高校野球編:第三話最初の挑戦・最後の挑戦 PART1[喫茶店にて] 『プレイボール!』 ウゥゥゥゥゥゥ・・・ 『さあ、いよいよ始まりました、ここ、甲子園球場で今日いよいよ西東京代表の豪太刀学園と福岡県代表の風林館高校による決勝戦が  行われます!いま、風林館の高校の早乙女が振りかぶって、第一球、投げ・・・プツッ』 あたるはテレビのスイッチをリモコンで消した。リモコンをテーブルの上に置くと、手を頭の後ろで組んで横になり、天井を見上げた。 目に見える白い天井には、少しシミが付いている。いや、ヤニであろう。父親はいつもあたるが座っている場所でたばこを吸うのが、 日課となっている。 『コラァァァ!気合いいれんかい!!』 『ホームラン打たれたら殺す!』 『打たれたら俺が取ってやるからよ』 『だからその夢を2人が背負ったっちゃ!』 天井には幻聴と同時に、野球部の幻覚まで聞こえてくるようだった。 (野球・・・か。なんで野球なんか始めたんだろうか・・・。小さい頃だって野球は目に入らなかったんだがなぁ) 寝返って、横を見るとテーブルの足が規則正しく、同じ長さで立っている。 夏休み中ですることもなく、暇をもてあましていたあたるは気分直しに散歩に行こうと、家を出て、無作為に右へ向かった。 この住宅街を歩いてみると、以外と珍しいモノに見える。普段は、気にもとめないが、家に巣くっている燕や木に止まっている蝉、 蜃気楼でぼやける道の向こう。野球を止めて得られるモノを感じた気がした。 (野球やってないとこんなにも一日が長いのか・・・) 遠くでは何処かの学校の部活が校外ランニングをしているのか、ファイトファイトという声が聞こえる。 あたるは何も考えず、足の向くままに歩いていくと、商店街にたどり着いた。この商店街の近くには一刻商がある。従って、商店街には 「祝・甲子園出場」という大段幕はあった。 (一刻商が甲子園いくのはいつもの事だろうが・・・。いまさら何を祝う?) あたるはとりあえず、本屋によってみた。昔、立ち読みすると店の主人に怒られるような店だ。幸い、そういう主人ではないようで立ち読みを している人は何人もいた。何気なく取ったのは、音楽を専門に扱っている雑誌だ。 ぱらぱらとめくっていくと、知らないアイドルや歌手がぞろぞろいた。 (こんな歌手いたか?お、このアイドルも全然しらねえ・・・。デビューは・・・、去年の七月・・・か) 去年の七月・・・。あたるにとって人生でもっとも大きな月だった。ルパの事故による下半身麻痺だ。 (もう忘れた・・・。いまは平凡な高校生・・・。地元のスターでも、甲子園の注目選手でもなく、ただの高校生だ・・・。野球なんか忘れた・・・) あたるはその音楽雑誌を本棚にぽいっと置くと、漫画コーナーに向かった。別に毎回買っている漫画の発売にでもなければ、 新しく集めるわけでもない。ただ、本屋に行けば漫画の立ち読みと相場は決まっていた。 あたるはランラムに漫画を手にするとあることに気付いた。ビニールで包装してあり読めない。 (最近の漫画は立ち読みができんのか?) 仕方なく、漫画コーナーから雑誌コーナーに向かった。だが、それでも漫画雑誌が目当てだ。手に取ったのは、言うまでもなく「少年サンデー」である。 そこで、三十分ぐらい立ち読みすると今度はスポーツ雑誌を手に取る。 無作為に開いたページには「甲子園のヒーロー!面堂と水之小路!!」と載っている。 「・・・」 しばらくそのページから目を離すことが出来なかった。面堂がバッドを振り切った瞬間の写真や、「水之小路、徹底解剖!」と称して 飛麿の分析表が載っている。思わず読み行ってしまった。しかし、時の流れはそれを遮る。 「あたる君?」 後ろから聞き覚えのある声がする。しのぶである。あたるはスポーツ雑誌を元の場所に置くと体ごとしのぶに方向を変える。 「なんだ?なんでこんなところに?たしか今日は甲子園の決勝戦だろ?なんで東京にいるんだよ?」(あたる) 「マネージャーは去年辞めたわよ。聞いてなかった?」 「聞いてねえよ!でもなんで本屋なんかに?」 「もうすぐ休み明けテストがはじまるの。それでちょっと参考書を・・・。あたるくんは?練習はどうしたの?」(しのぶ) どうやらこの様子だと面堂から何も聞いていないらしい。 「ちょっとな・・・。ところでどうだ?ちょっとお茶でもしてかないか?」 「う〜ん、帰って勉強したいから三十分ぐらいね」 ちょうど、本屋の近くに喫茶店がある。すこし小さいが、この時間帯なら空いているだろう。 「いらっしゃいませ。奥の席にどうぞ」 店員が簡単な案内をした。それに着いていって座った席は表の通りがよく見える席だ。 「やだ、外から丸見えじゃない」(しのぶ) 「喫茶店は大体そう言うモンだろ?」(あたる) 「知り合いに見られて勘違いされたら困るわ・・・」 「勘違いってなんだよ?」 「言わなくても分かるでしょう?」 「まあ、そんな堅いこと言わずに・・・」 あたるはいきなりしのぶの手を握るが、しのぶがその手を思いっきり抓った。 「イテテテテ・・・、抓ることないだろ?」 「まだいい方よ。ホントに怒ったら机を投げつけているわよ」 「エッ・・・」 「冗談よ。私そんなに力ないもん」 冗談とは言え、そうは聞こえないから怖いモノだ。 「で、私になにを話したいの?」 「えっ?」 あたるは図星をつかれた顔をした。 「これでもあたるくんとは長い付き合いよ。そんな事ぐらい解るわよ」 あたるは鋭いしのぶの言葉に返す言葉もない。あたるは肩の力を抜いて大きく息をすると口を開いた。 「おれ・・・、野球部止めたんだ・・・」 しのぶの表情にこれと言った変化はない。 「なんだか・・・、黒川さんの重荷背負いきれなくて・・・、だから・・・」 あたるは途中で言葉が切れた。 「そう・・・」 「しのぶ・・・、俺さぁ・・・、やっぱり裏切り者なんだよな・・・」 しのぶは何も答えない。表情にもどんな想いなのかも解らない。 「さあ・・・、それは貴方がどう考えるかよ・・・。周りが・・・、ラムやコースケ君たちの態度や表情が  あなたにどう映るか・・・。それをみて判断したら?」 「でも・・・、見れない・・・。あいつらの顔を見たらもう学校にもいけない・・・」 あたるは腕にうずくまった。そしてしばらく時間が過ぎるとしのぶが急に涙を落とした。 あたるは顔を上げて、しのぶの顔をのぞき込んだ。 「なによ・・・。なんで野球部止めるのよ・・・。みんな小さいときから野球野球ってはしゃいでたじゃない!  あたるくんやラム、コースケ君も・・・。なんで夢を捨てるの!?」 「すまない・・・」 「黒川さんと何があったのよ!?」 あたるは静かに、しのぶにルパとの出来事を洗いざらい話した。しのぶはハンカチで涙を拭きながら一言一言確実に聞いていった。 一通り話し終わるとしのぶは何故か笑顔になっていく。 「・・・だから、俺・・・」(あたる) 「相変わらず鈍いのね、あたるくん」(しのぶ) 「えっ・・・」 しのぶはゆっくりと立ち上がった。 「黒川さんはそんな酷い事言う人じゃないことぐらいわかってるでしょ?」 「でも、黒川さんは・・・」 「バカね・・・。黒川さんは自立しろっていいたいのよ」 「えっ・・・」 「まあ、あたるくんも黒川さんもほんとの気持ちを伝えることが下手だから無理もないけど・・・。  わざと、きついこと言って、あたるくんを黒川さんの背中から引き離したかったのよ。だから  あたるくんにその背中を見たら倒すつもりでいくべきよ。それが黒川さんの願いでもあるんだから・・・」 あたるの心にわずかな光が差し込んできた。 「で、でも、いくら何でもそんなことは・・・」 「だったら自分で確かめてみれば?」 しのぶはひじをついて軽く微笑みながらあたるに言った。 しかしあたるは少しためらった。ルパが本当にあたるを恨んでいたら病院なんかに足を運べないからである。 「なにためらってるのよ・・・」 あたるはそのしのぶの言葉に続きがあることに気付いていた。 「ほんとは野球がしたんでしょ?」 この一言だった。この一言があたるの心をついに動かした。 この一言が高校野球界に旋風を巻き起こす源になった。そして、歴代高校野球界史上最強バッターと 同じく高校野球界史上歴代最強ピッチャーの対決に火を付けた。 PART2[復帰] 翌日 「こ、コースケ・・・」 この日、あたるは少し緊張しながらもコースケに話しかけた。実に一ヶ月ぶりだ。 「・・・あたる・・・」 コースケも驚きを隠せない。 「あ、あのさ・・・」 あたるはそう言って黙り込む。コースケが首を傾げるとあたるはあわてた。しかし懸命に口を開いた。 「あの、その・・・、またバッテリーくまねえか?」 一ヶ月前に心に刺されたあたるの矢が抜け掛けてきた。教室のカーテンがゆっくりと揺れながらコースケの返答を待つようだ。 「・・・」 あたるを見上げるコースケの顔は全く動かない。あたるの頬にも汗がたれ始めた。 「背中を・・・、黒川さんの背中を乗り越えられたのか?」 静かにコースケはつぶやいた。 「いや・・・」 コースケが顔をあげるとあたるは余裕のある、しかし純粋な顔をしてた。 「乗り越える必要もないだろ?尊敬してるんだから」 コースケからみたあたるの目はルパと似るものがあった。 「条件がある・・・」 その一言はあたるの心臓の鼓動を早くした。 「宿題、見せろ」 2人の間の壁はなくなった。この黄金バッテリーは復活したのだった。しかし、これで全て解決と言うわけでもなかった。 野球部への再入部である。 しかし、以外にもあっさりと親父は再入部を了承した。ナインも快く2人を受け入れた。ただ、入部条件も出された。 約一ヶ月、練習をしていないのだから、体はなまっているのは必定だったからだ。そこで、親父は毎日の練習メニュー+αという 形を取り、一ヶ月の遅れを取り戻せ、と2人に提案した。むろん、断るはずもなく、2人は友高野球部に復帰した。 しかし、それでも問題は残っている。秋季大会とラムである。あたる達が再入部してから、直ぐに秋季大会が始まるのだ。 その時エースを誰にするかが問題などいろいろ問題が出てくる。 そしてもう一つの問題のラム。ナインとは違い、未だに、あたると話そうとすることは無かった。 翌日 いつも通り、友引高校に登校してくるあたるとコースケ。しかし、ラムは居ない。 今日、登校したのは、練習だけではなく、夏の補習なのだ。そのあと野球部の練習が始まる。部活に入っている者は、 夏休みなど殆ど意味がないのである。 「・・・」 いつもはぺちゃくちゃ話しているこの2人だが、あたるは全く話さない。コースケの悩みのない顔とあたるの悩んでいる顔は、 明暗がはっきりしている。 しかし、コースケは何も解っていないと言うわけでも無かった。あたるとラムが話す姿など全く目にしないからだ。 「いつまでこんな事続ける気だ?」 コースケのこんな質問にあたるはそれほど驚くこともなかった。ただ、少しコースケの顔を見ただけで、また暗い顔をする。 するとコースケはあたるの後頭部をカバンで殴った。あたるは顔から地面にたたきつけられた。 「何しやがる!」 「見てわからんか?登校しとるんだ」 「んなこたーきいとらん。何で殴ったときいとるんだ!」 「カバンで殴ったんだよ!」 「はぁ!?」 あたるは笑ったような怒ったような顔でコースケの胸ぐらを掴む。一つ間をおいて、コースケはあたるの手をほどくと横を向いた。 「いつまでも、ラムちゃんとギスギスした関係になるのは止めておけ。こっちがストレスが溜まる」 ラムの名前が出たとたん、あたるはドキッとする。 「な、なんだよ、ギスギスした関係って・・・。俺とラムはなんでも・・・」 動揺が丸見えだ。 「ほ〜、だったらラムちゃんとの会話が全然無いのはなんでかな〜?」 コースケは少しにやついた顔であたるに迫る。 「べ、べつに話すことがないからで・・・」 「一ヶ月も?」 まるで取調室の刑事と被疑者だ。 「そ、そうだよ・・・。悪いか?」 「十分にな」 あたるは黙るほかなかった。コースケはもう一回カバンで殴った。今回はあたるも何も言わない。 教室 あたるは乱暴にカバンをおいて席に座ると、足を机の上に置いて、椅子を後ろに傾けた。 (ええい、胸くそ悪い・・・) あたるの席は廊下に一番近い列の後ろから二番目。逆にラムは窓に一番近い列の一番前。 ついこの間、席替えがあり、席が隣だった二人は一気に遠くなった。 あたるはその遠いラムの席をみた。まだ来ていないのか、どこか寂しげにたたずんでいる。 「・・・」 あたるはラムの席から目をそらし、チッと舌打ちした。休み時間になるとあたるはカバンから弁当箱を取り出した。 するとコースケも弁当を持ってきて、あたるの隣の席から椅子をあたるの席の横に置いて、そこに座った。 「なんだ、お前も早弁か?」(あたる) 「何言ってやがる。もう昼休みじゃ」(コースケ) あたるは「エッ」と言って時計を見た。既に午後に突入している。 「何か、考え事してたな?」 コースケの一言にドキッとするあたる。 「ラムちゃんのことだろ?」 コースケはあたるに軽くひじをつく。 「ん、んなわけあるか!」 そういうとあたるは弁当のご飯を一気に口の中になだれ込ませた。しかし、パターン通りのどに詰まらせる。 「ん〜っ!ん〜っ!」 胸をどんどんと叩いたが、そんな事で苦しみが経るわけでもなく、コースケに飲み物をねだる。 「だったら、ラムちゃんと仲直りするか?」 あくまで首を横に振る。 「じゃあ、やらん。自分でなんとかせい」 コースケはそう言って、自販機で買っていたお茶を手に取った。しかし、それをすかさずあたるが奪い取り、一気に半分ぐらいまで飲み干した。 「あっ!コノヤロォ!」 お茶の入ったペットボトルを奪い返し、一発殴る。 「ええい、騒ぐな。減るもんでもなかろうが!」 「減るわい!」 もう一発。あたるは叩かれた頭を抑えながらコースケをにらむ。 「痛いではないかっ」 「殴って痛いと思わない人間が何処にいる!?」 十分後 弁当を食べ終えた2人はラムとのことで再び抗論となった。 「だから、お前が謝れば済むことなんだよ!」 「誰が謝るか!」 「何でだよ!」 「それが俺のモットーだ!」 「ほざけ!」 コースケはあたるに放棄で殴ろうとしたが、あたるはそれを避けた。抗論からそのうち放棄チャンバラへと姿を変えた。 しかし、何故か双方放棄で一発も殴られない。もの凄い反射神経と運動能力が襲いかかる放棄から身を守っていたのだ。 周りは野次馬から、競馬場に来た親父のようになり、終いには賭まで始めた。しかし、このまま黙っている学校ではない。 教室に鬼と言われる教頭が来て職員室に呼び出されたあと、帰ってきたのは昼休み後の五時間目の途中だった。 そして、五時間目が終わる。 「ええいくそ。教頭のやろ〜」 あたるはコースケと共にトイレに行く。喧嘩しても直ぐに仲直りするのがこの2人の良いところでもある。 しかし、コースケは保健室に行くと行って、途中で別れた。どうやら、腹痛らしい。腹を押さえている。 あたるがトイレにはいると用を済ませ、洗面台に立った。そこで、水を出すとその水をじっと見つめた。その水にラムの笑顔が重なってくる。 一つ溜息をつくと手を洗い、蛇口を締めるとドアを開けた。すると隣の女子便所もドアが開いた。無意識にその女生徒見るとそれはラムだった。 「・・・」 2人とも動けなかった。ただ、じっと黙り込んでいた。 「あ、あの・・・」 沈黙の末、話しかけたのはラムだ。 「な、なんだ?」 「どうして野球部に戻ろうと思ったっちゃ?」 何を聞き出すかと思えば、こんなこととあたるは思った。 「しのぶがな・・・。野球やりたいんだろ?って言ってくれたんだ・・・」 「そう・・・、しのぶが・・・」 ラムは目線を下に向ける。 「じゃあ、あのとき喫茶店でしのぶと話していたのは・・・」 ラムは少し戸惑いながら言葉を口にする。 「みていたのか・・・」 ラムはあたるがしのぶと話しているのを見ていた。 「やっぱり・・・。ウチじゃ無理だったっちゃね・・・」 ラムが静かにいうとあたるはエッと小さく反応した。 「無理ってなにが?」 あたるもラムの雰囲気に合わせて静かに質問した。 「ウチが・・・、ダーリンの心を動かせなかったっちゃ・・・」 あたるは激しい罪悪感を感じた。それと同時に後悔もした。もっと早く、ラムと話すべきだった、野球部をやめるなんて言わなければ良かった。 そう感じていた。 「だから・・・、ウチ・・・」 しかしあたるは罪悪感と後悔の念を感じながらも決して後ろ向きな考えを持っていなかった。 「だったら・・・、礼をしなきゃいかんな・・・」 「・・・」 あたるは黙り込むラムの両肩に手を置いて顔をラム顔の目の前までに持ってきた。さすがにラムもドキッとする。 「な・・・、こんなとこでなにするっちゃ!」 するとあたるはほっぺたをふくらませ、床に笑いこけた。 「ニャハハハハ!お前、今キスすると思ったか!?ニャハハハハ!」 ラムの頭に血管が浮かんだ。そして、がぶりとかみつき、笑いこけたあたるは痛恨の悲鳴を上げた。 「かみつくやつがあるか!」 「弁解の余地無しだっちゃ!」 ラムは立ち上がると羅刹のような顔であたるを見下ろした。そして冷たくその場を離れようとした。 「いつかきっと・・・」 後ろからのあたるの声は真面目そのものだ。ラムのその声に怒りが無くなり、そしてあたるの方へ顔を向けた。あたるは お尻をぱんぱんとはたいて、背中を見せたまま、ラムに言った。 「いつかきっと?」 ラムはあたるに聞き返したが、あたるはそれ以上続きを言うことはなかった。 PART3「上れぬ階段」 夏から秋へ・・・。ついに夏休みがあけた。そして秋季大会へ友高はその階段を上り始めた。 しかし、その階段も再び上り詰めることはできなかった。 その日は、秋季大会の三回戦。対一刻商戦 いったん学校で練習した後、バスで全員球場へ行く。試合の旅にそう言う手順で試合臨んでいた。 しかし、友引高校が球場に到着することはなかった。 友引町 黒川家  『今日、友引町三丁目の交差点でバスの横転事故が起きました。バスには友引高校の野球部員が乗っており、 死者は出なかったモノの、全員重軽傷を負い、都内の病院で手当を受けています』 ルパは車いすから立ち上がる勢いで、前に乗り出した。さすがにたてるわけでもなく、少しバランスを崩した。 体勢を立て直すと少し考え込んで、すぐに部屋を出て電話のある廊下に向かった。 「もしもし、友引高校ですか?」 電話の電話を掛けた場所は友引高校職員室だ。電話の向こうからはざわめく声が聞こえる。 誰かが出たのは解ったが、すぐに電話から離れたようで、返事が返ってくることはなかった。 「ええい、くそ!」 松山総合病院 「あたる!」 ドアから入ってきたのは、あたるの母だった。治療を終え、ベッドの上であたるは驚いた。保護者の中で一番乗りだったのが あたるの母だったからだ。 「か、かあさん?」 しかし、あたるはベッドの上でコースケとトランプをしている真っ最中だった。あたるの母は心配する顔から一変、 鬼へと変わった。 「あんた!交通事故でけがしたから心配して来てやったのに、トランプなんかしてる場合じゃないでしょ!!」 室内に大きな声が響き渡る。室内にはあたるの他、コースケ、メガネ、パーマだ。あたるの母の説教声の犠牲になったのはこの四人だ。 「病院では静かにしてください!!」 人のことが言えない程、大声で看護婦があたるの母に注意した。 「でも試合はどうするの?」(あたるの母) 「負けだよ。こっちから試合放棄ってことで!」 あたるはコースケと共にトランプの続きを始めた。 「負けって・・・。あんた悔しいとかそういう感情無いのッ!?」 母はあたるの耳をつまみ上げて、耳元で甲高いこえをあげる。 「イテテテテッ!」 「まったく・・・。まあいいわ。後悔するかしないか、あんたの勝手だし。母さんはこれからでデパートのバーゲンに行ってくるから」 あたるに返事をさせる隙を与えず、母はドアをしめた。 「ったく、心配して来た帰りにバーゲンによるとは、どういう根性の持ち主じゃ!」 再びコースケとトランプを始めるが、立て続けにメガネ、コースケ、パーマの親が飛び込んできてトンランプを再開できたのは、一時間後だった。 トントン ドアをノックする音がした。いままで親たちがいきなりドアを開けるモノだからノックという物が新鮮に感じられた。 ごーっと低い音を出しながら、スライド式のドアがゆっくりと開いた。 「ら、ラム・・・」 ドアを開けたのはラム、その人である。頭には包帯を巻いている。ラムも頭にけがをしたらしい。 ラムは無言で、あたるのベッドの脇まで来た。 「どうした?」 手に持ったトランプのカードをベッドの上に置いて上半身をラムに向けた。ラムは今だ無言。 「・・・」 その沈黙にあたるは冷や汗を流し、息を飲み込んだ。まわりも沈黙の緊張感に自然と視線をあたるとラムに向けた。 「・・・、外に出られるっちゃ?」 その視線に気付いたのか、ラムはあたるに外に出るようにいった。 「まあ、まず松葉杖を使えば・・・」 屋上 「で、なにごとじゃ?」 あたるは屋上の柵の上に、両手を置くようにして町を見た。 「ただ・・・、話がしたかったから・・・」 ラムはあたるとは逆の方向に視線を移しながら答えた。するとあたるが笑みを浮かべて、町からラムの方を見た。 「ほんとは俺の気持ちを確かめたいんだろ?」 ラムは図星をつかれた顔をする。 「え・・・、いや・・・」 「やっぱり・・・。お前は嘘がつくのが下手じゃなの〜」 あわてふためくラムを少しからかうような目であたるはいった。ラムは負けたような気分になった。 ラムも以外と単純な性格のようである。 「まあ、俺だって悔しいワケじゃないし、出たくないってワケでもない」 あたるは夕焼けで、真っ赤になっている空を見上げた。空に二、三匹のカラスが鳴き声を上げながら、西へ飛んでいく。 「でも、後悔する必要は無かろう?」 「エッ・・・」 ラムが見たあたるの顔は優しい笑顔だった。その笑顔が西に沈む太陽と重なって、輝いて見えた。 「バスが事故を起こして、試合に出られなくて負けたとしても俺たちの実力不足でもなんでもないだろ?それにチャンスはあと一回ある」 「でも、あと一回しかないっちゃ」 あたるはあきれたかのような溜息をつく。 「そういう消極的な考えはいかんな〜。高校生活で甲子園に行くチャンスは4回しかないだから、今更あと一回だからってあわてる必要もない」 それでもラムは納得がいかないようである。 「これでも、俺は高校野球界史上最高のピッチャーを目指しとるんでな。そうでもせんと、面堂にかてない。あいつは恐らく高校野球界史上最強バター  だ。こっちも最強にならんことには、全国制覇はあり得ん。それに・・・、なんというか・・・」 あたるは言うのが恥ずかしいのか、そこで話をつまらせた。頬を人差し指で軽く掻いている。 ラムは指を前で組んで、あたるの話の続きを待った。あたるは意を決したのか、気を付けをして少し上向けにラムに言った。 「親父さんの泣くところ見てみたいし・・・、」 本当に言いたいことを間延びにしているかのようなしゃべり方だ。しかし、本心で無いというわけでもない。 親父曰く、『男が泣くときは悲しいときではいけない。嬉しいときこそ格好いいという物だ!』である。 「やっぱり・・・、それ以上いわん」 意を決したくせに以外と気が弱い。 「じゃあ、俺は戻るぞ」 あたるはラムに背を向けて、右手を挙げた。その後ろ姿を見つめているラムには、あたるが何をいわんとしていたのか見当がついていた。 「ダーリン!」 ラムはあたるを呼び止める。あたるは顔が見えない程度に顔を横にした。 「さっきの続きはいついってくれるっちゃ?」 見当はついているが、自分でいうのはやはり気が引けるのか、あたるに続きを求めた。 「・・・」 あたるは何も言わずに、屋上のドアの中に消えていった。しかし、ドアを閉めるとき、一言聞こえるか聞こえないかの声で 「お前ならわかるだろ、そんなもん」 といっていたことに、ラムは気付かなかった。 そして、時が流れた・・・。 PART4[地区予選一回戦〜準決勝ハイライト] あたるは野球部を辞めている時に力を付けてきた竜之介をエースにするか、昨年の大会で大活躍を見せたあたるをエースにするか。 それを確かめるかの如く、親父は一試合ずつ、交代でマウンドに上がらせた。 一回戦 矢ノ丸高校対友引高校。マウンドには竜之介、四回までパーフェクトピッチング。五回、メガネのエラーで、 パーフェクトを逃し、六回には二塁打を打たれるが、好調な打撃陣に7対0と大きくリード、コールド勝ち。 『三振!友高、藤波の完封で二回戦進出!!』 二回戦 友引高校対大安工業。敵の守備の良さに打撃陣は苦労するが、コースケとレイの活躍で二点先取。一方、あたるは フォアボールの連続でたびたびピンチを招くが、敵に点を取らせることもなく、九回の表。 『打ち上げたァ!友高の諸星、ノーヒットノーラン達成!』 三回戦 初回、竜之介がボークを取られ、それが相手打線に火を付ける。五回までに四失点。コースケを中心とする打線も焦りの せいで、なかなか点を取れずにいた。しかし八回、七番・メガネの安打を筆頭に九番チビが珍しく二塁打を打ちワンアウト、二塁三塁。 その後、一番・竜之介が二塁打を打ち、二点を返す。その後、九回、因幡とあたるは相手のフォアボールで一、二塁。 そして『四番、キャッチャー、白井君』のコールの後、フルカウント。そして・・・。 『打ったァ!これは伸びる!これは伸びる!レフト見送って・・・、入ったァー!白井、逆転サヨナラホームラン!!』 新聞のとりわけ、スポーツ新聞では逆転サヨナラホームランのコースケとノーヒットノーランのあたるが一面を支配していた。これにより、エースはあたる、四番はコースケとなった。 竜之介の反応は自分の実力不足と言って、エースをあたるに快く譲り、強打者としてのプライドがないレイは表情一つ変えなかった。しかし、竜之介もレイも後々、活躍することになる。 準々決勝 大垣学園対友引高校 エースはあたるだが、この日は夏風邪のため、竜之介が登板。しか、二番手とは思えない投球で、六回までを無失点。しかし、友高も無失点と互角の試合内容。 スコアボードを動かしたのは、カクガリだった。たまたま、相手投手のミスでど真ん中に飛んできたボールを見事に空振りして、相手投手は油断。その後、豪快なホームランで一点先制。 しかし、これは今大会二安打目だった。八回、相手の犠牲フライで失点かと思われたが、竜之介が見事に刺し、無失点。九回には因幡が出塁後、レイがとどめのタイムリーヒットを放った。 『友高、準決勝進出です!以前までのベスト8の壁もうち破りました!』 準決勝 友引高校対第二青柳高校 この大会はあたる、コースケが地区のスターとして、広く名を知られることとなる。 あたるのパーフェクト達成、及びコースケの二打席連続ホームラン。準決勝に入って友引高校は夏の甲子園へのスタートを切り始めていた。 初回、一、二、三番がそれぞれシングルヒットでノーアウト満塁。そしてコースケのホームランで、初回一挙四点。 その裏、あたるも負けじと三者連続三球三振とわずか九球で初回を終えた。そしてついにやってくる決勝戦。 相手はあの一刻商である。三鷹、五代がプロ野球入団内定の速報がついこの間あった。だが、この2人がいないと言え、優勝候補の一刻商である。 もはや、友引高校の最大のライバル。この学校を倒さねば、甲子園は永遠にあり得ない。 PART5「新たな強敵」 「決勝まであと四日かぁ〜」 あたるは練習の休憩時間、冷水器の水を飲みながら、呟いた。 「今年は三年だから、負けるわけにはいかんなぁ〜」 あたるの後ろであたるが冷水器の水を飲み終わるのを待っている。タオルで汗を拭くと風が気持ちよく感じられた。 「今更何を・・・」 あたるは飲み終わるとコースケと共にグラウンドに向かう。スパイクがコンクリートの道にあたってカラカラと音とたてている。 「ちょっとそこのふたり・・・」 あたるとコースケは後ろから見知らぬ少し色黒の人に呼び止めれた。 「俺たちのこと?」 2人は揃って自分を指さした。 「他に誰がいるというんだ、ボケ」 初対面にしてボケと言われたら、誰でもムカッと来るであろう。2人は胸ぐらを二人して掴んで、いつでも殴れる体勢に入った。 「こらこら、初対面の相手に殴ることはないだろ!」 「なにをぬかすか!」(あたる、コースケ) 「まあ、落ち着け!今更出場停止になりたいか!」 2人は少し脅された気分になりながら手を離した。その色黒男は捕まれてしわくちゃになった胸ぐらを少しはたいた。 「して、おぬしは何者じゃ?」(あたる) 「おれ?」 「そう!」 あたるは強めの声で答えた。コースケは後ろで目を細めながら色黒男をにらむが、その男は鈍いのか、それとも神経が図太いのか、 何食わぬ顔で、へらへらしている。 「おれは、黒川 彰。一刻商のエースで四番」 「な・・・」 あたるとコースケは動揺しているのを見て、にやっとした。そして2人は呟いた。 「黒澤明・・・」 「黒川彰!映画監督じゃねえ!」 彰はあたるの耳を、思いっきり外側に引っ張り穴を拡げ、鼓膜が破れるぐらい大声でツッコミを入れた。 するとあたるも仕返しといわんばかりに彰の手を払いのけ、同じようにして 「やかましい!!」 と、叫び返した。 「で、なにか用か?黒澤明」(コースケ) 「黒川彰!」 2人はロードワークに行くと理由を付けて公園に彰を連れてきた。 「んなことはどうでもいい。何か用かときいとるんだ」(コースケ) 「あんたら、俺の名字みて何とも思わんのか?黒川だぜ!」 「だから、何だ!黒川なんてそこら辺にごろごろしとるだろ!」 「ええい!わからんやっちゃな!俺は黒川ルパの従弟!」 「だからなんだ!驚けというんか!それとも後ずさりしてほしいのか!拝めというのか!大体、お前俺らより年下だろろうが!なにタメ口聞いてんだ!  それこそ何とも思わんのか!エ〜!?こういう上下関係もわからんスカが社会に広まるから、少年犯罪なんてもんが増えるんだ!そうやって、日本社会は  荒廃の道を歩み、日本人はこわれ、世界NO,2と言われた社会経済は滅んでいくんだ!ここで、その進行を止めるのは誰だ!?お前のような、  未だ社会常識も知らぬ、ただバッドを振り回すだけの若者にかかっとるんだ!それがわかるか!いや、わかるまい!お前はいわば社会に生きるゴキブリだ!  ハエだ!突然変異性黒色金髪ヤローだ!おれはお前のようなやつは金輪際いっさい許さん!お前に天誅を下してやる!」 どこからでてきたのか、メガネが誰とも知らない彰に文句をほざいた。 「興奮するな、メガネ」 あたるがメガネの肩に手を置いて、メガネを宥めようとした。しかし、こんなことでメガネが大人しくなれば、誰も苦労はしない。 「駄目だ、あたる!俺にはどうしてもこいつが許せん!一発でいい!殴らせろ!」 「・・・こいつにはまだ聞くことがある。用が済んだら、煮ようが焼こうが電子レンジにかけようが唇を奪おうが好きにするが良い」(コースケ) 「おいおい、俺は捕虜か?」(彰) 彰は苦笑いをして、自分を指さしながら言った。 「当然!」(あたる、コースケ、メガネ) 三人は彰の目の前約10pの所まで顔を近づける。鼻頭が陰で暗くなり、ホラー映画並の怖さを演出している。 (兄貴は友高は個性が強いのが多いって言ってたけど、アホが多いだけじゃねか)(彰) 「お前が黒川さんの従弟!?」 あたるが突然大声を上げた。コースケ他メガネ、彰が後ろに転倒した。 「その台詞は17行前に言え!」 「気にするな、作者の時間稼ぎだ」 三人は彰をベンチの真ん中に座らせて、両端にあたる、コースケが座り、彰の目の前にメガネ仁王立ちのフォーメーションで彰が 逃げ出せないようにした。しかし、やはり彰は図太い。この緊張感をまったく感じ取っていないのだ。 「で、その黒川さんの従弟が俺らになんのようだ?」(コースケ) 「兄貴からの伝言伝えに来た」 三人は過敏に反応した。その様子が彰も直ぐに解った。そして風が公園の木の葉をざわめかせ、その後に彰が口を開く。                                     「なーんてね。実は今度の試合の事前挨拶!ほら四日後にウチと友高決勝戦だからさっ」 三人の表情がクワッとなる。いわゆるアップというやつである。 「なめんでもらおうか?こっちは大会ナンバーワンの実力者がいるんだ!」(メガネ) あたるとコースケがウンウンとうなずく。 「藤木さとし!」 すぐさまあたるコースケがメガネの頭を殴り飛ばした。 「誰だ、そりゃ!!」(あたる、コースケ) 「俺だ!第一話で名前紹介あっただろうが!?」 「しらんな」(あたる) 「同じく」(コースケ) 2人は昔のアイドルのように髪をサラッとなでながらいった。 「おのれら、いけしゃあしゃあと・・・」 「新聞でも俺たちの実力は知っているはずだ」(あたる) 「それにお前の名前はあんまりきかんが・・・」(コースケ) 腕組みをしながら威厳高く彰に質問した。 「まあ、登板したのは一回戦だけだし、完封だったけど相手は雑魚だったから、そんなに目立たなかったからね〜」 「それでもエースか?」 「でも、打率は五割をこえてるんでね。あんたの球だって打つ自信あるよ」 ぴしゃりとあたるを指さした。 「あっそ。そりゃよかったな」 あたるの反応は以外にも素っ気ない。興味すら持っていない顔だ。 「少しは、反応したらどうだ!おもしれーじゃねえかとか、俺の球はそこら辺のとワケが違うとか!」 「宣戦布告の何処がおもしろいんじゃ?笑うどころじゃなかろ。誰が投げても野球の球は同じモノ使ってるだろうが。  俺が投げたからってかんしゃく球になるわけでもあるまい。バカじゃねえか」 彰はあたるのあまりの素っ気なさにあきれるほかなかった。 (こいつ、これでも甲子園目指してるのか?) 〜続〜