Chapter 18 さらば友引町 「そうですか・・・あたるさんとラムさん、ラムさんの星に行っちゃうんですね・・・寂しくなりますね・・・」 因幡はカップに入ったコーヒーを一口飲んだ後、そう言った。しのぶと因幡は喫茶店の中にいた。 「ええ、今度の日曜に行われる結婚式が終わったら、そのまま・・・あたる君ももう退学届を出したわ。ラムもね」 寂しげな声でそう言うと、しのぶはストローでオレンジジュースをすすった。 「でも何でこんなに急に?そりゃあ18歳になったからって言ってしまえばそれまでですけど。 卒業するまで待っても遅くはないと思うんですがねえ、ボク的には」 「仕方ないじゃない・・・あたる君がそうするんだって決めたんだから・・・私たちがどうこう言うべきことじゃないわ」 しのぶがこう言うと、2人の間に一瞬静寂がもたらされた。 「あ、そういえばしのぶさん、今日学校行かなくてもいいんですか?」 因幡のこの問いかけで静寂は破られた。 「何だか今日はちょっとね・・・せっかく因幡さんも来てくれたことだし・・・」 しのぶはけだるそうな声で答えた。 「そうですか、すみません・・・何かボクが来たばっかりにしのぶさんをエスケープさせちゃったみたいで・・・」 申し訳なさそうな声で因幡は言った。 「いいのよ、気にしなくても。今日ははじめから行く気はなかったんだから」 しのぶは因幡を気遣うように言った。 「でも、結婚式かー。いいなー。ボクも早くしのぶさんと・・・あっ」 因幡は思わず口を滑らせた。 「えっ・・・・・・」 これを聞いてしのぶは思わずうつむいて真っ赤になった。2人とも焦った。 「と、ところで結婚式って日曜でしたっけ?ボクも参加しちゃっていいんですかねー?」 気まずくなった雰囲気を立て直そうと、コーヒーをスプーンでかき混ぜながら因幡はとってつけたように聞いた。 「え、ええ!大丈夫よ。ラムのアイデアで、オープンウエディング、つまり自由参加制度になってるの。 だから招待状がなくてもOKよ!」 しのぶも場を取り繕うように答えた。 「こら、しのぶ!学校にも行かず何をやっとるのじゃ?」 そこに突然、サクラが会話の中に入ってきた。しのぶはまた焦った。 「え・・・あ、その・・・これは・・・えへへ・・・」 しのぶは頭を掻きながら笑ってごまかそうとした。 「フッ、まあよいわ。実を言うと、今日は私も無断欠勤したのじゃからな。えらそうなことは言えん。 あー、そこのウェイトレス、ミートソース、カルボナーラ、ミックスピザ、海老ピラフそれぞれ二人前、 あっ、それからミックスサンドと食後のデザートにジャンボパフェ二人前じゃ!」 サクラにそう言われたウェイトレスは顔が引きつっていた。 「は・・・はい・・・かしこまりました」 ウェイトレスはいそいそとその場を離れた。 「アハハ・・・相変わらず快調ですね・・・サクラさん」 「そ、そうね・・・この人が食事を食べなくなったら、天変地異が起こるわよ」 因幡もしのぶもすでに胸焼けを感じていた。 「どうじゃ?私のおごりで何かオヌシらも食わんか?」 しのぶの横に腰掛けていたサクラが2人に聞くと、因幡の隣から突然チェリーが脈絡もなく現れた。 「ワシはマカロニグラタンがよいな・・・それとあんみつも・・・」 その場にいた3人は一瞬固まった。 その頃あたるは面堂とともに学校の近くの山の頂上の広場にいた。強い春風が吹いていた。 呼び出されたあたるがやって来て、それから2人ともしばらく黙っていた後、会話が始まった。 「・・・今はまだ、お前とラムさんの仲を認めることができない。今はな・・・ だから今は、結婚式にも出ることはできない・・・」 「参加は自由と言ったはずだ。出たくないなら出なくてもいい」 「出たくないのではない。あくまで今は出られないと言っているだけだ」 「どっちでもいいよ、オレには。お前な、そんなことを言いにここに呼び出したわけではあるまい?話せよ・・・」 「実はな、諸星・・・」 空にはジェット機が飛んでいた。面堂の声はあたるが聞き取るのがやっとだった。 面堂の言葉を聞いた瞬間、あたるは驚いた。 「学校を辞める・・・?なぜだ・・・」 「もうボクが友引高校にいる意味はなくなったからさ・・・庶民の文化も一通り体験できたし、 何より、ラムさんもお前もいない学校に、これ以上何を求めるというんだ?」 「それで、辞めた後はどうするつもりだ?」 「アメリカのハイスクールに編入することが決まったんだ。そこで勉強して現地の大学入りを目指す。 帝王学を勉強するにはそこが一番いいと思ったんだ」 「アメリカにはお前1人で行くのか?」 「ああ。最初は家族みんなで行こうという案もあったのだが、了子の奴が日本に残りたいと言ってな。 それでボク1人で・・・」 「そうか。で、日本にはいつ戻るつもりだ?」 「分からない・・・大学卒業の時点で戻るか・・・それから大学院に行くかもしれんし・・・ もしかしたらその頃には父上たちも日本を離れて暮らすなどと言い出すかもしれんし・・・ もしかしたら日本には戻らんかもしれん。諸星、お前はいつ戻るんだ?」 「父さんの向こうでの再就職も決まったし、しばらくは向こうにいるつもりだ。 それからオレが独立したら・・・その後のことは考えとらん。 どっちで生活するのがオレとラムにとって一番いいのか、考えてから決めたいと思ってる」 あたるがこう答えた後、またしばらくの間2人は黙り込んだ。 「諸星・・・一度でいいから帰って来いよ。お前のふるさとは地球であり、この日本なんだからな。 お前が帰ってくる頃までには、地球ももっと開発が進んだ惑星にしておいてやるよ。このボクの力で」 先に静寂を破ったのは、面堂だった。 「頼もしいコメントだな。まあせいぜいがんばれよ。期待してるぜ。オレも向こうでがんばるよ。 面倒なことが一通り片付いたら、必ず地球に戻ってくるよ」 あたるはこう返事した。 「じゃあ、オレはこれで帰るぞ。今日は結婚式のリハーサルでな。早く行かないとあいつがうるさいから・・・」 「待て、諸星」 あたるがそこを立ち去ろうとしたとき、面堂は待ったをかけた。 「何だ・・・」 「もうお前とも会えんかもしれないからな・・・これはほんの気持ちだ・・・何も言わず受け取ってくれ」 面堂はそう言うと、ひょっとこの家紋の入った袋をあたるに差し出した。 「これは・・・?」 「じゃあな。今日の最終便でニューヨークに発つことになってるんだ。急ぐからな・・・」 あたるの問いかけを遮るように、面堂のそばに縄梯子が降りてきた。面堂はそれを掴み、するすると上に行ってしまった。 「面堂・・・」 あたるの視界から消え去り行くヘリコプターを眺めながら、あたるはそう呟いた。 (さらばだ諸星・・・ラムさんを幸せにしろよ。もしそれが実現したら、改めて結婚の祝いに行くからな) ヘリの中で面堂はそう思った。あたるがもらった袋には「寿」ではなく、「前祝」と書いてあった。 あたるは袋を開けてみた。するとその中には大金と一緒に1枚の手紙が入っていた。 (この金はラムさんを幸せにするために使え。その条件さえ満たせばどんな使い方でもよい。 それと諸星。最後に一言言っておく。もしラムさんを泣かすようなことをしたら、 たとえお前がどこにいようとも必ずこのボクが駆けつけ、お前をたたっ斬る!) 手紙にはこう記されていた。 「フン・・・最後の最後まで、口うるさい奴だ・・・」 あたるは手紙を投げ捨てると、山を下りて教会に向かった。 一方その頃ラン、弁天、お雪は式で着る服を買うためにブティックを軒並み回っていた。 「なあ、ラン。アタイ、スカートだけは絶対にイヤだぜぇー。だってあれ穿くとなんかスースーするもんなあ」 弁天は2人に向かってぼやいた。 「分かってるわよ。パンツルックで素敵な服をあたしが探してあげる」 ランがこう返事した。 「ねえ、ラン。どうして白いドレスを私が着てはいけないの?さっきのお店で見たの、結構気に入ったのに・・・」 お雪はランに尋ねた。 「何でってお前、決まっとるやないか。お前まで白いドレス着たら、花嫁のラムが目立たんようになるやんけ。 ちいとばかりシャクやけどな、式の主役はラムやさかい、しゃーないと思って諦め」 ランはこのように説明した。結婚の早さで負けたのがちょっと悔しいランだった。 「でも諸星の奴、思い切った事しやがったよなあー。いきなり結婚宣言だもんなあー。 一体どういう心境の変化なんだろうな?あんなに嫌がってたのによお・・・」 道を歩きながら弁天はそう言った。彼女はランの持っているMDのことは知らない。 「多分、今度の戦争で命のはかなさというものを思い知ったからじゃないかしら?」 真相を知っているお雪がわざとらしく口を開いた。 「どういうこと?」 ランもわざとらしく尋ねた。 「ほら、今度の戦争では、大量の人々が一度に亡くなったでしょう?きっとご主人様、身にしみて感じたのよ。 人というものはいつ死ぬか分からない、それはラムも例外ではない・・・ だからご主人様、ラムが生きている今のうちに幸せを与えてあげようと思ったのよ」 お雪はもっともらしい嘘を堂々と話した。もっとも、それが本当に嘘であるかどうかはあたる本人にしか分からない。 それにしても、女の勘違いで付き合いが始まり、男の勘違いでゴールインするとはどういうカップルなのだろう。 「ほえー、そんなもんかね?まあラムの奴はあんなに喜んでいたことだし、それならそれでいいんだけどな」 お雪の嘘の憶測を聞いた後、弁天は納得して答えた。 「ラムちゃん・・・幸せになれるかしら・・・?」 「大丈夫よ。ご主人様がどれだけ優しいお方かは、あなただってあの時十分わかったでしょう?」 「それもそうね」 真相を知る2人は、お互い顔を突きつけてこう話した。 「あら、この青いドレス、いいわねぇー。これなら冷え性の私でも長時間着てられそう」 お雪は一軒のブティックのショーウィンドウの前で立ち止まりそう言った。 「そお?だったらこのお店に入ってみましょうか。弁天の好みに合う服も見つかるかもしれないし・・・」 ランに促され、お雪は店に入った。 「ラン・・・アタイはよお、あのヒールが高くて、先っぽのとんがった靴・・・何て言うのかな・・・えーと・・・」 もじもじしながら弁天は言葉を思い出そうとした。 「パンプスのこと?」 「そう、それ!あれもイヤなんだよな・・・何とかならねえか?」 「だめよ!今弁天が履いているようなロングブーツなんて結婚式には不釣合いだわ!式の間だけでも我慢しなさいよ!」 「へーへー、分かったよ・・・」 ランにこう言われ、弁天もしぶしぶその店に入った。 その頃ラムは、結婚式場になる教会で、ウェディングドレスを試着していた。 「あなた本当に18歳?立派なバストしてるわねえー。これなら赤ちゃんが生まれたときも母乳がたっぷり出そう。 そのくせウェストはこんなにくびれて・・・」 「そんな・・・そんなに言われたら・・・恥ずかしいっちゃ・・・」 「何言ってんのよ?恥ずかしがることないじゃない!豊かな胸は、西洋女性の美の象徴なのよ。 ウェディングドレスを着るなら、胸は大きいほうがいいんだから。小さくて悩む人もいるのに、贅沢よ」 「だって・・・昔はウチ、気にしてたっちゃよ・・・同い年の女の子より大きくなるのが早かったから・・・ 男の子からはじろじろ見られるし・・・女の子からは嫉妬されるし・・・ でもね・・・ダーリンが前に、言ってくれたっちゃ・・・ウチのこの大きな胸は、女性としてとっても魅力的だって」 「そうよ。彼の言うとおりよ。あなたはそれをもっと誇るべきだわ。 私もかれこれ、いろんな新婦さんの着付けをやらせていただいたけど、あなたほど手間のかからない女性は始めてだわ。 コルセットもほら、まるであなたのために誂えたようよ。はい!息すってー」 ラムの着付けを手伝う、いかにもこの道のベテランといったいでたちの中年女性がそう言った。 「おばさんもウェディングドレス、着たっちゃ?」 ラムはその女性に尋ねてみた。 「ええ。あなたと違ってナイスボディーじゃなかったから、着るのに苦労したけど。 それを着た時は、私ったらガラにもなく、私は幸せだ、世界で一番幸せなんだって思っちゃってたわねえ。 式の最中には、自分は絶対に泣かないと思ってたのに、やっぱり泣いちゃったわ」 その女性は自分の体験をうれしそうに話した。 「おばさん。やっぱりウチも、式の途中で、泣いちゃうのかな?」 ラムはまた尋ねてみた。 「あなたの選んだパートナーが間違いじゃなかったら、泣かないはずがないわ。 私の経験からいってね、式で泣かなかった女性は、泣いた女性よりもその後破局する確率が高いのよ」 それを聞いたラムは、ちょっと不安になった。 「ど、どうしよう?もしウチが泣かなかったら・・・」 「大丈夫よ!あなたはきっと涙を流すわ。私が保障する」 不安そうな顔になったラムを、女は安心させようと胸に手を当てて言った。 「どうしてそんなことがわかるっちゃ?」 「女の勘よ」 中年の女はしわの多い顔で微笑んだ。 「おーい、ラムー!今来たぞー」 そこに、突然あたるがドアをバタンと開けて入ってきた。しかし、ラムはまだ着替えの途中だった。 「キ・・・キャアーーー!!」 「ギャ・・・ギャアーーー!!」 ラムはかわいらしい悲鳴を上げて、あたるに電撃を食らわせた。あたるは悶絶してその場に倒れた。 「まったく・・・何が『キャー』じゃ!かわいい声出しやがって。普段からセミヌードで町を闊歩しとるくせに・・・ たかがランジェリー姿を見られたくらいで・・・でも、花嫁衣裳用の下着姿のあいつ、結構色っぽかったなあ・・・」 あたるは黒焦げになった姿で感慨深げにそう言った。それから数分後、ドアが再び開いた。 「もういいっちゃよ、ダーリン」 「んあ?」 ラムにそう言われて、あたるがラムのほうを振り返ると、そこには真っ白なウェディングドレスに包まれたラムの姿があった。 「あ・・・・・・ああ・・・・・・」 あたるはそのあまりの美しさに、言葉を失ってしまった。 「お・・・お前・・・本当にラムか・・・?」 ラムのほうを指差し、あたるは尋ねた。 「何言ってるっちゃ?ウチはウチに決まってるっちゃ!どうしたっちゃ?ダーリン・・・」 あたるの問いかけこそ、ラムには疑問だった。 「それはね、あんたがあんまりきれいになっちゃったから、新郎さん驚いてるのよ。うちの亭主もそうだった・・・」 その謎を、おばさんは説明した。 「ダーリンたら・・・そんなにウチきれいだっちゃ・・・?」 ラムは真っ赤にほてった両頬を手で押さえながら聞いた。 「い、いやー。お、お前をメイクした人って、そそそ、相当の腕前だなー。オレにこここ、こんな事言わせちまうんだから・・・」 あたるは決して素直に褒めなかった。 「ん、もう!素直じゃないんだから・・・」 ブスッとした表情でラムは言った。 「う・・・うるせー!」 あたるはこう言い返すのがやっとだった。 「こらこら、あんたたち!式は明後日でしょうが!今からそんなことじゃ先が思いやられるわね!」 口論から喧嘩になりそうだったあたるとラムを、おばさんがうまくまとめた。 怒られた2人は面目なさそうな顔をしていた。 「ヤッホー!ラムちゃん、お・ま・た!」 そこに、先ほど買ってきたばかりのドレスを着たランたち3人が現れた。 「うわぁー!ラムちゃん、きれいーー!」 「ホント、お世辞じゃなく素敵よ、ラム」 ラムのウェディングドレス姿を見て、ランとお雪は思わず声を上げた。 「ありがとだっちゃ、ランちゃん、お雪ちゃん!ランちゃんのピンクのドレスも、 お雪ちゃんのブルーのドレスも、とってもよく似合ってるっちゃよ。あれ?そういえば弁天は?」 ラムはきょろきょろ見回した。 「いててててっ!おい、ラン!やっぱこの靴は痛くてたまんねーぜ!それに歩きにくいしよー・・・」 弁天は床に座り込んでつま先をもんでいた。 「弁天!ちょっと立ってみるっちゃ」 「こ、こうか?」 ラムに促され、弁天は痛いのをこらえて立ち上がった。 「わぁー。弁天、その真っ赤なスーツ、よく似合ってるっちゃねー」 「そ、そうか?まあ、何せ店を何軒も回って吟味して選んだからなあ」 ラムに褒められると、弁天は照れくさそうに頭を掻きながら返事した。 「でも、惜しいなあー。オレはてっきり、弁天様のスカート姿が初めて見られると思っていたのに・・・」 「じょ、冗談言うな!あ、あんなチャラチャラしたもん穿けるかよ!」 あたるにこう言われると、弁天はまた恥ずかしそうに答えた。その場にいた一同は笑った。 「ソレデハ皆サン、全員ソロッタヨウデスノデ、りはーさるヲ始メマショウ」 そこに金髪の神父が現れ、片言の日本語でラムたちにそう告げた。 「でもよ、リハーサルなんだから、わざわざ本番の格好しなくてもよかったんじゃねえのかな?」 弁天はリハーサル会場に入るときそう呟いた。 そして、翌々日、ついにラムとあたるの結婚式が挙行された。 「ぐすっ・・・ラムうーーー、きれいやでーーー」 黒いスーツに白のネクタイをしたラムの父はさっきからこの調子であった。 「もう、父ちゃんたら・・・今からそんな調子じゃ、披露宴でどうなることやら・・・」 ラムはあきれた様子でこう言った。 「あたる・・・あんたも立派になったわねえー」 着物を着たあたるの母も、息子のりりしい姿を見て、思わず涙した。 「母さん・・・」 あたるもそう言った。 「・・・ソナタタチハ、貧シイトキモ病メルトキモ・・・」 神父が長い決まり文句を言った後、誓いの言葉の場面になった。 「・・・らむ、汝ハコノ男ヲ生涯夫トスルコトヲ誓イマスカ?」 「・・・誓うっちゃ!」 「諸星アタル・・・汝ハコノ女ヲ生涯妻トスルコトヲ誓イマスカ・・・?」 「・・・・・・はい」 長い沈黙の後、あたるは答えた。 「デハ、指輪ノ交換ヲ・・・」 神父にそう言われると、2人はいそいそと指輪を交換した。 「デハ、誓イノ口付ケヲ・・・」 あたるはラムの顔を覆っているヴェールを捲り上げ、ラムの頭を抱えて自分のほうに引き寄せ、キスをした。 10秒・・・30秒・・・1分・・・2人はキスを止めようとしなかった。 「モウ・・・イイデスヨ」 神父にこう言われるまで、あたるはキスを止めなかった。ラムもそんなあたるを受け入れ続けた。 「ううう・・・ラムゥーーー・・・」 「あたるぅーーー・・・」 ラムの父とあたるの母はその光景を見てともに涙した。 「あんさん・・・」 「母さん・・・」 そんな2人を、ラムの母とあたるの父がそれぞれなだめた。 その頃教会の外の会場は、まだ披露宴開始前だというのに、たいそう盛り上がっていた。 「おい、おやじ!宴会じゃねーんだぞ!!そんなにがっつくんじゃねえよ!!みっともねえ・・・」  「何を言うか竜之介!こんなチャンスはめったにないのだぞ?お前もたらふく食っておけ! あ、ボーイさーん。ワイン、おかわり!それと包みもねー。余った料理持って帰るから・・・」 「ハァ・・・ダメだこりゃ・・・」 竜之介の忠告など耳も貸さずに、竜之介の父は食いまくり、飲みまくった。 「うはーっ!こりゃホントうめえなー」 弁天も同じく食いまくっていた。 「弁天。まだ披露宴は始まってないんだから、ほどほどにね」 お雪は弁天に忠告した。 「いいじゃなぁーい、お雪ちゃん!そんなカタイ事言わないでさぁー。それよりお雪ちゃんも一杯どお?」 ほろ酔い加減のランは、気分よさそうにお雪にワインを勧めた。 「ラン、私たちは一応未成年なのよ。いくらめでたい場であったとしても、節度は守らなきゃ」 「ちぇー、つまんないの!」 ランはボトルをお雪から退けようとした。が、お雪はそれを止めた。 「ラン・・・私、飲まないなんて言ってないわよ」 お雪はそう言うと、ランの目の前にワイングラスを差し出した。 「ラムさぁーーーーん・・・・・・う、う、う・・・」 「かぁーーーっ、くそーーーーっ!」 一方こちらはヤケ酒だった。メガネ、パーマ、チビ、カクガリの4人は自分たちの年も忘れ飲みまくった。 ラムをあたるに「奪われた」だけでなく、ラムが地球を去ってしまうのだ。悔しさと悲しさでいっぱいだった。 「こらァーーーッ!!キサマらぁーーー!!未成年のくせに酒なんか飲みおってーーーっ!!」 そこに温泉マークが現れた。しかし4人が彼の言うことを聞くはずもなかった。 「ぬあにい・・・!!ランちゃんたちがワインを飲んでいるのはお咎めなしで、オレたちには説教だとォ・・・!?」 まず最初に温泉にからんだのはメガネだった。 「ケッ・・・なーにがめでたい結婚式でぇ・・・!こちとら飲まなきゃやってらんねーよ!!」 パーマはすでにかなり悪酔いしていた。 「ぐだぐだ言ってねえで、ほら、お前も飲めえーーー!!」 温泉を羽交い絞めにしていたカクガリがそう叫ぶと、チビが一升瓶を温泉の口にぶち込んだ。 「ム・・・ボガ・・・!!」 「一気・・・一気・・・!!」 4人からの一気コールで、温泉は自らの意思とは関係なく、飲み続けた。 「プハァーーー。・・・ヒック・・・ちっくしょうーてやんでぇー!教師なんか辞めてやるーーーー!!」 飲み終わった後、温泉はそう叫んだ。 一方テン、レイ、チェリー、サクラの4人は食いまくっていた。 「おい、サクラー・・・みっともないからやめろよー!」 つばめに止められても、サクラは聞く耳を持たず食い続けた。 「何すんねん!これはワイのもんやでー!」 「甘いぞ、テン!こーゆー場合は早い者勝ちじゃ!わっはっは!」 「こらー!!オジ上ー!!さっきから同じものばかり食いおって!これでは私の分がないではないか!!」 「ブギィーーーー!!」 その4人のいるテーブルは、まさに戦場だった。そんな折だった。 突然、4人は1枚の皿を凝視したまま動かなくなった。その皿には1番人気のミートローフが1きれ載っていた。 最後の1つというものを避ける傾向が日本人にはある。彼らも例外ではなかった。 しかし、そんな風に4人がお見合いを続けているところに、突然コタツ猫が現れた。 そして、ミートローフを悠然と自分の皿に取った後、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。 「あ・・・ははは・・・あいつにはかなわんなー」 沈黙がしばらく続いた後、テンはそう呟いた。 「すごい盛り上がりですわねー、しのぶ様。私はこのようなにぎやかなスタイルの催しはとても好きですわ」 「そう・・・でも私はこういう式なんだから、厳かなほうが好きだわ。ところで了子さん。お兄さんは・・・?」 「兄は・・・」 「そう・・・やっぱり来られないのね・・・なかなか素直に受け入れられるものじゃないものね・・・」 しのぶと了子は2人でジュースで乾杯をしていた。 「しのぶさーん!それに了子さんも!お料理ちょっとだけ持ってきましたよー。 いやー、皆さんものすごいスピードで食べるから、こんだけしか持って来れなかったんですがね」 そこに因幡が訳もなく明るい表情で2人の前に現れた。 「ありがとう・・・因幡さん」 「頂きますわ」 しのぶと了子はフォークで皿に載った料理を口に運んだ。 「皆さん。ただいまより新郎、新婦が出て参ります。どうか盛大な拍手でお出迎え下さい」 今日の式の司会進行を買って出た校長がそう言うと、あたるとラムが腕を組んでドアの向こうから出てきた。 ライスシャワーの雨が降り、新郎と新婦とその両親の座席のところまで続いている花道をを歩く途中、 ラムは拍手と歓喜の声を上げる周りに絶えず笑顔を振りまいたが、あたるは照れくさいのか、終始顔を下げたままだった。 「ウチらは今日で正式に夫婦になったっちゃよ。なに恥ずかしがってるっちゃ、ダーリン!」 「アホ。ベタベタくっつくな」 ラムが微笑みながらそう言っても、あたるは決して顔を上げることはなかった。そして2人は所定の位置に着いた。 「今日の披露宴は、新郎の諸星君一家の送別会も兼ねております。2人を祝福すると同時に、 一家が地球で過ごす最後の日がすばらしいものとなるように、皆さん、がんばりましょう!」 校長の話が終わると、今度は新婦ラムの両親へのお礼の言葉になった。 そのスピーチの途中、感極まったのか、ラムはやはり泣いてしまった。しかし何とか最後まで終わらせた。 「ウフッ・・・おばさんの言うとおりになったっちゃ」 その次はあたるのスピーチだった。こちらは相当緊張したようで、噛んだりどもったりを繰り返した。 「ヘイヘーイ!あたるー、しっかりしろー!」 パーマにこう言われても、あたるは最後までガチガチのままだった。 その次は友人代表ということで、弁天のスピーチになった。 しかし弁天はアンチョコを持ってスピーチしたにもかかわらず、読み間違えたり、同じところを読んだり、 挙句の果てには泥酔したランが乱入したりと、大騒ぎとなった。 そして、しのぶ、ラン、それにサクラといった結婚願望丸出しの女性陣お待ちかねのブーケトスの時間がやってきた。 「しのぶさーん!がんばってくださーい!」 「任せといてー!」 声援を送る因幡に腕まくりしてしのぶは答えた。 「レイさーん!ランちゃんたら絶対に取っちゃうからねー!次は絶対私たちの番にしましょー!」 「ブモ?」 この時のレイにはランの言っている意味がよく分かっていなかった。 「サクラー、よせよー!みっともないから!だいたいこんなの、何の根拠もないじゃないか!」 「何を言うか!よいか、つばめ、諸星とラムが友引町からいなくなることで、私たちの運気は上がるのじゃ。 われわれが結ばれる最大のチャンスなのじゃ!この千載一遇のチャンスを逃す手はない!!」 サクラが一番気合が入っていた。3人は競って前のほうに来た。 「まるでなんかの試合やな・・・」 その凄まじさに、テンは閉口した。 「みんなー!準備はいいっちゃー?」 「いいわよ!」 「OK!」 「いつでも来い!」 ラムに聞かれると、3人は大きな声で返事した。 「それじゃーいくっちゃよー。それーーーっ!」 ラムは空高くブーケを放った。3人はまるでバスケットのルーズボール争いのように競り合った。 しかしブーケはそんな3人をあざ笑うかのように、あさってのほうに飛んで行った。 「あっ・・・・・・」 なんとそのブーケは弁天のところに飛んで行った。彼女は反射的にキャッチした。 「えっ・・・?何?何だってんだ?」 弁天は自分の置かれている状況が理解できず、ブーケを手にしたままきょろきょろあたりを見回した。 「べぇーんてぇーーん・・・!!」 しのぶとランとサクラはものすごい剣幕で弁天に迫った。 「ななな・・・何だよ!?何だよその目は!?ア、アタイが何したってんだよ!?」 訳も分からぬまま、ひたすら弁明に終始した。 「何てことしてくれたのよーっ!!」 「おんどりゃあーー、ワシに何の恨みがあるっちゅうんじゃーーー!!」 「おのれ弁天・・・!!あっ!!こら、待て!!待たぬかーーーっ!!」 弁天は訳も分からぬまま脱兎のごとくその場を逃げ出した。その後をしのぶとランとサクラが追いかけた。 「まあ・・・!次は弁天がお嫁に行けるのね・・・」 逃げ回る弁天を見ながら、お雪はそう言った。 「そーかー。次は弁天様かー。でもラム、弁天様って、彼氏いるのか?」 「さあ?そういう話は聞いたことがないっちゃ!」 そんなこんなでてんやわんやだった披露宴兼送別式もついに終わり、いよいよ本当に別れの時が来た。 一足先にあたるとラムの両親がラムの父のマザーシップに乗り込んだ。 「あたる君・・・元気でね・・・お幸せに・・・もうガールハントなんかやっちゃダメよ・・・」 「あたるさん、いつかあなたたちが戻ってくると信じて、あなたとラムさんのいる友引町の未来、造り続けますからね」 「うわあたるう!ラムさん幸せにしなかったら、ラム親衛隊最高会議はキサマを処刑するぞー!!」 「諸星・・・オレはこんな時どんな言葉をかけたらいいのかよくわかんねえけどよ、とにかく、元気でな」 「諸星様・・・必ず戻って来てくださいね・・・そのときは面堂家一同で暖かくお出迎えいたしますわ」 「諸星・・・体に気をつけるのじゃぞ。くれぐれも無茶をするでないぞ。もうオヌシの体はオヌシだけの物ではないのじゃからな」 「諸星・・・立派な夫になれよ。ラム君を泣かすようなことはするなよ」 今日で地球を去るあたるに、もう会えないかもしれない地球人たちは名残惜しそうに様々な送辞を述べた。 「ありがとう・・・みんな。そして・・・さようなら」 あたるはみんなに手を振りながら、マザーシップの中に入った。その直後、マザーシップは上昇して一旦止まった。 「バイバイ・・・・・・わがふるさと、友引町」 あたるは窓の外を眺めながらそう呟いた。その直後、マザーシップはワープし、空から姿を消した。 こうしてラムたち宇宙人と諸星一家は、友引町から姿を消した・・・ Chapter 19 Epilogue−Welcome To Tomobiki Town− あたる君、それにラム、お元気ですか?あなたたちが友引町を去って今年でもう8年ですね。 私ももう26になってしまいました。道行く子供たちから「おばさん」なんて言われるようになってしまいました。 それに対して、初めは「お姉さんと言いなさい!」と叱りつけていたのですが、最近ではそれもできなくなってしまいました。 そうなったのは、自分の子供が生まれたせいかな・・・女の子です。名前はひかると言います。 もちろん父親は因幡さんです。因幡さんは育児にも熱心で、おかげで思ったより早く職場復帰できました。 我ながら理想のデュークスなんじゃないかって思っています。あたる君たちにも子供はできましたか? それはそうと、あなたたちが地球から去ってからは、友引町はめっきり静かな町になってしまいました。 変な事件が毎日のように起こっていたのが嘘のようです。 今はむしろ、そっちのほうが大変なことになっているかもしれませんね。 友引高校も、あなたたちや面堂さんがいなくなってからは、すっかり静かな高校になりました。 頭がおかしくなりそうな変な出来事に悩まされない平穏な生活を得るために払われた代償は、余りにも大きかったようです。 ただひたすら過ぎていく平凡な毎日・・・失われる青春・・・否応なく巻き込まれる受験地獄・・・ はっきり言って退屈そのものでした・・・高校3年の時間は・・・ そして大学入学。いろいろ大変なこともあったけど、あなたたちが巻き起こしたトラブルの数々に比べれば、 何ということもありませんでした。大学での4年間も、そうしてただなんとなく過ぎていきました。 そして今は、私は高校の国語科の教師をしています。専門は古文です。 今年の春から、私はかねてからの希望だった、母校友引高校への転任が決まりました。 今とてもわくわくしています。早く私の後輩たちに、源氏物語を聞かせてやりたいと思っています。 それでは、私の現在についてのレポートはこれくらいにして、他のみんなの近況報告をしたいと思います。 「はい、皆さん!ニッコリ笑ってー・・・あ、あららら・・・」 「これ、スミレ!隼人!じっとしておれ!」 「すみませーん・・・写真屋さん・・・」 「いえ、いいんですよ。奥様、ご主人様。子供はこれぐらい元気なほうが・・・ね!」 老眼鏡をかけた写真屋はそう言うと柔和な表情で女の子と男の子を見つめた。 「それでは改めましてー、はい!」 パシャッ サクラはつばめと結婚し、寿退職していた。今はスミレという女の子と、その弟の隼人の世話に明け暮れている。 「じゃ、これにハンコお願いしまーす。・・・あっ、それじゃどうも、ありがとうございましたー!」 ラム親衛隊ナンバー2だったパーマは、宅配便のセールスドライバーとなっていた。 今年の夏には子供が生まれる予定である。 それを知ったパーマは、今まで以上に張り切っている。というのもパーマの女房は大変な大飯食らいで、 つわりの時期が終わると同時にマタニティハイで前にも増して食うようになった。 子供が生まれた後の生活費はもちろんのこと、女房の食費も前にも増して稼がねばならなくなったのだ。 彼がこの仕事を選んだのも、基本給プラス荷物の個数に応じて歩合給という条件が気に入ったからだ。 「あーあ、好きで結婚したからいいけどさ・・・やっぱりつれえなあ・・・でも、がんばらなきゃな!よし!」 彼は伝票整理の合間に奥さんの写真を眺めた後、車を発進させ、次の家に向かった。 「いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ!」 カクガリは老舗ラーメン店の店員になっていた。今は暖簾分けを目指して修行中の身である。 ちなみに彼には、真剣に交際している3歳年下の恋人がいる。店の常連客である。 「あれーー?これ計算合わないなー・・・」 チビは平凡なサラリーマンになっていた。企業戦士として、外回りとパソコンと向き合う毎日である。 そんな彼のところに、今年大学を卒業して入ったばかりの女の子がやってきた。 「あの、先輩・・・ここがよく分からないんですけど・・・」 「どれどれ・・・あっ、これはね・・・」 新人の頃はおどおどしていてよく職場の上司にどやされていたチビだったが、今では後輩に教えられるくらいになっていた。 「ありがとうございましたー、助かりました。ところで先輩、今日の昼休み、何か用事ありますか?」 「いや、別にないけど。でもどうして?」 「あの・・・もしよかったら、一緒にお食事でもどうですか?」 「えっ!?」 またひとつ、春の到来を思わせる出来事が起こった瞬間だった。 「・・・で、あるからしてこのカノッサの屈辱という事件は・・・」 そして隊長メガネはしのぶと同様、教師となっていた。担当は世界史と政治・経済である。 しのぶより1年早く友引高校に赴任し、教鞭を執っている。 「こら、そこ!私語は慎め!!」 教師になって始めて教師の苦労が分かった・・・最近の彼の口癖である。 ラムに対する入れ込みようは4人の中で一番強かった彼のことだから、一生独身を貫くかと思いきや、さにあらん。 時間が彼の心を癒したのか。彼もまた、同じ職場の女性教師と恋愛関係にあるのだ。 ちなみに彼女は数学の教師で、学校のマドンナといわれるほどの美人だが、理屈っぽいところはメガネとそっくりである。 「先せーい。質問がありまーす」 「何だ、板倉」 「麻上先生とはいつ結婚するんですかー?」 1人の男子生徒がこう言った瞬間、教室内は笑いの渦となった。 「バッ・・・バカものっ!な、何を言っとるんだ!そんなバカなこと考える暇があったら勉強しろ!」 メガネは顔を真っ赤にして怒鳴ったが、2人が付き合っていることは、校内中の生徒は皆うすうす感じていた。 ちなみに彼女の名前は麻上弥生。年はメガネと同じである。彼女も結婚には前向きである。 「ハーイ。今日の調理実習は、みんなでトンカツを作りまーす!男の子も遠慮しないで、みんな仲良く作りましょう!」 いまや家庭科は男女共修の時代である。そんな彼らに教鞭を執るのは、同じく友引高校家庭科教諭のランである。 ランもついに念願だったレイとの結婚にこぎつけることができた。子供も生まれた。 女の子で名前はリンである。母親譲りのパッチリした目をしているが、角があるため空を飛ぶことができる。 ちなみにレイは怪力を生かし飯場で働いている。1人で5人分の働きをしている。 「なぜトンカツかと言うとー、このお料理は私が今のだんな様を射止めるきっかけになった思い出の料理だからという・・・」 この料理を実習のテーマにした理由を語る彼女のもとに、1人の男子生徒が近づいてきた。 「どうしたのかなー、片岡君。勝手に班を動いちゃだめよ・・・」 「先生、オレと、キャベツの千切りで競争しませんか?」 片岡のこの言葉を聞いたランは、一瞬戸惑った。 「・・・どうしたの?急に・・・」 「先生の家庭科の教師としての腕前がどの程度のものか、見てみたいんですよ」 この言葉にランはカチンと来た。 (このガキャアー、ええ度胸しとるやんけ。・・・まあええわ、ワシの腕前とくとさらして、驚かしたろ) 頭ではこう思っていたが、ランはその感情を押し殺し、あくまで笑顔で応じた。 「いいわよ。もし先生を負かしたら、あなたの成績は5をあげる!でも、先生が勝ったら、どうするの?」 「オレん家、中華料理屋なんだ。先生の家族みんなタダで招待してやるよ。食い放題・・・勝てたらね」 片岡は不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。 「じゃあ、行くわよ・・・よーい、スタート!!」 ランのこの合図と同時に、2人の包丁がものすごいスピードでまな板を叩く音が部屋中に響いた。 一方ここは柔道場。ここで柔道の授業をする1人の教師がいた。 「よーし。今から乱取り稽古を始める!もしアタイから一本取れたら、そいつには体育の成績は5をやろう!」 そこには黒帯の柔道着を着た弁天の姿があった。弁天は瞬く間に多数の男子生徒を投げ飛ばし、最後の1人になった。 「黒岩・・・やっぱりお前がしんがりか・・・」 そう言った弁天の前には、身長190センチはあろうかという大男がいた。彼は柔道部主将で、もちろん黒帯である。 「先生・・・約束は守ってくださいね」 「柔よく剛を制す!柔道は体の大きさだけじゃできねえってことを、お前に教えてやる!!」 弁天はそう言うと、彼に向かって猛突進した。 「う・・・うわあーーーっ!!」 しかし、さすがは警察や軍隊から声がかかるほどの猛者である。彼は弁天を得意の大外刈りで一蹴した。 あまりに一瞬の出来事に、弁天は受身を取ることすらできなかった。 「まったく・・・いくつになってもしょうのない人ね。いくらあなたでも、相手は柔道部のキャプテンよ。敵いっこないわ。 あなたももう26なんだから、そんな無茶ばっかりしてたら、再起不能になるわよ」 ここは保健室である。1人の養護教諭がそう話すと、弁天の背中に湿布を張った。 「いてぇっ!!お、お雪ー!!も、もっと丁寧に貼れよなあ・・・!!」 養護教諭は、寿退職したサクラに変わって、お雪がなっていた。彼女も校内での男子生徒の人気は高い。 特に夏になると、涼を求めて生徒のみならず、教師たちまでも彼女のもとにわんさかとやってくる。 「黒岩君も、いくら体育教師といっても、相手は女性なんだから。少しは手加減してあげなさいな」 「す・・・すんません。成績が5になるって言われて、つい・・・」 お雪にこう注意されると、黒帯の大男は面目なさそうに顔を下げた。 「痛いよぉ・・・片岡君、痛いよぉ・・・」 「先生・・・オレが悪かったよ・・・本当に、ごめんなさい・・・だからもう泣かないで・・・」 保健室の外から、声がしてきた。保健室のドアが開いた。 「今度は何なの?・・・あら、ラン先生。どうなさったの?」 「先生・・・包丁で左の人差し指、切っちゃったんです」 痛みに耐え切れず泣き続けるランに変わって、片岡が説明した。 「まあ・・・それは大変だわ。急いで手当てしないと」 お雪は棚から薬を取り出し、傷口を消毒し、ガーゼを当てて包帯を巻いた。 「これでいいわよ。でも、河童の川流れとはまさにこの事ね。家庭科の先生が包丁で指を切っちゃうなんて・・・」 「お雪先生、実は・・・」 片岡はランと行った賭けについて話した。 「あきれた・・・まったく困った先生たちねえ・・・こんな先生たちに教わっているんじゃ、あなたたちも大変ね・・・」 お雪が片岡と黒岩にこう言うと、弁天とランは気恥ずかしそうに顔を背けた。 一方ここは購買部である。 「まいどありー」 竜之介は卒業後は本格的にここで働くようになっていた。渚も一緒である。 「ねえ、竜之介さまー。これ見て」 渚は竜之介を呼ぶと、旅行のパンフレットを見せた。 「なんでえ、こりゃあ・・・」 「オランダ旅行のパンフよ」 渚の言うとおり、それはオランダ旅行のパンフレットだった。 「そんなの見りゃ分かる。どうするんだ?」 「決まってるじゃない!行くのよ、オランダに!」 竜之介は渚の言っている意味が分からなかった。 「だから何でそんなところに行く必要があるんだよ!?第一金はどうするんだよ!?」 怒鳴る竜之介に、渚は分厚い封筒を差し出した。かなりの大金が入っていた。 「な・・・渚・・・おめえ、これどうしたんだよ!?」 その金額を見て竜之介は驚いた。 「心配しないで。これはちゃんとした方法で得たお金よ。今まで私がへそくりして貯めたの」 微笑みながら渚は言った。 「おめえ、いつの間に・・・まあ、これで金は何とかなるってことか」 「きゃあ、竜之介さま!じゃあ、オランダには行くのね!?私と一緒に行ってくれるのね!?」 「まあ・・・たまにはいいか・・・」 「キャーッ!嬉しいっ!」 歓喜の声を上げ、渚は竜之介に抱きついた。 「こ・・・こらっ、よせよ!・・・でもおめえ、何でオランダなんだ?なんか理由でもあんのか?」 渚を振り払いながら、竜之介は訪ねた。 「私は身も心も女に、竜之介様は身も心も男になるために行くのよ」 竜之介は最初、この意味が分からなかった。 「どーゆー意味だ?」 「つまりー・・・性転換手術に行くのよ!日本でやるより安くつくから」 「な・・・何イーーーッ!!?」 これを聞いた竜之介は仰天した。そしてその場から逃げ出そうとした。 「待って、竜之介さま!私たち、これで晴れて正常なカップルになれるのよ!お願い、協力して!!」 しかし渚はすぐに竜之介を捕まえ、チョークスリーパーをかけた。 「イ・・・イヤだあー・・・!!オレは・・・女だああ・・・!!お、親父い・・・何とか言ってくれ・・・!!」 竜之介はもがきながら、竜之介の父に助けを求めた。 「安心せい、竜之介。ワシがしっかり留守番をしておいてやる。何の心配もいらん!行って来い、オランダへ!土産は忘れずにな」 父は見当違いの返事をした。 「バ・・・バッキャロー・・・!!」 竜之介の叫びは校長室まで聞こえた。 「何でしょう?今の声は・・・」 「気にすることはありませんよ。いつものことですから」 あたるたちの結婚式の司会進行も務めたあの校長は定年退職し、今年から温泉マークが校長となっていた。 9年前にあたるたちの担任を務めて騒ぎには慣れていた彼にとって、今のようなことは別段珍しいことではなかった。 (そうか・・・来年度から三宅がうちに赴任するのか・・・また、賑やかになりそうだな・・・) 温泉は新聞の人事異動の欄にかつての教え子の名前を見つけると、白髪交じりの頭を掻きながらそう思った。 「校長。それで、私のクラスの、この前校内で喫煙をした秋元のことなんですが・・・」 どうやらこの教師の受け持ちの生徒が不始末を犯したようだ。そこでどうすればいいか意見を伺いに来たというわけだろう。 「ああ、彼のことですか・・・彼は古い言葉を使えば、やんちゃな子ですからね。 9年前に私が担当したクラスにも1人、そんな子がいました」 「は?」 教師はなぜこんな話を始めたのか分からなかった。 「他の生徒に対して示しをつけないわけにはいかないでしょう。まあ、自宅謹慎一週間ですね。 でも、彼はきっと寂しかったんでしょう。あなたに構ってもらいたかったんですよ。 謹慎中に最低一回、家庭訪問に行ってあげなさい。そして彼と話してみることです。 そうすれば、問題は解決するでしょう。でも、何でこんなことをしたんだなんて、言っちゃだめですよ」 「分かりました。そのようにやってみます」 そう言うとこの教師は校長室から出て行った。 「まだまだ・・・あいつに比べれば・・・そういえばあいつは・・・元気にしとるかな・・・? あいつの扱いに四苦八苦したことも、今となってはいい思い出だな・・・そう思わんか?諸星・・・」 温泉は窓の外を見つめながらそう呟いた。 「あなたー、あなたー!いたら返事なさってくださいな!」 ここはどこかのフィットネスジムである。了子はここにいるはずの自分の夫を呼んでいた。 「何だ、了子。騒々しい・・・せっかくベンチプレス50キロに挑戦しようと精神統一しておったのに・・・」 そこには飛麿がいた。了子は水乃小路家に嫁入りしていた。これにより長い両家の対立には終止符が打たれた。 「今日はとってもよい知らせがございますのよ。あなた、お耳をお貸しになってくださいな」 「こうか?」 了子に言われるままに、飛麿は耳を了子の口に寄せた。すると何を思ったのか、了子は耳ではなく頬にキスをした。 「な、何をするんだ了子!は、はしたない!」 飛麿は驚きそう叫んだ。 「まあ、照れちゃって!冗談ですわよ!本当は・・・」 この後の彼女のセリフを聞いて、彼はしこたま驚いた。 「ほ・・・本当なのか・・・!?」 「ええ。お医者様がそうおっしゃられましたわ。私のおなかの中には男と女の双子がいますのよ」 微笑みながらおめでたを報告した。 一方ここは都内のとあるところにある豪邸内の茶室である。 「あなた・・・お茶が入りました・・・」 「うむ・・・ではいただくとしよう」 オールバックの男は茶碗を回し、お茶をすすった。 「・・・結構なお手前でした。飛鳥、お前も茶を立てるのが随分うまくなったな・・・」 「お褒めの言葉、大変嬉しう存じ上げます・・・」 もうお分かりいただけるだろう。この男の正体は面堂である。 彼はアメリカの大学を卒業後帰国し、その直後水乃小路家の令嬢飛鳥と結婚した。その結婚式は了子と飛麿のものと同時に行われた。 飛鳥は母親によって課せられた男性恐怖症克服プログラムを受け続け、17歳のときようやく男性恐怖症を克服した。 強大なパワーのコントロールの仕方も覚え、お茶を立てているときに茶碗を粉々にしてしまうこともなくなった。 短大に行き、一般常識もしっかりと身につけた。もう「結婚って何ですか?」などと言うこともない。 そこにメイド服を着た若い女が現れた。 「奥様・・・完太様と成子様が泣き止まないのですが・・・」 女は困った表情でそう伝えた。 「きっとおなかが空いているのね・・・わかりました。すぐそちらに行きます」 そう話す飛鳥の表情は、もはや少女の顔ではなく、妻の、そして母親の顔であった。 普通こういう富豪の家においては、子育ては乳母の仕事である。 しかし飛鳥が「子供は自分の母乳で育てたい」と言ったため、まことに異例であるが、このようなこととなっている。 ちなみにこの2人も二卵性双生児である。完太が兄である。 飛鳥が部屋を出て行き、一人ぼっちになった面堂は考え事をしていた。 (そういえば・・・諸星とラムさんは・・・元気にしとるかな・・・?) ちょび髭をもてあそびながら彼がこのように考えたのはただの気まぐれではなかった。現在彼は宇宙開発事業に力を入れている。 少し前に完成した日本初のUFOが離着陸できる空港の工事に当たったのも、彼が現在父親から任されている土建会社であった。 これにより宇宙旅行が夢ではなくなった。現在月などへの定期便を設定しようと計画している。 「諸星・・・とうとうわれわれ地球人も宇宙旅行ができるまでのレベルに達したぞ。 今はまだ太陽系の惑星までで精一杯だが、そのうちにお前が住んでいるはずの鬼星まで定期便を出すからな。 首を洗って待ってろよ。そしてラムさん・・・あなたは今、幸せですか・・・?」 障子を開け、そこから空を見つめながら、面堂は独り言を行った。そして葉巻に火をつけた。 そしてチェリーは・・・8年前と何も変わっていなかった。相変わらず町内の空き地で野宿をしていた。 「そら、ネコや、メシが煮えたぞ」 チェリーはそう言うと、コタツネコに茶碗を渡した。そこに友引高校「元」校長が現れた。 「おお・・・オヌシは・・・」 「私も仲間に入れてくれませんか・・・?」 彼はそう言うと、コタツ猫の隣に座った。そしてコタツネコに茶碗を渡された。 「なかなかおいしそうですね・・・」 鍋の中を見ながら、彼はこう言った。 いかがでしたか?地球にいる皆さんは、それぞれ違う道を歩んで、それぞれが違う生活を送っています。 でもね、あたる君、ラム。私を含めて、彼らの心の中には1つだけ共通する思いがあるんですよ。 それは・・・あなたたち2人に帰ってきて欲しい、今の地球をあなたたちに見てもらいたい、そんな思いです。 今度友引町の近くに、UFOが離着陸できる立派な空港ができました。ですから、いつ帰ってきても大丈夫ですよ。 8年もあなたたちの顔が見れないなんて、寂しいです。あたる君。ラム。どうか私の娘の顔を見にがてら帰って来てください。 私を含めた仲間達みんなで、あなたたちのことを歓迎しますよ。待ってますからね。 その頃あたるはUFOの操縦桿を握っていた。その横には小さな男の子がいた。 「ほーら、あれがパパの生まれ育った星だぞー、こける」 ヒゲ面のあたるは、横目で男の子のほうを見ながら地球を指差し言った。男の子の頭には2本の角があった。 髪は緑色で、目つきは母親であるラムに似ていた。 「こける。あの星はね・・・パパとママが初めて出会った思い出の星なんだっちゃよ・・・」 チャイナドレスを着たラムがこけるに後ろから抱きつき、頬ずりをしながらそう話した。 まだ幼いこけるは、両親の言っていることの意味がすべては分からなかった。 しかし、青く光り輝く星の美しさは十分に感じたらしく、窓越しに地球を食い入るように眺めていた。 あたるとラムも、8年ぶりの地球上陸を目前にして、心が躍っていた。 The end