時は夢のように・・・。  第二話『動き出す時間』  三月三十一日、月曜日の朝・・・今日で春休みも終わり。  なんとも気持ちのいい朝だった。俺はまだ寝たりなくて、布団の中でまどろんでいた。  今日が春休み最後の休日なので、ゆっくり朝寝坊を決め込んだのだ。・・・いつもだろって? それを言われると辛いんだな〜。 あたる「(・・・なんか・・変な夢見たな・・。可愛い子が家に来て、一緒に暮らすだなんて・・・。ンな都合のいい話があるわきゃねー     んだよ・・。だいたいラムだってそんなこと・・・。)」  なんて考えていたら・・・突然、部屋のドアが開いた。 「おはよーーっ! いつまでも寝てると目がとろけちゃうぞーっ!」  元気のいい声が部屋にこだますると、バサーッとばかり勢いよく布団がはぎ取られた。 あたる「な、なんだなんだ?!」 「きゃぁーーーっ!」  亜麻色の髪の娘が叫んでいる。  あれは・・・ラム? 違うな・・・唯ちゃんではないか! 夢ではなかったのか?!  布団を腕に抱えた唯は、耳まで真っ赤にして、凍りついたように立ち尽くしている。目線は真っ直ぐ・・・俺の股間を見てる? あたる「・・・あぁ。」  唯がフリーズしている原因が分かった。昨日は俺のパジャマを洗濯したのだが、乾き具合がイマイチだったので、Tシャツとトランクスだ けで寝てしまったのだ。  朝の生理現象で、トランクスの股間の辺りがちょっと盛り上がっていた。 唯「ご、ごめんなさいっ! いつも妹を起こしてたから・・・つい、その調子で!」  顔を赤くした唯が、部屋を飛び出して行く。よほどあせったのか、階段で滑ったらしく、きゃっという小さな声と、どこかにぶつけたら しい鈍い音が聞こえた。 あたる「か・・可愛いいぃ〜〜〜っっ!!」  運動神経はそれほど鈍そうに見えない彼女が、気が動転するあまりに階段で滑る様子を想像すると、ちょっと面白い。  可愛い娘が朝から起こしてくれるなんて、なんだか妙に興奮してしまった。そりゃぁ、ラムにはいつも起こしてもらっているけど、なん か、新鮮な感じがたまらなかった。  押し入れの中から「ふわあぁ〜〜〜。」っとアクビするのが聞こえた。ちょっと間をおいて、がたがたと押し入れの戸が開き、目をこす りながらラムが顔を出し、後につづくように、むくれっツラしたテンが起き出してきた。 ラム「・・何事だっちゃ〜?」 テン「なぁんやぁ、朝っぱらからウルサイやんけぇ。」  起きたばかりで、寝ぼけ眼なラムとテンだったが、すぐにいつもの調子にシフトされるのだった。 ラム「ダーリン、おっはよーっ。」 テン「おーーっす。あたるぅー。」  宇宙人ってぇのは、朝はめっぽう強いらしい・・。ってゆーか、こいつら二人が特別なんだろうか・・。  二人に自分の元気を持っていかれたような気がした。ひきつった笑顔で挨拶を返す。 あたる「おっす。」  すっかり目が覚めた俺達は、服を着て階段を下りていった。                            * 台所。  台所では、母さんと唯が笑い合いながら、朝ご飯の支度をしていた。  俺達は台所ののれんをくぐる。 唯「あっ、みんな、おはよう!」 あたる「おはよーっ唯ちゃん!」 ラム「おっはよーっ」 テン「唯ねーちゃん! おはよーさん!」  四人が挨拶を交わす所を見て、母さんがくすくす笑った。 母「あらあら、みんな朝から元気がいいわねぇ。」  唯が居るせいだろうか、今朝はなんとなく、空気がいつもと違って感じられた。  それに唯の笑顔は、寝起きでむくれた頭の中を、すっきりと洗い流してくれるようだった。 唯「もう少しで朝ご飯が出来ますから、顔洗ってきてください。」 あたる「は〜〜〜〜〜い(^o^)/」 ラム「ダーリン! 鼻の下が伸びてるっちゃ。」 テン「アホ丸出しやなぁ・・。」  俺達は台所から洗面所に足を向けた。                            * 洗面所。  がしがしがしがし・・・。  歯を磨き、口をゆすぐ。そして水を両手に溜めると、ばしゃばしゃと顔に叩きつけた。  タオルでごしごしと顔の水滴を拭き取って、髪型を整える。時折顔の角度を変えてみたりする。  にやにやと薄ら笑いを浮かべて、鏡とにらめっこしているあたる。  そんなあたるの様子を見たラムが、鋭い口調で釘をさした。 ラム「ダーリン、今のうちに言っておくっちゃ。唯にちょっかい出したらどうなるか・・・、分かってるっちゃね?」  あたるは顔を上げ、マジな顔を作りラムの目を見据えた。 あたる「(何を言っておるのだ、ラム。俺が唯ちゃんに手を出す訳がなかろう! 俺はただ、唯ちゃんが安心して楽しく生活できる様に     と、心から願っておるのだ!)     へへ〜〜んだっ! あんな美女が一つ屋根の下で暮らしておるのだ、チャンスさえあればラムの目を盗んで、唯ちゃんとあんな     コトやこんなコトをしてやるのだ! ふはははははっ!」 ラム「マジな顔してても、本音の方が口に出てるっちゃよ。」 あたる「あが・・・。」  うっかり(?)本音を口に出してしまった・・・。 テン「ラムちゃんの前でそんなこと言うなんて・・、絶対アホや・・。」  パタパタと宙を泳いで洗面所から出て行くテン。戸を閉める寸前に「ごゆっくり〜。」と言い残し、去っていった。 ラム「うふふふふ・・・。」 あたる「は・・ははははは・・・。」  残された二人は軽く笑いあった。しかし、あたるの額からは妙な汗が一筋流れ落ちていた。                            * 台所。 唯「さぁ、出来た。」  湯気の立つなべから、おたまでほんの少しすくって小皿に注いだ。それをあたるの母に渡し味見をしてもらう。 母「あらっ、美味しいじゃない!」 唯「良かったぁーっ、お味噌汁って、その家によって味が違うから、私の家の味がお口に合うか心配だったんです。」 母「これならすぐにでもお嫁に行けるわ! 私が保証してあげる。」 唯「そ、そんなお嫁だなんて・・。でも、おば様は私なんかより上手で・・・その・・・。」  真っ赤な顔になってうつむく唯、言葉の最後のほうはゴニョゴニョで聞き取れない。  その時、どこからともなく、けたたましい音と、猛獣の雄たけびに似た咆哮が聞こえた。  バババババババババババ・・・!!! どぉわああぁぁーーーーっっ!!! 唯「・・・・・?」  不思議そうに辺りを見回す唯。  母は唯の様子を見て、「いつもの事。いつもの事。だから気にしちゃダメよ。」と苦笑するばかりだった。  間を空けず、のれんの間から父がひょっこり顔を出した。 父「おや、唯さん、手伝ってくれてるのかい。すまないねぇ。」 唯「いえいえ、これくらい手伝わせて下さい!」  両手を広げて小刻みに振った。 母「さぁ、料理を茶の間に運んでちょうだい。ご飯にしましょ。」                            * 茶の間。  あたるとラムは洗顔を終え、茶の間に向かった。  戸を開けると、ちょうど唯がテーブルに料理を並べているところだった。俺を見て、ちょこんと頭を下げる。心なしか、少し態度がぎこ ちない。 唯「あ、あら? あたるさん、どうかなさったんですか?」  俺を見た唯が驚いた声をあげた。それもそうだろう、俺はこんがりといい感じに焼きあがっているのだから。なんでかというと・・、言 わなくても分かんだろが! とりあえずその場は笑ってごまかしてみた。 テン「朝っぱらから、よぉやるわ!」  テンが横から口をはさんできやがった。 あたる「なーんだジャリテン、いたのか・・。」 テン「いちゃ悪いんかぁ?」 あたる「べっつにぃ〜〜。」  なんともない会話のやりとりだが、あたるはフライパンを持ち、テンは口からちょろちょろ火をちらつかせ、完全に臨戦体勢だ。しか し、せっかく気持ちのいい朝だし、唯が料理を作ってくれてるし、ぶち壊すのは忍びない。そこで、 あたる「今日のところは・・。」 テン「やめといてやるわい・・。」  双方武器を退いた。腕組みして「ふんっ」ってな具合にそっぽを向く。  ふと気がつけば、唯が料理を並べ終えていた。 唯「簡単なお食事作ってみたんですけど、どうかな・・。お口に合うかしら?」  テーブルの上には、ホカホカのご飯と目玉焼き、御新香、サラダ、みそ汁が並んでいた。 あたる「へぇーーっ! これ唯ちゃんが作ってくれたの?」 ラム「おいしそぉーだっちゃ〜!」  見事な出来栄えに、二人は目を丸くした。 唯「作ったって言っても、おば様と二人で作ったから・・・。」  唯は少々テレ気味に首を竦めた。  目玉焼きは半熟よりちょっと固めで、隣にはタコの形をしたウインナーが三個ちんざしている。みそ汁はちょっと濃い目だ。  味の方も申し分なさそうだが、それ以上に、慣れない他人の家に来て、すぐに朝ご飯を作ってくれた唯の気持ちが、すごく嬉しい。 唯「わたし、お料理はちょっと自信あるんです。特にサラダのドレッシングにはうるさいんだから。それとビーフシチューでしょ、カレ   ーはちゃんとルーから作るし・・。」 ラム「へーっ、すごいっちゃ!」  目をキラキラさせて話を聞くラム。 母「ホントよ、その若さでここまで出来るとは、ただ者じゃないわね。流石のわたしも、手際の良さにあっけにとられちゃったわ。」  台所の後かたづけを終えた母さんが茶の間にやってきた。  しかし、母さんにここまで言わせるとは・・、唯はかなりのテクニックの持ち主らしい。 母「さぁ、みんなそろったわね。食べましょうか!」 あたる「えっ? 父さんは?」 母「そこに居るじゃない。」  周囲を見渡すと、父さんが居た。いつもの不動のかまえで新聞を読んでいる。 父「・・・ずーーーっとここに居たんですけど・・。」                            *  「いただきまーす!」  腹が減っていたせいもあって、勢いよくご飯をかきこんだ。  しかし、どこからか視線を感じて、ピクッと身体が固まってしまった。その視線の出所はすぐ分かった。  唯が茶碗を持って、お箸を唇にあてたまま、じっと俺を見つめていた。 唯「・・・・・。」 あたる「・・・?」  そうじっくり見られると、ちょっと緊張してしまう。茶碗を置いて、目玉焼きに箸を伸ばした。  少々ギクシャクしながら目玉焼きを口に入れた。  まったりとした黄身がなんとも云えなく、口の中に広がる。 あたる「うまいっ!」  ただの目玉焼きなのに、いつもより美味しく感じられた。ついつい顔がほころんでしまう。  唯はそんな俺の様子を見て安心したのか、ホッと胸を撫で下ろした。 唯「よかった・・。」  と、安心して箸を進めるのかと思いきや、今度は母さんに視線を向けた。  母さんも唯の視線を感じたのか、一瞬身体を硬直させた。  母さんの次は父さんだった。  そして、唯の視線がテーブルを一回りする時、今度は唯の身体が硬直した。 唯「!!!」  唯は完璧にフリーズしてしまった。手から落ちた箸が、カラカラとテーブルの上に転がる。  固まった唯の視線を追うと、本日は上機嫌なラム。鼻歌まで出ていた。 ラム「〜〜〜〜〜♪」 まぁ、無理もあるまい。俺達からしてみれば何のことはないのだが、唯からしてみれば、目にした光景は尋常ではなかったのだから。  なんと、ラムは目玉焼きの皿にタバスコの瓶を垂直に突っ立てていたのだ。もはや目玉焼は見る影もなく、タバスコ90%のスープとなっ ていて、かろうじて、卵の黄身がタバスコの海に浮かぶ孤島の様に、頭を出していた。 あたる「あっははははは・・・、気にしない気にしない。ラムは俺達と感覚が違うから・・。」  俺はちょっと焦って場を繕いだ。 ラム「え? あ、これ? はははははっ。気にしなくていいっちゃよ! ウチはちょっと辛党なんだっちゃ。」  状況に気付いたラムも、皿を指さして焦った風にフォローした。 唯「は、はあ・・。辛党・・ですか。」  ちょっといぶかしげな表情になる唯。  ほとんどフォローになっておらんだろが! 状況がどんどん悪くなっていく。とにかく話題をそらさなければ! あたる「そ・・そうだ! 妹がいるって言ってたよね。いくつなのかな?」  俺は気恥ずかしいような面映さを感じながらも、唯の目を見て聞いた。 唯「姫(ひめ)っていうの。まだ小学校一年生。両親と一緒にフロリダにいるわ。」  唯の顔が、少しかげった。  憂いを帯びた唯の表情は、はかなげで、さっきまでの元気一杯な雰囲気とは、また違った魅力をたたえている。  彼女に見入っていた俺は、昨夜聞いた唯の事情を思い出していた。  父親の海外赴任が決まって、彼女の一家は今の家を引き払ってフロリダに引っ越す事になった。だけど、唯は仕事を辞めたくなかったし 、親友達と別れたくなかったから、日本に残りたいと言い出した。可愛い娘だ、当然親御さん達は心配して、一人暮らしをなかなか許して くれない。でも、彼女の決意は固かった。頑として決心を変えない唯に、最後には、親御さん達がおれてくれた。  日本残留が決まって、ようやく部屋探しを始めたんだけど、そう都合よく条件の良い部屋なんて見つかるはずもなくて、困っていた。  そこで相談にのったのが、唯の父親の同僚で親友の、ウチの親父。「娘さんの一人暮らしは、さぞ心配でしょう。家に空いてる部屋があ るから。」と申し出たのだ。  ・・・ったく、大事なこと勝手に決めやがって。俺には相談の一つも無し。相談されても反対する訳はないんだが・・。  ただ一つ納得いかないのは、両親の理屈だ。思いだ出すと腹が立つ。  なーにが『考えに考え抜いた末、父さん達はお前を信用することにした。信用してはいるが、友人から預かった大切な娘さんだ。くれぐ れも、軽はずみな行動はしないように。』だ。  あのなぁ、全然、息子を信用してねーじゃん! 唯「あたるさん。どうかした? 何かおかしなこと言ったかな・・?」  昨日の事を思い出してるうちに、険しい顔になっていたらしい。俺はあわてて、手を振って唯の心配を打ち消した。 あたる「いやっはははははっ! なんでもないなんでもない! そぉ〜、姫ちゃんって云うのぉ、唯ちゃんに似て可愛いんだろねぇ。」 唯「う〜〜ん、わたしはお母さん似で、妹はお父さん似だから・・。そうね、芸能人で云えば、『モーニング娘。』の・・・加護亜依ちゃ   んに似てる。」 あたる・ラム「へぇ〜。」  俺とラムは大きくうなずいた。  ちょっと間をおいて、ラムが俺のシャツを引っ張って話しかけてきた。 ラム「ねー、ダーリン。」 あたる「なんだよ?」  耳貸してと言って、ひそひそと耳打ちするラム。 ラム「『モーニング娘。』ってなんだっちゃ?」 あたる「う〜〜〜む・・・。俺にもよー分からん。どうも時代設定がメチャクチャらしいな・・・。」  え、えーとぉ・・、この辺りあまり深く考えないよーに。(汗) 唯「そういえばあたるさんて、あの人に似てる・・。」 あたる「えっ? 誰に似てるの?」  唯は少し考え込むように顔をしかめた。 唯「・・・名前は忘れちゃったけど、つい最近じゃ『キノコ騒動』の原因を作った、ほら、友引町のお騒がせ高校生よ。」 「・・・・・・・。」  みんなの箸が同時にピタッと止まり、静けさが茶の間を覆った。 唯「二年くらい前は、地球を侵略しようとした宇宙人と鬼ごっこしてたし・・。あっ、そうそう、『石油の大雨事件』も、原因はあの人だ   ったわ・・。それから・・・。」  唯の話はまだ続いているが、ひじょ〜〜〜〜に耳が痛い。いまさら言うまでもないだろうが、唯の述べている人物は他ならぬ俺である。  人間の記憶というのは残酷なもので、最悪な出来事ほど鮮明に覚えているものだ。唯の話とリンクして、次々と嫌な記憶がよび起され、 それらが重く圧し掛かってくるのだ。  ふと見れば、父さんと母さんも、うなだれる様に落ち込んでいた。くらーい影が両親を取り巻くのが見える。  く・・くそぉ〜、悪い状況を打破しようとしたのに、返り討ちにあっちまった・・。  茶の間の空気が暗く重くなっていくのが目に見えるようだ。しかし、彼女の次の一言で、空気は一変した。 唯「・・・でもね、実はわたし、あの人のファンなの・・。」 あたる「なにっ?!」 ラム「にゃにぃーっ?!」  この言葉は、俺の心を覆う分厚い雨雲を吹き飛ばしてくれた。嬉しいと言うよりは、衝撃が大きくて思考能力が停止してしまったのだ。  一方、ガラッと表情が変わって、今にも掴みかかりそうになるラム。ギリギリのところで感情を抑えている感じだ。おっかない・・・。 唯「二人ともあの人と同じ学校だし、ご存知でしょう? だから大きな声じゃ言えないんですけど・・。」  真っ赤な顔を隠すようにうつむく彼女。 あたる「そぉ〜、ファンなんだぁ。むっふふふふ・・。」 ラム「ダーリン!」  ラムは目を三角にして俺を睨みつけて、太ももをぎゅーーっとつねった。  しかし、そんな痛みよりも、俺は唯の話に夢中で内心ドキドキだった。男として、彼女の評価は気になる。 唯「あの人って、ホントは誠実な人だと思うんです。」  と、ここまでは良かった。 唯「噂で聞くとあの人、すっっっごい女好きで、スケベで、卑しくて、だらしなくて、いつもいつも騒動を起こして・・。人間としては   ダメ人間ね・・。」  な・・なんだって? 俺は耳を疑った。あんたなぁ、俺のファンなんだろ? そりゃあ女好きだし、だらしないかもしれない、他の事 も認めるけどさ、でもいくらなんだって、集大成が「ダメ人間」ってのは無いだろ! 唯「あっ、でもそんな所が似てるとかって言うんじゃないのよ。雰囲気。あの人もあたるさんも可愛いから。」 テン「か! 可愛いっ!? このアホが『可愛い』言うんかぁ?!」  珍しく大人しく食事していたテンが大声を上げ、目を大きく見開いて俺の顔を凝視する。 唯「うん。スケベとかだらしないっていうのは、男の子の可愛いところじゃない? 度が過ぎるのは困るけど・・。あたるさんも、第一   印象は可愛い感じだったから。そんな所が似てる・・かな?」  フォローのつもりの唯の言葉は、なおさら衝撃だった。そりゃあ確かに俺は年下だけど、憎からず思っている女性から『可愛い』なんて 言われたくないじゃないか。 唯「あらっ、あたるさん・・・・どうしたの? 気分でも悪いの?」  うつむいてる俺を心配して、唯が近づいてきた。ショックを受けていた俺は、不意に彼女の顔が間近に迫ってきたので、焦った。  俺は彼女の対面に座っていたからよく分からなかったが、なんと! 彼女はノーブラだったのだ! Tシャツ着てるから分からんとでも 思っているのか? 動きにあわせて微妙に揺れる胸のふくらみに、目を奪われてしまう。おまけに、サラサラとこぼれ落ちて、俺の頬に触 れる彼女のつややかな髪からはシャンプーの匂いがして、もう我慢出来ない! 頭の中の煩悩メーターの針が振り切れた。 あたる「唯ちゅわぁーーーんっ!!」 唯「!?」  唯のピンク色の唇めがけフライングアタックするあたる。同時にラムがはじかれる様に飛び出した。 ラム「そうはさせないっちゃ! 天誅っ!!」  両手をスペシウム光線の構えの様にクロスさせ、電撃を放つ。  ドバババババババッッ!!! あたる「あぎゃああぁぁぁっっ!!!」  急激に失速し、墜落。またもや、こんがりとキツネ色に焼けてしまった。  唯に会って、これからの生活のキツさを予感したが、早くも現実のものになっていた。                            *  食事が終わって、ほっと一息ついた。『親が死んでもごく休み』ってね。 あたる「ねー、唯ちゃん。今日で春休みも終わりなんだからさぁ、どっか行こうよ〜。」  ジロリとラムに睨まれてしまった。先程の事もあり、ちょっとビビッてしまう。でも、別に唯にちょっかい出している訳ではないのだ。  唯はちょっと戸惑っていたが、申し訳なさげな表情で頭を下げた。 唯「ごめんなさい・・。まだ部屋の整理が終わってなくて、今日一日で何とか片付けないといけなくて・・。有休今日までで、明日から仕   事だし・・。ホントにごめんなさい・・。」  軽く誘ったつもりだったんだけど、唯のすごく真剣な誤り方に、なんか俺の方が申し訳なくなってしまう。 あたる「いやいや、いいんだよ。」  いつもの俺ならば、ここで諦めずにもう一押し二押しするところだが、なぜか心の中でブレーキがかかった。  実は昨日から気になっているんだが、彼女には不思議な力があるのだ。自慢じゃないが、俺は世界一、いや、宇宙一のプレーボーイだ。 その俺が、彼女の前に出ると、なぜか『真骨頂』が出せない! 彼女の全身を覆う不思議なオーラによって、俺の最強であるはずの煩悩 が萎縮してしまうのだ。くそっ! この諸星あたる様が翻弄されっぱなしではないか・・!  なんて考えてて茫然自失になっていたら、ラムが思い立った様に話し出した。 ラム「そういえば、唯って、どんな仕事してるっちゃ?」 母「そういえば、聞いてなかったわね・・。」  みんなが唯の顔を見る。 唯「わ・・わたしの仕事ですか? えと、まだまだ未熟ですけど、一応、『ウェディングプランナー』の仕事をしてます・・。」 ラム「ウェディングプランナー?」  きょとんとした表情のラム。  唯の方は、最初は恥ずかしそうだったが、話してるうちにだんだんと目が輝きだして、あふれんばかりのニコニコ顔だ。 唯「この仕事が憧れだったんです。憧れだった職業に就けるなんて、ホント夢のよう! もう嬉しくて嬉しくて内定が決まった夜は一睡   も出来なかったくらい!」 ラム「へーっ、すごいっちゃね! ・・・ところでぇ、『ウェディングプランナー』ってなんだっちゃ?」  ちょっと勢いをそがれてしまった唯、「あははははは・・。」と、から笑いした。 唯「え・・えっとぉ、『ウェディングプランナー』っていうのは、早い話が『結婚式のプロデューサー』でね。結婚する二人の心に、   とっても素敵な思い出が残るように、結婚式を計画したり準備したりする人たちの事よ。すっごく大雑把な説明だけど・・・。」  微笑みながらゆっくりと説明してくれた。ちゃんと理解しているのか分からんが、うんうんと頷きながら聞くラム。 ラム「とってもロマンチックなお仕事だっちゃ・・。」  ほんの少し、勘違いしているのかな・・? ほんのりと頬を赤らめたラム。正直、そんな顔したラムは結構可愛い・・。 唯「そうかなぁ? それをしてるわたし達にしてみれば、とっても大変なお仕事なのよぉ。」  ちょっぴりふくれっつらになる唯。男心を微妙にくすぐる仕草だ。  話が切れると、両手で湯のみを取り口をつけて、ほっとため息をついた。そして、少し寂しそうにつぶやいた。 唯「社会人になってもう一年か・・。また桜の季節が訪れて・・・なんだか急に、桜が見たくなっちゃった。」 あたる「見に行こうか。」 唯「えっ? でも・・。」 ラム「聞いてなかったのけ? 今日、唯は引越しの片付けをしなくちゃいけないって・・!」 あたる「だから、昼間じゃなくて、夜だよ。夜!」  ラムと唯が目をパチクリさせて見あった。 あたる「夜には片付け終わるでしょ? そしたらさぁ、友引公園行こうよ、桜が咲いてる所があるよ。桜の樹の数はそんなに多くないけ     どさ。夜桜ってのもなかなかオツなもんじゃござんせんか。」 唯「本当ー? 嬉しい、準備するわ! 片付けもちゃっちゃっと終わらせちゃう。おにぎり作って、お茶も持っていきましょ!」 テン「ほんまかぁ! 花見やぁ花見やぁーっ♪」  ポンポンと弾むようにジャンプしながら大喜びするテン。 ラム「あっ、そうそう。テンちゃん! 昨日おば様から連絡があって、今日、テンちゃんを迎えに来るって言ってたっちゃ。」 テン「えーっ!? お・・おかあはんが来るんかぁ?!」  とたんに顔色が悪くなって、カチコチに固まるテン。 ラム「明日は小学校の入学式だっちゃよ。」 テン「そ・・そやったぁ〜〜・・。」  力が抜ける様に、よろよろと床に着地した。 あたる「あっ! ジャリテンのお母さんだっ!」  窓の外を指差して大声で叫ぶ。 テン「いぃっ!? お、おかあはん。元気にしてはりましたか? ぼ、僕は良い子にしてますぅ。」  急にシャキっと背筋を伸ばして、まるで作文を読んでいるみたいに喋りだした。こいつ母親にはてんで弱いんでやんの。からかい甲斐が あるよホント。 あたる「あっはっはっはっは! こいつホント面白いよなぁ。テンちゃんは良い子だもんなぁっ!」  テンの頭をグシャグシャと力いっぱい撫で圧した。さすがにこれには頭にきたらしい。 テン「よぉもよぉも・・。馬鹿にしてくれたなぁっ! もぉ我慢の限界やぁっっ!!」  俺の手を払い除けて、大きく深呼吸するテン。放火が来る!と、ちょっと身構えた。しかし、何を思ったのか、テンは放火を止めた。 テン「ふんっ。ワイも明日から小学生や! お前みたいなアホ相手にせぇへんわいっ!」  な、なにおぅ! カチンときた。俺がジャリテンに挑発されている! ぬぬぬぬ・・、しかし、それに乗っちまう俺も大人気ない・・。 唯「テンちゃん、明日から小学生なのね・・。」  優しい眼差しでテンを見て、にこって笑った。テンは真っ赤な顔でふにゃふにゃになってる。 ラム「さぁ、テンちゃん。早く支度するっちゃ。おば様が来ちゃうっちゃよ。」 テン「そやっ! それじゃあ、ワイ、UFO行って支度するさかい。またあとでなぁ〜〜。」  茶の間の戸窓からパタパタ飛翔し、庭を横切って真っ青な空に消えていった。                             *  テンが去って、茶の間がほんの少し静かになった。 唯「さて、後片付けしようかな・・。」  きりきりと唇を結んで、唯は立ち上がり、腕まくりする。 ラム「あっ、ウチがやるから大丈夫だっちゃよ。」 唯「えっ? でも・・。」 ラム「唯はご飯作ったんだから、片付けはウチにまかせるっちゃ!」  グーをつくって小さくガッツポーズした。 唯「・・・それじゃあ、お任せしちゃおっかな・・。」 ラム「オッケーだっちゃ♪」  テキパキと食器を片付け始まるラム。 唯「わたしは、さっさと部屋を片付けちゃいますか! じゃあ、また!」  唯はくるりと向きを変えて、茶の間の戸を開け、部屋を出ようとした。しかし、「あっ!」と言って、歩みを止めた。  振り返ると、突然大きな声で、 唯「思い出した!」 あたる「え? なにを?」 ラム「なんだっちゃ?」  にこーって微笑んだかと思うと、今度は口に手をあててクスクス笑いだした。 唯「さっきの話に出てた、友引町のお騒がせ高校生、名前は『諸星あたる』クンよね!」 「・・・・・・・・・・・」  茶の間に『ひゅううぅぅ〜〜〜・・。』という風が吹いた感じがした。 唯「・・・・・・え? あ・・あら? う・・そ? まさか? そんなぁっ?!」  十秒くらい間を空けて、ついに気がついた様だった。俺とラムを交互に指差しながら、口をパクパクさせる。 あたる「はい。諸星あたるですぅ。」 唯「・・・・・・・」  さぁーっと唯の顔から血の気が下がっていくのが分かった。  よろよろと後ずさりして、 唯「きゃあきゃあきゃあぁぁーーっっ!!」  驚いたんだか、嬉しいんだか、恥ずかしいんだか、怖いんだか、悲しいんだか、どれとも云えない悲鳴を上げながら、廊下をダッシュ し、階段を駆け上がっていった。                             * 友引公園。  なんで桜が見たくなったのか、俺には分からない。  けど、唯が見たいというから、俺たちはその夜、家の近くにある友引公園に彼女と俺とラムの三人で出かけた。テンは夕方お母さんが迎 えに来て、カチコチになりながら母星へと帰っていった。ふんっ。邪魔っかしいヤツがいなくなってせいせいしたわっ!  公園では、桜並木が見事に咲きそろって、夜の照明を浴びて浮かび上がり、花のトンネルみたいになってる。 唯「まあ・・・・綺麗!!」  ちらほらと舞い落ちてくる桜の花びらを手に受けて、唯は歓喜をあげた。 唯「素敵! こんな近くに、桜の咲く公園があるなんて。」  友引公園には、人影はほとんどない。  近所に住んでる人たちが、勤め帰りに立ち寄って、桜を見上げていくくらいだった。  夜風に乗って、淡いピンク色の花びらが散っていく。  季節は春、桜の季節。俺とラムと唯は、ささやかな花見を楽しんだのだった。   唯が喜ぶのを見ると、俺もラムも楽しくなる。どうしてだろう?  彼女の長い髪や華奢な肩に散る、薄紅色の花びら。  確かに夜の桜はちょっと不思議な感じがする。唯はまるで桜の精みたいだ。  ・・・・なーんちゃって。そんなこと考えただけで歯が浮いてしまう。  俺たちは公園のベンチに並んで座り、唯の作ったお握りを食べ、ポットに入れてきたお茶を飲んだ。  俺やラムの話や、唯の友達の話、学校の話とか、唯の仕事の話で盛り上がった。  ほんの少し、唯と俺たちの世界が交わった気がした。  そして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。                              * あたるの部屋。  夜も更けて、遠くで犬が遠吠えしてる。  明日から四月だというのに、今夜はやけに寒くて、自然に背中が丸くなってしまう。  俺は机に足を乗せて、椅子に身を任せて寝そべるように腰掛けていた。 あたる「うーーっ寒い寒い!」  家が古いせいか、それとも電撃や放火等のダメージを受けすぎたのか、どこからともなく隙間風が来て、俺の耳元をくすぐっていった。  顔がぶるぶる震えて、鳥肌が全身を駆け巡る。 ラム「そんなに寒いっちゃ?」  いつものビキニスタイルでふわふわと宙であぐらをかくラム。  この寒いのにハダカ同然の格好しおってからに・・。見ているこっちが寒くなってくるわい。 あたる「ったく! こんなに寒いのにそんな格好しやがって! 風邪ひいても知らんからな!」 ラム「ダーリン、もしかして、心配してくれてるっちゃ?」  首を傾げて、俺の顔を覗き込んできた。俺はちょっと焦った。椅子のバランスが崩れて後ろに倒れそうになる。 あたる「ば、馬ぁ鹿! ラムが風邪ひいたりしたら、俺にもうつるだろが! だから・・!」 ラム「はいはい♪ 心配してくれてありがとだっちゃ♪♪」 あたる「おまぁなぁーーっ!!」  ラムは俺の話などこれっぽっちも聞いちゃいない様子だ。しかもすっごくニッコニコな笑顔をしてる。  ふぅー・・。ラムの笑い顔見たら力が抜けた。ちーーとばかり力み過ぎたみたいだ。 あたる「もぉいい・・、風呂入ってくる。」  タンスからバスタオルと下着を引っ張り出して、部屋から一歩廊下に出た。  俺の部屋の隣には唯の部屋がある。 あたる「(唯ちゃんはもう寝ちゃったのかな・・? 明日は早起きしなきゃって言ってたもんな・・。)」  少々気にしながら階段を下りて、風呂場に足を向けた。                              * 風呂場。  一階はやけに静かだった。父さんも母さんも、寝てしまったらしい。  風呂場の戸の前に立って、ひとつあくびをした。目を擦りながら戸を開けると、 唯「・・・・・・・・」 あたる「・・・・・・・」  数秒、時が止まった。  脱衣所に唯がいたのだ。しかも、下着姿で。 あたる「ぴ・・ピンク・・。」 唯「い・・いやああぁぁーーーーっっ!!!」  ドッズズズンッッ・・!!!  近所中に響き渡ったのは、唯の悲鳴と物凄い地響きだった。 ラム「な、なんだっちゃ?!」  部屋を飛び出して、階段を飛翔して降りて風呂場に向かう。  風呂場に着くと、既に父と母も様子を見に来ていたが、様子が少しおかしい。  父は涙をこらえる様に肩を震わせていて、母は腰が抜けた様に床に座り込んでいたのだ。 ラム「ど・・どうしたんだっちゃ?!」  おそるおそる脱衣所を覗いて見ると、 ラム「あ・・あっはははは・・ははは・・・。」  もう笑うしかなかった。  脱衣所は、とんでもなく巨大で100tと書かれたハンマー(*1)で床をぶち抜かれて、もはや脱衣所の面影はなかった。  唯はバスタオルに包まって隅っこにうずくまっている。あたるはというと、巨大なハンマーの下敷きになっていた。足だけがピクピク動 いている。 あたる「な・・なな・・・なん・・・・・で?」  なんでこうなるんだ? 俺は心で自問自答したが、結局、答えを見い出せぬまま、だんだん意識が遠のいて、夢の中に落ちていった。  俺の春休み最後の休日は、気を失って終えるのだった。                                  (*1:知る人ぞ知る、かの有名なアノ「100tハンマー」である。) エンディングテーマ:Open Invitation                                                第二話『動き出す時間』・・・完