「あなた!あなた!そんなところに粗大ゴミみたいに横たわっていたら、掃除の邪魔よ! まったく・・・いくら日曜だからっていつまでもゴロゴロして・・・」 あたるの母はそう叫びながら、掃除機を使ってあたるの父を部屋から追い出そうとしている。亭主元気で留守がいいと言ったところか。 彼はそんな妻に文句のひとつも言えずに、新聞を手にただ黙ってその場を立ち去る。 諸星家のありふれた風景、いや、日本中のサラリーマン家族の休日のありふれた風景と言ってもいいだろう。 しかし、この風景は諸星家ならでは、というよりもこの2人の間に特有と言うべきものだろう。 プツッ 「チェッ!何だよ冴子のやつ!せっかくデートに誘ってやったのに・・・何もこんなに怒鳴ることなかろーが!! ・・・しゃーねえ、ゆう子にでもかけてみっか・・・」 ガラガラガラッ 「ダーリンッ!!ウチというものがありながら、また性懲りもなく他の女にチョッカイ出してたっちゃね!?」 「わあっ!待て待てっ!ラムッ!落ち着けえっ!話せば分かる!冷静に・・・冷静に・・・!!」 「問答無用だっちゃ!!ダーリンの・・・・・・ばかぁーーーッ!!!」 「ギョワアアアアーーー!!」 この風景も、諸星家ではごく当たり前といえる朝の一コマだった。 その日の昼のことだった。 「あなた、あたる。私ちょっとデパートのバーゲンにラムちゃんと出かけてくるから」 昼食はまだかと待ちわびていた2人に、母は当然そう告げた。 「えっ?ラムも行くの?」 あたるは母のほうを向いて尋ねた。 「だっちゃ」 母の後ろでラムが返事した。 「しかしお前、バーゲンなんておばさんみたいだぜ」 「だってウチ、どんなものか興味があるんだもん!」 茶化すあたるに対し、ラムは強く反論した。 「夕方までには帰るから」 「あ、そう・・・いってらっしゃい」 このように伝えられ、父はただ黙って送り出した。 「ちょ・・・ちょっと待った!メシはどうするんだよ!?」 家を出ようとした2人に、あたるは慌てて尋ねた。 「大丈夫!私たちは外で済ますから」 母はこう返事した。 「そうじゃない!オレたちのメシだよ!」 「あら、ゴメンなさーい。準備でバタバタして、作るの忘れちゃったー。食べたかったら自分で作ってね」 母は意地の悪い感じで答えた。 「じゃ、行ってきまーす!」 「こっ・・・こらっ!待て・・・!!」 母はあたるの制止など意に介さず、ラムと一緒にさっさと出かけてしまった。 「まったく・・・なんて母親じゃ!父さんも!それでもオレの女房かぐらい言えばいいんだよ!」 そう言い放つあたるを、父は恨めしそうに見つめた。そんなことが言えるぐらいなら苦労はないと言わんばかりに。 (あーあ・・・こうはなりたくないよなあ・・・でも、いつかはオレも、こんな風に・・・) 居間に向かう父の曲がった背を見つめながら、こう思った。 それからしばらくの間、あたるが手持ち無沙汰そうにしていると、突然父が口を開いた。 「あたる。もし今日暇なら、父さんと一緒に打ちっぱなしにでも行かないか?」 突然のこの言葉に、あたるはちょっと戸惑った。 「どうしたの父さん?藪から棒に・・・」 「いや、ラーメンでも食いに行くついでにと思ってな・・・お前、ゴルフには興味ないのか?」 あたるはゴルフにはまったく興味がないわけではなかった。むしろ一度やってみたいと思っていた。 「・・・いいんじゃない?別に・・・」 あたるはそっけなく返事をした。まあ、このままただゴロゴロしているよりはいいか、そんな気持ちであたるは父について行った。 日曜ということもあり、打ちっぱなしは結構人がいた。 「へーえ、打ちっぱなしっておっさんが1人で行くところだと思っていたけど、結構家族連れがいるもんなんだなー」 あたるは周囲を見回しながらそう言うと、クラブを握った。そしておもむろにボールを叩いた。 バシュッ 打球は思ったよりぐんぐん伸びた。もう一息で的に命中するところだった。 「どう?今の打球」 「うん・・・初めてにしちゃあ、いいんじゃないか?」 ビギナーのあたるの打球を、父はあまりにありきたりな言葉で評価した。 「どれ、次は父さんが・・・」 そう言うと父は思い切りスイングした。打球はぐんぐん伸び、的の真ん中に命中した。 「おおーーー!!すげェ!!父さん、やるじゃーん!!」 父のナイスショットを、あたるは手放しでたたえた。 「ハッハッハ・・・父さんはな、だてに接待でゴルフに行ってるんじゃないんだぞ」 あたるに褒められて有頂天になる父だが、心の中ではこれは出来すぎだと思っていた。 「いや、まったくです。お見事ですよ。諸星の父君」 そこにこぎれいなゴルフウェアを着たオールバックの男が現れ、拍手をしながらそう言った。 「むっ・・・その声は・・・面堂か!?」 「御明算。フッ、相変わらずいい勘してるな。それにしても諸星、初めてにしてはなかなかいい筋をしているではないか」 面堂はキザったらしくそう言った。 「そいつはどうもありがとよ。それにしてもお前、何でこんなところに?」 横目で睨むように答えた。 「なあに、ウチの所有するゴルフ場で今日もうすぐコンペをやるんでな。その最終調整をしに来たのさ。ところで、ラムさんは?」 面堂はクラブを手に取り、得意げに尋ねた。 「あのな、オレはラムの付録じゃないんだぞ。オレが父さんと2人きりでいるのがそんなにおかしいか?」 二言目にはラムの名を出す面堂に、あたるは不快感をあらわにした。 「まあそう噛み付くなよ・・・ただどうしてるかと聞いただけではないか」 「母さんと一緒にデパートのバーゲンセールに行ってるよ。どうだ?これで満足か?」 「バーゲン?そういえばサクラさんやしのぶさんも同じ事言っていたな・・・」 「何?どうしてお前がそんなこと知ってるんだ?」 「今日のコンペに2人を電話で招待したんだよ。そしたら『今日はバーゲンだから・・・』と言って2人とも断られたんだ。 そうか・・・諸星のうちにも掛けたが誰もいなかったから、もしやとは思っていたが・・・」 「ホー。例によって女ばかり招待しやがったな。このスケベが・・・」 「失敬な!今回はクラスの全員に召集を掛けたんだ!先生も含めてな。だからお前だって来たいのなら、今から来ればいい」 「ホー。ところで面堂、コンペと言うからには、商品ぐらい出るんだろうな?」 「もちろんだ。各ホールごとにトップ賞。総合優勝者に賞金。もちろんブービー賞もあるぞ。ハンディキャップもつける」 「面白そうだな・・・よし。参加しようではないか!ところで、オレのハンディーは?」 「お前はな、何度空振りしてもノーカウントにしてやる」 この言葉を聞いて、あたるはずっこけた。何はともあれ、こうしてあたると父は面堂家主催のゴルフコンペに参加することになった。 (面堂のヤロー、オレを初心者だと思ってバカにしてやがるな・・・上等だ。こうなったらとことんやってやる!!しかし・・・) 「お前な。この乗り物、どうにかできんのか?」 心の中でこう呟いた後、あたるは今自分が乗っているタコ車にケチをつけた。黒メガネが運転している。 「風情があってなかなかよいと私は思いますが」 タコ車を運転する黒メガネはそう答えた。スピードは意外と速く、程なくして面堂家所有のゴルフコースに到着した。 「あら、諸星様。お久しぶりですわね。今日のコンペにご参加なさるのですか?」 そこに了子が現れた。面堂同様、上等そうなウェアを着ていた。 「あっ、了子ちゃん!本当に久しぶりだねー。その格好からすると、了子ちゃんも参加するんだね?」 「ええ。私、退屈しのぎのためなら手段は選びませんの。ところで、そちらは?」 了子はそう答えた後、あたるの父のほうを向いた。 「ああ。オレの父さんだよ。父さんも参加するんだよ」 「どうも。息子がいつもお世話になっています・・・」 父は妙に緊張した感じで挨拶した。 「では、早速第一ホールから回りましょう」 あたるたちは第一ホールに到着した。順番はくじで決まり、面堂が1番になった。 「第一ホールは508ヤードでパー5か・・・ここは一丁、グリーンを狙ってみるか!」 ズバッ 面堂の打球はグングン、グングン伸びて、グリーン・・・・・・を余裕で超えて、見えなくなった。 「おおー・・・これは・・・おい、面堂。オレはゴルフのルールというものはほとんど知らんが、これはOBと言うのではないか? 確か1打罰・・・」 「お、お前にいわれんでも、知っとるわい!」 面堂は顔を真っ赤にしながら叫んだ。2番目は了子である。 シュパッ やはり女の子ということでパワーではハンディがあるが、打球のコース自体はなかなかよかった。スイングもなかなかきれいだ。 「あー、もうちょっと飛ぶと思いましたのに・・・」 「でもコースはいいんじゃない?これならあと3打もあれば・・・まったく、誰かさんとは大違いじゃ!」 「やかましいっ!!」 気落ちする了子をあたるがフォローした。面堂はさらにイラついた。 「よーし。次はオレじゃな!」 あたるはクラブを振り回しながら意気揚々と打席に入ろうとした。そこに黒子が現れた。 「ささ・・・お召しかえを・・・」 あたるにさっとゴルフウェアを着せると、さっとその場を立ち去った。 「これで気分が盛り上がってきた。コース自体は単純なんだから・・・要はまっすぐ飛ばせばいいんだろ!行くぞー・・・!!」 あたるは思い切りクラブを振り上げた。 「どりゃあーーーーーー!!」 ボシュッ 打球は見事な放物線を描き、グリーンの5ヤードほど手前にぽとりと落ちた。 「よおおおっしゃあ!!」 あたるは握り拳を宙に繰り出しガッツポーズをした。 「お見事ですわ、諸星様!」 了子も拍手で褒め称えた。 (お、落ち着け終太郎・・・どうせビギナーズラックさ・・・) 面堂は心の中でそう呟き、自分を落ち着かせようとした。しかし逆にあせる気持ちが強まってしまった。 最後はあたるの父の番だった。招集を掛けたのが遅かったせいか、今回集まったのは彼を含めても4人だった。 「イヤー、あんないいショットの後だけに・・・打ちづらいなあー・・・」 不安げにそう語る父にはお構いなしに、黒子はあたるにそうしたようにウェアに着替えさせた。 「よ、よーし。やるぞー」 震える気持ちを吹っ切り、父はボールを力いっぱい叩いた。 バシュッ 打球はあたる同様、きれいな放物線を描いた。そして、球は何とピンの3ヤード手前に落ちた。 そのすばらしいショットの後、しばらくは誰も言葉を発することができなかった。体が石になった。 「お・・・おおーーーー!!」 「キャアーーー!!」 あたると了子のこのそれぞれの叫び声で、4人の石化は解けた。 「父さん!すげえーーーー!!信じらんねえーーーー!!」 あたるの興奮はなかなか収まらない。 「いや、ハッハッハ・・・まぐれだよ、まぐれ」 まあまあとあたると了子の興奮を冷ますように両手でジェスチャーをする父だったが、心の中は誰よりも興奮していた。 その興奮を何とか抑えつつ、2打目を行った。余裕でカップインし、いきなりアルバトロスを達成した。 (アルバトロスなんて・・・接待ゴルフでもやったことないのに・・・) 心の中でこうささやきながらも、顔はにんまりとしていた。 そんな父の作り出したいいムードに乗せられたのだろうか。ナイスアプローチであたるはイーグル、了子はバーディーを達成した。 しかし、そんなムードにひとり、乗り損ねた男がいた。今にもその自慢のオールバックが崩れ去りそうな面堂である。 「たりゃあああーーーー!」 掛け声はいいのだが、結果が伴わない。1打罰のため3打目となったこの打席も、打球は無情にも池にポチャンと落ちた。 「アラー、面堂君。これは確か・・・池ポチャって言うんじゃ・・・また1打罰・・・」 「うっ・・・うるさいっ!」 これしか言えない始末である。結局このホールは8打、トリプルボギーに終わった。 その頃ラムとあたるの母は、今日の午後2時から始まるブランド品のタイムセールが行われるデパートに到着していた。 「あと10分しかないわ。急ぎましょう」 「わかってるっちゃお母様。あっ・・・」 「あっ・・・」 入り口を急いで通り抜けようとしたラムの目の前に、見慣れた顔が2つ並んだ。しのぶとサクラだった。 「しのぶ・・・サクラ・・・2人もお目当てはバーゲンだっちゃ?」 2人を指差し、ラムは尋ねた。 「もち!だって最大で9割引でしょう?こんなチャンスめったにないもの」 「新聞に広告が挟まっていたのでな。それを見て来たのじゃ」 4人はにこやかに会話をしながら上の階にある催事場に向かった。 しかし内心はいかに他の連中を出し抜いてやろうかという気持ちでいっぱいだった。 再びこちらは面堂家のゴルフ場。第2ホールは先ほどとは一転して150ヤードのショートホールとなった。 「さっきは動揺してタッチが微妙に狂ったが・・・今度こそ・・・!!」 震える手でクラブを握り、先ほどより力を加減してティー・ショットを行った。球は見事にグリーンに落ちた。 「おっ?そろそろいつものプレイか!?」 茶化すようにあたるは言った。 「えーい!黙ってろっ!気が散るっ!!」 面堂は左手を左右に振り、あたるを遮るようにした。続けて2打目を打つことになった。 「この距離なら楽勝ですわよ。ねえ、諸星様」 「そりゃ、そうだよねー。まさかこれを外すわけはないよ、了子ちゃん」 了子とあたるの2人は巧みに面堂にプレッシャーを掛けた。 「えーい!!プレイ中は静かにするのがマナーだろうが!!」 たまりかねた面堂はさらに2人を大声で怒鳴りつけた。 「あら、ごめんなさい。お兄様。でも私、決してそんなつもりはなかったのですのよ」 いやらしい笑みを浮かべ、了子は平謝りした。それがさらに面堂のイライラに拍車を掛けてしまった。 「あーっ!!」 面堂は手元が思い切り狂った。ピンそばを無情にも通り抜けてしまった。 「ほらー!!お前たちがいらんことするから・・・!!」 面堂はあたると了子のほうを指差し、子供みたいな見苦しい言い訳を展開したが、2人ともツーンとした態度をとった。 結局このホールもボギーに終わってしまった。 「さあ、お兄様みたいにならないように・・・と」 了子はわざと兄に聞こえるようにささやきながら球を打った。打球はナイスコースだった。このホールはパーに終わった。 あたると父も絶好調で、ともにパーでこのホールを終了した。 (おのれぇー・・・、諸星めぇー・・・!!了子とグルになってこのボクを散々愚弄しやがって・・・!! このままでは・・・このままでは済まさんぞ・・・!!) あたるへのうすら寒い怨念で凝り固まったこの男に、もはや冷静なショットを期待することは不可能だった。 その頃、デパートのバーゲン会場では、女たちの激しい争いが繰り広げられていた。 「なにするっちゃ、しのぶ!このワンピースはウチが先に取ったっちゃよ!!」 「それはこっちのセリフよ!いいからその汚い手を離しなさいよ!破れちゃうじゃない!!」 「こんな胸元の大きく開いたやつ、しのぶには似合わないっちゃよ!!いいからウチに渡すっちゃ!!」 「何よ!ちょっとバストが大きいからって威張ってんじゃないわよ、ホルスタイン女!!」 「誰がホルスタイン女だっちゃ!!この胸滑走路女!!」 「ぬあんでっすってぇーーー!!」 この2人のバトルは、とうとう相手の人格、もとい体格攻撃になってしまった。 「奥方、このバッグは私が先に取ったのですぞ!」 「なーに言ってんの!これは私のものです!第一あなたは普段から私に迷惑を掛けてばかりいるんだから、 これぐらい譲ろうという気持ちはないの?」 「迷惑とは人聞きの悪い。私はあなたに拝まれこそすれ恨まれる覚えなどありませぬ!」 「それではありがた迷惑と言い換えましょうか!?」 こっちはこっちで激しい舌戦が繰り広げられた。 バーゲン会場は文字通り修羅場となっていた。商品をめぐるバトルにより、病院送りになる者も現れた。 「諸星。ボクからひとつ、提案があるのだが」 第3ホールに到着した直後、突然面堂はこう言った。 「何だ?言ってみな」 あたるは了承した。 「打つ順番を変えよう。気分転換に」 この提案によりくじ引きが行われ、あたるの父が1番目、面堂が2番目、了子が3番目、あたるがラストとなった。 「打つ順番が変わったからってゴルフがうまくなるとは思えんがねえ、面堂君」 「だっ・・・黙れっ!」 茶化すあたるを、面堂は一喝した。ともあれ、この打順で、パー4、400ヤードの第3ホールのゲームが開始された。 「あっ、しまった!」 1打目を打った直後、思わず父はこう言った。打球が左にそれていた。しかしこの後、とんでもないことが起こった。 OBかと思われたこの打球は、突然吹いてきた右方向の風にあおられ、なんとグリーンのほうに方向が変わったのだ。 それだけでも十分すごいことではあるが、ミラクルはこれでは終わらなかった。 「おかしいですわね。球がどこにも見当たりませんわ・・・」 「うーむ・・・確かにグリーンのところに落ちたはずなのだが・・・」 あたるたちは父の打球を探した。だがグリーンのところには見当たらなかった。 やはりOBか・・・そうみんなが考えたそのときだった。ある疑惑が浮かんだ。 「ま・・・まさか・・・!!」 4人は心の中でそう思いながらも、恐る恐るホールに向かった。父が穴をのぞいた。 「あ・・・!!アーーーッ!!」 父は素っ頓狂な声を上げると、その場にへたり込んだ。 「何?何?どうしたの父さん!?」 呆然としている父にそう言いながら、あたるも穴をのぞいた。 「あーーーーーーっ!!」 あたるは思わず仰天した。なんと球がカップインしていたのだ。ホールインワンである。 「父さん!やったあ!!ホールインワンだよ!!」 あたるは父の肩をつかんで体を揺すりながらそう叫んだが、父はまだ呆然としていた。 「おめでとうございまーす!!」 するとそこに大人数の黒子が現れ、あたるの父を取り囲むと、胴上げを始めた。 「ささ・・・記念品を作りますので、こちらへどうぞ」 黒子にそう促されると、父は言われるがままについて行った。 「いやー、効果てきめんだねー。面堂君、ぜひオレの親父にあやかってくれよー」 「そうですわお兄様。いい流れを壊さないでくださいね」 あたると了子はまたしても面堂にプレッシャーをかけ始めた。もはやそんな2人を怒鳴る余裕さえない面堂であった。 「で・・・でぇえーーーい!」 奇声をあげながらショットした球は、無情にもバンカーにぽとりと落ちた。 「面堂くーん・・・」 「お兄様ぁ・・・」 面堂に浴びせられた目線は、いずれも氷のように冷たかった。 1時間後、あたるの父が記念品と商品を手に戻ってきた。そこで見た意外な光景に驚いた。 「あれっ?まだ第3ホールなの?どうなっとるんだ?あたる・・・」 「どうしたもこうしたもないよ。父さん・・・あれ見てよ、あれ」 「お兄様ったら、まだあのバンカーを抜けられませんのよ・・・」 あたると了子の言うとおり、そこにはバンカーに苦しみ続ける面堂の姿があった。 「せいっ!くそっ!このっ!このおっ!」 どんなに叩いても叩いても、球が砂の中にえぐり込むばかりであった。 「ねえ、了子ちゃん。悪いんだけど、今日はもう遅いから、これで帰らせてもらってもいいかな?」 たまりかねたあたるはこう言い出した。 「ええ、そうなさってくださいな。兄には私から申しておきますから」 了子もこう言ったので、あたるたちは帰ることにした。手に持ちきれないほどの賞品とともに。 「それにしても父さん。何だか、パチンコの景品みたいだね」 たしかにあたるの言うとおり、カップラーメン、レトルトカレー、缶詰など、いかにもと思わせる賞品が多かった。 「でもオレ、知らなかったなぁー。父さんにこんな特技があったなんて。見直しちゃったよ。母さんにも見せたかったなぁー」 「ハッハッハ・・・今日はちょっと運がよかっただけさ。それより、こんなにもって帰ったら、きっと母さん、驚くだろうなあ」 帰り道、こんな会話が延々と続いた。家に着くと、明かりが点いていた。 「母さん、ラム、ただいまー。今帰ったよー」 「お帰りだっちゃ。・・・ん?ダーリン、お父様・・・それ・・・」 「ん?ああ、これか?まあ・・・ちょっとな。それよりラム。バーゲンはどうだった?」 「ダーリンとお父様にもお土産があるっちゃよ!後で見せてあげるっちゃ」 そこそこ会話を交わすと、台所に急いだ。 「ただいまー。腹減ったよー。今日のおかずは何?」 「あら。帰ってたの?2人で出かけるなんて珍しいわね。えっ・・・ちょっとあなた・・・それ、どうなさったの?」 「あ・・・いや・・・その・・・どうでもいいじゃないか!これで家計の足しになるんじゃないの?」 何とかごまかそうとする父を、母は疑惑の目で見つめていた。 その頃面堂邸内のゴルフ場では、いまだに面堂がバンカーと格闘していた。 「たりゃっ!せいっ!この!この!このおっ!!」 「これでもう何打目なのかしら・・・?ねえ、お兄様。いい加減にお諦めになったら?」 了子があきれた様子でこういっても、聞く耳を持たなかった。 「でやあーーーっ!!」 この掛け声と同時に、面堂はついにバンカーに仰向けに倒れた。もう限界だった。 「ぐう・・・ちっくしょうーーー!!!ゴルフなんか・・・だーーいっ嫌いだぁーーー!!!」 星空に向かってこう叫ぶ声が、ゴルフ場にむなしく響き渡った。 The end