高校野球編:第三話 最初の挑戦・最後の挑戦(中編) PART1「彰の実力」 「しかし、うさんくさいやつだったな」 彰と出会ったその日の練習後、夜中になってやっと帰路に就くことが出来る。 「ああ・・・。あーゆー性格ってのは以外と才能あるもんだ。あたる、決勝は用心しとけ」(コースケ) 「新聞にも載っていない無名野郎だろ?」 「あいつの話聞かなかったのか?一回戦しか登板してない非常識エースだ。あいつの本当の力はわからん」 あたるはやっぱり興味なかった。ルパの従弟だからといって恐れる必要がないと考えていた。 「ま、今度の決勝は楽勝だな。やっと面堂と戦えるってもんだ」 あたるは既に県大会の先、甲子園のことで頭がいっぱいだった。 しかし・・・。 翌日 決勝も近いと言うことで、練習は午前のみ。しかし、あたる、コースケが親父に呼び出された。ついでにラムもついてくる。 「なんすか?」(コースケ) 「ちょっとコレ見てみい。一刻商の選手データじゃ」 親父が連れてきたのはラムの家だった。つまりラムはついて来る必要もなく、この話を聞けるわけだった。 ラムの家でソファに座らされて、向かいのソファに親父が座るような配置だ。 手渡された紙には一刻商の選手の名前、打率、試合時の活躍、長所短所が大まかにかかれている。 その紙を見ていきなりコースケが「あっ」声を上げた。 「どうした?好みの男でもいたのか?」(あたる) あたるはからかうように高い声を出しながら言った。 「馬鹿者。冗談いっとる場合ではない。これを見てみろ!」 コースケはその紙のある人物を指さした。コースケの指に刺された人物はあの彰だ。 「ああ、黒澤明がどうした?」 名前を毎回間違えるあたるをみて、コースケが一言。 「お前、わざと間違えとらんか?」 「なんじゃお前ら知り合いなんか?その黒川ってやつ・・・」 親父が横から質問した。 「ええ、まあ・・・。黒川さんの従弟で、この前ウチのほうへ偵察に・・・」 「来おったかいな、そんなやつ」 親父は頭を人差し指で軽く突っついて、考え込んだ。 「ああ、それは俺とメガネとコースケが、校外ランニングに行くって嘘ついて公園に連れて行って尋問したんです。その時名前とか、黒川さんの従弟  とかいろいろききました」 あたるがにこやかに親父の質問に答えていった。すると親父の動きが少し止まった。 「お前いまなんちゅーた?」 「だから、公園に連れていって・・・」 「その前じゃ!その前になんちゅーた?」 「校外ランニングに行くって・・・」 あたるの顔はにこやかな表情から顔中に汗がたれ始めた。コースケもこっそりとソファの後ろに降りて、忍び足でその場を去ろうとするが、 親父に捕まった。 「おのれらァ!!校外ランニングっちゅーのは嘘やったんかぁぁ!!」 その後、親父にもみあげを引っ張り上げられたり、関節技を怪我するぎりぎりに、それぞれ手加減せず喰らわせた。 両人の叫び声がラムの家の中を飛び回り鼓膜が激しく揺れる。 三人がごたごたやっている内にラムは耳栓をしてそのデータ表を拾うと、彰のデータを読み上げた。 「打率6,12、全試合出場、四番としての活躍はホームラン四本、ピッチャーとしての活躍は一回戦から準々決勝までを完投完封。  バッターとしては何処に投げてもヒットを打ち、その八割が長打。六割がタイムリー」 関節技を喰らって雄叫びを上げているあたるの声が止んだ。正確には親父の関節技が解けたからであるが、同時に別の理由で声を止めたのだ。 「・・・」(あたる) 「俺も一回あいつのプレーを見たが、あいつは十年に一度の天才や」 黙り込むあたるの横で親父が見た感想を伝えた。。 「あ、あいつ・・・」(あたる) 「・・・なんじゃ?」 「あいつ!一試合しかでてないと嘘つきやがって!!試合であいつには全打席150qデッドボールじゃぁ!!  見てろ、クソガキ!お前に死ぬ程痛い目に遭わせてやる!グワッハハハハハハ!!」 あたるのイノシシの断末魔の様な笑い声を三人は耳をふさいで、その被害から体を守ろうとした。 それでもあたるの狂った笑い声はある意味超音波だ。少し気分が悪くなる。 笑い声は三十秒程続いたが、そのうち貧血を起こしたのか、不細工な笑い顔のまま倒れた。 コースケは少し改まったかのような咳をすると、ラムと親父に向かって言った。 「しかし、なんでそんなやつが新聞にのらないんでしょうか?」(コースケ) コースケは落ち着いた声で言う。関節が痛いのか、腕を少し抑えている。 親父は少し首を傾げて、暫く考え込むとコースケを軽く指さして答えた。 「お前ら新聞みとるんか?」 「ええ、テレビ欄と四コマ漫画を」(あたる) 突如、起きあがったあたるに三人は驚くが、話を元に戻す。 「スポーツ欄はどうや?テレビでもええ。他の高校の結果とか・・・」 「見てません!」 「他のナインと他の高校の会話は?」 「してません!」 2人揃って全てきっぱりと言った。 「知ってるほうが異常じゃな」 PART2「自分のための甲子園」 友引商店街。 多少昼過ぎなのか、人盛りはあまり見あたらない。夏休み中なので小中学生がいつもより多く見られる。 その友引商店街の八百屋。 「はい、五百円ね。えーっとおつりは百十円!毎度あり!」 八百屋の親父が、買い物客の少女に百円と十円を一枚ずつ渡した。 「ありがとだっちゃ!」 この特徴ある台詞を喋るのはラム以外にはいない。右腕に野菜や肉などが入ったビニール袋が二、三個ぶら下がっている。 「あれ?あんた・・・」 ふと、後ろから誰かが話しかけてきた。振り返ったその先にいたのは彰だ。 「こんなとこで何してんの?」 「買い物だっちゃよ。お前だれだっちゃ?」 「あれ?俺のこと聞いてない?」 「誰から?」 「諸星さんから。聞いてないならいいや。俺は黒川 彰。ルパの従弟。一刻商のエースで四番」 ひねくれた性格の彰があたるのことを「諸星さん」と言っているのを、本人が聞いたらさぞかし驚くであろう。 しばらく、考え込んでラムは笑いながら言った。 「ああ、ダーリンに一試合しか出てないって嘘ついたクソガキだっちゃね」 笑いながら、クソガキと言われた彰はどんな表情をすればいいか解らなかった。 「で、何の用?」 彰は気を取り直して話題を変えてみた。 「話しかけてきたのはそっちだっちゃ!」 「ああ、そうでした、そうでした。どう?これから映画でも」 「悪いけど、うちは夕食を作らないと行けないから・・・」 「何言ってんの。母親が作るんでしょ?」 ラムの表情が少し暗くなる。 「かーちゃんはもう死んでるっちゃ・・・」 彰はまずいことを言ってしまったと思った。さすがの彰も女の子を泣かして喜ぶほど落ちぶれてはいない。 「あ、ごめん。まずいこと聞いちゃったみたい。あやまる!」 頭を下げて、その上で手を合わせる格好をする彰。そして頭を少し上げて目を合わせると 「お礼に映画でも・・・、どう?」 と懲りずに言い出した。 「・・・、もういいっちゃ・・・。さよなら・・・」 そう言って、後ろをむいて歩き出すラム。それを見た彰は暫くその寂しげな背中を見た後、口に手を当てて少し大声で言った。 「もしかしたら、その母親のために甲子園に行こうとしているのか?諸星さんは・・・」 ラムはその一言に歩みを止め、振り向いた。 「・・・」 「酷な事言うかもしれないけど、そんなんで甲子園には行かせない。はっきり言えば、おれはそんなのは嫌いだ、他人のための甲子園なんて・・・」 「・・・」 「それはあんたのための甲子園じゃない。甲子園に行くことを望んでいる他人は野球をする人自身に甲子園に行って欲しいんだよ。  自分のために行かない甲子園は他人のためにもならない・・・。だから俺は諸星さんには甲子園に行かせない・・・」 ラムは心に少しズキッと来た。しかし、反論が出来なかった。緑色の髪が風に揺れている。 「それに俺は・・・、あんたに惚れてんだ」 ラムの肩が大きく上下して、おどろいた表情をみせた。ラムはあたるの存在があって男子生徒に告白されたことはなかった。 つまり、こういう状況になれていない。 「俺が小さい頃、ルパ兄ちゃんの家に行ったときにあんたのことを見た時だ。いわゆる一目惚れってやつだな。そして、あんたが甲子園に  行くことを望んでいることを知ったから野球を始めた」 「・・・」 そして彰は夕日でオレンジ色になっている空を見上げ、深く呼吸をした。 「もし、今度の決勝戦でおれが勝ったら・・・、一刻商の試合を見に来て欲しい・・・、甲子園に・・・」 商店街に秋の風が入り込んできた。その風が落ち葉を巻き上げ、人々の髪や服に引っかかっていた。 諸星家 蝉の声が全てを支配していた。クーラーが壊れ、諸星家では窓を全て全開にしていた。そして、テレビの音、ラジオの音、音楽の音、 全てに蝉の声の雑音が混ざっている。 「あ〜つ〜い〜」 この言葉を言ったのはこれで四回目だ。あたるはパンツ一丁で和室のど真ん中で寝そべっていた。 これで練習がないのが不幸中の幸いと言えよう。 ピンポーン 蝉の声に混ざってチャイムが家中に響いた。 「は〜い」 家にはあたる以外誰もいない。仕方なくあたるが玄関へ向かいドアを開けた。 「押し売り販売は遠慮させて・・・」 ドアを開けたその先はラムである。 「お〜、ラム。どうした?」 「ちょっと・・・」 そう言って、玄関前で俯いていた。あたるはその表情を見て、そのままにしておくわけにも行かないと思った。 「ま、とりあえず中に入れ。ワケは後で聞くから」 リビング あたるはラムをソファに座らせて、何かも飲み物をと冷蔵庫からオレンジジュースを持ってきた。 コップには氷も入っていて、それがカランカラン音を立てている。 「ほれ、ジュースでも飲みな」 しかしラムはオレンジジュースに手を出さず、あたるに言った。 「ダーリンのジュース、酎ハイだっちゃね?」 あたるは飲みかけたジュースをぶーっと吹き出した。あたるの飲み物はオレンジ色であったが、酎ハイだと言うことは丸見えである。 「な、何故解った!?」 「何年一緒にいると思ってるっちゃ。明日は決勝戦だからお酒は控えるっちゃ」 何年も一緒にいなくてもそんなことわかるというツッコミは無しである。 ちょっとだけとあたるはねだろうとしたが、ラムのはもうすでに別のことで頭が一杯であるのが直ぐに解った。 あたるは酎ハイをテーブルに置いた。 「本当は何を話に来たんだ?」 ラムは一瞬困った顔をしたが、直ぐに表情を悲しみに戻した。 「ダーリンは・・・」 ラムは口を開いたと同時に、手を腹の前で軽く組んだ。 「なんのために・・・、甲子園に行くつもりだっちゃ・・・」 「そりゃあ、決まってんだろ?親父さんのため、亡くなったおばさんのため、そしてお前のためだよ・・・」 悲しい表情に少しの笑みが加えられたが、それでも悲しみの度合いは変わっていない。 「今日、彰にあったっちゃ・・・」 「彰に?あいつがなんか言ったのか?」 「甲子園は自分のための場所・・・、人のための甲子園は夢でも何でもないって・・・」 あたるはなぜかはっきりとしないショックを受けた。 「ダーリンは何のために甲子園を目指してるっちゃ?」 「それは・・・。そんなこといったってお前のために甲子園に目指してるのは変わらん・・・」 「だったら、いま、夢は甲子園に行く事って自分で思えるっちゃ?」 あたるはそれ以降の答えを出すことはなかった。その沈黙の中に外の蝉の声が大きく響き渡っていた。 わずか、数秒であたるの心は何処か不安げな気分になった。 PART3「【最初の夏ですよ】」 あれからあたるは甲子園を目指す理由を見つけられなかった。しかし甲子園を目指す意志は変わらない。 それだけがあたるを支えてきた。 朝日があたるの部屋に差し込んできた。昨夜、カーテンを閉めたはずだが、完全に閉めたわけではなかったらしい。 その日差しに寝ていたあたるの閉じた目が開いた。あたるは手で日差しを遮ると静かに体を起こす。 「・・・」 そしてそのまま外を見た。雀が朝の静けさをちょうどよくしていた。 白井家 「行ってらっしゃい」 玄関先で靴を揃えていると、コースケの母が台所から顔を出した。 「それだけ?」 「なにが?」 「今日は決勝戦だぜ?他に言うことはないんか?」 すると母はやさしめの笑顔でコースケに行った。 「そうね。なんかいつもと変わらないからいつもの調子で・・・。いってらっしゃい」 コースケは少し呆れた。しかしそれ以上は突っ込まず、玄関のドアを開けると後ろざまに右手を挙げた。 母の目には日差しの中のコースケが格好良く見えた。 「がんばってらっしゃい」 メガネ家前 「私は・・・、いま、此処三年間、青春という名の時の流れを必死にせき止め、野球というスポーツを追い続けたその成果をいま  は百二十分に発揮しようとしている。どんなにこの日を待ち続けてきたことか!三年間、女性という楽園の天使のような  存在からも目を背き続け、只必死に白く小さなボールを追ってきた。それが私の心に情熱という名の炎を大きくしてきた。それは  少しずつ大きく、濃く、速く、激しく、美しくなっていき、心の中にいまこの炎だけが渦を巻いている!そして今日、その火は一気に爆発する!  この炎はたとえ、フェニックスでも現すことは出来まい!私の炎は神の力を凌駕し、そしてついには不死鳥の如く舞っていくことだろう!  ああ、我が人生のおける喜びと苦難を乗り越える奇跡よ、我を・・・(以下略)」 友引商店街 此処に弁慶と牛若丸とような体型の2人が最後の決戦の前の練習と向かっていた。 「・・・」 「・・・」 2人とも緊張のせいか、黙り込んでいる。昨年の同じ日、一刻商の罠に掛かったあたるがルパという重荷を捨てきれず まさかの大逆転負け・・・。九回を投げた竜之介がマウンドで蹲るのが、強烈に印象に残った。 「今年は・・・、大丈夫だよな」 先に口を開いたのはチビだ。 「た、多分な・・・」 カクガリは平静を装おうとしているが、不安は隠せない。 「でも・・・、二度あることは三度あるって・・・」 チビの言葉にカクガリも返す言葉はなかった。2人は再び沈黙した。朝の商店街はまだ開いている店は少ない。しかもそのほとんどが準備中だ。 その静けさはカクガリとチビの不安をかき消すことは出来なかった。 「安心しろ、そう言うことはまだ一度しか起きてない。三度目を心配する必要はないぜ」 2人の後ろから腕を組んで、本屋のシャッターに寄っかかるパーマがいた。 「パーマ・・・」 「なんだ、なんだ。そろいも揃って陰気くさい顔しやがって・・・。そんなんじゃ、甲子園は招待してくれないぜ」 パーマはカクガリとチビの前まで歩いて来ると、2人の頭をポンと軽く叩いた。 「甲子園は見てみたいんだよ。ウチのエースと四番の実力を・・・。豪太刀との激戦をな」 カクガリとチビはお互いを見て、そして笑った。 「だが、その戦いも俺たちがいなけりゃ叶わぬ夢だ。脇役なら脇役らしく後押ししてやらにゃ 「そ、そうかもな」 「脇役なら脇役らしく・・・か」 みなそれぞれの朝を過ごしていた。緊張のせいで言葉もままならない者、いつもと同じ気分で行く者、両親の声援を受ける者、 恋人からのささやかなプレゼントを貰う者、神社にお参りに行く者・・・。そして、最後の決戦開始のサイレンが町中に響き渡ろうとしていた。 既に両校応援団が内野席を覆い尽くし、応援歌が球場内を飛び交っていた。 スコアボードには友引高校と一刻館商業の名前が書いてあった。しかし、一刻商のピッチャーは彰ではなかった。 「あたる・・・」 「なんだ、コースケ」 ベンチの外で、コースケはスピーカーを親指で指さした。 『四番、サード黒川くん』 あたるは眉をしかめた。 「彰がサード?どういう事だ?」 「あいつは見せかけのエースやったんや・・・」 ベンチの中から親父が声を低くしていった。 「見せかけ?」 「本当のエースは・・・、ほれ、あいつや」 親父は目でマウンドの上を指した。そのマウンドを見てみるとそこには背番号18とかかれたピッチャーがいた。 「背番号18番。大山博和。はっきりいってあいつは手強いで。甲子園でも十分通じるピッチャーや」 「しかし、なんであいつがエースじゃないんですか?」 「ああ、実はこの大会が始まる前に怪我をしたそうや。県予選は駄目とおもいよったけど、驚異的な回復力でな。  準決勝でラスト三イニング投げて調整した後、決勝に間に合わせたっちゅーこっちゃ」 「そうすると厄介だな」 横から竜之介が歩み寄ってきた。そして、マウンドをにらむ。 「ああ、実力が彰以上である上に、彰は打つことに専念出来る」 「それにエース復活となるとチーム全体にも勢いが付くからな・・・」 竜之介のその言葉にコースケは何故か昨年の決勝戦、ほぼエース不在のような試合を思い出した。 「エース復活・・・、か。ウチも復活したようなもんだけどな・・・」 「そうだな」 2人はあたるに目線を移した。あたるはマウンドではなく、ベンチの中の彰をにらんだ。 その視線に気付いたのか、彰も体を正面に向けてあたるをにらみ返しす。 (答えを見いだしたのか、試させて貰いますよ・・・)(彰) スタンド そこには去年と同じく面堂の姿があった。その横には温泉マーク、そしてルパの姿も見受けられた。しかし飛麿の姿はない。 「黒川さん・・・」 「ああ、終太郎か・・・。やはりあたるの応援か?」 「いえ、偵察ですよ」 「・・・そうか。ただ、あいつは一刻商を敗れるか・・・」 「彰くんですか?」 「ああ。彰ははっきり言って十年に一度の逸材だ。来年は間違いなく、NO,1プレイヤーだ」 「でしょうね」 あっさり答える面堂をルパはちらっと横目で見た。面堂は余裕の笑みを浮かべていた。 「ただ、諸星は百年に一度の逸材ですよ」 「・・・」 ルパはそれ以上答えを出そうとはしなかった。そしてマウンドの上に立つあたるを見ると今まで三年間のことが思い出された。 「あたるたちにとっては最後の夏だな・・・」 「いいや、最初の夏ですよ・・・」 ルパはこの意味が何となく分かる気がした。 あたる達のいる球場は東東京地区内で甲子園へのたった一枚の切符を争う二つの高校の最後の決戦が始まろうとしている。 そして、グラウンドに夏の日差しが照りつける中、審判の右手をあがり、サイレンが鳴った。 「プレイボール!!」     PART4「【耐えてくれ】」 ウゥゥゥゥゥゥ・・・。 球場に試合開始のサイレンが鳴った。友引高校は後攻。あたるは振りかぶって、第一球を投げた。 まっすぐに伸びたボールはバットに引っかかり、ぼてぼてとサード、パーマに向かっていった。 しかし、パーマは握り損ね、ファーストに投げたが間に合うことはなかった。 『あぁっ!ファースト上谷!握り損ねた!投げはしましたが、間に合いませんでした!ノーアウト一塁!』 パーマは深くあたるに謝った。あたるは軽く笑って流すと、二番バッターを見た。 あたるは一塁に目をやり、そしてまだあまり完成していないフォーク投げた。ボールは思った以上に落ち、バウンドしコースケの足に直撃した。 「イテッ!」 思わず声を上げた。少しタイムが掛かったが、それほど苦しむことでもなく、ボールをあたるになげかえす。 二球目を投げるといきなりバントをされた。慌てたあたるは勢いよくボールを取りに行き、ファーストに投げたが、メガネの足が ベースから離れ、セーフ。ノーアウト一、二塁。 『友引高校不運!またもや、エラーで得点圏へランナーを出してしまいました!』 「あぁっ!?」 あたるはメガネににらみを利かせたが、メガネは自分は悪くないと言わんばかりに、そっぽを向いた。 あたるが声を上げたのはそのためだ。 (くそ!文句があるならお前が投げて見ろってんだ!) 鬼のような目でバッターボックスをにらむと相手バッターは少し怖じ気づいた。 しかし、力みすぎたあたるはいきなりデッドボール。相手バッターはその場で蹲った。 「あれ?」 あたるは笑うほか無かった。ファーストからはメガネの殺気が感じられた。 『なんと、いきなり超大ピンチの友引高校!迎えるバッターは四番の黒川!大会ホームランを四本打っている  恐怖の四番です!さあ、この超大ピンチをどうする!?友引バッテリー!』 内野陣があたるの立つマウンドに集まった。 「くそ、いきなり大ピンチか・・・」(コースケ) 「すまん。おれがボールを握り損ねて・・・」(パーマ) 「俺は悪くない」(メガネ) 「・・・」(あたる) 「無死満塁。一点覚悟でいくか?」(コースケ) 「それは遠慮する」(カクガリ) 「俺もだ」(メガネ) 「点取られたら面堂みたいに面倒だからな」(チビ) 「チビ、くだらん洒落で緊迫感を和らげようとしたって無駄だ」(メガネ) チビは誤魔化すように笑った。その光景を見たコースケはフッと笑って、あたるの肩をポンと叩いた。 「じゃあ、無失点でよろしく」 そういうと各自自分のポジションに戻った。 「コースケ・・・」 あたるが戻ろうとするコースケを呼び止めた。 「・・・、いや、なんでもない」 「すまんが、耐えてくれ」 「わかってる」   友引ベンチ 「勝負する気やな」 「そうみたいだっちゃね」 「ここで打たれたら、流れは悪くなんで・・・」 「でも、逆に無失点に抑えたら、こっちに流れがくるっちゃ」 緊張しながらも親父は何とか笑みを作って見せた。ラムはスコアブックの紙を握りしめた。紙がしわくちゃになって、手汗でふやけるほどに。 (頑張れ・・・。ダーリン!) 『さあ、各ポジションに戻る友引ナイン!このピンチを乗り切る作戦はあるのでしょうか!?』 バッターボックスにはもちろん彰が立っている。あたるは顔が見えないように帽子の鍔で表情を解らないようにした。 「いきなり嫌なやつだな・・・」 そう言って、懇親の一球を投げた。そのボールを見た彰は何かに気付いた。 「ストライーク!!」 彰はバットをぴくりとも動かすことなく見逃した。 『今の球は甘い球でしたが予想外だったのか、黒川、バットを振りません』 彰は キィーン! バットにあたった小気味よい音と共にボールはあたるの足下めがけ高速で飛んできた。 『あぁ!危ない!』 しかし、 スパァーン!! あたるはグラブを足の後ろに持ってきて、足を上げるとバランスを崩しながら、ぎりぎりのところで高速ボールはグラブに飛び込んだ。 『と、取ったァ!まさに神業です!』 バランスを崩したものの、あたるは転びながらボールをサードに投げた。全ランナーがヒットかと思い、飛び出していたのだ。 『諸星!サードに送球!』 戻ろうとするランナーをアウトにした後、パーマすかさず、セカンドに送球これもアウトだった。 『と、トリプルプレー!!なんとこの大ピンチをこれ以上にない最高の形できりぬけました!友引高校!試合は一回の裏に入ろうとしています!』 ベンチに帰ろうとする彰の表情には驚きも悔しさもなく、無表情でベンチに戻った。そこで、彰は監督と何かを話している様だが、 口の動きだけでは解らない。自分もベンチに戻りながら、その光景を見ていた。 「一回の裏、友引高校の攻撃は・・・、一番、センター。藤波くん」 「ストライク!バッターアウト!」 「二番、ショート、因幡くん」 『因幡、セーフティバントを試みますが、キャッチャーの稲谷慌てずファーストに送球アウトです!ツーアウト、ランナー無し!』 「三番、ピッチャー、諸星くん」 『バッティングにも定評なる諸星ですが、三振です。三者凡退で二回の表へとつづきます』 ベンチ 「流れをなかなか引き渡さんっやっちゃな」 親父が感心しながら呟いた。 「そりゃあ、そうですよ。なんてったって相手はあの一刻商。しかも去年のチームとはまるで別ですよ」(コースケ) 「相手を褒めてどないすんねん!?」 親父はコースケの両頬をつまみ上げた。コースケは痛がりながらも苦笑いし、その光景を見てナインはなんとなく和やかになる。 「・・・」 しかし、その場の雰囲気に似合わない者が1人いた。あたるだ。一刻商の攻撃が終わってから何処か重い気分だったのだ。 「なんだ、なんだ?その重苦しい顔は元気ださんかい」 コースケはあたるの背中を軽くポンと叩いた。しかしあたるは何故か答えない。 「打たれた・・・」 「何言ってんだ?両軍ヒットは一本も出てないぞ」 「違う!彰が打った球は確実に芯に捉えられていた」 「でもホームランじゃなかったぜ?芯に捉えられてもアウトにしたから結果オーライじゃないの?」(チビ) 「いや、アウトにしたんじゃない。アウトにして貰ったんだ」 「それって、あいつからお前に返してきたって事か?」(パーマ) 「そうだ・・・」 友引ベンチに嫌な予感が立ちこめていた。あたる自身もそれが怖かった。あのピッチャーから頑張って取れるとして二点。 もし、さっきの球を打たれていたら最初から勝負は付いていたことになる。 PART5「【自慢していいぜ】」 三回の表、球場に金属バットが吠える音がした。その音に片方のスタンドは歓声に沸き、片方のスタンドは最悪の事態を恐れた。 しかし、外野から吹く風が惜しいと言う気分と危ないという気分を球場に作り出した。 『惜しい!九番、小山内(チビ)!球は真芯に捉えていましたが、逆風に阻まれました!!フェンスぎりぎりで、アウト!試合は0−0のまま!  次は一番藤波です!』 両軍共に点を取れずにいたが、差は歴然としていた。一刻商は毎回何かとランナーを出している。幸い友高の守備がなんとか活躍し、無失点に 抑えているがそのうち点を取られるのは関の山だ。逆に友引高校は今の所ノーヒット。四球の走者が1人出たぐらいだ。 友引ベンチ 「くそ〜・・・」 チビがバッドを引きずりながら戻ってきた。 「惜しかったな」(パーマ) 「風さえなければ入ってたんだ。自信を持て!」(メガネ) 少しイラついているチビをパーマとメガネの2人が声をかけた。しかし、イラついているのはチビだけではない。 「風がなかったら?笑わせるな!」(コースケ) ベンチの端で、壁に寄っかかっているコースケが大声を出した。。 「風が無くとも甲子園じゃ、あんなのただの外野フライだ!あんなあたりで喜んでんじゃねえ!」 「なんだとぉ!?」 パーマがコースケの胸ぐらを掴み上げた。 「いいか!俺たちの最終目標はあくまでも甲子園制覇だ!あんなあたりでよろこんでたら、ただの初出場の高校だ!  もっと上を目指す必要があるんだよ!」(コースケ) 「何言ってやがる!俺たちは名門じゃない!超強力打線とか、そんなのいらねえんだ!」 「寝惚けるな!名門以上じゃないと甲子園制覇はあり得ない話だ!」 2人の大声はベンチ内に響いていた。ナインはその2人をおそるおそる見ていた。 「黙れ!!」 その2人を黙れの一言で鎮めたのはあたるだ。 「・・・」 胸ぐらをつかみ合っていた2人は静かにその手を外した。両者、胸ぐらがしわくちゃになっている。 「いま戦っているのは各県のナンバーワンじゃない。一刻商だ・・・。そんなこともわからんのか?」 「・・・すまん」 『さあ、回は四回に移ります!この回の先頭は五番、鬼木(レイ)!二年前、恐怖の一年生と呼ばれた程の実力は今も健在です!  いまは白井が四番ですが、実力は白井に劣らないモノがあります!さあ、大山、振りかぶって投げた!』 ボールはアウトコースぎりぎりの所に飛び込んだ。レイは振ろうとしたバットをぎりぎり止めた。 「ボール!」 『判定はボール、鬼木、よく見ています!さあ、第二球め!』 今度の大山のボールは真ん中に来た。大山の投げ損ないだ。 (ど真ん中!) レイは心の中で叫んだ。迷わず強振。しかし、真芯にはあたらなかった。わずかながら回転が掛かっていた。しかし、ボールはサードの頭を越え、 フェンスの所までテンテンと転がっていく。 『ヒット!初ヒットです!友引高校!鬼木はファーストを蹴ってセカンドへ!』 余裕だった。レイは多少の足の速さもある。スライディングする必要もなくセーフ。 『ノーアウト、二塁!次は六番藤木(メガネ)!』 (どうやら我々につきが回ってきたらしいなぁ) メガネは不適な笑みを浮かべた。 「ストライーク!バッターアウト!」 七番のパーマがすれ違いざまに声をかける。 「ドンマイ!」 「いいか、パーマ!いま俺たちに流れが来ている!必ず打て!」 しかし、パーマの打った球は痛烈な打球だったがファーストの真正面へ。ファーストライナー。 「なにやっとるかぁ!」(メガネ) 「俺、いま初めてお前に殺意を抱いたぜ。三振よりなんぼかマシだろううがァー!!」(パーマ) 『さあ、ツーアウト二塁!友引高校はランナーをかえすことは出来るのか!』 「次は・・・、カクガリか。厳しいのぉ」 親父がベンチから乗り出す感じで、バッターボックスを見た。 「なにいってるっちゃ。カクガリさんはいつもチャンスの時に限ってヒットを打つ人だっちゃよ。  準決勝だって先制のタイムリーツーベース打ったし」 後ろからラムが落ち着いた顔で親父に話しかける。 「しかしのぉ。相手は一刻商のエースやで?レギュラーの中でバッティングが一番下手なあいつが打てるかいな?」 すると、ラムが親父の尻をスコアブックで殴った。パチーンと音が鳴る。 「なにすんねん!?」 親父は少し怒鳴りつけたが、それでもラムは負けじと立ち上がり、なんと胸ぐらを掴んでみせたのだ。 「数少ないチャンスに打てなかったら甲子園はないっちゃァー!」 どうのこうのしている内にカクガリがツーストライクまで追い込まれていた。 しかし、次の三球目。カクガリの打った球がファーストの頭を越えるラインぎりぎりの球を打った。 一刻商の守備陣はファールかと思われた球をあまり追いかけることはなかった。しかし、ボールはライン際ぎりぎりの所に入ってしまった。 「フェア!」 カクガリが打ったときにはレイはフェアだということを確信していた。レイはバットの音が鳴ったときには既に走っていたのだ。 『フェアです!フェア!セカンドランナー鬼木は既に走っています!』 レイは全力疾走を駆けた。一刻商から点取るチャンスはもう来ないかも知れない。レイは歯を食いしばりながら走った。 サードを蹴り、ホームベースまでは後少しだ。汗が滝のように流れるのに対し、息はしていなかった。息をしたら失速してしまいそうだったからだ。 『セカンドランナーはサードを蹴ってホームベースに走る!ライトは何をしている!?』 ライトはボールの正面に回り込み、走った勢いを付けながらそのままホームに投げた。ボールはレーザーのように一直線に伸びていく。 『ライト、いま投げた!鬼木、もう少しだ!これはクロスプレーになりそうだァ!!』 レイはヘッドスライディングをした。レイの体は地面と平行に地上十pを飛行し、そして、両手がホームベースに届こうとしたとき、 横からボールをキャッチしたキャッチャーミットが向かってきた。そして・・・。 激しい砂煙がホームベースを包んだ。誰もが固唾をのんでその一瞬の判定を待った。親父は息をするのも忘れている。セーフなのか、アウトなのか。 わずかな時間がとてつもなく長く感じられた。そして主審の手が動いた。 「セーフ!!」 大歓声が上がった。思わず、張り裂けるぐらいの声を出す男生徒。メガホンを叩きながら飛び上がる女生徒。そしてガッツポーズを取る友高ナイン。 この姿が、ベンチ内のあたるの目に移った。 『セーフです!セーフ!!友引高校、一刻商から貴重な一点をもぎ取りました!!場内の大歓声が、そして友引ナインが鬼木にエールを送ります!!  ついにスコアボードが動きました!!1−0!!なおもランナー二塁!追加点を取ることは出来るのか!!』 「九番、ライト、小山内くん」 「いけぇ!チビ追加点じゃ!」(親父) 親父は先制点に完璧に調子に乗った。 キィーン! 友引ベンチに明るい音がした。ボールはショートの頭の上をとんだ。カクガリがすかさず、ダッシュする。 これまでにここまで懸命にダッシュしたことはなかった。 「よっしゃあ!」 しかし・・・。センターから帰ってきたボールは余裕のタッチアウトだった。 「あー、くそぉ!」 『タッチアウト!スリーアウトでチェンジです!しかし、この回、友引高校先制しました!』 あたるはその様子を静かに見守ると帽子をかぶってベンチの外に出た。 すると、カクガリと暗い顔ですれ違った。 「自慢していいぜ」 「え?」 カクガリはすれ違ったあたるをみた。あたるはスタンドを見ながら更に口を開く。 「一刻商相手にお前は先制タイムリーを放ったし、ホームベースまで走ることが出来た。お前は間違いなく、友高の救世主だよ」 「・・・」 カクガリは何だか嬉しくなった。そして、笑顔を取り戻すとベンチまで走っていった。 その様子を見たあたるは軽く笑みを浮かべると、先制を許してしまった一刻商を見た。彰がじっとこちらを見ている。 その目には余裕すら感じられた。 (カクガリの先制タイムリーも無駄だったってか・・・) あたるは彰の目にそんなモノを感じた。 PART6「【叶わぬ夢か・・・】」 既に昼間の最高気温までに達していた。激しい夏の太陽が高校球児達の汗を垂らしていた。 キィーン!  試合が始まってもうこれで何回目の快音だろうか。 『打ったァ!ボールは右中間に落ち、いまライトがバックホーム!・・・、いや、ランナーは三塁に残っています!ツーアウト二塁三塁!  友引高校助かりました!しかし、次は四番の黒川!友引高校大ピンチです!!』 「打たれてるな」 ルパがぼさっと呟いた。 「ええ・・・。どこか調子でも悪いんでしょうか?」 「見る限り、別に以上は見えないんだが・・・」 「一刻商ってこんなに強いチームでしたっけ?」 「おいおい、仮にも春の日本一だぜ?強豪中の強豪だよ」 「しかし、去年のあたるを見ても此処まで打たれることはなかったですよ。しかも、今年は五代や三鷹のような超強力なバッターも彰くん程度のはずだが・・・」 「また、別のことで問題を抱えてるんじゃないか?」 温泉が口を開いた。さっきからじーっとあたるを見ている。 「と言うと?」(面堂) 「俺もそこまではからん。だが、完全に打ちのめされるモノではなく、なにかはっきりしない何かがあいつの精神をむしばんでいるかもしれない」 「だが、あいつにはいまは何も・・・」 「あいつは何かと変なところにショックを受けるからな。俺たちにはどうしようもない・・・」 温泉と面堂はそのままこの試合を見入り込んだ。 (まさか、あいつこの前言った事を勘違いしてるんじゃ・・・) ルパは去年の夏の終わり頃、あたるに会っていた。その日、しのぶに言われてあたるが野球部に戻ると伝えに来たのだ。 その時ルパはあることをあたるに言っていた。その時の事だ。 「四番サード黒川くん」 彰がバッターボックスに立つとあたるは帽子の鍔を深く下げた。 (自分のための甲子園・・・か) あたるは前屈みになってコースケのサインを見た。全球ストレートとのことらしい。あたるはボールをギュッと握った。 そして、彰が構える。その様子を見て、溜息をついた。 (自分のための甲子園を目指してる奴の実力を見せて貰おうじゃねえか!) あたるは怒りにも似た力でボールを乱暴に投げた。しかし、球の速さは並ではない。この試合最高のスピードだ。 そして、彰はバットを少しひいて体の回転に任せながら、バットを強振した。それは彰からのある意味贈り物だったかも知れない。 彰のバットが振り終わった瞬間、あたるはパッと後ろを見た。遠い、ライトスタンドの中だ。そこに一つの小さな白球が見えた。 信じられなかった。自分が一瞬でも否定した彰のバットがさっきまであたるの持っていたボールをライトスタンドまで放ったのだから・・・。 『ホームラン!!ホームランです!!四番黒川!此処で起死回生の逆転スリーランホームラン!!凄い!もの凄い黒川彰!!  六回の表、一刻商!黒川のホームランで逆転しました!!』 その後、あたるは五番をファーストゴロにしとめ、なんなくベンチに戻っていった。 「五番、セカンド鬼木くん」 「よーやった、彰!」 一刻商の監督が彰を褒め称えた。彰がヘルメットを取るとベンチにドサッと座った。 「ふざけやがって・・・」 「へ・・・?」 監督が彰の言葉に思わず目を丸くする。彰はマウンドの上のあたるをにらんだ。 友引ベンチ 「ドンマイ、あたる。あんなのまぐれだ!ただのラッキーヒットだよ!」 パーマが手を叩きながらあたるを励ます。しかし、あたるは暗くなかった。それどころか、少し良かったというような表情をしている。 「叶わぬ夢か・・・。確かにこの夢はかなえられねえな」 「ダーリン?」 ラムがあたるのぼやきが心配になったのか、あたるに歩み寄る。あたるは自分の前に立ったラムをみあげた。 「ラム・・・。彰の答えやっと解った気がする・・・。俺なりに答えを出してみた・・・」 「・・・、どんな答えだっちゃ?」 ラムはちょっと間をおいて返事をする。 「おれな、去年の秋にしのぶにな、黒川さんに会えばっていわれた。黒川さんのあの言葉が本当は俺の事を思ってくれた言葉かどうか自分で確認してこいって・・・。  正直おれ怖かった。けど、野球部に戻ることだけでも伝えとかないとと思って、黒川さんの家に行ってみたら・・・」 時は約一年前、あたるがルパの家を訪ねた日にまでさかのぼる。 〜続〜