の内野手を含め、久能もあっけにとられた顔でルパを見ている。 ルパはホームランに気づくと帽子の陰で小さな笑みを浮かべた。 ホームインし、グラウンドを見渡した。夏の暑さでもやもやとするグラウンドが、普段より大きく見えた。 友高ベンチ 「ようやった、黒川、次からは諸星じゃ。いいな?」 ルパは返事もすることなく、ラムの父に倒れ込んできた。それを支えるとラムの父は頭を軽くたたき、ベンチに座らせた。 そして七回の裏・・・ 『おおっと、友高の鬼木監督、ここで黒川を引っ込めます。二番手は・・・、一年生の諸星です。今大会初登板です。 どのようなピッチングを見せてくれるのでしょうか』 あたるはマウンドで深く息をした。そしてバッターボックスを見ようとするとカクガリが目の前にいた。 「ば、馬鹿っ、いきなり目の前に出るな」 「お前が気づかんのがわるい。それより大丈夫なのか、黒川さん・・・」 「死にゃあせん。ただ、疲労がたまってんだよ。しかも風邪引いてるしな」 「か、風邪!?」 「ああ、だから今から病院行くんだと」 あたるが見たベンチに黒川の姿がなかった。どうやらすでに病院に行ったらしい。あたるには見えないが、ルパが座っていたと思われる席には 帽子とボールがある。二つとも背番号「1」と「甲子園」と書かれていた。 「よし、行くぞカクガリ」 「ああ、甲子園にな・・・」 「プレイ!!」 あたるの暑い夏が始まった。そして交通事故でルパの夏は終わりを告げた・・・ 〜続〜