ここはどこかの大学のキャンパスの構内である。 「ダァーリィーン!」 「ん?」 緑色の長い髪をした女に呼ばれると、ベンチに座ってタバコを吸っていた男はタバコを銜えたままその声のほうを向いた。 その女はすぐにその男のそばにたどり着いた。 「ダーリン。タバコの吸いすぎは肺ガンになるっちゃよ!いい加減やめたら?」 「うるせえなー。オレの勝手だろうが、そんなの。お前、そんな事言うためにわざわざ呼んだのか?」 男はタバコを灰皿でもみ消しながら面倒くさそうに応対した。 「もう、ダーリンたら!未来の妻に対してもっと優しくしたらどうなの?」 「何が未来の妻じゃ!だから何の用なんだよ?さっさと言えよ!」 男を指差しながら抗議する女に、男は愛想なく言った。 「ん、もう!わかったっちゃよ・・・あのね、今日の午後で最終の映画のチケット、サークルの先輩にもらったっちゃ」 「ホー。それで?」 「ダーリン、今日の午後、暇だっちゃ?」 「いや、法曹論が3限目にあるけど」 「そんなつまんない講義、サボっちゃうっちゃ!お天気もいいし、一緒に行こうよ!ね?」 「天気の良さは関係ないと思うが・・・まあ、たしかにいい天気だな。じゃあ、行くか」 「キャーッ!嬉しいっちゃ!」 「こ、こら!人前で抱きつくなといつも言ってるだろうが!」 男と女は腕を組んで正門のほうに歩いていった。そんな仲睦まじい2人は、お揃いの白いセーターを着ていた。 「見て見て!あの2人、この前のダンスパーティでキングとクイーンになった2人じゃない?」 「ホントだ。真昼間から腕なんか組んじゃって・・・ラブラブだねー。お揃いの服まで着ちゃってさー・・・」 そんな2人を見て、周囲の学生たちが妬みにも似たひそひそ話をするのはもはや日常茶飯事となっていた。 この2人はキャンパス内では知らないものはまずいない評判のカップルである。 (ウフフ・・・ダーリンの心はすべて、ウチのものだっちゃ!でもウチの心は・・・全部ダーリンに盗られてしまったっちゃ) 女は男の腕を抱きながら、有頂天になっていた。 「ウフフ・・・ウフフフ・・・」 「・・・おい、ラム!ラム!」 「あ・・・あれ?」 あたるに何度も自分のことを呼ばれて、ラムはようやく我に返った。このときは朝食の途中だった。 「なにやっとんじゃお前?メシの最中にニヤニヤしだしたかと思ったら突然ボーっとしやがって・・・」 「ううん。何でもないっちゃ。夕べはちょっといい夢を見たから、それを思い出していたら、つい・・・」 「夢・・・?どんな夢だ?」 「ううん。そんな大した夢じゃないっちゃ!ごちそうさまだっちゃ!」 「おい、ラム・・・」 尋ねかけるあたるを避けるように、ラムは食事を済ませその場を立ち去った。 「そういえば・・・今日は日曜日か・・・」 あたるはカレンダーをチラッと見ると、そう呟いた。 部屋に戻ったラムは、自分の携帯電話でランの携帯に電話をしていた。 「・・・とってもおいしい紅茶が手に入ったっちゃよ。今日は日曜だし、ウチのUFOに来ないっちゃ?」 「行く行く!じゃああたし、三葉虫のタルト持ってラムちゃん家に行くわね」 「じゃあ、待ってるっちゃよー」 ラムがこう言うと、ランは電話を切った。 「さてと・・・」 ラムは窓から飛び立ち、自分のUFOに向かった。 「こんにちはー、ラムちゃーん!」 「あっ、ランちゃん。待ってたっちゃよ」 ラムがUFOに着いて数分後、三葉虫のタルトを土産にランが到着した。2人のティータイムが始まった。 ラムがあたるとペアルックを着てキャンパスライフを満喫している夢を見た話をすると、ランは羨ましそうに聞き入った。 「やっだぁー、ラムちゃんたらぁー!夢の中でもダーリンのことばかり考えてるなんて。 でもどうして大学生っていう設定になっているのかしら?」 「さァ?ウチ、わからんちゃ」 「でも、ペアルックなんて、いいわねぇー。あたしも憧れちゃう。レイさんと一緒に・・・きゃん!ランちゃん、はずかシイ!」 2人がこんな話をしていると、テレビからテレホンショッピングの映像が流れてきた。 「・・・さて、次は、これさえあればテレビの前のあなたも幸せになれる!究極のペアルックはんてんの紹介です」 画面の真ん中に立っている男女のうち、男のほうがそうアナウンスした。 「うわさをすれば何とやら・・・ね!ラムちゃん」 「ホントだっちゃ!すっごく興味があるっちゃよ。もしかしたらさっきの夢、正夢になるかもしれないっちゃ・・・」 横目でラムにそう告げたランに、ラムは目を光らせながら答えた。2人はスクリーンに食いついた。 「エッ!?着ただけで幸せになれるペアルックはんてん!?それって、どんなはんてんなんですか!?」 女のほうが大げさに驚くのも、テレホンショッピングの常套手段だろう。2人は画面を興味津々と眺めた。 「あわてない、あわてない!あわてなくてもはんてんは逃げたりしませんよ。では早速、ご紹介しましょう。こちらです!」 男はそう言うと、テーブルの下のほうからそのはんてんを取り出し、カメラの前で大げさに広げた。 「うわァーッ!」 「きゃあーっ!」 「ギョエーッ!」 男が広げたはんてんを見た後の、女、ラム、ランの第一声である。 「・・・素敵なはんてんですねー。一目見ただけで、まさにその名に恥じない商品という感じがします」 女は臆面もなくそう言い切った。しかし、このはんてんを始めて見た者の率直な感想は、むしろこれだろう。 「・・・あ・・・悪趣味な柄だっちゃー!!」 「さ・・・最低を通り越して、最悪やな」 ラムとランはカップを手にしたまま口を揃えてこう言った。一富士二鷹三なすびとは言うものの、これはひどすぎる。 しかしテレビショッピングの2人はそんなことを微塵も感じさせないような口ぶりで紹介を続けた。 「・・・でも私、花より団子なんですよねー。このはんてん、本当に効果はあるんですか?」 「そんな疑り深いあなたを安心させるため、今回は愛用者の一人の体験談をご紹介します。ご覧ください」 男がそう言うと、突然画面が切り替わった。 「あっ、ここ、惑星アルデバランじゃない?」 「そうみたいだっちゃね」 2人は見覚えのある風景を目の当たりにして、思わず口を開いた。画面の真ん中には、鈴木ぺら子という人が映っていた。 「・・・彼はなかなか結婚の話を切り出してくれなかったんです。そのときもう5年も付き合っていたのにですよ? そんな時、このテレビショッピングでこの商品をたまたま見つけて、ワラにもすがる思いで電話をかけたんです。 商品が届いた後、私は一目散に彼にこのはんてんをプレゼントしたんです。そしたら彼が突然・・・」 ぺら子がこれだけ言うと、また画面が切り替わった。 「ぺら子さん、結婚しよう」 はんてんを着た男がぺら子に抱きつきそう言うシーンが映った。画面はまたアルデバランに戻った。 「私は今、大変に幸せです!ペアはんてん様様です」 ぺら子がそう言うと、再びスタジオに戻った。スタジオにいたサクラのおばさんたちも大歓声を上げた。 「・・・いかがですか?これでこの商品の威力はお分かりいただけたでしょう。このはんてんには縁結び機能があるんです」 男は誇らしげにそう言った。 「本当、すごいですねー。これなら私もぜひ欲しいですう。でもこの商品、お値段も相当、高いんでしょうねー」 女はまたしても、お決まりのセリフを述べた。 「いえいえ、今回はうきうきテレホンショッピング30周年記念の特別価格で、大変お安くなっております。 本来なら3万クレジットのところを、なんと1万5千クレジット、1万5千クレジットでご奉仕させていただきます!」 男がこう言うと、「安い」コールがスタジオ中にこだました。 「うわーっ!これだけの効果があって、たった1万5千クレジット!お買い得ですねー・・・」 女がこう言ったところで、ラムはテレビのスイッチを切った。 「そ・・・それにしても悪趣味な柄だったっちゃねー、ランちゃん」 ラムはランを牽制するように言った。 「え、ええ!どーせこんなのインチキよ。縁結び機能だなんて・・・」 ランも平静を装って答えた。 「あはは・・・」 「うふふ・・・」 2人は作り笑いをしながら、頭の中では別のことを考えていた。 (このはんてん買おうかな、なんて言ったら、きっとランちゃんウチのことバカにするっちゃ・・・) (これでレイさんのハートをゲット、なんてゆーたら、ラムの奴、きっとワシのこと軽蔑するやろな・・・) しかし「縁結び」という言葉の誘惑に、ラムは勝てなかった。3日後、ラムは届けられたはんてんを着て、 UFOから学校に向かった。その手にはあたるに着せたいもう一着のはんてんがあった。 ラムは空からあたるの姿を探した。約2分後、あたるを発見した。珍しく時間にゆとりのある登校だった。 (ダーリン・・・見つけたっちゃ!) ラムはあたるの姿を見るや否や猛然とあたるに迫った。そして後ろに回りこみ、はんてんを着せようとしたが、かわされた。 「どうしたっちゃ?ダーリン。よけちゃダメだっちゃ!」 はんてんを両手で広げたまま、ラムは言った。 「何のつもりだ、お前は」 戸惑いながら、あたるは尋ねた。 「これはウチからのささやかなプレゼントだっちゃ!ウチとペアで着るっちゃ」 そう言うと、ラムはあたるにしつこくはんてんを着るように求めた。 「何い?ペアだと!?バカモノ!男がペアルックなんか着れるか!!」 あたるは怒った。 「だって・・・男が着なくちゃペアルックにならないっちゃよ」 ラムは穏やかに抗議した。その後は着る着ないで堂々巡りになった。そこにランが現れた。 「あーら、ラムちゃん。結局買っちゃったわけェ!?縁結びはんてん・・・」 そう言うランの目は、まさに軽蔑の眼差しだった。しかしラムは、ランの眼差しよりも言ったことが気になった。 「しーっ、しーっ!縁結びのことは言っちゃだめだっちゃ!」 ラムは小声でランに訴えた。しかし、手遅れだった。あたるはその場から脱兎の如く逃げ出した。 「ダーリン!どうして逃げ・・・!!」 逃げ去るあたるのほうを向いて叫んだラムは、自分の体が妙に軽くなったような気がした。 「あっ!」 ラムは気づいた。自分の着ていたはんてんが脱がされており、手に持っていたはんてんも奪われていることを。 「ラムちゃん・・・追わなくていいの・・・?」 呆然としていたラムに、ランは忠告した。するとはっと気づいたラムは大慌てであたるの後を追いかけた。 「こらぁーっ!まてェ!!」 放電しながらラムは叫んだ。 (フッ・・・勝った) 立ち去るラムの背中を見つめながら、ランは小さくガッツポーズをした。 「ニャハハ・・・いい物を手に入れたわい!これさえあれば・・・!!グフフ・・・!!」 いやらしい笑いを浮かべ、あたるは学校に猛ダッシュした。彼の目にしのぶとサクラの姿が映った。 「おはようございまーす、サクラ先生」 「おお、しのぶか。おはよう」 挨拶を交わした後、2人は邪気を背中のほうに感じた。 「おっはよー、しのぶー、サクラさーん!」 あたるは手に持っていたはんてんをしのぶかサクラのいずれかに着せようとした。 しかし、そのどちらにもかわされた。あたるは芸人のように思い切り倒れた。が、すぐに起き上がった。 「何じゃ、諸星・・・その面妖な格好は・・・?」 悪趣味な柄のはんてんを着たあたるを見て、サクラはこう聞かずにはいられなかった。 「まあお二方。お茶でも飲みながらオレの話を聞いてくれ」 あたるはそう言って、お茶とお茶菓子を2人に差し出した。そこにはいつの間にかござが敷かれていた。 「こんなもの、今までどこにしまっていたの・・・?」 あたるはしのぶのこの問いかけは無視して、はんてんの話を始めた。 「・・・ほう、縁結びペアはんてんとな」 話を聞き終わったあと、あきれたような声でサクラはそう言った。 「フッ・・・まったくラムの奴・・・発想に進歩がないったらありゃしな・・・」 「人のことが言えるっちゃ!?」 このように激怒して、ラムはあたるに電撃を繰り出したが、あたるは間一髪かわした。 「へへーんだ!そういつもいつもお前の電撃を食らうオレじゃないわい!!」 「待つっちゃ!ダーリン!!」 校舎に逃げ込むあたるを、ラムは電撃を出しながら追いかけた。 「よくもまあ、毎日毎日飽きもせず・・・やってくれるわよね・・・」 「似たもの同士じゃ」 しのぶとサクラは、遠ざかる二人の背中を見ながら、あきれ返った。 あたるはラムの追跡を逃れ、階段の下のスペースに隠れた。 「ふー、ようやく撒いたか。まったくラムの奴、しつこいったらないぜ」 呼吸を整えようとするあたるに、きゃーきゃー話をする女生徒の声が聞こえてきた。どうやら3人いるらしい。 「・・・てゆーか寒くない?もう4月だよ」 「ホント。うちなんかあわててコタツをまた出したんだよ」 「そんなの普通だよ。うちなんかストーブまで・・・」 確かにこの日は4月だというのに、やけに寒かった。お天気お姉さんも風邪でリタイアし、代わりの人が出ていた。 「これを・・・はおりたまえ」 あたるは3人の横にすっと現れ、おもむろにはんてんを差し出した。 「な・・・なにこれぇー・・・!!チョーグロいんだけどー!!」 「あっ、これあたし見たことあるー!これ花札の牡丹だよー絶対!このどすピンク色やばいってマジで!!」 「背中もマジでひどくない?一富士二鷹三なすびて親が言ってたけどさー・・・これはないでしょー!」 「うっわ、これラメ入ってんじゃーん!!それにこの七色・・・もしかしてこれ虹かも!?こんなの今どき漫才師だって着ないってー!!」 予想通り評判は最悪だった。しかしあたるは諦めなかった。 「季節の変わり目は風邪ひきやすいんだよー!そうならないためにボクとペアで着ようよー!!」 あたるははんてんを持ったまま3人を追いかけた。 「やぁーだー!!こんなの絶対やだぁー!!」 3人は必死に逃げた。 (くっそー!予想通りじゃ!やっぱりこの柄は今どきのコギャルの感性には合わん!!) 追いかける途中であたるがそう考えていると、頭上から巨大なハンマーが降ってきた。 「悪あがきはよすっちゃ!」 そのハンマーを使ったのはラムだった。 「し・・・シティーハンターの槇村香か、お前は・・・」 ハンマーの下敷きになったあたるは思わずそう呟いた。 「そういうダーリンはさしずめ冴羽リョウなんじゃないの?さあ、はんてんは返してもらうっちゃよ!」 そう言うとラムはあたるの手からはんてんをぶん取り、それを再び着た。しかしあたるは着ていたはんてんを脱いでしまった。 「・・・どういう意味だっちゃ・・・!?」 「フンッ」 あたるはラムを残し、教室に向かった。 (ダーリンめ・・・だったら・・・いやでも着たくなるようにしてやるっちゃ) そう言うと、ラムは作戦に必要なものを取りに、いったんUFOに戻った。 ラムが戻ってきて数分後、2年4組内には猛吹雪が発生していた。 「寒いっちゃ〜、寒いっちゃ〜!!」 ラムは巨大人口吹雪発生装置で、あたるにブリザードをお見舞いしていた。 もっとも、あたるの近くにいる連中もとばっちりを受けていたが。 「ほ〜ら。あったか〜いはんてんだっちゃよ〜」 体の右半身が凍結しているあたるに対し、ラムは目の前ではんてんをちらつかせ誘惑した。 「フンッ」 しかしあたるはやせ我慢を続けた。目もそらし続けた。 「も〜う、意地っ張りなんだからぁー!!こうなったら・・・最大風速だっちゃ!!」 ラムは風速調整ボタンを目いっぱい回した。 「ド・・・ドワーーーッ!!!」 あたるはガラスを突き破り、空に向かって飛んでいってしまった。 「あっ、ダーリン!もう、どうしてそんなに逃げるっちゃっ!!」 あわててラムも後を追いかけた。 「おい、メガネ・・・あれって逃げたんじゃ・・・」 「・・・ないよなあ。パーマ」 メガネとパーマの2人はお互い顔を突きつけながら呟いた。 「ぜ・・・全員注目!授業を続ける!」 そこに、しばらくの間ラムの行動にただ呆然としていた温泉マークが、授業再開を促す声を上げた。 「先生!お言葉ですが、今すぐ再開というわけにはいかないと思います」 すると面堂が立ち上がり、こう発言した。 「ど、どういうことだ?」 「室内をよくご覧になってください」 面堂にこう言われると、温泉は教室内を見回した。すると、半分以上の生徒が氷付けになっているのに気づいた。 「な・・・なるほどな。で、この氷はいつ融けると思う?」 「さあ?ボクにはなんとも・・・」 「あ、そう・・・ハハハ・・・もう・・・やだ・・・」 温泉はこう言い残すと、教室内に倒れこんだ。 その頃あたるは、ラムの巨大扇風機の風によって空を飛ばされていた。そんな彼の目の前に大きな木が見えてきた。 (よしっ、あの枝につかまって着地じゃ!) あたるが枝をつかもうとしたその時だった。 「危ない、ダーリン!」 ラムはあたるの学ランをつかんだ。そのため急速に勢いを失ったあたるは枝に思い切り顔をぶつけてしまった。 「お・・・おのれはっ!!」 あたるは赤くなった顔でラムのほうを向いて怒鳴った。 「そこでおとなしく待ってるっちゃ。ウチははんてんを回収してくるから」 ラムは木の枝につかまっているあたるにそう言い残し、風下のほうに向かった。 はんてんが向かっている方角の先であった。そこで時代錯誤なファッションをしている男が女をナンパしていた。 「ヨーヨー、ねーちゃん、オレとちょっと付き合えよー。この街を一緒に歩こうぜぇー」 声のかけ方も古臭く感じた。 「な・・・何よあんた・・・いまどきベルボトムなんてはいて・・・それにそのベルトのバックル・・・シャツの柄・・・」 女が言うとおり、男はベルボトムをはき、蝶の形のバックルに星の形のプリントTシャツを着ていた。 「どうせ1人で暇してんだろー?ちょっとぐらいいいじゃんよー」 男はグラサンをかけた顔で女にさらに詰め寄った。 「ち・・・近づかないで!あたしを誰だと思ってんの!?あたしはファッションデザイナーの尾上千鶴よ! あんたが着てるようなセンスのない、いいえ、悪趣味な服を見ると悲鳴を上げたくなるのよ!」 そんな2人の眼前に、あのはんてんが降ってきた。 「キャアーーーッ!!」 そのはんてんの柄は、彼女に悲鳴を上げさせるには十分すぎた。彼女は一目散にその場から逃げた。 「あっ!」 ラムとあたるは、ほぼ同時に反応した。 「はんてんはあそこだっちゃね!」 ラムは空から男のいるところに向かった。 「これは女性の悲鳴!お嬢さーん!今ボクが助けに行きますよー!!」 あたるも木を猛スピードで降り、悲鳴のほうに向かってダッシュした。 「何でえ、あのアマ・・・でもこのはんてん、イケてんじゃん!」 男は手にしたはんてんを広げると、思わずそうこぼした。そこにラムが現れた。 「これはウチのものだっちゃ。返してもらうっちゃ!」 「おおっ!最高じゃーん、彼女オー!オレとペアルックしよーぜー!」 はんてんをつかんでそう言うラムに対し、男は懲りずにアプローチした。しかしラムは相手にしなかった。 「冗談は服だけにするっちゃ。離すっちゃっ!」 「オレとデートしてくれたら、返してやってもいいぜぇー」 2人はこんな調子ではんてんの取り合いをし続けた。そこに今度はあたるが現れた。 (な・・・なにやっとんじゃあのアホ。電撃かませ、電撃!) 塀の向こうに身を隠して、あたるは頭の中で言った。 「もう!しつこいっちゃねー!!」 ついに堪忍袋の緒が切れたラムは電撃を男に食らわせた。はんてんが気絶した男の手から離れようとしたその時だった。 ドドドドド・・・ 道路工事だろうか。けたたましいドリルの音がラムの耳に響いた。その音に驚いたラムははんてんから思わず手を離してしまった。 しかし、これがいけなかった。はんてんは強風にあおられ、またどこかに飛んで行ってしまった。 「あっ!待つっちゃー!!」 ラムはまたはんてんを追って風下に向かった。あたるもその後を追った。 「よーし。そろそろいいだろ」 けたたましい音の正体は、電柱の取替え作業の音だった。 「おーい、ガードマン。今から電柱倒すから、人が入って来ないようにしといてくれや!」 「了解!」 現場監督風の男にそう言われると、年配のガードマンは応答した。 「じゃあ倒すぞー!一斉のーせー!!」 作業員たちがそう叫ぶと、電柱はにわかに倒れ始めた。そこにはんてんが飛んできた。 「あーっ!!」 このままでははんてんが下敷きになって破れるかもしれない。そう思ったラムはガードマンの横を大急ぎで通過した。 「おいっ、君!危ないぞ!!」 (ダーリンの・・・ダーリンのはんてん・・・) ラムの目にははんてんしか映っていなかった。ガードマンの制止を無視し、ラムは電柱の下に飛び込んだ。 (ラ、ラム!あ、あのバカ!!) 今まさに電柱の下敷きになろうとしていたラムを目の当たりにしたあたるは、大慌てでラムの救出に向かった。 「でやあっ!!」 あたるは間一髪のところでラムの救出に成功した。しかし横っ飛びをしたあたるの足元には、どぶ川が広がっていた。 空を飛べないあたるは、まっさかさまに川に落ちた。4月にもかかわらず、川の水はまだ冷たかった。 「ハックション!」 川から何とか自力で這い出したあたるは、くしゃみを連発した。 「あ・・・ありがとうダーリン。ウチ・・・嬉しいっちゃ・・・」 目を潤ませながら、ラムは感謝の気持ちをずぶぬれのあたるに伝えた。 「何か羽織らないと毒だけど・・・」 はんてんを手に大事そうに持ったまま、ラムは横目であたるを見て申し訳なさそうに言った。 「か・・・貸せえ!!オレは寒いんだぁっ!!」 あたるはラムの手からはんてんをぶん取り、それを着た。 「ダーリン・・・ウチ・・・ウチ・・・幸せだっちゃ!」 ようやくはんてんを着てくれたあたるに、ラムは心から喜んだ。 「フンッ。オレは寒いっちゅーの!」 ふてくされた様子で返事したあたるがはんてんを着たのは2つの理由があった。 1つは実際に寒かったから。もう1つは、ラムが自分にはんてんを着せたいがために向こう見ずな行動を取ったのを見て、 このまま自分が意地を張り続けたら、ラムがどんな目に遭うか心配で見てられないと思ったからである。 しかし、彼の動機がどんなものであったとしても、第三者には彼がはんてんを着たことで使用者ラムが幸せになったとしか映らない。 「幸せだっちゃ・・・幸せだっちゃ・・・」 そう連呼するラムの姿は、テレビショッピングのカメラにしっかりと収められ、テレビで放映された。 「へぇー、あれってインチキじゃなかったのね。念のため買っておいてよかった・・・」 テレビを見ながら、ランは胸をなでおろした。実はこのペアはんてん、あまりの人気のため、あっという間に売り切れてしまったのだ。 「フッフッフ・・・これで明日のデートはばっちりじゃ。レイさんのハート、ゲットじゃあ!!」 こう叫んだ後、ランは高笑いをした。 翌日、ランはレイとともに亜空間にある恋人岬にいた。 「レイさん・・・今日はあなたにプレゼントがあるの・・・受け取ってちょうだい」 大きな白波を眺めていた色男バージョンのレイは、ランからはんてんを受け取ると、それを広げた。 しばらくの間食い入るようにそれを眺めた後、レイは虎牛に変身した。そしてあろうことか、それを食べようとした。 「あーん、レイさん!それは食べちゃダメぇー!」 あたりにランの叫びがこだました。 The end Toshio