風が少し吹いてあたるの部屋のカーテンを揺らしている。あたるはひざをついて座り込んだ。ラムは顔を上げてあたるを見つめた。目には光る涙があふれており,開いている窓から差し込んでくる日光を乱反射させる。ラムは顔を上げるとき,涙が床に落ちたようで2,3滴,他の色より濃く床に丸い円をかいてた。 ラムは重い口をゆっくり開いた。 「ダーリン・・・。約束忘れたっちゃ?うちたちの最後の約束・・。」 ラムは再びうつむいた。 あたるは,はっと意識を取り戻した。そしてはじめてラムが涙を流していることに気がついた。ラムが自分の右手の人差し指で,涙を拭くのを見た。 あたるはとりあえずラムを落ち着かせて彼女に問うことにした。 これ以上ラムを興奮させたら手が付けられなくなる・・・。 こりゃ,ガールハントよりむっかしいぞ・・・。 内心落ち着いている自分自身にあたるは驚いた。なぜだ・・・。と今はこんなことをしとる場合ではない! ・・・落ち着いた・・・?ようだ。しかしこれ以上ラムに質問を答えないわけにはいかな。そうしたらますますラムは興奮するぞ。今だ,今しかない。 あたるは恐る恐るラムに問いかけた。 「なぁ,ラム。どうしたんだ。最後の約束?何のことだ。」 思うことをそのまま述べているので,あたるの言う1文づつが短くなるのは当然だった。 ラムは何も答えない。落ち着いた証拠だろうか。しかし,今,何を答えるべきか,それに対応する単語を頭の中で探しているのだろうか。 しばらくして,再度あたるは身を乗り出してラムに問う。 「答えろよ,ラム,頼むから。俺は何が起こっているのか分からんのだ。」 ラムは口を開いた。 「うちだって・・・うちだってそうだっちゃ。うちはダーリンの言ってることが分からんちゃ。そもそもうちを覚えていること自体おかしいっちゃ。」 ラムはいったん息を整えてから更に続けた。 「でもこれでもうおわりだっちゃ。 もうすぐ,すべてを終わりにする光が放たれるっちゃ。それが地球全体を包み,そして・・・。 うちたちの関係,うちと地球の関係, ダーリンがうちから逃げるなら,望みどうりに。でもどうもがこうとも,これからは逃れられないっちゃ。ダーリンのせいだっちゃ,こうなったのも。」 あたるは鳥肌が立った。これが初めてではないだろうか,ラムのことを怖いと思ったのは。 何をわけの分からんことを・・・。 と,言おうとしたが,ラムが当然立ち上がったのに驚き,言えなかった。 立ち上がったラムは,うつむいたまま歩き窓のそばで止まった。 そして最後に冷たく言った。 「さよなら。」 電撃よりきついこの言葉。そう感じた。あたるはなにかに体を貫かれた感じだった。 と,金縛りにあったように,あたるは動けなくなった。 ラムは飛び去っていった。あたるはラムを追おうとしたが,体が動かないのでできやしない。ラムから逃げることで鍛えたこの自慢の足,いまは使い物にならない。 やっと動けるようになったのは動けなくなってから1分もすぎてなかったが,あたるには何時間にも感じられた。 そして急いで窓に駆け寄り,叫んだ。 「ラムーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」 と。 しばらくたち,あたるは落ち着きを取り戻し,床に仰向けに横たわり,天井と向かい合った。ぽっかり心に穴が開いたようだ。 今さらになってあの意見が気になり始めた。やはり,メガネや面堂が言った通りなのか。俺がおかしいのか,周りがおかしいのか。できれば,自分が正しいものだと思いたいのだが。 ・・・まてよ,自分がおかしいとしても,ラムはいたのだ。面堂は間違っていたのだ。 やはりメガネは正しかったのだ。・・・ではここはどこなのだろう。異次元か? どうすれば抜け出せるのだ。その方法などないのか? これから先には何があるのだろう。 ・・・考えても無駄だと悟ったあたるは時間に身をゆだねることにした。そうだ,時間が解決してくれる。 あたるはラムが言っていたことの意味が気になりだした。ほんの些細な言葉である。 《望みどうりに》 ラムが言ってた俺の望みとは?ラムと別れて自由に生きること?ラムと一緒にいること?自由とは? そういえば,俺が前から言ってた。 ガールハント?それが自由? 好きに生きること? ラムがいると自由はやってこない?そうなのか? ラムが来る前は俺は自由だったのか? 前から俺が望んできたことはなんだったんだ?自由のもつ意味が分からず,俺は何してきたんだ? ・・・教えてくれ。・・・だれか。 いろんな思いがあたるの頭の中を交錯し,問題をますます難しくする。 本当はあたるは自分が言ってきた自由の意味を知っているはずだが,今はとても思い出せる状態ではなかった。 と,あたるは急に眠くなった。寝起きなのに・・・そう考えている間もどんどん意識は遠のいて行った。 ここは・・・。あたるはゆっくり目をあける。立とうとするができない。 体がいうことをきかないようだ。 あたるはゆっくり上半身を起こした。目が覚めて,周りの情景が目に入り込んでくる。 少し周りを見回す。時計がつるされている。でかい・・・。懐中時計か? 「今,お水を持ってきます。」 誰の声かは知らないが,聞き覚えがある声だ。誰だったかな。部屋の奥にいったらしく,ここからでは見えない。 改めて回りを見回してみる。なかなかボロイ部屋のようだ。壁がのペンキ?がはげていてレンガがむき出しになっている。それにしても時計が多い。しかも違うときを刻んでいる。 かごがある。いくつもの棒が入っていてその先端には丸い何かがついている。ガラスつくりの工房か?中央には,囲炉裏みたいなものがある。 「お待たせしました。」 お盆の上にガラスのコップに水を入れて運んでくる人が見える。毛が濃い? そして肌の色が白く見える。 その人全体が見えた。あたるはそれは誰か分かった。 「どうぞ。」 水を差し出した。そのとき顔を覗き込んだ。やはりそうだ。 「あ,どうも。」 少し会釈して,コップを受け取った。 「どうですか,気分は。」 「あぁ,大丈夫。しかし,どうして俺はここにおるのだ,因幡。俺は確か,俺の部屋におったはずだが。」 「うーん,そのことなんですが,ちょっと複雑で,どこから話していいのやら。」 因幡は座って,困ったように言う。 「私が眠っていたあたるさんをここに運んできたわけなんですけど,とにかく大変だったんですよ。」 「まぁ1から話してくれ。・・・それにしてもここはどこじゃ。」 「運命工場ですよ。ほら,前ノブを作ったことがあったでしょう。」 「ああ,あそこかぁ。」 「はい,そこで話をもとに戻します。まず,あたるさんがさっきまでいたところは,本当のあたるさん,つまりあなたがいるべき場所ではありません。」 「ん?それはどういうことだ?俺は宇宙人か?。」 「いえ,そういうことではありません。ドアが違うんです。」 「ドア?」 「えーと,あたるさんが本来いるところは現実です。でも,さっきまでいたところはドアの中なんです。」 「あーそうだったのか。」あたるは納得したようだった。 「でもどうして俺がドアの中にいなきゃならんのだ?俺,なんか変なドアでも開けたか?」 「あたるさんは無理やり入れられたんですよ。管理局以外の誰かの手によって。」 「そうだったのか。して,その犯人は?。」 「今調査中ですが,おそらく今はもうここにいないと思います。もうすぐ作業も終わるでしょう。」 「ほー。ここにはものすごい数のドアがあるだろ,どうやって探しとるんだ?」 「コンピューターですよ。すべてのドアの上の部分にはカメラが設置してあります。そこで誰が進入したかがわかるんです。で,見張りの交代の時間のときあたるさんは連れ去られたんです。」 「でもそしたら誰も見ていないんじゃないか?」 「監視カメラのほかに,制服以外のものを着ている人が入るとランプが付くしくみになってるんです。」 「ほー,便利なもんだ。ところで俺がいつ,どこへ入れられたかを詳しく話してほしいのだが・・。」 「はい。いつ入れられたかは,ラムさんとデートした日の夜ですね。あたるさんとラムさんが寝た後でと思われます。そしてどこへ入れられたかですが・・・。」 因幡はうつむいてしゃべろうとはしなかった。 「どうしたのだ,早く言わんか。」 「・・・わかりました。そのかわり,落ち着いて聞いてくださいね・・・。」 あたるはゴクリとつばを飲み込んだ。 「あのドアの中は,あたるさんとラムさんが別れる,という設定なんです・・・。」 「お前ナぁー,んなもんつくるな。感じの悪いもんつくりおって。お前のせいだぞ。 んなもんつくるからだなぁ。」 「ご,誤解ですよ,我々はそんなドアつくってませんよ。」 「しかし現にあるではないか。」 「だから犯人がつくったんですよ。」 「証拠はあるのか?。」 「全員アリバイ成立です。で,はなしの続きですが,別れるという設定のほかに,記憶喪失装置なるもので,ラムさんたち自身の記憶をあなたたちから消そうということだったのです。」 「そうだったのか・・。それであいつ・・・。でもまてよ,俺がドアの中で朝起きたときは,ラムはおったぞ。しかも俺に普通に対応しとったではないか。普通別れの朝に,俺と一緒におるとは思えんぞ。」 「おそらく,夜にあたるさんが現実から連れて行かれるとき,ラムさんが目を覚まして,追いかけたんでしょう。そして,運命の部屋で犯人に眠らされてあたるさんと一緒に入れられたと。ラムさんはそのことを夢と思っていたのです。 そして,あたるさんたちが学校に着いた時,私も学校に着きました。そして,ラムさんを現実につれて帰りました。と,その直後です,学校が壊れたのは。そのue それと同時に記憶喪失装置が作動しました。記憶喪失装置でもその光の粒子が当たらないと忘れさせることができないようなのです。」 「うーーむ,何たる偶然。・・・しかし《俺とラムのデートは学校一個分壊すほどのものか》と言ったあと《本当ならそれ以上だ》とカクガリは普通に答えたぞ。メガネだって俺に言ったのではないか?」 「あたるさん,あなたそのとき瓦礫に埋まっていたのでわからなかったのです。」 「あ,そういえばうまっとったなぁ。顔を出すのに苦戦していたんだ。」 「ようするに最初に顔を出した人,パーマっていう人が最初に顔をだして忘れます。その次カクガリっていう人が,さっきのことを言った後顔を出して,それとメガネという人はおそらくあたるさんに言ったのではない,と思われます。ちなみに光線は何秒間か放出されていたそうです。で光が届かなくなってから,あたるさんが顔を出した・・・。」 「そうか,あいつ面堂に言ったのか,脈絡もなしに。しかし危なかったなぁ。 「不幸中の幸いですね。」 「しかしお前,やけに詳しいではないか。」 「え,ええ・・・まあ・・・。」 あたるは因幡に何かと変なものを感じた。が,そんなことはどうでも良かった。 「しっかしこれでもう終わりだな。やっと現実の世界に返れる。一時はどうなるかと思ったが,これでもう終わりだ。悪夢は終わったのだ。」 「そうですよ,でこれから現実のドアとってきますから。」 しばらくして,因幡はドアを持って帰ってきた。 「ほぅ,ドアは持ち運び可能だったのか。」 「細かいことは気にしないで。」 「そうだな,じゃーな。」 あたるはドアを通った。 そこは自分の部屋だった。かなり暗い。後ろを振り向くとドアはもう消えていた。 「今何時だろう。」 月曜の朝の4時だった。あたるはもう寝ているので眠くはないはずだったが,安心したのか急に眠くなってきた。 そして布団も敷かずに床に転がった。 「悪夢は終わった。」 あたるは呟いた。 続く・・・。