時は夢のように・・・。  最終話『空は繋がっているから・・・。』  新幹線の車窓を流れていく景色は、田園と山ばかりだった。  俺は窓枠に頬杖をつき、ただ漠然と外を眺めていた。  緑が多いのは結構なことだけど、速すぎて趣もなにもあったもんじゃない。学校の奴らが周りにいれば、なおさらだ。聞きなれた騒がし さが、今は耳障りだった。  7月20日・・・京都行きの特別車両の中である。  修学旅行の初日だ。  修学旅行といえば、秋というイメージが強いが・・、だいぶ早めに決行されたこの旅行は、いつものごとく、 校長「修学旅行に行きましょう。」  という、校長の一言で決まった。  校長の独断で、いちいち驚いてたんでは身が持たない・・。どうでもいいや・・。 「・・・それでよぉ、そのこがまたいい〜感じでよぉ。」 「ま、よくある話だ。オチも想像がつく。」  対面の席で、パーマと面堂が何か話してたけど、今は加わる気にならない。そこから少し目を動かすと、通路を走ってるバカや、座席か ら身を乗り出して喋ってる連中が見えた。みんながみんなハイテンションで、羨ましい限りだ。・・・皮肉じゃなくて、本心からだ。  俺は軽く頭を振って、車窓に目を戻し、タメ息をついた。  ・・・やっぱり俺とあの二人には、微妙な温度差があるんだろうか?  事態が急変したのは、サマー・ブライダルフェア翌日の夜からだった。  二日酔いで話をしたくない、という二人を気遣う意味もあり、その日、沙織ちゃんを送った後は、俺たちはほとんど口を聞かないまま、 それぞれの床についた。  布団にひっくり返り、マンガを読んでた俺だけど・・、やっぱり気にかかる。 あたる「・・・なぁ、起きてる?」  黄色のアコーディオンカーテンに向かって、俺は声をかけた。  カーテンが少しだけ後ろに下がり、 「ん・・・どうしたっちゃ?」  頬杖をついて本を読んでいたらしいラムが、顔だけ出して訊いてきた。  いつもは笑顔なのに、少し違った。真顔でもなければ、怒ってるワケでもない。しらっとして見える。まるで・・・他人に話しかけられ てるってカンジだ。  ・・・やっぱり酔ってるせいなんかじゃない。 あたる「あの・・、唯ちゃんは?」 ラム「もう寝てるっちゃよ。」  ちょっと小声で、ラム。 あたる「そっか・・。」 ラム「どうしたっちゃダーリン?」  小首をかしげて、ラムが言った。 あたる「あのぉ・・・二人とも、なにかあったのか?」 ラム「・・・えっ?」 あたる「いや、何か引きずってるっていうか・・・そう見えるから。」  するとラムは、薄く苦笑しながら本を閉じ、 ラム「・・・そんなことないっちゃよ。ウチらはいつも通りだっちゃ。ただ・・・少し調子が悪いだけだっちゃ。」 あたる「じゃ、思い出ってなんだよ?」  俺が言った直後だった。  一瞬だが、ラムの顔に動揺が走ったのを、俺は見逃さなかった。 ラム「そ、それは別に・・・深い意味じゃ・・。ウチも3年生だし・・・わかるけ?」 あたる「・・俺、マジに話ししてんだけどな。」  俺は真剣な顔で、身体を起こした。  ラムもカーテンを開けると、きちんと座りなおした。 あたる「うまく言えないけど、俺、不安になるんだよ。ラムはなんでも自分で決めるし、唯ちゃんは一人で背負い込むタチで・・・勝手に     結論を出して・・・俺ってこんなだし・・・頼りないかもしれないけど・・、それでも、話してくれれば一生懸命考えるし、行動     だってする。なっ?」 ラム「・・ダーリン、ウチのこと、好き?」  突然、すがるような目つきで、ラムが言った。  ラムに、いつもの照れはなかった。 あたる「そ、そりゃぁ・・。ん・・と・・・。」 ラム「ダーリンが好きって言わない理由は、なんとなくわかるっちゃ。もし、ダーリンがウチのこと好きなら、ウチのどこが好きなんだっ    ちゃ?」 あたる「えっ?」 ラム「ウチ、わからなくなったっちゃ・・・! 自分で考えても、いいところなんてまるでないんだっちゃよ・・・! バカだし意地っ張り    だし、すぐ怒って・・・! ウチってなんなんだろうって・・・!」  苦しそうに漏らすラムを、茫然と見つめた。  このことと、思い出がどう繋がるのか、俺には分からない。でもラムがこんなに悩んでるなんて、気付きもしなかった。いつも笑ってる ラムを、勝手にラム像に仕立ててた。  ラムは、俺にあわせてくれてただけなんだ・・・!  そしてラムは、まるで血を吐くように、 ラム「そ、それを考えると・・・ウチ・・・自分がダーリンを好きなのかどうかも・・・。」 あたる「なっ・・・!」  俺は震えだしてしまった。  ・・・ウソだろ? いま、ラムはなんてった?  ラムは悲しそうに俺を見た。 ラム「・・・唯って・・・ダーリンのこと好きなんだっちゃね?」 あたる「ちょっ、ちょっと待ってくれよ、待ってくれ! 俺は、俺は・・。」 ラム「ダーリンは・・・唯と付き合ったほうがいいと思うっちゃ。ウチら・・・やっぱり・・・。」  それから、ラムはもう一度頭を振ると、 ラム「ごめんちゃ・・・!」  悲鳴に似た声が、最後を告げた。  間を置かず、俺とラムの間を、カーテンがさえぎった・・・。  俺は窓際の席で、頭をかきむしった。  さっぱりわかんねーよ・・・! 唐突すぎるじゃないか・・・!  綺麗な景色なんか、なんの気休めにもなりはしない。  ラムの本音を訊き出したかったが、ひとりになりたくても未だになれないボロ家である。あの夜は、俺も黙るしかなかった。その後、気 まずい数日を過ごし、俺は修学旅行で京都に。ラムは急用で母星と連絡をとってなくちゃならないとかで、修学旅行をけった。唯ちゃんは 家の留守番だ。 「・・・どうしたの、あたるクン? 元気ないみたいだけど?」  突然の声に驚かされ、俺は顔を上げた。  パーマと面堂の頭上・・・背もたれから身を乗り出して、しのぶが不思議そうにこっちを見ている。  しのぶの顔が、一瞬、唯の顔とダブって見えた。  もしやラム・・・唯ちゃんに遠慮して、俺と・・・?  ・・・まさかな。 あたる「・・・なんでもねーよ。今日はマジで落ち込んでるんだ、ほっといてくれ。」  するとしのぶは、当然のようにふくれっ面になり、 しのぶ「なによ、その言い方。せっかく心配してあげてんのに。」 あたる「うっせー。俺にだって悩みの百や二百、あるんだ。」 しのぶ「百や二百? 大げさなんだから、ひとつやふたつに負けなさいよ。」 あたる「負けるか!」 しのぶ「うー、負けなさいっ!」  これには、さすがのパーマも呆れたようで、 パーマ「おまえら〜! 夫婦喧嘩するのは勝手だけどな、人の頭越しにやるのはやめろ!」 面堂「まったくその通りですよ、しのぶさん。僕の隣でよければ、空いてます。かけませんか?」 パーマ「隣って・・?」 面堂「キミは諸星のとなりでいいだろう?」  冷やかな目で面堂を見て、タメ息混じりにパーマ。 しのぶ「そぉ? じゃ、お邪魔しまーす。」  俺を見てあかんべをすると、しのぶは棚からバッグを下ろして、面堂の隣に座った。  それはいいんだが、なぜかしのぶは、じーっとこっちを見つめてきたから、たまらない。 あたる「な、なんだよ? なんでもないって言っただろ? 心配すんなって、なっ?」 しのぶ「だったらいいんだけど・・・じゃ、ポーカーでもしようか?」  しのぶは、にっこり笑った。  しのぶのことだ、きっと俺を元気付けようとしてるんだろう?  ・・・そうだな。ここで深く考えてもしようがないし・・・なにより、俺が落ち込んでると周りの人間にも影響する。せっかくの修学旅 行だ。それだけは避けたい。 あたる「よぉし、乗った! パーマ、面堂、おまえらも付き合え!」  俺は手を振り上げ、なるべく明るく振舞った。  二人とも頷くと、 パーマ「よっしゃ、そうこなくっちゃな! 俺、ポテチ賭けるぜ!」 面堂「では、僕はこのチーズケーキを。うちのシェフが腕によりをかけて作った・・・。」  そう言いかけた面堂だったが、急に顔を上げると、俺を見た。  なにやら言いたげだ。 あたる「なんだ?」 面堂「・・・いや、別に。」  面堂は首を振ると、 面堂「それより、しのぶさんはなにを賭けますか? 僕たちのレートは高めですよ?」 しのぶ「うふふふっ、驚かないでねっ! わたしはね、わたしは・・・。」  しのぶはペコちゃんみたいな笑顔で、バッグに手を突っ込んだ・・・。  だが、俺の威勢がよかったのは、初日だけだった。  次の日の朝から、俺はタメ息をつきまくった。みんなでメシ食ってる時も、移動のバスの中でも、トイレで用を足してても・・、口をつ いて出るセリフといえば、 あたる「・・・はぁ。」  既に言葉じゃない。  ま、こんなに調子が悪くても自分で気付いたんだから、周りの連中にはとっくに知れ渡ってたようで、俺は“タメ息クン”なんてあだ名 を付けられ、しまいには誰も話しかけてこなくなってしまった。パーマや面堂ですら、妙に遠慮する始末だ。  そのうちに日程は進み・・、清水寺へ。  俺は例によってタメ息をつきながら、同じ学校の連中に続いた。  歴史的遺産を目の前にしても、俺はなにも感じなかった。三重塔、音羽の滝・・・でけえな、古いな、人いっぱいだな・・・せいぜいそ んなトコだ。  そして、清水の舞台。 あたる「・・・はぁ。」  黒ずんだ欄干に頬杖をつき、俺は肺の空気を絞り出した。  いつもなら、隣でニコニコ笑ってる人物がいない・・。  ・・・ラム。  俺は欄干に額を押しつけ、思いっきり目を閉じた。 「飛び降りるのはやめてくれよ。僕の修学旅行にケチがつく。」  男の声に言われ、俺は顔を上げた。  いつの間にか、傍に面堂がいた。 あたる「面堂・・。」 面堂「もっとも、もうケチはついてるがな。諸星にはタメ息のつかれ通しだ。」  肩をすくめてみせる面堂。  そして面堂は、欄干に手をつくと、 面堂「・・・ラムさんのことか?」 あたる「まあ・・な。」  俺は視線を空に戻すと、頷いた。 面堂「泣き言をいう余力もなし、か。今までの問題とは質が違うようだな?」 あたる「ブライダルフェアの日に、ラムと唯ちゃんと沙織ちゃんが酔っ払って帰ってきたんだけど・・、三人して泣いてたみたいでさ。思     い出って言葉を連発するから、おかしいと思って問い詰めたら・・・いきなり別れようって。ラム、俺を好きなのかどうか、わか     らなくなったんだと。」  俺は空を見つめたまま、自嘲の笑みを浮かべてしまった。 面堂「・・・効くな。」 あたる「・・・最高にな。前ぶれがなかった分、余計に。」  俺は目を閉じ、頭を振った。 あたる「嫌われるのは・・・イヤだけど、しょうがないって部分もあるさ・・・! 他の男を好きになったんなら、納得できないコトもない     ・・・! でも・・、好きなのかどうかもわからなくなったって言われちゃうとさ・・、何もできないだろが・・!」  握りしめた拳を、欄干に押しつけた。 面堂「・・・ま、きみの悩みはわかった。」  面堂が、まるで突き放すように言った。  その口調が、余りにも冷たかったので、思わず俺は顔を上げた。  面堂は不気味なほど冷淡な目つきで俺を見下ろし、 面堂「でも・・・唯さんの立場はどうなる?」 あたる「・・・なに?」 面堂「心配してる唯さんの気持ちはどうなる? キミにはわからないのか?」 あたる「待て、どういうことだ?」 面堂「やはり、キミにはわからんようだ・・。キミが原因なんだよ、キミのそれが! 惚れた相手がタメ息をついていれば、誰だって心配に    なる! そんなこともわからないほどバカなんだな!」  茫然とする俺をみながら、面堂は吐き捨てるように続けた。 面堂「まったく、お笑いものだな、唯さんは! キミはラムさんとの関係に頭を悩ませ、唯さんはそうと知らずに・・・いや、きっと見当は    ついてるんだろうけど・・・そんな諸星を見て、さらに悩むことだろう! どうだ、こんな笑い話はないと思わないか? 結局、唯さ    んは自分の恋敵のために悩んでるんだからな! ええっ? どうだ諸星?! 唯さんは笑い者だろう?!」  凄まじい形相で、面堂は俺をねめつけた。  口ではお笑いなんて言っても、怒っているのは明らかだった。 面堂「ま、恋愛沙汰にはトラブルばっかりなキミだ、どうするのかと思って傍観してた僕だが・・、ここまで来ると、さすがに我慢しかね    る! キミはいったい何様のつもりだ?! ラムさんをほったらかしにしておいて、身近に好意を抱く娘ができた途端、二股かける大バ    カになったっていうのか?! 急に女を自由に選べる身分になったっていうのか?!」 あたる「だって・・、俺にはラムがいるし・・・それは唯ちゃんだって知ってるコトで・・・。」 面堂「なんだそれは? ふざけるのもいい加減にしろ!」  戸惑う俺を、面堂が一喝した。 面堂「唯さんはストーカーのたぐいじゃないんだぞ!! キミとラムさんの関係を知ってても、ハッキリと断らなければ、脈があると思って期    待する! 少なくともそれくらいの権利は、唯さんにもある・・・そう、たったそれだけだがな! それがどういうことか、キミには    わからないのか?! 諸星、キミは唯さんを飼い殺しにしてるんだぞ! 淡い期待を抱かせてな!」 あたる「ま、待てよ・・! 俺は、俺は別に、そんなことしてるつもりは・・・。」 面堂「ほぉ、じゃ、なにか? 唯さんは、ラムさんにフラれた時の保険だとでも? それともラムさんが保険か?」 あたる「違う!」  俺は目を閉じて叫んだ。 あたる「絶対に違うぞ! そんな酷いこと、考えるわけないだろ! 唯ちゃんはそんなんじゃない!」 面堂「ほほぉ、だったら、どうしてハッキリさせない?」  皮肉っぽく、面堂。  俺は、顔を背けてしまった。 あたる「そ、それは・・・。」 面堂「唯さんを傷つけるのが怖い・・か?」  俺の心を見透かしてるみたいに、鼻を鳴らして、面堂は吐き捨てた。  完全な図星だったが、俺は面堂を睨みつけてしまった。こいつにそこまで言われる筋合いはない、そんな風に、心のどこかで思ってたん だろう。 面堂「なんだ、その目は? おまえにそこまで言われる筋合いはないって顔だな?」 あたる「う・・・!」 面堂「では、もっとハッキリ言ってやろう。傷つけるのが怖いだと? 笑止! そいつは自己弁護だな、問題のすり替えもいいところだ! 言    い訳も甚だしい! 違うな、キミは唯さんを傷つけるのが怖いんじゃない! そうすることで、後味が悪くなる己・・・それがイヤな    んだ! 誰かをフッてしまった自分になるのがイヤなんだよ! 誰も傷つけないやさしい諸星あたるでいたいんだ! そう、結局のとこ    ろ、いい子の自分を守りたいだけだ!」  まさに堂々と、面堂は言い放った。  俺は何も言い返せなくなった。  認めない、認めたくない! 認めたくないんだ・・・でも!  でも面堂の言葉が真実だってことを、誰よりも知ってたのは、俺だった! 面堂「・・・理解できたようだな。」  面堂の目つきが、和らいだ。 面堂「キミに情けをかける気は、さらさら無いのだが・・。僕は唯さんとラムさんのことを思っただけだ。本当に唯さんのことを考えてる    のなら、ハッキリさせるべきなんだ。キミのしてることは、唯さんの新しい恋のチャンスを引き延ばし妨げてるだけだ。諸星の心は    決まってるんだろう? だったら、それを彼女に伝えるのだ。」 あたる「面堂・・・、俺は・・・!」 面堂「話はこれだけだ。じゃ、僕は行く。」  ポンと肩を叩いて、面堂はきびすを返した。  しかし数歩も行かないところで、面堂は立ち止まり、振り返った。 面堂「そうそう、キミの悩みの件だが・・、ラムさんは何かのきっかけで、自分の行き方に迷いを持ちはじめてるんだと思う。自分はどう    すればいいのか・・、その悩みの先で、自分の存在価値にまで疑問を感じてるんじゃないか? そこさえ解決してあげれば、何とでも    なる・・、少なくとも、僕はそんな印象をうけたが。ま、普段強気な人ほど、想定外の事態に弱いものだ。後は、キミ次第だ。」 あたる「・・・面堂っ。」 面堂「んっ?」  ひねた面が、再び振り返った。 あたる「・・・サンキュー! なんとなく・・・なんとかなりそうだぜ!」 面堂「言っただろ? 僕の修学旅行にケチつけるのは困ると? だが、これ以上うだうだ言うようなら、たたっ斬る!」  例によって刀を突き出して冷笑を浮かべると、肩をすくめて、面堂は人ごみに戻っていった。  俺はまた欄干に拳を押し付けた。でも、今度は気合が違っていた。  ・・・自分から動かなきゃ!  そうだ、俺にできることは全てやるんだ。バカみたいにタメ息吐くのは、それからだって遅くない! それがひとりの女の子を傷つけてん なら、なおさらだ!  俺は気合も新たに、身体を起こした。  拳を握りしめ、きびすを返した。  まずは唯ちゃんとのコトをハッキリさせよう。  ・・・それが、彼女を深く傷つけてしまうことになっても。                                * 7月22日、諸星家。 唯「・・・どうしよかなぁ?」  部屋で、椅子に座って机に頬杖しながら、唯がこぼした。  家では、唯が一人で留守番している。  掃除も洗濯も一通り完了させて、ぼーっとしていたところだ。 唯「今夜・・・か・・。」  時計に目をやる。時計は午前9時をまわったところだ。 唯「・・・どうしたらいい? わたし、こんなことしていていいのかな?」  机の隣に鎮座している、大きな熊の縫いぐるみの鼻をちょんとタッチした。  でもやっぱり縫いぐるみだ。返事なんて帰ってくるわけがない。  はぁ〜・・。  タメ息を吐いて、机に突っ伏した時だった。  ピンポーン。ピンポーン。  唐突に、玄関のインターホンが鳴った。 唯「はっ、はぁーっい!」  弾かれるように顔を上げる。  階段を駆け下りて、玄関までやってくると、 唯「どちら様でしょう?」  扉の向こうに話しかける唯。 「おはようございますぅ。」  返ってきた声は、聞きなれた女の子のものだった。  唯はカギを開錠して、ノブを回した。 唯「おはよっ。」  ドアの向こうには、ぽっちゃリ顔で可愛いえくぼの沙織ちゃんが、微笑んで立っていた。 沙織「やっほ〜。ちゃんと留守番してる?」 唯「っもう、子供じゃないんですからねっ。さっ、上がって、お茶しよぉ。」 沙織「うふふっ、おじゃましまぁ〜す。」  階段を上がりながら家の惨状を見て、沙織は、 沙織「まだ家の復旧が終わってないのね・・。もう一ヶ月くらい経つのにさぁ。」 唯「うん、もう少しかかるって。今日も大工さんが来るんだけど・・。」  沙織を二階の部屋に通すと、唯はお茶の準備をしに再び一階に戻っていった。 沙織「あっ、お構いなくぅ〜。」  沙織は、机の前にちょこんと座って、辺りを見渡す。  手持ち無沙汰から、ふと、目に入った小さな本を手に取って、パラパラめくってみた。 沙織「・・・あらっ、京都って・・・これ修学旅行のしおりじゃん。」  しおりには、日程とか時間表なんかが細かく記されていて、 沙織「ふぅ〜ん・・。今日は自由行動の日かぁ。」  そんな時、部屋のドアが開いた。 唯「お茶の支度してきたよ。お茶うけに美味しいクッキーでもいかが。」  にこにこしながら、唯。  沙織の正面にぺたんこ座りして、お茶をティーカップに注ぐ。 唯「今日はね、唯特製のハーブティーです。どうぞご賞味ください。」  カップを差し出して、自信満々に胸を張った。 沙織「へぇー、この香り・・・ローズマリーね。」 唯「うん。隠し味に蜂蜜を少々。」  沙織は一口すすって、 沙織「うんっ。美味しいーっ。蜂蜜っていいかもね〜っ。」 唯「でしょでしょ?」  それから沙織はクッキーをパクついた。  しばらく静かな時間が過ぎて、沙織が口を開いた。 沙織「・・・ラムちゃんは?」 唯「ん・・さっき帰ってきたんだけど、友達の所に行くって言って・・。」  少々俯き加減で、唯。 沙織「修学旅行、蹴ったんだね・・。」 唯「・・・・・。」 沙織「そっか・・、今夜・・・だったね。」 唯「・・・うん。」  それだけ言うと、二人とも俯いた。 沙織「・・・あたるクンは、このことを知ってるの?」 唯「ううん・・。多分、知らないと思う・・。」 沙織「ホントに、このままでいいのかな? 私ね、ホントは凄く負い目を感じて・・。」  ちょっとだけ声のトーンが大きくなった。 唯「でも、口止めされてるじゃない? 絶対に言わないでほしいって。」 沙織「それは・・・そうだけど・・。でもあたるクンのコトも考えてみなよ!」  唯に捻り寄る風に、沙織が言った。 唯「沙織ちゃん、私、ずーっと考えてた・・。あたるさんは私のことどう思ってるのか・・。考えて考えて・・・でも結局、答えは見つけ   られなかったんだ・・。けど、あたるさんとラムさんを見てて・・・なんとなくだけど・・・わかった気がする・・。あたるさんとラ   ムさんの間には、目には見えない強いなにかで結ばれている・・。決して切り離せない、強い絆みたいなものでね。あたるさんも、き   っとラムさんを・・・。」  言い終えると、唯は目をぎゅっと閉じて、 唯「・・・あたるさんは、きっと・・・。」  言葉をこぼした。 沙織「そうかなぁ、それを決めるのはあたるクンだから。でも、あんたがやるべきことは決まったでしょ?」 唯「そう・・そうだよねっ。これは、あたるさんに伝えなきゃいけないんだ!」  唯は、すっと立ち上がって、階段に向かって歩き出した。  その時、沙織が後ろから声をかけた。 沙織「あっ、唯、これに連絡先が書いてあるよ。ここのホテルに泊まってるはずだから、電話してみたら?」  沙織はさっき手に取ったしおりを差し出して言った。 唯「そのしおりは・・、ラムさんのだわ。」  さっそくしおりにあったホテルに電話してみる。 唯「あっ、あのぉ、そちらのホテルに、修学旅行で友引高校が宿泊していると思いますが、生徒の諸星あたるさんをお願いしたいんですが   ・・、あ・・・出かけてるみたいですか・・・そうですか・・。わかりました。ありがとうございます。」  電話を切って、ふっと肩を落とす。 沙織「今日は自由行動の日よ。どこに行ってるか分からないし、夕方までホテルに戻らないみたい・・。」 唯「どうしたらいいの・・、それじゃ間に合わない・・。」  とりあえず、二階に戻った。  おろおろしてても始まらないし、もう一回冷静になって考えればいいんだ。  唯は窓から遠くを眺めた。  天気がいい、風は弱く雲はゆっくりと流れていく。  そして、思い立ったように沙織に向き返ると、 唯「ごめんっ、沙織ちゃん。今日一日留守番してて! お願いっ!」  両手を合わせて、ウインクした。  沙織の返事も聞かず、唯は箪笥からライダースーツとポシェットを出して、着替え始めた。 沙織「ちょ、ちょっとちょっと! なに考えてんのよあんた?! まさかバイクで京都まで行く気っ?!」 唯「今からなら間に合うはずよ。っていうか、間に合わせるには行くしかない。」 沙織「あんたねぇ・・、いくらなんでも・・っ!!」  唯の真っ直ぐな瞳と目が合った途端、沙織の言葉が途切れた。 唯「・・・行かせて。こうなったのは、私にも原因があるから。」  唯の真剣な眼差しに押されて、沙織は断れなくって、 沙織「・・わかったわよ。気を付けて行くのよ。絶対絶対、事故なんかしないでねっ!」 唯「ありがとっ。留守番よろしくねっ。」  階段を駆け下りて、玄関から庭にまわった。  バイクを覆ってる防塵シートをバサッとはぎ取る。  赤と黒のグラデーションが丁寧にワックスがけされてピカピカに光っている。唯の自慢のバイクだ。  茶の間の縁側に腰かけて、ブーツに履き替えていたところに、二階から下りてきた沙織が顔を出した。 沙織「そのバイク、こないだの台風で浸水して、修理しなきゃとか言ってたじゃないの。」 唯「うん。ちゃんとオーバーホールしたよ。ついでに高ブーストに耐えられるようにエンジンチューンしたし、ナビゲーションも付けちゃ   ったのだ。」  唯は得意げに胸を張った。  でも、今は急いでる風に、髪をまとめてピンでとめてヘルメットをかぶる。 沙織「ふーん・・。そのうち飛ぶんじゃない?」  そんな沙織の皮肉っぽい言葉は、ヘルメットをかぶった唯には聞こえてないみたいだ。 唯「もたもたしてられないな・・。遠回りしたとしても、なるべく止まらないようにしなきゃ。」  ちいさく呟いて、バイクにまたがった。  バイクについてるスペシャル装備、レーシングチェンジスイッチをONにすると、バイクのボディの幅が大きくなって、後方からは小さ なスポイラー(ウイング)が出てきた。二つ目のスイッチを入れると、ホイールの幅が大きくなって、タイヤが太くなった。  たたでさえスポーティなバイクを、エアロパーツを変化させてさらにレーシーなカタチにチェンジさせたのだ。  キーシリンダーに鍵を入れ、セルを押してエンジンをかける。  ウォォンッ!!! ウォォーーン!!!  数回アクセルを回すと、近所にバイクの咆哮が響いた。 唯「回転数よし。ブースト安定OK。ついでにガソリン満タンよしっと。」  メットのバイザーを閉めて、ギアをローに入れた。 沙織「ホントに気を付けてね!! 事故だけは絶対ダメだからね!!」  心配そうな表情で、沙織。 唯「ごめんね、沙織ちゃん。留守番頼んだよ・・後でパフェ奢るから。」 沙織「はいはい。家のコトは任しといて。」  道路まではゆっくりと移動した。  門を出たところで左右を確認する。 唯「じゃ、行くよっ!」  腕時計のストップウォッチを押して、アクセルを回しクラッチを繋ぐ。  ギギャギャギャギャッッ!!!  タイヤが空回りした後、弾かれた様に加速する。 唯「ナビで近道を検索っ。」  『目的地をお話し下さい。』ナビが言った。 唯「京都府、○○グランドホテル。」  『ルートを探索しました。』 唯「練馬インターから高速か・・。よしっ。今日は道が空いてるし流れもイイから、高速は300から上にのせられるかも・・。」  迫り来るコーナーを次々とパスし、直線では間髪入れず加速する。  歩行者や車を持ち前のテクニックでかわしながら、一路京都を目指した。                                 *  唯が東京を出発したころ、俺は、実のところまだホテルにいた。  部屋の鍵をフロントに預けたまではよかったんだけど、出かけるのが面倒になって、ロビーのソファーに寝そべってた。  とはいっても、ずーっとこうしてうなだれてても仕方ないし・・。  そう思いながら、目を開けた時だった。 「今日もずいぶん滅入ってるのね。タメ息クン。」  俺の顔を覗きこむように、しのぶが立っていた。 あたる「よお。」 しのぶ「今日は自由行動の日よぉ、せっかく京都に来てるんだから、出かけないなんてもったいないわよ。」  しょぼくれた俺の顔を見ながら、しのぶが鼻をならした。 あたる「・・・ああ。」  しのぶっていつもこうだったな。俺のケツを引っ叩くようにハッパかけてくれるんだ。  頭をかきかき身体を起こすと、しのぶはニッコリ笑みを浮かべて、 しのぶ「わたし、祇園に行くんだけど・・・付き合ってくれない?」 あたる「しのぶからのデートの誘いじゃ、断れないな。・・・じゃ、行くか。」 しのぶ「デート? ばっかじゃない。」  冷やかな目で俺に目配せする。  京阪本線の京阪四条駅を出て東。  駅の構内を出るやいなや、古都を代表する華と雅の街が、俺たちの目の前に広がった。  ま、古都といっても、ちゃんと現代の建物がそこかしこにあるんだけども、見渡すと緑や瓦葺の屋根が散見できた。雰囲気は十分に出て いる。  京都、祇園。 しのぶ「来ましたね〜。やっぱり好きだなぁ、祇園。」  観光客や、俺たちと似たような学生連中でごった返す四条通に立って、しのぶは言った。話を聞くかぎりじゃ、何回か来てんのかな。し のぶは嬉しそうだった。  ここで暗くなっててもしょうがない。俺も背伸びし、 あたる「で、ご予定は?」 しのぶ「んー・・。まずは建仁寺かな? そこから八坂神社でしょ、あとは知恩院、青蓮院、そこから折り返して高円寺・・・、時間があれ     ば河原町まで出て、仏光寺も・・・。」 あたる「お寺の名前言われてもサッパリだ。ま、いいや、とにかく歩こう。」 しのぶ「よーし、じゃ、わたしについてきなさい!」  しのぶに腕を引っ張られ、俺は歩き出した。  それから俺たちは、インスタントカメラを片手に歩き回り、しのぶの言われるがままに記念写真を撮った。  ・・・と言っても、シャッターを押してるのは俺。ツーショットなんてのはなかった。  まず建仁寺に行くと、しのぶは風神と雷神のレプリカ像の間に立ち、 しのぶ「どぉ? わたし、ちゃんと真ん中に入ってる?」 あたる「い〜感じ・・・動くなよぉ。」  パシャッ。  次に八坂神社では、凱旋門の日本版みたいな朱塗りの桜門の前で、 しのぶ「あーっ、なるべく通行人は入れないでっ!」 あたる「・・・無理言うなよ。」  パシャッ。  とにかくそんな調子で、俺たちは祇園の町並みを堪能した。土産物屋を見かければ、必ずと言っていいほど入り、いくつかの茶屋にも立 ち寄ってく。ま、根っからの遊び気分でフラフラしてたもんだから、予定をさほどこなさないうちに、空が赤くなってしまった。  そして・・・知恩院。  二段構えの屋根を持つ、日本最大の三門の下で、しのぶは、 しのぶ「ねえ、アングル大丈夫? 屋根が入ってなきゃ意味がないんだからねっ?」 あたる「そりゃいいけど・・・、離れすぎて写ってるのがしのぶだって分からなくなるぞ?」 しのぶ「いいのいいの、とにかく門が大事なんだから。」 あたる「へーへー・・・、じゃ、動くなよぉ。」  パシャッ。  俺がカメラを下ろすと、しのぶは階段を駆け降りてきた。 しのぶ「ま、全部は回れなかったけど、今日はこんなところかな。はい、ありがとー。」 あたる「・・・しのぶ、今日一日俺と一緒で良かったのか? ホントは面堂やほかの女の子と・・・。」 しのぶ「スッキリしたでしょ。今日一日付き合ってあげたんだから、明日はしゃんとしててよね。あんたを見てるとこっちがゲッソリしち     ゃう。」  苦笑しながら、俺の話を切るように、しのぶが言った。 あたる「・・・ありがとな、しのぶ。・・・さてと、これからどうする?」 しのぶ「うーん。もうどこかへ行くって時間じゃないし・・・、ホテルに戻りましょうか。」  しのぶは俺からカメラを受け取ると、小走りで階段を駆け降りていった。  俺たちは知恩院を後にすると、八坂神社の裏手の路地を抜け大通りに出た。  四条通の八坂神社を背に信号待ちをしていると、  フォォーーーン・・・。  遠くの方からやって来る、聞き覚えのある甲高い音が耳を突いた。  ふと、そちらに目を向けると、  ギギャーッッ!!! ギギギギギギギッッ!!! あたる「どわぁぁーーっっ!!!」 しのぶ「キャーーッッ!!!」  バイクがエライ勢いで俺たちの所に突っ込んできたもんだから、俺たちはビビッて飛び退けてしまった。  そのバイクには見覚えがある。でも頭の中では「まさか・・・そんなはずない。ここは京都だぞ。」とエラーが発生していた。  そんなバカなと思っていても、俺の口から出た名前は、 あたる「ゆ・・唯ちゃん?!」  目の前にいるバイクの持ち主は、バイクにまたがったままヘルメットを外した。 「やっと見つけた! あたるさんっ。」 あたる「なんで?! どうして?! ウソだろっ!! なんで唯ちゃんがここにッ?!」  唯の顔を見たら、余計混乱してきた。ここ京都だぞ! 東京からバイクで来たってのか?! 唯「いろいろな人に声かけて・・。必死で捜したよ。でも良かったぁ、見つかって。見つからなかったらどうしようかと思っちゃった。」  ほー・・、と息をついて、唯。 しのぶ「唯さん、あたるクンを追って京都まで来ちゃったの? しんじらんない・・。」  狐につままれたような顔して、しのぶが言った。 唯「・・えへ。」  ちょっとだけ憂いをまとった表情で、はにかむ唯。  それからしのぶは、唯の顔をまじまじと見て、 しのぶ「・・・ふぅ〜ん。京都まで来るほどだから、よほどの事よね。なんとなく察しがつくけど・・。」  しのぶって女の第六感ってヤツが敏感に働くみたいで、何かを察した様に頷いた。  すると、俺の顔を見て、 しのぶ「あたるクン、今日は付き合ってもらってありがと。わたし先にホテルに戻るから、あたるクンは唯さんと一緒に・・ね。」 あたる「えっ?」  それだけ言うと、しのぶはそそくさと歩き出した。  横断歩道を渡って、こちらを振り返ると、 しのぶ「先生には上手く言っといてあげるから、心配しないで!」 あたる「おい、ちょっと・・!」  俺が声をかける間もないまま、しのぶは四条通の人波の中に消えて行った。  俺は唯の方に向きかえって、唯の顔を見た。  唯と目が合ったとたん、心臓が早鐘を打つのが分かる。でも、なるべく緊張を悟られないようにしないと・・。 あたる「ど、どうしたっての、唯ちゃん? ここ京都だよ! バイクで来るなんて無謀にも程がある!」  ちょっとだけトーンが上がってしまった。でも唯の事を心配してのことだからだ。 唯「・・・ごめんなさい。急に押し掛けて来て・・・。」  やけに素直だな・・。いつもの覇気が感じられない。 唯「あたるさんに、どうしても会いたくて、それで伝えなくちゃいけないことがあって・・・いてもたってもいられずに。」  首を竦めて、おそるおそる上目遣いで、唯。 あたる「俺に伝えたい事? 帰ってからじゃ、ダメなの?」  俺は首をかしげて唯の顔を見た。  すると唯の双眸が、揃って右に寄った。 唯「ん・・うん。ちょっと・・ね。」  どーもおかしい。遠路はるばる東京から京都までバイクを飛ばして会いに来てくれたのに、唯の態度が殺伐としていて、支離滅裂だ。  苦笑しながら俺の顔を見上げる。  だが、顔を見るなり、ハッ、とすると、 唯「そ、そうだ! こんなところでナンだから、鴨川行かない? 駅の裏だし・・・行こっ!」  唯は俺にヘルメットを渡す手が、どことなくぎこちない。  ・・・唯ちゃん、なんとなく気付いてる?                                 *  駅にはすぐ到着した。唯が駐車場にバイクを停めてくるのを待って、俺たちは二人で鴨川に立った。  しかし・・・鴨川の土手に下りても、唯はなにも話そうとはしなかった。  真っ赤に変わった空の下、俺は立ったままで、唯の仕草を見つめた。  唯は川岸に腰かけていた。周りの砂利の中から、手ごろなものを選んで取り、対岸へ投げつける。黙々と、それを何度も繰り返した。  唯の肩が動くたびに、赤い水面に波紋が広がっていく。  小石を投げる唯の横顔は、とても寂しそうだった。  ・・・その元凶は俺なんだよな。 あたる「・・・あのさ。」  彼女の背中が、ビクンと跳ねた。  唯は、もう一度石を投げると、川を向いたまま、 唯「あ〜、でも、あたるさんに会えてホントに良かった! あたるさんと二人で京都にいるなんて夢みたい。とっても嬉しいなっ。やっぱり   想いは届くのね。」  にっこり微笑んではいるが、でも、それは本心から言ってるのか・・?  俺はちょっと目線を下に移した。 唯「・・・なぁに?」 あたる「もう・・・やめよう、こういうの。」  唯は微動だにしなくなった。  華奢な背中に、俺は頭を下げた。 あたる「ごめん・・・!」  血を吐く思いで、俺は言った。 あたる「ごめん・・・! ホントにごめん・・・! 俺が・・俺がハッキリさせなきゃいけなかったんだよな・・・! 俺・・唯ちゃんを傷付     けるのが怖くて・・・、でもそれってホントは、自分のエゴっていうか・・・! ホントにごめん・・・! 俺、唯ちゃんとは・・     ・。」 唯「な、な〜に謝ってるのよ? ワ、ワケわかんないなぁ?」  顔を上げると、唯が笑いながら、こっちを見ていた。  ただし・・・触れれば壊れそうな危うい笑顔だった。 唯「わ、私、分かってたの。あたるさんにはラムさんがいて、私なんかが入り込む余地なんて無いってことは。」  俺には、唯が無理してるのが痛いほどよく分かってた。だって、唯の瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙がいっぱいだったからだ。  ・・・こんなときこそ、笑うか。  詫びの意味もあり、俺は無理やり笑顔を作った。  だが・・・それが唯の感情を爆発させてしまったらしい。 唯「・・・どうして笑顔つくるのよォ!」  怒声とともに、唯のコブシが俺の胸にドンと叩きつけられた。  唯が俺の胸元に顔をうずめて、俺の胸を叩いたのだ。 唯「ど・・・・どうして笑うのよ! よりによって・・・・そんな話しの後で・・・! どうして・・・!」  言葉になっていたのは、そこまでだ。  唯は砂利に腕をつくと、すり切れたような嗚咽を漏らしはじめた。  きつく閉じられたまぶたから、大粒の涙がこぼれ落ち、染みを穿っていく。  唯は、悔しそうに泣き続けた・・・。  気の早い星々は、数刻も経たないうちに、頭上に顔を出しはじめた。  暗くなった川岸に、俺と唯は、肩を並べて腰を下ろしていた。  唯の目は、今も赤く腫れているけど、その奥に怒りや悲しみは無かった。どことなく澄んだ表情で、星空を見上げている。 唯「・・・実はね、いままでのあたるさんへの想いは、全部ウソ。」  気持ちのいい夜風のせいだろうか・・・淡い微笑みを浮かべ、唯は口を開いた。  川のせせらぎが、辺りの雑音を消していく。 あたる「・・・えっ?」 唯「沙織ちゃんと二人でね、どうにかあたるさんとラムさんを結ばせてあげようと、作戦を立ててたの。」 あたる「それって・・どういうこと?」  俺の問いに、唯は静かに頷いた。 唯「あたるさんのラムさんへの心の変化から始まって、ラムさんへの恋心を増幅させるために、色々イロイロやったんだから。」  それから唯は、クスクス笑うと、 唯「けど・・・おかしいでしょ? あたるさんのラムさんに対する気持ちを膨らまそうとして、作戦立てて、上手くいった後は勝手に想像   膨らませて・・・よかったねーっラムさん、って。でも、そうやって色々考えてたら、なんだかあたるさんが素敵に見えてきて、だん   だんラムさんが羨ましくなってきちゃって・・。あたるさん、優しいからね。」  唯は、んーっ、と背伸びした。  ひとしきり背筋を伸ばすと、河原にひっくり返って、目を閉じた。 唯「・・・本気になったのは、私が仕事サボってて、遊歩道の階段で会ったときからかな。」 あたる「俺が発信機持って追いかけてった、あの日か?」  唯は静かに頷き、再び夜空を見上げた。 唯「・・・あたるさんが、私のことを心配してくれて、学校まで休んでくれて・・。すごいショックだった。ラムさんじゃなく、今は私だ   けを見ていてくれている。なんてあったかい人なの、あたるさん。・・・落ち込んでた私を立ち直らせてくれたのは、あたるさん、   あなたのおかげ。」 あたる「・・・ごめんな。」 唯「またぁ、よしてよ!」  威勢のいい声ととも、俺は肩をポンポンと叩かれた。  唯は立ち上がると、ニッコリと笑い、 唯「本音を言うとガッカリで・・・ひとりになると泣いちゃうと思うけど・・・でも、そんなに悪いことじゃなかったもん。私、“あたる   さんを好きな私”を本気で楽しんだよ。人を好きになるのって、冷静に考えれば何の意味も無いのに、すごい力が湧いて出るんだね。   私・・・また進めそう。今まで、ありがとう・・・ホンットに嬉しかった。」 あたる「唯ちゃん・・・。」  すると唯は、顎に人差し指を当て、 唯「んー・・・ま、私もあたるさんには迷惑かけたし・・・、おあいこかな?」  それからイタズラっぽく舌を出し、笑った。  唯がベルトのポシェットから手袋を出して、そいつを手に着けるのを、俺は微笑みながら見つめた。  唯は手をぎゅっと握って、手袋をフィットさせると、 唯「さあ、これが最後の作戦よ。」  ちょっと気が入った様にそう言うと、俺に目配せした。 あたる「さ? 最後の作戦?」  いつもはニコニコしている唯の瞳が、いつにもましてマジになってるもんだから、俺は気負ってしまった。 唯「私、あたるさんに伝えなきゃいけないことがあるの。」 あたる「話がみえないな・・。どういうこと?」  作戦やら、さっきから言ってる伝えたいことやら・・・さっぱり分からん。 唯「ラムさんなんだけど・・。」 あたる「ラム? ラムがどうかしたの?」 唯「最後まで聞いてっ。」  唯は俯き、目を閉じて言った。  俺はちょっとびっくりして、口が固まった。 唯「私も詳しいことは分からないんだけど、今、ラムさんの母星で大変なことが起きてるみたいなの。それでね、ここしばらく、ラムさん   UFOから母星と連絡を取り合って様子を見てたみたいなんだけど、最近事態が急変してね・・。今の星を離れて新しい星に移住する   ことにしたそうなの。」 あたる「えっ? 鬼星から引っ越す!?」  マジかよ! そんな話し全然聞いてねーよ!  寝耳に水ってのは、まさにこのことだった。  しかし、唯の口から語られる言葉に、さらに驚愕させられることになった。 唯「でもね、その新しい星は、あまりにも遠すぎるのよ。・・・もう二度と地球には帰って来れないって・・・。」 あたる「!!!」  俺は言葉を失った。一瞬で頭の中が真っ白になった。 唯「ごめんなさい。今になってこんな話をして・・。このことはラムさんから口止めされてたの。」  あまりのショックに、何を唯に聞いたらいいのか、何を話せばいいのか全然思いつかなくて、やっと出てきたのは、 あたる「い、いい、いつ?」  唯は一番真剣な眼差しで、 唯「・・・今夜よ。」 あたる「こ!! 今夜っ?!」 唯「あたるさんの顔を見ちゃうと、絶対旅立てなくなっちゃうって言って、修学旅行であたるさんがいないうちに発つつもりよ。ラムさん   無理矢理感情を封じ込めようとしてる。そのためにわざと修学旅行を欠席したの。」 あたる「そんな大切なこと、どうして早く言ってくれなかったんだ!!」  俺は感情を抑えきれなかった。怒りにまかせて声を荒げてしまったのだ。 唯「・・・ごめんなさい。私、あたるさんが好きで・・、ラムさんを邪魔者視しちゃってたのかも・・・。最低だね・・私って。答えを出   すのはあたるさんだってことを見て見ぬフリしてた・・。」  俯いて、唯。 あたる「ふざけんなよ!! ラムもラムだ! なんで正直に言ってくれなかったんだ!」  ひとしきり感情を激昂させた後、唯の目をみた。  申し訳なさそうな唯の顔を見たら、少しだけ冷静になって、 あたる「・・・違う・・かも。気づいてあげられなかったんだ・・・俺は・・。」  ラムが何を悩んでたのか分からなかった。こんな俺だ。好きかどうかわからなくなっても無理はない。でも・・・俺の想いが、ラムを支 えるコトができるかもしれない!  まずは、この気持ちを伝えるんだ! 唯「あたるさん、今ならまだ間に合うはずよ、ラムさんを止めて!」 あたる「ああっ!」  唯の言葉に、急に溢れ出した感情でいてもたってもいられなくなり、俺は立ち上がった。  ・・・ラム!  俺はきびすを返すと、全力で土手を駆け上がった。 唯「あたるさんっ!! ラムさんは友達の所に行くって言ってたわ!!」  ちょうど土手を登りきった時、唯が声をかけた。  でも、俺は振り返らずに、手を上げて答えた。  四条大橋に出て、駅へ向かっている時には、もう何も考えていなかった。構内に入って電話を見つけると、手を伸ばしてたサラリーマン 風のおじさんを背中でブロックし、心の中で詫びながら、受話器を奪った。  さっき唯ちゃんが「ラムは友達の所に行った」って言ってたな・・。  俺の脳を切り裂いたのは、ある女の子の顔だった。ってゆーか、その娘の所じゃなかったら、もうどうしようもない。  とにかく、俺は直感を頼りに、その娘の家の電話番号をプッシュした。妙に力が入りすぎてて、電話番号を三度も打ち損じ、その度にや り直した。  相手が出るまでの時間は・・・・一秒が百年にも感じた。 『はぁ〜〜い、ランちゃんです♪』  受話器口から、甘い声が聞こえた。  ランちゃんも修学旅行を欠席してたか・・、どうりで姿が見えないと思った。 あたる「もしもし、あっ、ランちゃん? 俺、諸星あたる。」 ラン『あら、ダーリン? どうしたの突然・・。』 あたる「急で悪いんだけど・・・ラムいるっ?」 ラン『い、いるけど・・・ちょっと待ってて。』  やった・・・直感が的中した!  ランの、どことなく訝ったような声の後、保留のメロディが流れてきた。  俺はすぐにイライラしはじめた。ったく、誰だ、この妙なメロディを作ったヤツは? 俺の気持ちも知らずにテロレロと・・・本人がここ にいれば、ブッ飛ばしてるところだ。  ありがたいことにメロディはじきに終わった。 ラン『もしもし、お待たせ。』 あたる「あれっ、ランちゃん? ラムは?」 ラン『それが・・・ごめんなさい。ラムちゃん、出たくないって・・・。』  受話器の向こうで、申し訳なさそうな声が言った。  俺は焦った頭で考えると、 あたる「じゃ、じゃあ・・・ラム、傍にいる?」 ラン『え、ええ・・・。』 あたる「だったらさ、悪いんだけど、電話のスピーカー、オンにしてもらえる?」 ラン『えっ・・ええっ? 待ってダーリン。それはちょっと・・。』 あたる「頼む! 俺、本気なんだ! 生半可な気持ちじゃないんだ!」  俺は受話器に叫んだ。  しばらく間があった。 ラン『・・・うん、わかったわ。いいよ、もう言いたいコト言ってちょだい!』  明るいランちゃんの声の後に、ノイズがひどくなった。スピーカーに切り替えた証拠だ。  ここが正念場・・・俺は深呼吸した。  次のセリフを絶叫するのに、思考らしい思考はしなかった。 あたる「今が“いまわの際”だっ! 好きだぜラムぅぅ! 好きだ好きだ好きだァァッ!」  後ろで仏頂面してたおじさんはもちろんのこと、改札を行き来してた通行人までもがおかしなヤツでも見るような目つきでこっちを向い たが、俺は構わず続けた。 あたる「いつも怒ってばかりで・・、料理も辛くて食えたモンじゃない・・・! どこが好きなのとか訊かれたけど、俺はそういうの含めて     丸ごとラムが好きなんだ! 自分にいいトコ無いなんて考えるな! 理屈なんかどうでもいい、要は気持ちだろ?! この想いさえあれ     ばどんな溝だって埋められる! 俺が埋めてやる! 少なくとも、俺にはその覚悟がある! ひとりでグチャグチャ悩むのもいいけど     、そんなラムを好きな俺がいるってことも忘れるな! これがラムから告白された俺の返事だ!!」  言いたいだけ言って、俺は待った。  やがて電話の向こうで、 ラン『怒るで、ラム!! ダーリンにここまで言わせておいて・・・ええかげんにせぇよぉ! おんどれってヤツは!!』  ランちゃんの怒声の後、しばらく間があった。  受話器から漏れてきたのは・・・なんと嗚咽だった。 ラム『ごめんちゃ・・・! ごめん、ダーリン・・・。ウチ、ウチ・・・もうどうすればいいのかわかんないっちゃ・・・!』  ラムの押し殺したような鳴き声が、俺の耳朶を打った。  彼女の悩みの深さを、俺はこの時、初めてわかったような気がした。  ちょっと間があり、次の言葉を話せないまま、電話は切れてしまった。テレカが使い切れてしまったのだ。  受話器を電話に戻したと同時に、背後から甲高い音が駅の構内に響いた。  フオォーーンッ!!! ウォンッッ!!!  俺は慌てて振り返った。  唯がバイクにまたがって「早く」ってな具合でアクセルを煽ってる。 あたる「唯ちゃん! そうか、唯ちゃんは俺を迎えに来てくれたんだ!」  作戦ってこういうことだったのか・・。なんて悠長な考えを巡らしてる場合ではない。  俺は唯のところまでダッシュすると、すぐさま、渡されたヘルメットをかぶった。後部シートにまたがって、シートベルトをする手もも どかしく、俺は唯に合図した。 あたる「オッケーっ。」 唯「じゃ行くよっ。めいっぱい飛ばすから、バイザー閉めて。」  唯は、ストップウォッチのタイマーをスタートさせ、アクセルを数回吹かしてクラッチを繋ぐ。  ギギャギャギャギャギャッッ!!!  タイヤが空回りしながら走り出し、アスファルトにはブラックマークがくっきりと残された。  空転から一気に加速に変わる。  俺は、強烈なGを身体に浴びながら、一路東京へ向かった。                                 *  フォォーーーン・・。  バイクのエギゾーストノートを聞き続けて二時間弱、俺たちは無事に友引町に到着した。  目の前の高台に、丸みを帯びたピンク色の建物が、夜の町に悠然と浮かび上がっていた。  ギギーーッキキキッ!!  唯は、門の前でバイクを停めると、メットのバイザーを上げて、 唯「なんとか間に合ったようね・・。あたるさん、ラムさんをよろしくね。・・・私は先に家に帰るから。」  ずっと運転していたせいか、唯の顔には疲れが滲み出ていた。 あたる「唯ちゃん、ありがとう。気を付けて帰って、俺もすぐに帰るから、ラムと一緒にね。」 唯「うんっ、待ってるから。じゃ、行くね。」  バイクはゆっくりと走り出して、唯を乗せたバイクは、夜の闇に吸い込まれていった。  しばらくの間、俺は唯の影を追うように、その空間を見つめていた。  ・・・ごめん、唯ちゃん。そして・・・ありがとう。  誰もいなくなった闇に頭を下げた。  俺は門を入って、玄関まで続く階段を見上げた。   さすがUFOをそのまま家にしてるだけあるな・・・。でかい・・・。  階段を上りながら、俺はそんなことを考えていた。  玄関までやってくると、俺はインターホンを押した。  こんなでかいUFO持ってるってことは、案外、金持ちなんじゃないのかな・・? ま、考えてみりゃラムだってUFO持ってるし、おユキさん なんて女王様ってくらいだから・・・それは関係ないか・・?  やがて、家の中から反応があった。 『はぁ〜〜い♪ こんな時間にどなたぁ?』  正面のスピーカーが、不審そうな女の子の声を伝えてきた。俺は顔を近づけると、 あたる「俺だよ、俺! 諸星あたる! 夜分になんだけど・・・ちょっと開けてくれないかな?」 『だ・・ダーリン?! ちょ、やょっと待ってて!』  驚きの声の少し後、玄関周りの照明が、パパッと連続して灯った。  すぐに戸が開いて、逆光の中から現れた女の子は、俺を見て驚きの表情を作った。  ランちゃんである。今はピンクのパジャマで、髪もいつものふんわりボリュームアップではなく、スッキリと下ろしてた。  彼女は、俺を上から下まで見た後、どこか惚けたように、 ラン「ホントにダーリン・・・! でも、たしか京都にいるはずじゃ・・・?」 あたる「いやぁ、どうせ明日になったら帰ってたワケだし、フライングしても、どうという事も無いから。なにより・・・ラムがね。」  俺は頭を掻きながら苦笑い。マジに見られると、少し恥ずかしい。  ランちゃんは、口をOの形にすると、 ラン「や・・・やるやんけ! おまぁ見直したでぇっ。ポイント高いでホンマ! 信じらんなぁ〜い♪」 あたる「そ、そお? ウハハハ!」  照れ隠しに俺は必要以上に笑って見せた。  廊下から、細い人影が浮かび上がった、その時である。  影はいくらも歩かないところで様子を伺っていたようだが、すぐに俺だと気付いたんだろう、小走りで近寄ってきた。明かりのもとで露 になった虎縞ビキニを見るまでもなく、俺には、影が誰のものかわかった。  ラムである。  泣き腫らして真っ赤になった目で、彼女は驚愕の表情を作ると、 ラム「だっ・・・ダーリン!!」 あたる「よっ、迎えにきてやったぞ。」  俺は片手を上げて、ニヤッと笑った。  ラムは、明らかに戸惑っていた。 ラム「迎えにって・・・修学旅行は?」 あたる「バックレた。」 ラム「ど、どうしてっ?」 あたる「そりゃ、誰かさんが心配だったから。」 ラム「う・・・ウチが?!」 あたる「うーん、そうだな。そういう言い方は卑怯だから、困ってるラムを放っておく自分がイヤだったから、俺は帰ってきた、ってコト     にしよう。ま、俺のためだな。」  俺は胸を張って答えた。開き直ったのだ。  するとどう答えていいのかわからなそうなラムの隣で、ランちゃんが苦笑し、 ラン「フフフ・・・、なにそれ、そんな理屈聞いたコトな・・・。」 ラム「ランちゃんは黙っててほしいっちゃ!」 ラン「は〜い!」  親友を睨つけると、ラムは俺に目を戻した。 ラム「じゃ・・・ホントにそれだけのために?」 あたる「ま、他の理由は見当たらんな。」  俺は肩をすくめた。 ラム「もうっ、ダーリンたら子供みたいなことを・・・! せっかく楽しみにしてた修学旅行なのに・・・。」 あたる「ラムのいない修学旅行なんて、つまらんからなぁ。ラムだって内心じゃ、嬉しくて仕様がないだろ?」  俺は下からラムの顔を覗き込み、ニヤリと笑ってみせた。  ラムの顔が、急にクシャッと歪んだ。  胸に飛び込んできたラムを、俺は思い切り抱きしめた。 ラム「ダーリン・・・大好きだっちゃ!」                                 *  ランちゃんにお礼を言うと、俺たちは帰路に着いた。  家に向かう途中で、ラムは一つ一つ語り始めた。 ラム「ダーリン・・。ウチ・・・星に帰るかもしれないっちゃ・・。」 あたる「・・・それは・・・さっき聞いた。・・・唯ちゃんから。」  分かってたとはいえ、俺はタメ息をついた。 ラム「唯から? 絶対言わないでって、言ったのに・・。」 あたる「ばかやろっ! 早く帰ってこれたのも、唯ちゃんのおかげなんだぞ。唯ちゃんが京都まで迎えに来てくれなかったら、永久にさよな     らだったところじゃないか! それも一方的に、何も伝えずに、煙のように消えようとしてたんだろ? その後で、残された俺の気     持ちも考えてくれよ! いったい何が原因なんだ? 母星で何が起こってるんだ?」  頷くと、ラムは俺に話してくれた。  ラムの母星の鬼星がある銀河に、巨大な彗星が接近していることが判明した。ものすごい速さで今も接近していて、彗星の組成、スピー ドから、どんなミサイルや爆弾でも破壊は不可能だそうだ。銀河を通過するのは一瞬のことだけど、その衝撃波で銀河系の全ての星々はビ リヤードの玉みたいに弾け飛んでしまう。銀河系の崩壊だ。回避は不能と判断した銀河に生存する者達は、首脳会議の結果、新たな銀河に 移住することにした・・・だそうだ。  ラムは俺の目の前にふわりと着地すると、くるりと俺の方に向き返り、 ラム「父ちゃんはウチが地球に残ってもいいって言ってくれたっちゃ。でも・・・ウチ、よく考えたら良い所全然ないなぁて、思ったっち    ゃ。唯は、料理も洗濯もお掃除だって上手で出来るのに・・。ウチときたら全然ダメで、これといって取り柄もないっちゃ。なんだ    か情けなくって・・・。そんな時、唯とダーリンの話しを聞いたんだっちゃ。唯もダーリンの事が好きだった・・。それが分かった    時に、ウチがダーリンの傍にいる理由が無くなってしまったように思えて・・。それで、悩んだ末に・・・さよならすることにした    んだっちゃ。でも、ダーリンの事が好きだから、顔を見てたらきっと旅立てなくなっちゃう。だから、ダーリンがいない間に発とう    と思ってたんだけど・・・。」 あたる「・・・そういう事情だったのか・・。」  ふと顔を上げると我が家の玄関が見えた。話をしているうちに、俺たちは家の前に立っていた。  ヘビーだ・・。前にも何度か、ラムがいなくなっちゃうかもしれない事件はあったけど、今度ばかりは状況が違う。  ラムの悩みは俺が埋めてやるって、電話口で豪語しちゃったけど、俺のパワーじゃ、どう逆立ちしたって彗星は止められない。ラムに 「行くな」って言ったところで、ほんとに地球にいてくれるだろうか・・。妙な考えが頭によぎる。  いやいや! 俺がラムを選んだことを後悔してない。 あたる「ラム、どこにも行くなよ。」  ラムの目を見て言った。 ラム「・・・ダーリン。」  ラムの目尻には涙が、今にもこぼれそうになった。それを手でぬぐって、ニッコリ笑った。  そして俺たちは、揃って玄関の戸を開けた。 唯「おかえりっ、二人とも!」  一足先に帰った唯が、玄関先で待っていたかの様に、微笑んで迎えてくれた。  ふと、唯の足元を見ると、ボールみたいなガキがいて、 「ラムちゃん、おかえり〜。いつ帰ってくるかと思て、待ってたんやでぇ。」 ラム「テンちゃん、どうしたんだっちゃ? 先に父ちゃんの母船に行くって言ってたのに。」 テン「うん、おもろいことになったで、ラムちゃんにはよぉ知らせたくて、戻ってきたんや。それがなぁ、銀河に向かってる彗星な、軌道    上の小惑星に衝突して進路が変わったんやて。角度的にも銀河にはかすめもせぇへんらしいねん。せやから移住計画は無くなったん    やて、よかったなぁラムちゃん。」 ラム「・・・・・・」 唯「・・・・・・」 あたる「・・・・・・」 テン「なぁ、おもろいやろぉ。・・・って、どないしたねん? みんな怖い顔して。」  勘弁してくれ・・。たのむよ。マジで。  呆れてものも言えないくらいだった俺は、無言でジャリテンを引っ掴んだ。 あたる「どういう・・・ことだ?」 ラム「テンちゃん、計画が無くなったって、ほ、ホントだっちゃ?」 テン「な・・なんやねんイキナリ。ほ、ほんまやでぇ。」 あたる「絶対絶対絶対だなっ、おおうっ!! 絶対なんだなっ!!」  俺はジャリテンをガクガク激しく揺さぶりながら、叫んだ。  そんな俺の隣で、ラムはパアッと明るくなり、 ラム「よかったっちゃーっ!! もうホントによかったっちゃーっっ!! ダーリンと一緒にいられるっちゃよぉー!!」  俺の背中に抱きついて、ラム。涙が目尻からこぼれ落ちてたけど、今度の涙は嬉し涙のはずだ。ホントに嬉しそうだった。  そんな俺たちを、唯は微笑んで見ていた。 唯「・・・よかったね、ラムさん。ホントに良かった・・・。」  ここで騒いでても仕方ないので、ひとまず冷静になるために、揃って茶の間に移動した。ジャリテンはフラフラしながら帰って行ったけ どね。  ダンボールを端に寄せて、テーブルを引っ張り出し、それを挟んで膝を突き合わせる。  俺の前では、入れたばかりの紅茶が、湯気を立てていた。  ラムはティーカップを置くと、ゆっくり顔を上げ、 ラム「唯、ダーリンも、今日はホントにありがとだっちゃ。ウチのために一生懸命になってくれて。唯のおかげで、ダーリンに好きって言    ってもらえることができたっちゃ。心から感謝してるっちゃ。」  ラムは俺と唯を交互に目配せして、ペコッと頭を下げた。  そして顔を上げると、上目遣いで俺を見て、ホッペをピンク色に染めた。 あたる「う・・ご、ごほんっ! ま、まあアレだ、前にラムから告白も受けてたし、それに答えるのは当然っ。」  ハッとして、俺は気負った。唯をフッてしまったという事実に、今さらながらに気付いたのだ。  唯ちゃんの前で、この話はキツイ・・・。 あたる「そ、そうそう、お土産があるんだ・・・ひとつだけど。」  俺は慌てて傍のバックに手を突っ込んだ。  抜いたものは・・・竹筒だった。リレーのバトンをひと回り大きくしたような物だと思えばいい。  二人は驚いたらしく、目を丸くした。 ラム「これ・・・まさかっ?!」 唯「ひょっとして?!」 あたる「そっ、京都は『笹屋伊織』のどら焼き。」 唯「あたるさん、覚えててくれたんだ・・・!」 あたる「大船に乗ったつもりでいろって言っただろ。ま、店を見つけるまでに時間かかっちゃって、残り一本だったんだけど・・・。」  竹筒を差し出しながらだったが、語尾まで言い切ることはできなかった。  受け取る代わりに、二人が俺に抱きついてきたのだ。いきなりだったので、俺もびっくりし、二人に潰される形で畳にひっくり返った。 ラム「もう・・・! スタンドプレーのやりすぎだっちゃ・・・!」 唯「私、ますますあたるさんを好きになっちゃうじゃない・・・!」 あたる「と、いう事で! これからも今まで通り、三人仲良くやっていこうぜっ!」  一気に話題を方向転換させたい俺は、無理やり話を横にずらした。  でも、これもまずかった。 ラム「・・・・・。」 唯「・・・・・。」  二人から言葉が無くなり、目を伏せ俯いたのだ。 あたる「ど、どうかしたのか?」  やっぱり、俺が関係をハッキリさせてしまったのがいけなかったか・・? 裏目に出ちゃったかな・・。  なんて、余計な心配を頭の中で勝手に巡らせていた時だった、  俺の傍から離れると、二人は見合って小さく頷き合った。 ラム「・・・唯の口から言ってほしいっちゃ・・。」 唯「・・・うん・・。」  唯は顔を上げて、ゆっくりと話しはじめた。 唯「私・・・フロリダに行きます。」  な・・なんだって? 俺は耳を疑った。 あたる「だって・・、唯ちゃん、自分でも迷ってるって言ってたじゃないか!」  俺は焦った口調で言った。  彼女は俺を見ると、恥ずかしそうにテーブルを引っ掻いた。 唯「恥ずかしいことだけど・・・私、自分のこと何一つはっきり決めないで、先送りにしてた。でも、これじゃいけないって気づかせてく   れたのは、あたるさん・・・あなたよ。」 あたる「俺?」 唯「私は、あたるさんに恋をした・・・。ふられちゃったけどね・・・。そうしたあたるさんは、すごいと思う。本音を言うと、ラムさん   が羨ましくて、悔しくて・・・。でも、あたるさんが決めたことだから、仕方ないよね。」 あたる「唯ちゃん・・・。」 唯「そのとき、あなたから貰ったものが、決断する勇気よ。」  ひとつずつ語り始めた唯の瞳は、当初の悲しみの色から、だんだんと光が溢れ力強く輝きを増していく。  唯「こないだね、沙織ちゃんから電話があってね、海外専属プランナーに私が選ばれる様に、上司が推薦してくれたっていうの。それでね   、秋の選考を通さずに専属にまわしてくれて、フロリダのディズニーワールドにあるけっこう有名なホテルに、派遣プランナーとして   紹介もしてくれたの。」  そして唯は、ちょっと間をあけて、俺の目を見た。 唯「私・・・自分でやれること、しっかり掴んで、自分の足で立ってみたい。あたるさんやラムさん、そしてみんなで作ってくれたこのチ   ャンスを生かしたい。だから、行くわ。」  唯の目から、迷いが消えていた。  真っ直ぐで明るくて、いつも前を見つめている唯。俺の好きな表情だ。  そのとき、俺にもわかった。  唯を引き止めておきたい。ずっとここにいてほしい。でも、唯の目が曇るのはいやだ。活き活きと輝いている彼女でいてほしいんだ。 あたる「そっか・・・がんばれ。」  それくらいしか、俺には言えなかった。                                 *  月日は過ぎて、8月も半ば・・・、夏休みの真っ最中だ。  空は憎たらしいくらいに快晴。  今日、唯はフロリダに発つというのに。  初めて俺の家に来たときと同じように、ボストンバックを下げて、彼女は玄関を出て行く。  Tシャツに赤いミニスカートで、まるでちょっとそこまで買い物に行くみたいに。  スニーカーの紐を結ぶ唯に、声をかける。 あたる「唯ちゃん、忘れ物はない?」 唯「うん、大丈夫よ。また後で・・・連絡するから。」 ラム「待つっちゃ、ウチらも行くっちゃ!」  みんなで家を出て、玄関に鍵をかけた。  家の復旧作業は、ほぼ完了していた。外から見ると一階の屋根から上の外壁は、新築みたいにピッカピカだ。 あたる「ボロ家もようやく復活だな。」 ラム「一階と二階の壁の色が違うっちゃ・・。」 唯「この家には、たくさんいい経験をさせてもらったわ。」  苦笑しながら、唯は家を見上げた。  三人並んで歩きながら、後ろ髪をひかれるように、唯は何度も家を振り返った。  成田エクスプレスに乗り込んでからは、あまり言葉は交わさなかった。  最後に唯に伝えたいことは多すぎて・・・俺は、隣の席に座った唯の横顔を、じっと飽きずに眺めていた。  ラムは俺の隣で、窓の外をぼんやりと眺めている。  唯はきちんと両脚を揃え、ボストンバックを膝の上に載せて、座席に座っていた。  二人が黙っていたのも、俺と同じ理由だったのだろうか? たくさんの想いが胸に迫って、何を話したらいいのかわからないから・・・。  成田の空も、真っ青で、雲ひとつなかった。  キイィーーーン・・・・  轟音とともに、ジャンボジェットの巨体が空を切り裂いていく。あんなに大きなものが、ゆっくりと上昇していくように見えるのは不思 議だ。実際はすごいスピードなのに。  俺とラム、そして唯は新東京国際空港に入っていった。  しばらくは、ロビーの椅子に座って、異国の地に飛び立っていく飛行機を窓から眺めていた。  時間とは冷たいもので、いつもはゆっくり流れている時間が、たくさんほしい時には、あっという間に過ぎていく。 『・・・ご案内致します・・・デトロイト経由フロリダ行き○○○便をご利用のお客様、ご搭乗の手続きをお済ませください。』  日本語と英語で、アナウンスが流れた。唯の乗る予定の飛行機だ。 唯「そろそろ、行かなくちゃ・・・。」  唯はバックを開け、パスポートと搭乗券を確認した。  (あれを奪い取れば、唯は行けなくなる。)  ふっとそう思った。 唯「それじゃあ・・・あたるさん、ラムさん。」  俺は席を立って歩き出した唯に向かって、俺は大声で言おうとした。 あたる「行・・っ!」 「行かないでほしいっちゃ!!」  行くなと言おうとしたとき、俺の後ろからラムが叫んだ。  ラムの目から、大粒の涙が一筋頬を伝いこぼれた。  唯は辛そうに、何かを言おうと唇を開いた。 唯「・・・ラムさん。」 『○○○便にご搭乗のお客様は、お急ぎください・・・。』  再度、アナウンスが流れた。  振り切るように、唯は目を閉じた。 唯「あたるさん、ラムさん、短い間だったけど・・・ありがとう。」 あたる「・・・行くなよ!」  俺は思いのたけを吐き出し、振り返ろうとした唯の右手をつかんだ。  唯の手が、そうっと俺の肩に置かれた。  ボストンバックが床に落ちる。唯が、俺を抱きしめた。ふわっと、唯の髪のシャンプーの香りに優しく包まれたような感じがした。  それは一瞬のことだった。  身をひるがえして、唯はバックを拾いあげ、搭乗ゲートに向かって歩いていった。  俺は唯の後姿を目で追いながら、様々な思い出が脳裏を横切った。  行かせたくない! ずっと一緒にいたい! 誰がなんと言おうと、引き留めたい!  搭乗ゲートをくぐって、姿が消える寸前、想いが溢れて、俺は唯に向かって絶叫した。 あたる「俺も、ラムも・・・同じ空の下にいる! それ・・・忘れんなよ!」  唯は振り返ると、目に涙を溜めて、 唯「忘れるもんかーっ!! ってね。」  振り絞るくらい大声で叫んだあと、無理やり微笑んでピースした。  その姿が、ぼやけた。  俺は不覚にも、涙をこぼしてしまったのだった。  忘れようにも、忘れられない顔が、階下に消えた。  唯は、ついに行ってしまった。  見送り用のデッキに昇る。  どこまでも青い空に、唯を乗せたジェットが飛び立っていく。  小さくなっていく機影を、俺はずっと目で追いかけた。  思い出だけは俺の胸に残ってる。  唯が初めて家にやってきた時のこと。最初に、なんて綺麗な娘なんだろうと思ったこと・・・心が浮き立つような明るい笑顔、爽やかな 声、抱きしめた感触も・・・。 あたる「忘れないよな? ラム。」 ラム「絶対、忘れないっちゃよ。」  そして・・・。  友引町に、また新しい季節が訪れようとしていた。 エンディングテーマ:メランコリーの軌跡                                        最終話『空は繋がっているから・・・。』・・・完