時は夢のように・・・。  第九話『運命の日は静かに・・・。』  異変の前ぶれは、静かに起きた。  7月中旬の頭・・・ある日曜の朝のことだった。 あたる「ふわぁー、まだ眠み〜。」  朝9時。顔を洗い終えた俺は、大きくあくびしながら廊下に出た。  電話の前に、パジャマ姿の唯が立っていた。  誰からの電話なのか・・、受話器を耳に当て、真剣な顔で会話している。 あたる「・・・どうかしたの?」 唯「えっ?」  ちょうど電話を終えたところで、唯に話しかけた。  唯は俺に気付くと、慌てた様子で目線をそむけた。 唯「なっ、なんでもないよ! 気にしないで!」 あたる「ウソつけ。顔がマジだったじゃないか。仕事か?」 唯「そ、そう! 仕事のことで、沙織ちゃんから!」 あたる「沙織ちゃん? こんな朝っぱらから?」 唯「そっ! 今手がけてる仕事のことで・・・だから心配しないでっ!」  焦ってるのがミエミエだから怪しさ120%なんだけど、仕事を持ち出されたらツッコミようがない。ま、誤魔化す余裕があるんだから 、ホントに大したコトじゃないんだろう。 あたる「ま、そういうことなら・・・朝ごはんはどうする?」 唯「わっ、わたし、今はいい。後で軽く・・・あたるさんは?」 あたる「俺も。じゃ、もう少し上でゴロゴロしてるか?」  頷きあって、俺たちは二階に上がった。 唯「まるで新築の家みたい。」  かつての俺の部屋を見ながら、唯が言った。  なにしろ、壁がない。例の看板を除去するついでに、業者が腐りかけてた壁もとっぱらったのだ。今は取り替えられた柱と、天井の梁が あるだけにすぎない。この時期になって、やっと屋根ができかけてるところで・・、雨風を防ぐのは、やっぱり青いビニールシートだ。  でも・・、まだ後始末の段階だな、これじゃ。 あたる「夏休みの前に、なんとかなるといいんだけどなぁ。」 唯「そうね、これから台風季節本番だもの・・。この状態に、もう一度台風がきたら・・。」  俺たちは苦笑しあって、唯の部屋に入った。  俺は畳んだ布団に背をもたせ掛けて、唯は俺の対面に座って、クッションを膝の上にだっこした。  いつもは大工のトンカチの音が聞こえてくるんだけど、今日は日曜なので静かなもんだ。 唯「・・・暇だね。」 あたる「ああ。」 唯「退屈じゃない?」 あたる「んん・・いいんじゃない、こういうのも?」 唯「ふわーって感じ?」 あたる「そう。これぞワビサビってね。」 唯「それってちょっと違うと思う。」  クッションを抱きしめて、唯はクスクス笑った。 あたる「そういえば、唯ちゃん、日曜日だってのに最近ウチにいるコト多いよね?」 唯「え・・・えっ?」  赤くなった唯は、クッションをぎゅーってやると、それで顔半分を隠して、 唯「だって・・・あたるさんがいるから・・・。」 あたる「お、俺っ?」 唯「うっ、うん・・・仕事で予定立ててると、どうしても別々の行動になっちゃうでしょ? わたし、あたるさんと一緒にいたいなぁって・   ・・。」  それから上目遣いになって、チラッと俺を見ると、 唯「えへへ・・・言っちゃった。」  はにかんだ笑みを浮かべ、唯は舌を出した。  俺は思わず見惚れてしまった。  ・・・ああ、いいなぁ、この感覚。  しかし・・・いいのかね、このままで? あたる「・・あのぉ、ちょっとマジな話していい?」 唯「なぁに? どうしたの?」  瞬きして、唯はクッションを脇に置いた。 あたる「俺・・、このまま唯ちゃんの部屋にいてもいいのかなぁ?」 唯「えっ?」 あたる「勘違いしないでくれよ、唯ちゃんと同室なのがイヤだってんじゃないんだ。ただ、下もずいぶん片付いたし・・・無理して同じ部     屋に住む必要がなくなったような気がしてさ・・。」  俺は頬をかきながら言った。  一階の後始末は、6月の最後の週で済んでいた。俺と唯ちゃん、ラムとジャリテンが、えっちらおっちらやった結果だ。ただし無事だっ た二階の荷物を下に降ろしてあるので、まともな生活環境からは未だ明後日の方を向いている。特にひどいのは茶の間で、ダンボールの山 になっていて、テレビを見るのも一苦労だ。でも、無理すれば、寝るスペースを確保できないこともない。  父さんたちは、北海道出張から帰ってきたんだけど、家の状況を見るや、出張期間を一ヶ月延長するとか言って、また北海道に戻って行 った。「家の事はあたるに任せる。お前も立派な大人になったんだから、なんとか頑張りなさい。」だって。ったく、無責任も甚だしい。 あたる「それに・・、この部屋だと、仕切りはアコーディオンカーテン一枚だけだろ? 唯ちゃんは女の子なんだし・・・そういうのイヤじ     ゃないかと思って。」  俺は言葉を切って、唯の答えを待った。  唯は、しばらく絨毯を見つめていたが、やがて上目遣いで、 唯「理由・・・ホントにそれだけ?」 あたる「そ、それだけって?」 唯「わたしがイヤだって言ってるワケじゃないのに・・・、おかしいよ。」  唯は、少し不満げだった。  俺は慌てて手を振り乱すと、 あたる「だ、だってさ、俺も男だし・・・その・・・わかるでしょ?」 唯「し、信用してるからさ、あたるさんのコト。」 あたる「う・・! でも友達とかにバレたら? 冷やかされるの、イヤでしょ?」 唯「も、もうバレてるもん。だからいいのっ。」 あたる「え・・ええっ?」  唯は目を伏せると、脇のクッションを、上からギューギュー押しながら、 唯「沙織ちゃんに話したら・・、すぐみんなに伝わって・・・女の子ばっかりだけど。」 あたる「な、なにか言われた?」 唯「う、うん・・。『あんた、恋愛かんけーはグズなんだから、それぐらいの状況の方がちょうどいいのよ』って、沙織ちゃんがね。私も   ・・・そうかなって・・。」  例によって、語尾はゴニョゴニョ。なに言ってるのか聞き取れなかった。  唯ちゃん、ひょっとして俺と・・・?  すると唯は、目を合わせた途端、カーッと赤くなって、 唯「だからっ、この話はこれでおしまいっ! 私が文句ないんだからいいでしょっ?」 あたる「あっ・・ああ。そういうことなら・・。」  俺も赤くなって、目を伏せた。  うー、飛び上がりたいほど嬉しいんだけど、同じくらい恥ずかしいのはなんでだ?  その時、ある記憶が切り裂いた。  俺の誕生日の夜・・・公園で・・・好きだっちゃ・・・ラムっ!  突っ走る俺の感情に、急ブレーキをかけたのだ。  その時だった。 「おっはよ〜、だっちゃ。」  窓の方から聞きなれた声が聞こえた。あんまりタイミングが良すぎるんで、ギクッとした。  俺と唯は揃って、窓の方を見た。  ラムが、ニッコリ笑って、立っていた。  唯は急に笑顔を作ると、 唯「あっ、おはよーっラムさん。テンちゃんは?」 ラム「う、うん。ちょっと急用で、一旦、星に帰ったっちゃ。」 唯「あ・・、そうなんだ・・。」 ラム「テンちゃんに用事だっちゃ?」 唯「う、うんん。別に用事ってワケじゃないんだけど・・。あのね、二人とも来週の日曜日、あいてるっ?」 ラム「来週の日曜・・・ウチは、今のところ予定はないっちゃ。」 あたる「俺も特に・・・予定はないな。」 唯「実は、ウチの会社で、サマー・ブライダルフェアがあるの。」 ラム「さまーぶらいだるふぇあ?」 唯「そっ。模擬挙式とか、ウェディングドレスの試着とか・・。」 ラム「へぇーっ、ウェディングドレスも試着できるのけ? 素敵だっちゃねーっ!」  俺は、速攻で逃げ出したかった。模擬だろうがなんだろうが『結婚』なんて話に首を突っ込んだら、ラムが黙っちゃいない。  俺の心中では、絶対行くもんかと決心しかけていた。しかし、唯の次の言葉を聞いたら、 唯「・・・一流のシェフが来てくれて、試食用の料理をバイキング形式でたくさんだしてくれるんだ。もちろんタダだよ。」 あたる「そっかぁ、料理も出るんだ。バイキングだなんて、すごいな・・。」  唯は頷くと、恐る恐る俺を見つめ、 唯「・・・どお? 来れそう?」 あたる「もっちろ〜ん! 行くよ、行きます! 唯ちゃんに呼ばれれば、どこへでも!」  俺はドンと胸を叩いた。 ラム「ダーリンてば調子いいっちゃ。料理が食べたいだけなのは、ミエミエだっちゃよ〜だっ!」  ラムはプイッとそっぽを向いたが、唯はホッとしたように、胸の前で手を合わせると、 唯「よかった! じゃ、招待状あげるから、必ず来てねっ!」                              *  それから一週間が過ぎた。  サマー・ブライダルフェア当日の昼。 あたる「へぇー、ここが唯ちゃんの仕事場かぁ!」 ラム「立派な建物だっちゃねぇ。」  一流ホテルみたいなお洒落なデザインのビルを見上げ、俺たちは口許をほころばせた。  ブライダルフェアは、既に始まっていたようだ。  入り口には花で作られたブーケが飾られていて、その奥は受付のカウンターがあった。既に何組かのカップルが受付しており、順番待ち の状態だ。色とりどりのウェルカムボードがそこかしこに立てられ、まるで女子高の文化祭みたいだ。敷地から漂ってくる甘い匂いが、心 をくすぐる。  よーしよし、空も真っ青に晴れ渡ってるし、言うコトなしだな。  ・・・後ろの二人を除いての話だけど。 面堂「・・ブライダルフェアなんて、なかなか来られるもんじゃないからなぁ。」 パーマ「うひょー、カップルばっかしかいねーなぁ。当たり前かぁ。」  面堂とパーマが、入り口を出入りする人たちを見ながら、勝手なコトを言った。  面堂は青いシャツで格好つけてるけど、パーマはノープリントの白いTシャツ、その上からオレンジ色の生地で、赤いチェックのはいっ たシャツを羽織ってる。いつもと同じような格好だなぁ。  肩越しに振り返ったままで、俺はタメ息をついた。 あたる「・・・ラムは仕方ないとして、どうしておまえらが一緒なんだよ?」 パーマ「なぁに言ってんだよ、あたるが招待状くれたから、ここにいるんだろが。」 あたる「う・・! そりゃそうなんだけどさ。」  呆れたように言うパーマに、俺は口ごもってしまった。  すると隣で、面堂が肩をすくめ、 面堂「わかっておらんな、パーマは。きっと唯さんが、僕たちにもって招待状をくれたのさ。本音を言えば僕たちはお邪魔虫なのに、彼女    の手前、誘わないワケにはいかなかった・・・そんなところだろう、諸星?」 あたる「わかってるんなら遠慮しろよな〜。だいたいだな、パーマにはミキちゃんという立派な彼女がいるから、なんとなくわからないで     もないが・・、なんで面堂がいるわけ?」 面堂「遠慮したいのは山々なんだが、今日に限って予定がなくてね。それに、僕自身の将来の参考にしようと思ったわけだ。じゃ、行こう    か?」  たれた前髪を手ぐしでかき上げながら、面堂は俺の肩を叩いた。パーマも偉そうに、うんうん頷いてやがる。二人ともいい気なもんだ。  仕方ないので、俺とラムは余計な二人を引き連れ、唯のいるコーナーを捜した。  唯から教わったコーナーは、3階の真ん中にあった。  “MARIAGES”  コーナーといっても、喫茶店みたいな感じだ。押し花で飾られたウェルカムボードが、入り口の横にかかっていた。 面堂「ふ〜ん。なかなかお洒落な雰囲気だな。」 パーマ「喫茶店っぽくて入りやすいでげすなぁ。」  二人はすたすたと部屋の奥へ入っていった。 ラム「さっ、ダーリン入ろっ。」  ひと呼吸ほど遅れて、俺とラムも部屋に入った。  部屋の中は、うす暗くて、ムーディーな雰囲気だった。天井にあるスピーカーから、ジャズみたいな音色が流れている。  左の奥の方にカウンターがあって、その端で、高そうなコーヒーサイフォンがコポコポ泡を立てていて、右側のガラスケースには豪華な ケーキが、綺麗に並んでいた。  部屋には、丸テーブルが数脚並んでいて、お洒落なテーブルクロスと同色のナプキンも添えられている。既にフォークやナイフ、スプー ンなんかも置かれていた。  カウンターの傍に、ウェイトレスらしい女の子が、3人ほどいた。なぜか、メイドさんの格好をしている。黒いミニのドレスに、白いエ プロン。・・・俺には気付いてないようだ。  メイド服の理由は謎だが・・・絶対ここはブライダルフェアの場所じゃないな。  ワケのわからない場の雰囲気で、ひとしきり翻弄されたのち、俺たちは唯の姿を捜した。  暗くてよくわからん。客席やカウンターに何人かいるらしいのはわかっても、それが誰なのかまでは確認できないのだ。・・・面堂とパ ーマもいるはずなんだけど。  声をかけられたのは、そんな時だった。 「いらっしゃいませ〜!」  カウンターから、銀のトレイを抱えた女の子が小走りでやってきた。軽くおじぎする。  暗くて顔がはっきりしないが、少なくとも唯じゃない。ひとまわり小柄だ。 「2名様ですか?」 あたる「えーっと・・・まぁ、そんなトコです。」 「じゃ、こちらです。」  メイドさんが先を歩き、俺たちも後に続いた。  ふと見て、驚いた。  スカートの丈がやけに短くて、お尻と太ももの境目がギリギリ隠れる程度、角度によっては、歩くだけで下着が見えてしまうくらいだ。  こっ、これは・・・! 「お席、こちらになります。」 あたる「はっ、はいっ!」  いきなり振り返られて、俺は慌てて顔を上げた。  逆さのてのひらが、隅のテーブルを指している。うながされるまま、俺は席に腰かけた。まだ心臓がドキドキしてる。 「メニューをどうぞ。」 あたる「ど、どうも。」 ラム「ありがとだっちゃ。」  俺たちは、渡されたメニューを開き、目を通した。 あたる「ん・・と、コーヒーを。」 ラム「ウチ、紅茶下さいっちゃ。」 「コーヒーと紅茶ですね。」  エプロンから用紙を取り出し、注文をメモる。  ペンはすぐに止まった。  俺はしばらく待った。  なぜかこのコ、一向に去る気配がない。  やがて、 「・・・それだけぇ?」 あたる「はぁ?」  と、俺が見上げた時だった。  トレイが俺の頭めがけて振り下ろされた。  ハッとした俺は、白刃取りの要領で、トレイを受け止めた。 あたる「なっ、なにすんじゃい! いくら女の子でも奇襲するなんて・・。」  トレイを押し返して叫んだ俺だが、相手を見て、言葉を失った。  唯やラムより幾分大きめの双眸、可愛いえくぼ、気の強そうな口許、柔らかくウェーブのかかった長い髪・・・これらのパーツで作られ た強気の美貌が、不機嫌を丸出しに、俺を見下ろしている。 あたる「さ・・・沙織ちゃん?!」 ラム「沙織〜っ!」 沙織「沙織ちゃんじゃな〜い!」  そこでもう一度、トレイが降ってきた。  今度は、動揺したせいか、白刃取りを失敗。ガツンときた。  悲鳴をあげた俺をねめつけ、沙織は、 沙織「顔見るまでわかんないなんて、サイテーね! わたしのプリティ・ウォークを見れば、誰だか見当がつくでしょうに。修行が足りない    わよ、あたるくん!」 あたる「修行って、ムチャクチャな・・。」  そう言うと、再びトレイが振り上げられた。 あたる「いやっ! ムチャじゃない! そうとも、沙織ちゃんは正しい!」 沙織「ちゃんじゃないでしょ、さんでしょ!」 あたる「はい、沙織さん!」  慌ててさん付けに変えると、彼女は急ににっこりして、 沙織「わかればいいのよ、あたるくん。相変わらず可愛い〜!」  と俺の頭をナデナデ。あ〜のぉ〜、ペットじゃないんですけどぉ。  彼女の名前は、中山沙織。今さら語るのもなんだが、唯の大親友だ。ウチが半壊するまでは、ちょくちょく遊びにきてたこともあり、男 の俺からすると、沙織ちゃんと唯は友達っていうより姉妹に見える。なにしろ、泣くのも笑うのもふたり一緒、俺にとっては、頭が上がら ない女の子だ。  ま、唯を間に、今じゃ俺もラムもホントの仲良しになってんだけど、その分、ツッコミが激しくなったような気がする。遠慮がなくなっ たのは嬉しいことだが、完全にしもべ扱い・・・トレイで殴るんだもんなぁ。  やがて、沙織ちゃんはナデナデに満足したのか、ラムの隣に腰掛け、 沙織「ホントに久しぶりね、元気してた?」 ラム「久しぶりだっちゃね〜。ウチらはこの通りだっちゃよ。」  ラムはちからコブを作ってみせた。ちからコブといってもほとんどできてないけど・・。 あたる「家は半壊したけど、元気だけがとりえだから。」  すると沙織ちゃんは、なぜかほくそ笑み、 沙織「ふーん・・・じゃ、スケベ心も未だ旺盛ってワケね?」 あたる「え、ええっ!?」 沙織「その様子だと、バレてないと思ったんでしょ。あたるくんの視線、ちゃーんとお尻に感じてたんだから。ま、わたしのナイスボディ    じゃ、無理ないけどね〜。」  俺は絶句してしまった。完璧に読まれてる。 ラム「ダーリンっ!」  ラムは目を三角にする。  沙織はクスクス笑うと、スカートの裾をつまみ上げ、ピーンと脚をのばした。 沙織「よーし、じゃ、ついでだから、下着の解説でもしてあげましょうか?」 あたる「いいいっ!」  沙織ちゃんの異様なテンションに気圧されて、俺は後じさった。 ラム「沙織も、ダーリンを挑発するんじゃないっちゃ!」  ラムの怒りをよそに、沙織はじーっとこっちを見つめ、唐突に席を立った。ツカツカまわりこんできて、俺の前で止まったかと思うと、 一瞬ラムの目を見てニカっと笑い、 沙織「可愛い〜! ホントは純なくせに・・・あたるくんって犬みたい!」  と俺の頭をギューっと、抱きしめてきたのだ。  胸が頬に当たって気持ちいい・・。  そんな極楽気分も束の間、目の前で、稲妻がほとばしると、 ラム「ダーリンっ! いい加減にするっちゃーっ!」  ドバババババッ!!!  胸ぐらを掴まれた瞬間、電撃が身体中を駆け巡った。  効いたぁ〜・・。俺はばったりとうつぶせでぶっ倒れた。 沙織「うん! もう信じられないほど素直だし、期待通りのリアクションだし、素敵!」 あたる「・・くそぉ〜。俺としたことが不覚だ・・。」  煩悩のスイッチにエラーが発生したのだ。沙織ちゃんって、可愛いけど、なんか苦手だ・・。 ラム「ダーリン、反省するっちゃ!」  俺の背中にまたがって、ラムが言った。 沙織「ホッホッホ、ま、このくらいにしといてあげましょ。コーヒーと紅茶だったわね。待ってて。」  笑いながら胸を張ると、沙織ちゃんはトレイを持って、カウンターの方に戻った。  あ・・・行っちゃったよ。唯ちゃんを呼んでもらうんだったのに。  仕方ないので、俺はラムと会話しながら、待つことにした。  うーん、これだったら面堂たちと一緒にいたほうがよかったかな。  そうだ、あいつらどこに座ってんだろ? 近くにいるはずなんだけど・・。  面堂とパーマを捜そうと、俺は顔を上げた。  囲まれていると気付いたのは、その時である。  どこから沸いて出たのか、沙織ちゃんと同じ姿のウェイトレスたちが、俺たちのまわりに人垣を作っていたのだ。1人、2人、3人・・ ・10人は下るまい。みんなウハウハの姿だ。それはいいんだけど、なぜか全員、俺たちを見下ろしてニヤニヤしてる。 「ねっ、このコたちなんでしょ?」 「沙織の話だと、そうみたい。」 「ふーん。女のコはすっごく可愛いね。」 「男のコは・・・びみょー・・・よね。」 「でも、結構いいカンジね、この二人。」  どこか面白がってる黄色い声が、耳に届いた。  値踏みされてるみたいで、俺は思わず身構えてしまった。  そしてその時、人垣の後ろから、聞き覚えのある声が。 「ほらぁ、行きなさいってば。自分から呼んだんでしょ?」 「でも・・・恥ずかしいよ。こんな服だって聞いてなかったんだもん。バカだと思われちゃう。」 「な〜に言ってんのよ。その注文、誰からだと思ってんの? さっきから、何度も他のお客さんには見せてるでしょ。それともあの二人には 見せられないっていうの?」 「あう・・・! そういう意味じゃないけど・・・でも・・。」 「でもじゃないわよ、このグズ! 行けえ!」 「ちょっと沙織ちゃ・・・きゃっ!」  ドンって音がして、人垣をかきわけるようにして、押されたコが姿を現した。トレイをひっくり返しかけたものの、なんとか踏ん張る。  メイドに扮した唯である。  他のコの視線が気になったけど、とりあえず俺は片手を上げ、 あたる「や、やあ。」 ラム「頑張ってるっちゃ?」 唯「う、うん・・。」  俯いて、唯。顔が真っ赤だ。よほど恥ずかしいんだろう、脚を交差させモジモジしているが、スカートが極端に短いので、素肌の隠しよ うがない。  俺もラムも、まともに会話したいんだけど、これだけ周りの目があるとなぁ。  すると唯の後ろから、ひょいと沙織ちゃんが顔を出して、 沙織「ほらぁ、飲み物、お出しして。」 唯「うっ、うん・・。」  頷くと、唯はおぼつかない手つきで、コーヒーと紅茶用カップと紅茶ポットをテーブルの上に置いた。 唯「どうぞ。」 あたる「ど、ども。」 ラム「あ、ありがとだっちゃ。」  俺たちは軽く頭を下げた。 唯「じゃ、じゃあね。」  急に唯が、きびすを返した。  しかし、すぐに後ろから、羽交い絞めにされた。 「こらぁ、待ちなさい! なによ、その挨拶は!!」 「そうよ、メインの楽しみ、なんだと思ってんの?!」 「ちゃんと紹介しなさいよね!」  両腕はもちろん、両足まで掴んでるから、女の子同士はすごい。こんな場合じゃなかったら、俺も加わりたいところだ。 唯「やーん、離してよ〜!」  そして女の子たちは全員して、 「往生際が悪いのよ、唯は! ジタバタするなぁ!」 唯「う・・。」  迫力に押され、唯は首をひそめた。さすがに諦めたのか、唯は赤い顔を背け、 唯「・・・こちら・・・その・・・諸星あたるさん。それと・・・こちらが、彼女のラムさん。お世話になってるお宅の息子さんで・・・   今のところ・・・一緒に・・・わたしと・・・もういいでしょっ?」  女の子たちは、弾かれたように顔を近づけると、 「じゃ、キミ・・・唯とひとつ屋根の下なんだ!」 「うそうそ、マジだったの!!」 「年下育ててるとはねぇ、唯もやるぅ!!」 「でも彼女がいたかぁ!」 「わかんないわよ〜、ね、唯とはどこまでいった? 白状しなさいっ!」  髪の長いコ、短いコ、メガネのコ・・、初めてお目にかかる唯の友達が、俺の鼻先数センチから好奇の眼差しを向けてくるんだからたま んない。 あたる「かっ、勘弁してよ。俺は別に、そんな・・・。」 ラム「もうっ、いい加減にするっちゃ! ダーリンが唯に手出しするなんて絶対にありえない!!・・・とはいえないけどウチは信じてるっち    ゃ!!」  ラム・・・全然フォローになってない・・・。  彼女たちはニンマリ笑い合ったかと思うと、 「キミ、その様子だと、こういうのさせてもらってないでしょ?」  羽交い絞めにした唯の胸を、手のひらで左右からすくい上げたのだ。  服の上からエプロンをかけてるとはいえ、胸のラインが隠れるはずもない。ユサユサとまではいかないものの、唯のふくらみが、僅かに 揺れた。 唯「キャッ! ちょっ、ちょっと!!」  悲鳴をあげる唯だったが、彼女たちはさらに、 「じゃ、こういうのはどう?」  女のコたちは、エプロンの下に、手を突っ込んだ。  スカートがめくれる瞬間は、俺にはスローモーションに見えた。  白くてレースが細々と刺繍されたショーツが見えた時は、頭の中は、もう真っ白である。俺は瞬間的なパーになってしまった。 唯「キャーーッ!!」  唯は即座にスカートを押さえた。そして瞳を潤ませ、への字口で沙織ちゃんをねめつけた。 沙織「キャー! あの、なんていうか・・・今日はフェアだし、下着も色々選べますってコトで!」 唯「・・・もう信じらんない! みんなひどいわっ!」  唯は、涙目で怒ったように言うと、背を向けた。  薄暗い部屋の中で、華奢な体はあっという間に見えなくなった。  呆気にとられていたラムが、俺の方に向きかえって、眉間にしわを寄せた。 ラム「だ・・ダーリン、なんだっちゃその顔は?」  気がつかないうちに、俺の顔が変形していたのだ。それはもちろん、鼻の下がでろんでろんに伸びた状態にだ。 あたる「か、体は正直なもので・・。」  俺の話が終わる前に、ラムは、俺の胸ぐらを引っ掴むとぐいっと引き寄せて、ニッコリ笑った。 ラム「ダーリン、今見たことを記憶から消してあげるっちゃ。」 あたる「そ、それには及ば・・っ!!」  ドババババババババッッ!!!  またしても、言葉を言い切る前に、電撃が全身を突き抜けた。 ラム「ダーリン、まだ忘れないか?」 あたる「・・・わ・・・わ゛ずれ゛ま゛じだぁ゛・・・。」  ラムは、俺の襟首をパッと離す。“崩れ落ちる”の文字通りに俺は床に倒れこんだ。  唯を追いかければいいのに、女の子たちは再びニンマリと笑って俺に顔を寄せると、 「面白いわ、この二人! この男のコがすっごくイイ反応する!」 「キャハハ、ね、わたしのも見せたげよっか?」  すごいこと言いながら、俺の頬をツンツンつっついてきた。  い・・いかん・・。今まで封じられてた煩悩が暴れだしそうだ。頭が勝手に妄想を! 「あー! 赤くなった赤くなった!」 ラム「ダーリンっ!」  もうダメだった。  またも女の子たちがケラケラ笑う中、 沙織「もうやめなさいよ、シャレにならなくなくなるから! わたしが唯に殺されちゃう〜!」  沙織ちゃんの悲鳴が、頭の中でこだました。                              *  それから十数分後、やっと解放された俺は、廊下に出たところの小広間で、椅子に腰かけていた。  テーブルの対面に座っているラムの機嫌はすこぶる悪く・・・さっきから、じーっと俺をねめつけている。  ・・・す、すごく・・・ものすごくラッキーだ。  映像が、網膜に焼き付いてる。当分、楽しめ・・いや、悩まされそうだ。動悸が収まらない。  うーん、でも困ったぞ。どんな顔で唯ちゃんに会えばいいんだ?  ドアが開いたのは、俺が「むふふ」と含み笑いをした時だった。現れた人影は、スッと俺の右前の椅子に腰かけた。  ふと見ると、唯ちゃんではないかっ!  唯はこっちをチラチラ見ると、言いづらそうに、 唯「・・・見た?」 あたる「えっ? いや・・・まぁ。」 ラム「み、見えなかったっちゃよねーっ、ダーリン。」 唯「うそ・・、ぜっ、全部見えてたでしょ?」 ラム「そんなことないっちゃよっ、ねっダーリン。下着なんて見えなかったっちゃよねっ。」  フォローをしてるつもりだろうけど、やっぱりダメだ。  唯は、真っ赤になって顔を押さえ、 唯「やーん、やっぱり! もう最悪ぅ〜!」 ラム「おっ、落ち込まないでっ、その・・可愛かったっちゃよ!」 唯「可愛いって・・・ヤダ! そんなにハッキリ見えたの?!」  弾かれたように顔を上げる唯。悲壮な表情だ。 あたる「えっ? いやぁ、暗くてそこまでは・・。」 ラム「そうそう、暗くてあまり見えてないっちゃよぉ。」 唯「ホントにホント?」 あたる・ラム「ホントホント。(だっちゃ。)」 唯「じゃ、じゃあ、それ信じるからねっ? それでいいよねっ?」 あたる「あ、ああ。それでいこう、それで。」  会話としては、無理やりな持って行きかただったけど、俺たちは同時に胸をなでおろした。  しばらく、静かな時間が過ぎていった。 ラム「・・・でも、大胆な衣装だっちゃね。」 唯「これでしょ?」  恥ずかしそうに、スカートの裾をつまんでみせる唯。 唯「これね、沙織ちゃんが選んだんだよ。私たち、ブライダルフェアが開かれると、毎回こうやって催し物を出すの。入社して間もない若   手が選抜されてね。今回はなににしようかって悩んでたら、沙織ちゃんが『メイド喫茶なんてどう?』って言ったの。そしたら、みん   なすっごく乗り気になっちゃって・・。あ〜ぁ、せめてこんな服じゃなかったらなぁ・・。」 あたる「はぁ、それでキャバ系?」 唯「そうみたい。最初はみんなも嫌がってたのに、お客さん入ると、視線が気持ちいいなんて言い出すんだもん。でも私、恥ずかしくって   ・・・早く時間にならないかなぁ。だいたいブライダルフェアでメイド喫茶って・・・全然場違いよね。」  赤くなって、唯はタメ息をついた。  俺たちは苦笑した。 ラム「でもまぁ、沙織はあんなだけど、ウチらにはいい思い出になりそうだっちゃよ。唯の頑張ってるところは話には聞いてたけど、実際    見るのは初めてで、ホントに嬉しかったっちゃ。」 唯「そ、そぉ?」  恥ずかしそうに瞬く唯だったが、俺が頷くと、んーっ、と背伸びした。 唯「・・・そっかぁ、思い出かぁ。だったら・・・いっかぁ。」  そして俺たちを見ると、そっと微笑んだ。  最高の微笑みを目の前にして何だが、俺は眉をひそめた。  ・・・様子がおかしい。  笑ってるのは本心かららしいけど、いつもとは何か違う。笑みの質が違うのだ。なにか隠しているのに、今は俺たちのために笑ってみせ ている・・、そんな微笑だった。  俺は、一週間前の電話を思い出した。それが原因じゃ? あたる「あ、あのぉ・・。」  俺は手を伸ばしたが、指をすり抜ける様に、唯は立ち上がった。 唯「じゃ、私戻るから。3時から中庭のチャペルで模擬挙式があるんだ。その準備にまわらなきゃ。あたるさんとラムさんも、是非見てっ   てね。」  それだけ言うと、唯はドアを開けて部屋の中に消えていった。  閉められたドアを見て、俺は首を傾げた。  ・・・考えすぎなんだろうか?                              *  唯と別れた後、俺とラムは、建物の中を散策した。  三階立ての建物の中を、一階から隈なく歩く。  一階には披露宴で食するコース料理の数々がずらりと並んでいて、和食・洋食・中華とバラエティーに富んでいた。その料理は全てバイ キング形式の試食ができることになっている。唯ちゃんから貰った招待状はここで提示するものだった。  俺たちは招待状を係員に渡すと、席に案内された。 ラム「綺麗なところだっちゃ〜。」  ラムが辺りを見渡しながら言った。  ここは披露宴会場として実際に使われる部屋で、床や天井は、お洒落というよりか・・・豪華だ。  天井に吊り下がったシャンデリアや、壁に掛かった電灯の光が、クリーム色の壁に色鮮やかに反射して虹色に輝いてたりする。  でも、今は、部屋のコトにこだわっている場合ではない。バイキングの料理が待ってるじゃないかぁ。 あたる「さぁ〜って、腹ごしらえ腹ごしらえっと♪」 ラム「あっ、ウチもいくっちゃ。」  俺たちは料理があるエリアまで移動すると、料理を一通り見渡して、狙いを定め、皿を取った。  その時だった。俺たちの背後から声がした。 「いたいたぁ。おいあたる、やっぱりここにいたかぁ。」  俺とラムはそろって振り返った。  ニヤニヤ笑いながら、パーマと面堂が立っていた。 面堂「捜しましたよ、ラムさん。」 パーマ「メシ食いに行くなら、一声かけてくれりぁいいのによぉ。」 ラム「ごめんちゃ。ウチらもパーマさんたちを見つけられなくて・・。」  ペコッと頭を下げた。  パーマは、料理を見渡すと、 パーマ「すげぇー料理だなぁ。さっそく頂くとすっかぁ。」 面堂「ふーむ、僕がいつも食べてるのと同じですね。」  唸るパーマを横目に、面堂が冷やかに言った。  そして、各々、好きな料理を皿いっぱいによそって、席に着いた。  ラムは、相変わらずスパイシーな食べ物ばかりをチョイスしている。面堂はあまり食欲がないのか、皿の上の料理は少ない。俺とパーマ は皿一枚では足りなくて、二枚の皿に、まさにてんこ盛りってな具合だ。  俺たちはそれらをペロリとたいらげて、何度も料理のコーナーとテーブルを行ったり来たりした。  お腹が満腹になった俺たちは、二階に上がった。  二階ではブーケとかドレスといった、新婦用の試着コーナーが設けられていた。  ここではラムが瞳を輝かせて、俺たちはラムに引っ張られるように、後についていった。  廊下を進むと、さっきの披露宴会場みたいな扉があって、その扉の横に、ウェルカムボードが飾ってあり、 ラム「『ウェディングドレス試着コーナー』だっちゃ〜♪」  うきうきした表情で、ラム。  扉をひらくと、披露宴会場くらいの大きさの部屋で、真ん中に赤絨毯が敷かれていて、赤絨毯の両サイドには、数え切れない程のドレス が飾られていた。赤絨毯の突き当たりには、一段高くなったステージがあって、壁一面に大きな鏡が設置されていた。  ステージでは、既に何人かの女の子がドレスを着て、鏡の前でくるくる回ったりしてる。 ラム「素敵だっちゃね〜♪」  ラムの瞳が一段と輝きを増した。  そんな時だった。 「お客様、よろしければ試着してみませんか?」  係員のおばさんが、ラムに声をかけたのだ。 ラム「えっ?! ウチ、着てもいいっちゃ?!」 おばさん「ええ、もちろん。こちらで好きなドレスを選んで、試着室まで持ってきていただければ。」 ラム「ここから好きなだけ着られるの? ひゃっほ〜♪」  ピョンと小さくジャンプして、きびす返すと、すぐさまドレスコーナーに消えていった。  俺たちは、ステージの前に置かれていた椅子に腰かけた。  ラムはあれやこれや、いろいろなドレスを俺のところに持ってきては、 ラム「ダーリン、このドレス可愛いっちゃね〜♪ こっちのも綺麗で素敵だっちゃよね?」  どうして女の子って、服とかにうるさいんだろ?  しばらく待った。  ステージの、向かって左側の小部屋から、ドレスを着た女の子が現れると、ステージ前の男たちから歓声が上がった。 「すげぇ・・。」 「可愛すぎだ・・・。」 「モデルじゃないのか?」 「可憐だ・・・。」  などなど。  俺たちは、その言葉に大いなる期待を込めて、女の子に目を向けた。 「ダーリン、お待たせー。」  そこにはラムが、純白のドレスをまとって立っていた。  ドレスは、レースとピンクの刺繍で細かく細工が施されていて、スカート部分は腰の辺りからボリュームアップされて、ラムのくびれた 腰に絶妙なほど似合っていた。時期が時期だけに、七部袖タイプのドレスで、手にはレースで作られた手袋。ユリの花で作られたブーケを 持っている。  頭にはシルバーのティアラと、小さな顔を薄く覆ったベール。ツノの部分には、小さな花が可愛らしく飾られていた。  その姿を、俺はしばらく見とれてしまった。  ・・・綺麗だ。 ラム「どうだっちゃダーリン? ウチのドレス姿、可愛いっちゃ?」 あたる「う・・うん・・。」  あまりのラムの可愛さにドギモを抜かれた俺は、問いかけにも満足に答えられないほど動揺していた。  ステージの上で、鏡を前にくるっと回って、ポーズを決める。  そのたびに、男たちからタメ息がもれる。 面堂「とってもお綺麗ですよ、ラムさん。」 パーマ「ひゅーひゅーっ!! 最高ですよラムさーんっ!!」 ラム「ありがとだっちゃ〜♪」  ラムは、この上ないほどの満面の笑みで、俺を見る。  でも、俺は、恥ずかしくて・・・やっぱり困る。つい、目を背けてしまうのだ。  ラムがステージから試着室に戻るとき、係員のおばさんが、また声をかけた。 おばさん「ちょっとお待ちください。記念に写真を撮りますから、ご主人様ぁ〜?」  おばさんが、俺に向かって声をかけてきた。 ラム「ご、ご主人様だなんて・・そんな、ウチら夫婦だけど、まだそこまで・・。」  ラムは、顔が茹でたロブスターみたいに真っ赤で、ぐにゃぐにゃになってた。 あたる「ご、ご主人様ぁ?!!」  俺が突然のことでびっくりしていると、ラムが俺のところにやってきて、俺の手を引っ張った。 ラム「ほらっ、ご主人様、記念撮影するっちゃ♪」  まだ真っ赤な顔で、ラム。  俺は、ホントのところ、ちょっとだけ抵抗があったけど、ラムは可愛いし・・・まいっか。  以外にも、写真というのはインスタントカメラじゃなくて、本物のカメラマンが撮ってくれた。帰りまでには現像して、額にまで入れて くれるらしい。なにより嬉しいのは、それがタダだってことだ。                              *  ラムの着替えが済んで、ふと、時計を見ると2時50分。  確か、3時に中庭のチャペルで模擬挙式が見られるとか・・。  面堂とパーマは、用事ができたとかで、たった今帰った。勝手についてきて、勝手に帰っていきやがって。まったく、なにしに来たんだ あいつら・・・。  俺とラムは急いで中庭のチャペルに向かった。  中庭に出た俺たちは、チャペルへと続く小さな並木道を進んだ。  俺たちの周りでは、ウキウキとしたかろやかな雰囲気であふれていた。  スーツを着た女の人を、あちこで見かける。唯もこんなカンジで、一生懸命働いてんだろうな・・。  小道の先に見えてきたのは、小さくもない立派な教会だった。  その教会の前には、数組のカップルが、その時を待っていた。  俺たちが、ちょうど教会の正面に着いた時だった。  教会の正面ドアが開くと、スーツ姿の女性が現れて、丁寧にお辞儀した。 「本日は、お忙しいところお越しくださいまして、誠にありがとうございます。それではこれより、模擬挙式をとりおこないます。皆様、 どうぞ中へお進み下さい。」  俺たちは、女性の示すままに、教会の中に入っていった。  教会の中は、外のざわめきと切り離された、厳かな雰囲気だった。部屋の模様とかは、テレビとかでやってる結婚式のシーンに出てくる そのまんまのデザインだ。ドアから入って、正面に祭壇があり、祭壇の脇には立派な蝋燭スタンド、大きなグランドピアノ、バージンロー ドの両側に配置された参列者の椅子・・・ロード側にはリボンが列と列を結んでいる。ステンドグラスから日が差して、床に赤や緑の光が こぼれ落ちてる。神聖な教会だからか、そんなところも、どことなく神秘的に感じてしまう。  バージンロードは新婦しか歩けないところだそうで、左右の通路から進むようにと注意書きがあった。  俺たちは、向かって右側通路を進み、一番前の列に陣取った。  すると、神父の格好をしたおじさんが現れ、 神父「これより、模擬結婚式を執り行う。それでは最初に、新郎の入場です。みなさん大きな拍手で迎えてあげて下さい。」  ドアが開いて、新郎が姿を現した。一斉に拍手が起こった。俺たちも大きな拍手で迎えた。  スタッフに導かれて、右の通路から、俺たちの目の前までやってきた。正面を向く新郎の、すっと息を吸った音が聞こえた気がした。  新郎が現れてから、女のコたちの目つきに変化があって、 「あの新郎役のヒト、カッコよくない?」 「背、高いよね。」 「なぁに、メチャメチャかっこいいんだけど。」  俺たちの後ろの方で、ひそひそと女の子たちの声が聞こえてくる。  なんだかなぁ・・・。ここにいるのはカップルだけじゃなかったのかよ? 神父「それでは、新婦の入場です。変わらぬ大きな拍手で迎えてあげて下さい。」  グランドピアノで行進曲が奏でられるのと同時に、再びドアが開いた。今度は、さっきより盛大な拍手が巻き起こった。  さっきラムが着たドレスに似てるけど、ちょっと大人っぽく、胸元が大きく開いたドレスだ。純白をベースにスパンコールやビーズなん かで細かく刺繍され、レースをあしらったスカート部分はふんわりと広がっている。ボディラインも、ラムに負けないくらいのイイ感じで 、まさに、ドレスを着こなしてるって感じだ。頭にはティアラが配されていて、顔はベールで隠れててわからないけど、きっと美人に違い ない。  お父さん役のおじさんが、新婦の左側に付き添い、バージンロードを行進曲に合わせて、ゆっくり一歩一歩進んでいく。  そして、新郎の傍まで来ると、お父さんがそっと新婦の手をとって、お父さんから新郎に新婦の手が託された。お父さんが着席すると、 新郎と新婦は揃って、正面に向き直り、一歩前進した。 ラム「だっ、ダーリン。あれって・・ひょっとして・・。」 あたる「どしたんだよ、ラム?」  ラムが、何かを察知したように、目をパチクリしながら俺に耳打ちした。  神父さんが二人に目配せし、 神父「ただいまより新郎 隼人 新婦 唯 の結婚式を執り行います。この結婚が・・・。」  名前を告げられた時に、俺たちは、耳を疑うより愕然としていた。  あの新婦って唯ちゃんだったのかぁ?! マジかよぉ?!  それからは神父さんによる説法がしばらく語られ、 神父「それでは、新郎新婦に誓約をしていただきます。」  神父さんが新郎に目配せした。 神父「新郎 隼人、汝この女子をめとり、神の定めに従いて夫婦とならんとす。汝、その健やかなる時も、病める時も、これを愛し、これを    敬い、これを慰め、これを助け、その命の限り、固く節操を守らんことを誓うか。」 新郎「はい。誓います。」  新郎は、ここぞのセリフをハッキリと答えた。  俺は新郎の『隼人』って名前に聞き覚えがあった。でも、なぜか思い出せなくて・・・たしか・・・。 神父「新婦 唯、汝この男子に嫁ぎ、神の定めに従いて夫婦とならんとす。汝、その健やかなる時も、病める時も、これを愛し、これを敬い    、これを慰め、これを助け、その命の限り、固く節操を守らんことを誓うか。」 唯「はい。誓います・・。」  ちょっと俯いて、唯。 神父「お二人の誓いの印として指輪の交換を行います。お二人の誓いが、皆様の前で真実永久に守られますように、お祈りを致します。皆    様、黙祷願います。」  二人は向き合った。  新婦は手袋をとった後、新郎が唯の左手をとり、薬指に指輪をそっとはめた。次は唯の番だ。  唯の顔は、ベールで隠れてるから、緊張してる様子は見取れないけど、きっと緊張しまくっていることだろう。  新郎がそっと左手を差し出す。唯は手をとり、薬指に指輪をはめた。 神父「それでは、結婚宣言を致します。 隼人と唯とは、神と会衆との前において夫婦たるの誓約をなせり。この男女の夫婦たることを宣言    す。それ神の合わせ賜いし者は人これを離すべからず。」  神父の宣誓が終わった。後は・・・。 神父「では、誓いのキスを・・・。」  やっぱり、それだけは許さんぞ!!  緊急臨戦態勢に入った俺は、タイミングを見計らって、唯奪還を狙った。 あたる「そんなこと絶対させんからな・・。」 ラム「ダーリン、なに考えてるっちゃ?」  即座に作戦を弾き出し、逃げ道を見つけ、俺の足は今にも駆け出しそうになった。  その時だ。 「唯ね、あの隼人先輩に告白したんだ。」  俺の隣から、女の子の声がした。 あたる「な・・?」  振り返ると、そこにはスーツ姿の沙織ちゃんが座っていた。いつの間に・・? ラム「それって、この前の?」 沙織「そう。・・・振られちゃったけどね・・。あのコ、グズだからいつまでたっても先輩のこと忘れられなくて・・。いつもいつも、こ    んな夢見てたんだって・・。だからね、今この時が一番幸せなんだと思う。あのコは今、夢の中にいるのよ。」  沙織ちゃんは、すごく優しい瞳で、唯を見た。 あたる「あのヒトが、このまえ電話で沙織ちゃんが言ってた、唯ちゃんの憧れの人。」  俺の臨戦態勢が、だんだん鎮まっていった。 沙織「唯はね、知ってたんだよ。自分が振られるってコト。自分で言ってたもの、『先輩は私を選ばない』って、『憧れは強いけど、憧れ    は、憧れよ』ってね。だから、先輩に対して一歩距離を置いていたんだわ、これ以上踏み込まないようにって・・。ったく、グズな    んだから。」 ラム「そんなこと言って・・。それでも、唯は告白したんだから、勇気あるっちゃよ。」 沙織「そうね、私がけしかけたせいかもしれないけど、最終的には、唯は告白できたんだから、グズなんて言ったら怒られちゃうね。」  沙織ちゃんは、はにかんで言った。 沙織「あたるくん。今は、唯に夢を見せてあげて。お願い。」 あたる「ん・・うん・・。」  俺は、再び、唯に目を向けた。  新郎と唯が、半歩づつ歩み寄り、そして、新郎が唯のベールにそっと手をかけた。  唯が一瞬、腰を落とした。新郎は同時に、ベールを唯の背後に捲りあげた。  唯の顔が、今やっと、ハッキリと確認できた。  ゆっくりと二人の顔が近づく、そして、新郎の唇がかすめるように唯の唇に触れ、離れた。 神父「どうかお二人は共に愛し合い、許しあい、重荷を分かち合っていかなる試練をも乗り越えて・・・。」  この後も、模擬挙式は進行していったけど、あまり覚えていない。  俺は、唯ちゃんの夢の中にいるのか・・・。  とても言葉に表せないような、複雑な気分だった。  模擬挙式は終わった。  俺たちは、小さな小道を歩いていた。  しばらく無言のまま歩いていたんだけど、俺の横で、ラムが、ぽつりとこぼした。 ラム「ウチ、唯の気持ちが、なんとなく分かった気がするっちゃ・・。」 あたる「ふ〜ん。」  俺は、複雑な気分を通り越して、ちょっとだけ不機嫌になっていた。そっけない態度であいづちを打つ。 ラム「思い出になれば、それでオッケーなんだっちゃよ。」  ラムは、俺を見てニコッて笑った。  ラムの言葉に、俺は、さっき唯の言ってた言葉を思い出した。 あたる「ラム、さっき唯ちゃんが・・。」  ラムに言葉をかけようとした時、俺たちの背後から、聞きなれた声がした。 「ラムちゃーんっ。ちょっと待ってよぉ。」  女の子が小走りで近くまでやってくると、息を弾ませながら、顔を上げた。  ぽっちゃり顔の、可愛いえくぼ。沙織ちゃんだった。 ラム「沙織〜、どうしたんだっちゃ?」  まだちょっと息が細かいけど、ニコニコしながら沙織ちゃんが言った。 沙織「あのね、今夜、打ち上げがあるんだけど、来ない?」 ラム「ウチらも行っていいっちゃ?」 沙織「もっちろんじゃな〜い。」  満面の笑みで、沙織ちゃん。 ラム「それじゃあ、お言葉に甘えてぇ〜・・。ダーリンは?」  俺は、なんとなく気分が乗らなくて・・、無言で首を振った。  ラム「そうけ? じゃあ、ウチと唯はちょっと遅くなるけど、火には気つけるっちゃ。」 あたる「わかってるよ。」  俺は振り返って、帰ろうとした。  するとまた、ラムが声をかけた。 ラム「あ、ダーリンっ。今日は、ウチにもいい思い出になったっちゃ。ありがと、ダーリン。」  ラムは、俺を見ると微笑んだ。  その笑みは、あの時の唯の笑顔とだぶって見えた。  唯ちゃんも、ラムも、いつもと違う気がする・・・。  ・・・俺の捉え方が変なだけだろうか? 色々イロイロあって、疲れてるだけかな・・。                              *  ところが、この懸念は、その日の内に決定的なものになってしまった。  午後10時・・・俺はダンボールだらけの茶の間に寝転がり、荷物の隙間からテレビを見ながら、二人の帰りを待っていた。  唐突に、玄関のチャイムが鳴った。  ピンポーン。ピンポーン。・・・ピンポーン。  ピポピポピポピポピポピポピポ・・・。 あたる「連射するなぁ!」  慌てて跳ね起きると、俺は玄関に向かった。ただでさえ家の機能を満足に果たしてないのに、チャイムまで壊されたら、たまったもんじ ゃない。  ドアの鍵を開錠して、ノブを引っ張った。  途端、闇から浮かび上がった人影に抱きつかれ、頬ずりされた。 「あたるふぅ〜ん、ふぉんばんにゃ〜!」  ギョッとして見ると、えくぼの可愛い顔・・・スーツ姿の沙織ちゃんだった。  さらに、後ろからもうひとり。いや、ふたりだ。 「ひょっほぉ〜、ひゃめれよ〜! わらしがさきらんらから〜!」 「さろり〜! ひゃめるっちゃろーっ。らーりんは、うりのらっりゃ!」  ワケのわからんコトを言いながら、唯とラムが現れ、沙織ちゃんを押しのけるように抱きついてきたから、俺はびっくり。みんなの体重 が、まともにのしかかってきた。  三人とも顔は真っ赤だし、むせ返るような匂い・・・。こりゃ、だいぶアルコールが入ってんなぁ? ラムはきっと梅干でもバカ食いした んだろう・・。 あたる「ったく、しっかりしろよ。」  すると沙織ちゃんが、不気味なほどフニャフニャした笑みを浮かべて、 沙織「わらひぃ、ほまふ〜! いひれひょ〜?」  ・・・わたし泊まる、とでも言ってるつもりなんだろうな。 あたる「わかったよ、わかったから、おとなしくしてくれ! 近所迷惑になるだろ!」 ラム・唯・沙織「ひゃ〜い!」  みんな一緒に返事してくれるのは結構だが、そのままバタンと倒れてしまったからたまらない。タイルの上で、三人とも、スヤスヤ寝息 をたてはじめた。 あたる「おいこら! こんなところで寝るなよ!!」  揺さぶってみたが、効果はない。  ・・・ったく、どんな打ち上げやってたんだよ〜?  俺は頭をかきながら、ドアを閉めた。  おかしな言葉を聞いたのは、その時だ。 唯「・・・思い出、いっぱいつくるんら・・・。」 ラム「・・・うん。それ持って、それ・・・持って・・・。」  タイルの上で丸まって眠っているラムと唯が、会話してるみたいに言葉をリンクさせた。  ふたりの閉じた目から涙を流し、呟いたのだ。  心臓をナイフでひと突きにされたような衝撃を受けた俺だが、沙織ちゃんに目を移して、さらに度肝を抜かれた。  ・・・彼女の頬にも、涙の跡がハッキリ残っている。  目が赤いのはアルコールのせいだと思ったけど、どうやら三人で泣いてたらしい。それが酒の前か後かはわからないが、やっぱり何かあ ったのだ。  しかも、思い出だって? あたる「・・・おい、ラム?」  腰をかがめ、軽くつっついてみたが、反応はなかった。  茶の間には三人で眠れるスペースはないし、玄関にほったらかしとくのも・・・、仕方ないので、俺が一人づつ、二階へ担いで上がるは めになった。  酔っ払いを通り越して、三人ともぐでんぐでんになってたおかげで、そんなに苦労はしなかったが、さっきの寝言が頭から離れない。  三人を唯の部屋に移動させ、布団に寝かせた。  薄手の毛布を一枚かけてやりながら、俺はラムたちの顔を見た。  泣き腫らした目が、なにやら痛ましい。  ・・・思い出つくるのはいい。でも、それを持ってどこ行くつもりだ?  そして・・・その翌日から、俺たちの関係は、おかしくなりはじめた。 エンディングテーマ:好き・嫌い                                          第九話『運命の日は静かに・・・。』・・・完