時は夢のように・・・。  第八話『落とした物はどこへ行った?』  久しぶりの教室は、3年4組だ。相変わらず、うるさいくらい盛り上がっていた。  6月も残り数日で終わってしまう。  ちゃんと席に座って話してる奴もいれば、机の上で騒いでる奴や、戸口や教室の後ろで奇声を上げる奴もいる。話のテーマはただ一つ、 男女の問題だ。男子と女子の差はあっても、興味の対象は同じらしい。人目をはばからず、ワイワイやってた。  ・・・俺を除いての話だけど。  この前の席替えで窓際になっていた俺は、やむ気配のないざわめきをよそに、窓から曇り空を見上げ、今日何度目かの大きなタメ息をつ いた。  ああ、雲よ、お前はどこへ行くんだ? 俺も連れてってくれ・・・。ふ〜・・。タメ息も止まらない。  右肩をポンと叩かれたのは、もう一度大きくタメ息を吐いたときだった。 「その様子だと、ラムさんとは切れたみたいだな。」  こんにゃろ・・・開口一番、これだ。  不機嫌をそのままに振り返ると、オールバックのひねた面と目があった。  ヤツの目尻は、しっかり笑みで歪んでる。 「反論しないところを見ると・・・図星だな? ご愁傷さま。」 あたる「面堂、おまぁな〜! 人を勝手に・・っ!」  すると、そいつは二重のまぶたで瞬きし、 面堂「なんだ、違うのか? そいつはガッカリだな。」  フッ、と肩をすくめてみせたので、俺は呆れた。  面堂は空いてた前の席に座ると、今度は真剣な顔で、 面堂「冗談はともかく・・・、貴様とラムさんの、この微妙な距離はなんだ? それに貴様のタメ息は尋常じゃない。どうせ大したことじゃ    ないと思うが・・・何があったか話せ。」  俺は頷くと、 あたる「台風で家が潰れてなぁ。」 面堂「・・・なに?」  きりりっとした眉の間に、いきなり縦皺が入った。 あたる「商店街のクレープ屋あんだろ。」 面堂「あっ、ああ。」 あたる「台風でなぁ。」 面堂「4日前だな。」 あたる「看板が俺の部屋に突っ込んでさ。」 面堂「ほ、ほぅ?」 あたる「一階は床上浸水だ。」 面堂「・・・ちょっと?」 あたる「住むトコなくなりそうでな。」 面堂「・・・。」  目を閉じると、無言で面堂は立ち上がった。やけにやんわりと俺の肩を叩き、 面堂「諸星、きみは、もはや僕を超えた。後は己の力で道を切り開け。」  ・・・すごいこと言うなぁ。 あたる「ハイブリッドなギャグか?」  感心して見上げると、面堂はなぜか青筋を立てて俺を見下ろし、 面堂「ギャグをかましてるのはどっちだ? 真剣に話しかけた僕が馬鹿だった!」 あたる「ああ? なにを怒ってるのだ?」 面堂「うるさいっ! 貴様との仲もこれまでだ!」  と、きびすを返そうとする面堂。  俺は面堂の手を掴み、 あたる「待て、話を聞け!」 面堂「女々しいぞ、諸星! その手を離せ!」 あたる「こら、ちょっと待てったら! おまえ、なんか誤解してるぞ?!」  パッと見こそ細身だが、釣鐘を割るだけあって、面堂は馬鹿力が凄い。だけど、俺も必死だった。  ドタドタって足音が聞こえたのは、そんな時だ。  細身で長身の人影が教室に飛び込んできたかと思うと、そのまま教卓を通り越して、俺たちの前で急停止した。突然のことだったので、 俺も面堂も動きを止めた。  そいつは、しばらく肩で息をしていたが、急にガバッと顔を上げ、 「見たぞ、あたる! おまえんち、すごいことになってたなぁ!」  面長の顔が額から汗を滴らせ、嬉しそうに言った。 あたる・面堂「パーマ!」  俺と面堂は、同時に叫んだ。  パーマは、ニヤッと笑って片手を上げ、 パーマ「よぉ、面堂。あたると手なんかつないじゃって、お前ら・・・ソッチか?」 面堂「たわけっ、たたっ切られたいか?! だがそんなことはいい。諸星のウチがすごいって、どういうことだ?」 パーマ「なんだぁ、知らないのかよぉ? 壮観だぞぉ、ポップアートみたいになってんだ。」 面堂「・・・ポップアート?」 パーマ「商店街のクレープ屋あるだろ? あそこの看板が、あたるんちの屋根に、逆さまに突っ込んでんだよ。そりゃもう、すごい眺めだぞ     。前通るやつは、みんな立ち止っててよぉ。」  そらみろ、と俺は面堂に目配せした。  面堂は、俺とパーマを交互に見比べてたけど、 面堂「ええーい! いい加減、離さんかーっ!」 あたる「コラ、どうしてそうなるんだ?! ホントのことだったろが!」  再び暴れだした面堂を押さえて、俺は叫んだ。 面堂「よけい悪いわっ! 貴様の潰れた家のことまでどーこー言えるか! 運が悪いと思って諦めるんだな! 僕より損保屋に話すべきだ!」 あたる「バーカ、違う! 家がどうのこうのは前フリだ、前フリ! ホントはさ、もっと大事なことをおまえに聞いてもらおうと・・・。」  すると面堂は動くのをやめた。大きく見開いた目で、まじまじと俺を見つめると、 面堂「半壊した家が・・・前フリだと?」 あたる「ああ。俺がタメ息ついてた理由ってのは・・・。」  俺が話し出した時だった。  面堂は急に両耳を押さえると、頭をブンブン振って、 面堂「聞きたくないっ! 死人が出たなんて話、僕は絶対聞かんからな!」  ・・・あのなぁ。 パーマ「うははっ、面白いなぁ、お前ら! 漫才の練習だろ?」  とパーマまで勝手なことをほざきはじめる中、ついに俺は立ち上がってわめいた。 あたる「お前ら、ちゃんと聞けよ! 俺が悩んでるのはラムとのことなんだ!」  俺は、ハッとした。ラムが同じ教室にいるのに、大声で叫んじまったじゃないか。  ラムの姿を目で追ったけど、見当たらない・・。ホッと息を吐いた。  そんな俺を、二人が瞬きしながら見た。  俺は腰を落とすと、文字通りに頭を抱えて、 あたる「・・・唯ちゃんとの会話を聞かれちゃってさ。マジでやばいんだ。」  面堂はタメ息をついて、再び俺の前に座りなおすと、 面堂「・・・話せ。」  真剣な口調が、少しありがたい。  俺は頷いて、口を開いた。 あたる「・・・実は、台風が去った次の日・・・。」                                *  話は、4日程さかのぼる。  あの日、俺は、唯から告白された。  突然のことだったから、唯がなんて言ったのか、はっきりとは思い出せないけど、 唯「あたるさんがいてくれるだけで、すごく心地いいの・・・。でも、あなたとラムさんのことを考えると、心が叫んで・・痛くて・・ど   うしようもなくなっちゃう・・。・・・あなたが好き・・。」  俺が、ラム以外から告白されたことなんてほとんどなかったから、正直なところ嬉しかった。夢じゃないかと思ったほどだ。  でも、俺が有頂天にあったのは、ほんの数秒で、玄関のドアを開けた瞬間に、どん底まで突き落とされたのだ。  唯からの告白の一部始終を、玄関のドア越しとはいえ、ラムに聞かれてしまった。  俺は、二階に逃げるように飛び去るラムを見て、ピンときたんだ。  ダッシュで後を追って、部屋まで行ったんだけど、 あたる「ラムっ、話を聞いてくれっ。・・っ!」  目を真っ赤にさせて立ち尽くしているラムを見たら、それから言葉が出てこなくなっちまって・・。 ラム「ダーリン・・・さっきの唯との話、なんなんだっちゃ?」  ラムはそう言うと、俯いてしまった。  俺はなんて答えたらいいのかわからなくて、そのまま黙ってラムを見ていた。  多分、一瞬の時間だったんだろうけど、すごく長い間に感じた。  その時だった。  階段から、足音と、声がが聞こえたんだ。 唯「あたるさーん。荷物運ぶの手伝ってくれませんかー?」  階段の方から、唯が俺に声をかけてきたんで、一瞬目がいって、またラムに目を戻した。  そしたら、もう、そこにラムはいなかった。  窓の外に、飛び去ってくラムが見えたんで、俺は窓際に駆け寄ったんだけど、声なんかかけられる暇もなく、あっという間に、ラムの姿 は俺の視界から消えた。  少しの間、俺は、ラムが消えた真っ青な空をじっと眺めてた。  声をかけられたのは、そんな時だった。 唯「あたるさん、どうかしたの? あ、あの、さっきはごめんね。あんなこと言っちゃって・・。あ・・ラムさんは?」  真っ赤な顔で、唯。  俺は唯の顔を見つめた。でも、なんか頭がクラクラして、ちょっとのあいだ放心してたみたいだ。 唯「どうか・・した?」  唯の二度目の問いかけで、俺は我に返った。 あたる「あ、ああ。ちょっと急用ができたって、・・UFOに帰ったよ。」 唯「そうなんだ・・。」  ほんの少し、唯の顔が影った。  心配させちゃ悪いから、唯には、後でうまく言って誤魔化したんだけど、どうかなぁ・・。  ラムは、その日は帰ってこなかった。  翌日、ラムは普段と変わらない風で、俺たちの前に現れたんだ。唯とラムの会話も、いつもと変わらない感じだ。  でも、微妙に違和感があって・・・接し方とかにさ。  俺は指折り数えた。   @電撃リンチがなくなった。   A行動が別々になった。   B冷たくあしらわれることもしばしば・・。  俺にとっちゃ、嬉しいことばかりだけど・・、冷たくあしらわれるのは、とても腑に落ちない抵抗がある。  以前とはそれほど変わってないと、思えばそれまでなんだけど・・。  確かに、電撃リンチだって、俺が悪さしたときの鉄鎚だし。いつもいつも同じ行動ばかりもしていないし・・、喧嘩すれば冷たくあしら われるコトだってある。  俺の考えすぎなのかな・・・。  結局、俺と唯は一緒の部屋で生活している。唯は3人一緒でも平気だよって言ってたけど、ラムはUFOがあるからって言って、毎晩U FOに帰って寝ている。あんなにまで反対してたのに・・。今は、当たり前ってな具合で、平気な顔してやがる。  俺を信用してくれたのか? だから唯と俺を一緒の部屋で生活するのを許した?  ・・・それとも、俺を嫌いになったのか? だから、もう俺のことには口を出さなくなったとか?  でも、ラムの様子はあまり変わらないし・・。  やっぱり信用してくれた?  考えは一回りして、振り出しに戻される。  その堂々巡りに悩まされ、ついつい、話しかけてきた面堂に打ち明けてしまったのだ。                                * 面堂「で、ラムさんとの間に、溝ができたってことか?」  面堂は、平静な顔で、俺に刀を振り下ろした。 あたる「どわっ!?」  白刃取りして、俺たちは固まった。  机の端に腰かけてたパーマも、 パーマ「じゃ、なにか? 唯ちゃんとラムさん二人の、あたる争奪戦勃発・・?」 あたる「表現がキツイぞ、パーマ!」  パーマと面堂が目を合わせ、「あはははは」って笑った後、木槌で俺に殴りかかってきたのだ。 あたる「どわわっ!! や、やめろっ、やめんか!!」  ドカッドカッドカッ!  俺は、あっという間に木槌でボコボコにされて、床に仰向けにぶっ倒れた。 面堂「・・・意外と積極的だな、唯さん。きっと言うチャンスを待ってたんだ。いつも一緒にいるんだから、特別な感情が芽生えても、不    思議じゃない・・・。これは厄介だな。」  俺を木槌で殴ってる時とは別人の様な冷静な表情で、面堂が言った。 パーマ「でも、わかんねぇな。あたるのどこがいいんだ?」 面堂「うーん、彼女、家族が異国の地にあって寂しいところに、諸星が以外にも優しく接してくれてたことから・・・案外、そんなパター    ンかもしれない。」 パーマ「や・・優しいぃ? こんなあたるがかぁ?」  と呆れかけたパーマだが、俺が睨みつけると、ゴホンと咳払いし、 パーマ「ま、その辺の事情はともかくとしてだ・・・あたる、ラムさんが冷たいってのは何なんだよ? いつもと変わらないんだろ?」  と、俺の顔を覗き込んできた。  俺はゆっくりと首を振った。もちろん、横にだ。  二人は、さもあらん、とでもいう風に頷いた。 あたる「・・・もう最悪な状況だよ。俺の話を聞く以前の問題さ。ラム、俺と二人のときは、まともに口もきいてくれないんだ。唯ちゃん     が側にいてくれれば、一緒に楽しくやってるんだけど・・。唯ちゃんがいる席で、その話は絶対もち出せないし・・。」  するとパーマが瞬きし、 パーマ「へぇ、ラムさんってそんな態度もとるのか。」 あたる「・・・でも、一番恐ろしいのはだな・・・。」 面堂「恐ろしいのは?」 あたる「・・・ラム、俺を“諸星クン”って呼ぶんだ。」 パーマ「いつも“ダーリン”だったろう? 格下げされたってコト?」  眉をひそめるパーマに、俺は頷いてみせた。 あたる「怖いぞ〜。必要以上に“諸星クン”って力を込めるんだ。またその時の目付きがさ、露骨に蔑んでるっていうか、軽蔑されてるっ     ていうか・・・例えようがないよ、あれは。真綿で首を絞められてる方が、まだマシだ。」 面堂「・・深刻だな。しかもその状況で、唯さんと二人で部屋を共にしてるんだろう?」  俺は机に突っ伏して頷いた。 あたる「そういうコト・・・台風のおかげでな。あん時は、やったぜって思ってたのになぁ。5分ももたなかったもんなぁ。俺と唯ちゃん     が『いつも同じ部屋で一緒にいる』から、ラム、余計イライラするらしくて。冷静に考えるコトができないみたいなんだなぁ。」 パーマ「年上の女の子といつも同じ部屋に・・・シチュエーションだけなら文句なしに聞こえるんだけどなぁ。そうかぁ、そういう問題も     出てくるのかぁ。」  とパーマが腕を組んで呟いた。くっそー、このノーテンキさは羨ましい限りだ。 面堂「いや、諸星に限っての問題だな。」  力を込めて面堂が言った。 パーマ「じゃあよ、あたるが留守だった一週間分の補習はどうしたんだよ?」  パーマに言われ、俺は無言で机に腕を突っ込み、物理のノートを取り出した。  ノートをめくりながら、面堂は、 面堂「不気味なほどの模範解答・・、これ、唯さんに教えてもらったんだな?」 パーマ「なんだぁ? じゃああたる、おまえ、唯さんとこの数日ずーっと一緒だったのか?」 あたる「だって・・、北海道行ってまで補習なんてやってられないし・・。家の中の後始末であれやこれやあって学校休んで、その合間に     、唯ちゃんの力を借りたまでだよ。背に腹は替えられないだろ?」  俺は顔を上げて弁解した。  二人は、さすがに呆れたような顔をした。 パーマ「だめだな、こりゃ。自分で墓穴掘ってちゃ、どうしようもねーよ。」 面堂「だな。手の施しようがない。」  パーマと面堂は頷き合うと、揃って立ち上がった。 あたる「おいおい、ちょっと待てよ! 俺はどうすりゃいいんだ?!」  わらにすがる気持ちで、俺は二人を見上げた。  面堂はタメ息を吐いて、 面堂「ちょっと考えればわかるだろう? 唯さんは本気だろ? あとは諸星・・・きみ次第だ。」 あたる「お、俺次第?」 面堂「きみに二心がないのなら、ラムさんに全てを聞かせるしかない。もとはといえば、きみがはっきりした態度でいないから、そんなこ    とになってるんだぞ? 解決方法は単純、素直に心を聞かせるだけだ。」  隣でパーマも、うんうん頷いた。 あたる「でも・・・さっきも話しただろ? ラム、俺の話なんか聞いちゃくれな・・。」 面堂「それは違うな。」 あたる「・・えっ?」 面堂「違うって言ったんだ。さっきの話しぶりから察すると・・・諸星、きみはどこかで自分も被害者だって思ってるんじゃないか?」  面堂は鷹みたいに目を細め、ズバッと言った。  俺は絶句してしまった。 面堂「ふん、やっぱりそうか。だからそんなことが言えるんだ。どんなに冷たくされようと、本気になれば、言い訳できないはずがない。    きみがそれをしないのは、自分は唯さんから告白を受け翻弄されているっていう被害者意識を、どこかに持っているからだ。ラムさ    んからすれば文句のひとつも言いたくなるのは当然だと、ぼくは思うが、きみはそれすらも言われる筋合いのない嫌味だと受け取っ    てる節がある。どうだ、諸星? 違うか?」  面堂は居丈高に、俺を見下ろした。  こいつ、時々ものすごく鋭いコトを言うんだが、ここまで鋭いのは聞いたことがない。  そして、俺も頷いた。それは・・、 あたる「そ・・・そうかもな。心のどこかで・・・そんな風に考えてたのかもしれない。」 面堂「それがわかったのなら、自分でなんとかするんだな。やましいところはないから黙ってればいいと思うのは、きみの勝手な考えにす    ぎない。本当に相手を想う気持ちの中には、自分のことを考える隙間なんてないはずだ。自分の状況どうこう以前に、まずはラムさ    んのモヤモヤを取り払ってやれ。それが終わって、なおかつ問題が起きたなら、その時は、また相談に乗ろう。じゃ、諸星、そうい    うことだ。」  スッと手を上げ、面堂はきびすを返した。  俺が茫然と見つめていると、その後をパーマが追い、 パーマ「おおーい、面堂! 俺はおまえに憧れたぜぇ! 今日から師匠と呼ばせてくれ!」 面堂「フッ・・。ついてくるのは勝手だ。」 パーマ「おおッ、師匠ぉ! あんたは男の中の男だっ!」  そのまま、二人はスタスタと行っちまった。  ああいうのを見ると、面堂がどこまで本気なのか疑わしくなるが・・・、少なくともあいつの言葉が、俺の胸をえぐったのは確かだ。  そうだよ・・・ラムを傷つけちゃったのは、俺なんだ。  気持ちを新たに、俺は顔を起こした。                                *  放課後。  ゲーセンにでも寄ってかないかというパーマの誘いを、考え事があるからと断り、俺は校門に向かって、ひとりで中庭を横切っていた。  足が重い。  帰りたくないんじゃない。ラムに素直に話す覚悟もできてる。ただ・・、なんて切り出したらいいのかわからない。どう言えば最後まで 聞いてくれるか、見当がつかなかったのだ。  ・・・こんな調子じゃ、ロクな考えは浮かばないな。  俺は頭を振って、思考を切り替えようとした。  おかしな光景が目に入ったのは、その時だ。  門柱のところに、髪の長い女性が立っている。  紺色のスカート・・・脚はすらっとしてて、すごく長い。上に着てるのは、白の半そでシャツで、襟元は黄色のスカーフで隠れてる。  ・・・おやぁ?  眉をひそめ、俺は視線を首から上に移した。  見知った美貌が、そこにあった。水色の大きな瞳、ちょこんと上を向いた鼻、まるく整った緑色のロングヘア・・・彼女の名前は、いま さら語るまでもない。  ラムだ。  ただし、その表情は芳しくなかった。門柱にすがって、憂鬱な眼差しを空に向けている。両手で鞄をぶら下げていた。金具にくくりつけ た、いつかのお守りが、そよ風で揺れている。  幸運か不運か・・・。こんなトコでラムに逢えるなんて、神様も意地悪だよなぁ。 あたる「おーい、ラム! どうしたんだ、先に帰ったんじゃなかったのか? 俺を待っててくれたのか?」  声をかけて、俺はラムの前で停まった。  ラムは俺と視線を合わせると、パッと赤くなり、 ラム「べ、別に・・・そうだけど・・・でも違うっちゃ!」  どこか怒ったように、ラムは言った。  いつものラムらしくない。言葉の前後関係がムチャクチャになってるし、顔は怒ってるのに、なぜか赤いし・・・サッパリわからん。 あたる「なにかあったのか?」 ラム「お・・落としたっちゃ・・・ちょっと。」  ラムは視線を逸らして答えた。なぜかものすごく言いづらそうだ。 あたる「落としたって、財布か?」 ラム「さ、財布落とすほどウチはドジじゃないっちゃよ! 違うっちゃ!」 あたる「じゃ、なに落としたんだよ?」  するとラムは俯くと、 ラム「・・・カギだっちゃ。」 あたる「は?」 ラム「だから・・・家のカギだっちゃ!」  辺りを見回し、ラムは小声で叫んだ。 あたる「はぁ。」  俺は瞬きしてしまった。  ラムはバツが悪そうにしていたが、俺を見る目は、しっかり怒っていた。                                *  結局、俺たちは家までの十数分間、一緒に歩くことになった。  俺は歩きながら、ラムの気分を害さないようにと、ずっとニコニコしていた。ちょっと無理して、いくぶん引きつってはいるけど。  しかし、俺の笑みが逆に気に入らなかったのか、それまで無言だったラムが、大通りへと出た時点で、恨めしそうにこっちをねめつけ、 ラム「・・・もう、馬鹿にしてるっちゃね。憶えてるっちゃ。」 あたる「だ、誰も馬鹿になんかしてないよ。」 ラム「だって、さっきからずーっとニヤニヤしてるっちゃ。」 あたる「ひどいなぁ、ニヤニヤじゃなくてニコニコしてるんだよ。久しぶり二人で帰るから。」  俺は笑いながら答えた。  意外な言葉に、ラムはちょっとだけ赤くなったが、すぐにプイッと顔を背け、 ラム「そんなコト言っても駄目だっちゃよっ! ウチ、まだ怒ってるんだっちゃ!」 あたる「そ、その件なんだけどさ・・・。」  グッドタイミング・・・揉み手をしながらだが、とにかく俺は事情を説明した。  唯が俺をどう思っているのか、それに対して俺が思っていること、やましいことが無いこと、いろいろな後ろめたさのためにラムを傷つ けてしまって申し訳なく思っていること・・・包み隠さず、全てをだ。 あたる「・・ってコトだからさ、別になんかあったワケじゃないんだよ。」  俺はそこで言葉を切ると、歩きながらペコッと頭を下げた。 あたる「唯ちゃんが俺を好きだとしても、俺の気持ちは、唯ちゃんとラムとでは全く違う。はっきりしなかった俺が悪かった!」 ラム「う、ウチは別に・・・嫉妬とかヤキモチとか・・・そういうんじゃないっちゃ。ふーん。」  チラッとラムを見ると、眉こそ怒ってるものの、口もとは笑いの形に歪んでた。  だがすぐに俺が見ていると気付いたらしく、あわてて指を一本立て、 ラム「じゃあ、ハッキリしてもらうっちゃ! 諸星クンは、ウチと唯とどっちが好きだっちゃ?」  キターーッ。やっぱり、この質問は免れないと思ってた。 あたる「そ・・そんなことこの場で言えるか! ・・・でも、俺のことは、いつも通り・・・その・・・“ダーリン”って呼べ。」  どうにかこうにか口から出せたのは、なんとも歯切れの悪いセリフだった。  くそぉ・・、歯が浮いてなかなか言葉が出てこないじゃないか・・っ!  でも、あたるの言葉に、ラムは目をパチクリさせ、 ラム「・・・・わかったっちゃ。」  俺の言葉にできないフクザツな気持ちが通じたのか、ラムは赤くなった。 ラム「でも今回だけだっちゃ。次にウチを傷つけたら、諸星く・・ダーリンなんて知らないっちゃよ!」 あたる「へへーっ、肝に命じておきますです。」 ラム「よろしいっちゃ!」  エッヘン、とラムは腕を組んだ。偉そうにしてるつもりなんだろうが・・・可愛いぞ。  やがて見えてきた道を右に曲がり、少し歩いて、俺たちは自宅の前で止まった。  あの大看板は、相変わらず屋根に突き刺さってる。破損箇所こそ青いビニールシートで覆ってあるものの、あの邪魔な看板を取り払わな いと、雨漏りは防ぎそうにない。修繕費は全額相手もちってコトで話はついたんだけど、業者の査定も入っていない状況。シートは二次災 害防止のためにって、消防署の人がかけていったものだ。  こうしてみると、確かにパーマの言うとおり・・・ポップアートっぽいな。  面白いことは、この時起こった。  ラムが俺に向けて手を出すと、 ラム「ねっ、カバン貸すっちゃ。」 あたる「構わないけど・・・どしたんだ?」 ラム「今夜の夕飯は、外で食べようって唯と話してたっちゃ。先に、唯とテンちゃんは商店街に行ってるはずだから、ウチらも合流するっ    ちゃ。どうだっちゃ?」 あたる「いいねー。乗った!」 ラム「じゃ、ちょっと待っててね。カバン置いてくっちゃ。」  ルンルンと鼻歌うたってたところを見ると、すっかりモヤモヤは解消されて、清清しい気分だったんだろう。でも、それがミスだった。  ラムは俺のカバンを受け取ると、ぴょんと飛び跳ねて玄関まで向かった。それからスカートのポケットに手を入れると、あるものを取り 出したのだ。  家のカギである。  ・・・んっ?  俺が呆気にとられていると、ラムはドアを開けてカバンを置き、すぐに戻ってきた。  ラムは、ニコニコしながら俺の顔を見て、 ラム「どうしたっちゃ? 変な顔してるっちゃよ?」  自分じゃ、なにやったか気付いてない。俺は笑い出してしまった。 あたる「ククク・・・誰がカギを落としたって?」 ラム「えっ?」  パチクリ瞬きしたかと思うと、ドアへ振り返り、 ラム「あ・・ああーっ!」  ラムは悲鳴をあげて、俺の方へ向き直り、  目を閉じて顔を真っ赤にし、手をブンブンと振り乱すラムの慌てぶりは、なかなか見応えがあった。 ラム「ち、違うっちゃ! これ間違いだっちゃ! 別にウソついたんじゃないっちゃ! ダーリンと仲直りしようと思って、ウソついたんじゃ    ないっちゃよっ!」 あたる「うはははっ、誰もそんなトコまで言ってないわい。」 ラム「あーっ、笑ったっちゃねーっ! もうっ、ダーリンはすぐ笑うっちゃ!」 あたる「前から思ってたけど、くくくっ、ラムって子供みたいなトコあるよなぁ。」 ラム「あーっ、もうもうもうっ! ダーリンなんか知らないっちゃ!」  よほど恥ずかしかったんだろう、ラムはひとりで歩きはじめた。 あたる「待てよ、別に馬鹿にしてんじゃないんだから!」  俺が笑いながら追いかけたのは、言うまでもない。  とりあえず“台風危機”は、これで免れた俺だけど、真の危機とは、実は密かに進行するものだと、後で思い知らされることになる。  というのは、つまり・・・! エンディングテーマ:愛はブーメラン                                         第八話『落とした物はどこへ行った?』・・・完