〔ザット・クレイジー・サマー〕 第九話・前篇 … メガネ「私の名はメガネ。     中産階級の家庭に生を受け十余年、これまで至ってきわめて平凡な人間であった。これまでは…     だが、ある人物との劇的な出会いが、私のその後の人生を大きく変え、私というものを平凡ならざらしめてしまった。     碧とも紅とも藍とも桃とも取れぬ絶妙な色の、長く艶のある髪。     つぶらな瞳、整った顔立ち、美しい輪郭。     スレンダーでグラマラスなその体。     そして何より、水晶や金剛石にさえも例えることを憚られる、純粋で明るくよどみのない一途な性格!…     …………………………あぁぁあぁ〜……らむさぁあぁぁ〜〜ん!     なぜあなたはあんな低俗でヤマイダレのほうの浮気症で…友引町史上最低最悪の男に何の因果で惚れたんですぅ…」 ビビビビビ! ラム「い、く、ら、あ〜んなでも、う、ち、の、ダーリンをバカにする人間は許さないっちゃ〜!大体メガネさんには昨日の前科があるっちゃ!こんどみょ〜な真似をしたら・・・」 メガネ「は、はあ…もうみょ〜なことはしませんから…」 ラム「それならよろしいっちゃ!」 メガネ「…と、まあこのように…ゲホ、ゴホッ…今のは効いたな…ぐえ………その…性…格ゆえに!…ゴホン、あーあーっ!こともあろ〜に最初の鬼ごっこの相手が、あ、の、諸星あたるであったばっかりに!     ラムさんは報われぬ愛にまっしぐら!不幸街道を地で行く悲しい人生を歩み始めたのであ〜〜〜〜〜〜〜る!     私がラム親衛隊を結成した最大の理由は!この不毛の恋愛から!ラムさんをお救いするためなのだ!!それまでは不肖このメガネ死んでなるものかぁぁぁぁっっぁっ!!!     ああ神よ照覧あれこの真実(まこと)のあ…」 パーマ「…………………………………………」 メガネ「…いつからそこにいた?」 パーマ「『中産階級』から」 メガネ「………………さあ、今日も一丁頑張るか!」 パーマ「……お前夏バテせんのか?」 メガネ「アホどもが片付かん限りそんなこと体が忘れちまったよ、………まったく。」 校長「では、第六日をはじめますっ!よおーい…」 バン! ラム「ダーリン、一位になるなんて許さないっちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」 ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ! あたる「へ〜ん、電撃が怖くてハーレムが作れるか、びろびろベーい」 ラム「くぅぅぅ〜〜っ!その、か、お、でぶじょくされると余計はらがたつっちゃ〜〜〜〜〜〜!」 面堂「生意気な口をきき舌を出して、おまけにそのアホづらときた!つ、く、づ、く、史上最低最悪の男だな、諸星!」 ラム「…そうやってダーリンを侮辱されるのも、もっと余計に腹が立つっちゃ!」 ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ! あたる「ふん、ざまあみやがれ」 面堂「人のことがいえた立場か、貴様は!大体貴様が…」 あたる「いちいち偉そうにしゃべりやがって!」 面堂「…何の脈絡もなく木槌で僕を殴るなああ〜〜!」 あたる「何じゃその刀は、やろうってえのか!」 面堂「ああ、望むところだあっ!ほかの雑魚どもを…あ、竜之介さんは別ですよ、まさか雑魚というはずないじゃないですか〜…面堂家私設軍隊で蹴散らしておきながら貴様を生かしておいたのは何故か、判るか?    ま、学のない、ついでに家柄も僕とは雲泥の差の貴様にわかるわけはないがな」 あたる「それは……あれだろ、取引を自然に見せるための………」 面堂「…ふっ、予想通りの答えだな!はっはっはっはっはっはっは…諸星はやっぱり間違えたぞ!はっはっはっはっは」 〔ひとしきり笑う〕 面堂「はーっはっは、ひーっひっひ……はっは…僕がお前を今日まで僕のそばに置いておいたのは、ほかでもない、お前を完膚なきまで叩きのめすためだ!」 あたる「へえ、そりゃ大層なことで」 面堂 〔にやりと不敵な笑み〕「諸星、お前には再起不能になってもらう!そうすれば名実ともにラムさんは僕のものだ〜〜〜〜!                   お前が再起不能になれば、よもやラムさんもお前を求めることもあるまい!」 あたる「……ふっふっふ、どうやら本気で俺を怒らせてしまったようだな!」 ラム「へ…?だー…りん…」 すっかり蚊帳の外のラムだったが、あたるが妬いたとも取れるこの発言に淡い感動と不安と感激… あたる「いいか、ラムは『あ・れ・で・も』俺のハーレム要員の一人なんだぞ!いつか言ったかもしれんがラム抜きのハーレムなぞ牛丼ぎゅ……いや、牛丼一味唐辛子抜きにすぎん!     とにかく女好きのお前に渡して傷をつけるわけにはいか〜〜〜ん!ついでに了子ちゃんもいただこうっと」 ラム「……………………信じたうちがバカだったっちゃ……」〔大変呆れて目をつぶる〕 面堂「な〜〜んで了子が出てくるんだ!貴様こそ、ラムさんをこれ以上貴様の毒牙にかけるわけにはいか〜ん!絶対なら〜〜ん!ラムさんは僕だけのもんだ、貴様には豚に真珠、月にすっぽんだ〜〜〜!!    諸星!いざ尋常に勝負!でやあああああああああああああ!!!」 あたる「おりゃああああああ!!!」 ラム「…………はぁ…………」 一方本部テントでは。 しのぶ「依然昨日と同様圧倒的軍事力を誇る面堂選手、電撃をものともしない諸星選手が一騎打ちの展開となっています!ただ今両者による白兵戦が行われているもよう……」 チビ「あたるも面堂もアホだね〜」 パーマ「いつか持ってきた占いの機械は正しかったってわけか、ラムちゃんの星の科学力はナメられんな」 メガネ「……………………」     (アホどもの正体見たりやはりアホ。          しかし当のラムさんがあの様子じゃ昨日のことなぞ信じてくださる可能性など微塵もないし………八方ふさがりか、こりゃあ…)     「はああ〜〜〜ぁあ〜〜ぁあ!!」 チビ「!メガネ、どう…」 パーマ「放っとくのが一番!」 チビ「で、でも…………」 パーマ「放っとくのが一番!下手に立ち入ると地獄を見るぞ」 メガネ「ダメだこりゃ、俺ゃお呼びでないのか、ガチョ〜〜ンってかぁ??!!!」 チビ「………だね」 パーマ「……だろ」 メガネ「…………………………………………………………………はぁ…………」 …………メガネさん………… メガネ「はあっっ?!?!!?!」 このこえは間違いない!おれが聞きちがえるはずなどない! ラム「…………メガネさん…………」 メガネ「!!は、はぁあい!この不肖の下僕メガネめになんでごぜえましょう!」 ラム「……………十一時ちょうどに……………」 メガネ「ちょーどに?!」 ラム「校門の前の桜の木の下に……来てほしいっちゃ……………あんまり人のよらない……ところが……いいっちゃ…、じゃ……まってるっちゃ」 メガネ「                 」    (これは罠か?いやいやい〜やいや、まさか!いやなんかよくわからんがとにかく午前十一時きっかりに桜の木の下だな!) パーマ「今、何が起きたんだ?」 チビ「なんか………歴史的瞬間だったような…………」 メガネ「やまがうごいたあああああ〜〜ああああっっっっっ!」 チビ・パーマ「「わあっっっ、心臓に悪い!」」 運命の十一時きっかり。 ラム「呼び出したりしてごめんっちゃ」 メガネ「どうしたんですか、急に改まって?」 ラム「朝のダーリンと終太郎のけんかとやり取り見たっちゃ?」 メガネ「モニターで見ましたが」 ラム「うち、なんだかばからしくなったっちゃ」 メガネ「………」 ラム「……うち、いっそのこと、………」 メガネ「………」 ラム「…………いっそのこと、」 メガネ「………」(いっそのこと、なんだぁああっあ?!!?!) ラム「うちのこと、真剣に思ってくれてる人に、任せようかなあって…………身も心も……あげようって…思ったっちゃ……………」 メガネ「…………」(↑っておれ?) ラム「メガネさん、付き合ってほしいっちゃ!もうダーリンのことなんかきれいさっぱり忘れるっちゃ!うちをハーレムの一人としでだけしか見てくれないダーリンなんか、もう御免だっちゃ!」 メガネ「…………………」(失神するな、失神するな俺!いつかみたいに屋根にもぼって拡声器で叫んだりするなよサトシ!) ラム「メガネさん………いいっちゃ?」 メガネ「ラムさん……」 ラム「ラムって呼んでほしいっちゃ……」 首を縦に振った。 ラム「………………………」おもむろに瞳を閉じ、顎を少し上げた。 ああ、人気の少ないところにと指定したのはこのためだったんだ、すぐ気付いておくべきだった、昨日風呂に入っておくんだった、歯なんか十ぺんぐらい磨いておくんだった、気の利いた一言でも言えるように予行演習を怠るんじゃなかった、 学生服のホコリと靴の泥を落としておくんだった、男ならこんな時ぐらいキリリと赤フンをつけておくべきだった悔しいなあ、にきびをつぶした後がみっともないなあ、もっとリラックスすべきだろ俺、いや今は目の前に集中しろ! ああ、運命の瞬間である!万感の思い! 夢にまで見ていた。それが、こうやってもう手の届きそうなところにあると、今までの脳内予行演習――たいていの世間一般の大衆はこれを妄想と呼ぶ――はすべて吹っ飛び頭は真っ白、言葉が出ないものである。 ええい、どうにでもなれ!意を決し、 メガネをおもむろに外す!右……いや、利き手じゃない左手で持った方が何かと絶対いい!左手でメガネの右側のつるを持つ! そして私ことメガネは………… ん? いっぺん、メガネをかけなおすメガネ。 もういっぺん外し、息をまんべんなく吹きかけ曇らせ愛用のメガネ拭きで拭く。 もういっぺんかけなおす。 メガネのメガネのメガネフレームとメガネレンズの境界あたりがキラッと光った。 三度、おもむろにメガネを外す。 メガネ「そこだ!必殺メガネブーメラン!」 ???「痛!」 赤いシルクハットとスーツの男が茂みから出てきた。 出っ歯のようだ。サングラスをしている。ピンクの蝶ネクタイ、団子っ鼻。 メガネ「ああーーっ、お、おまえは………」 ???「どうも、お久しぶりで………なんちゅう穏やかな挨拶が通用せえへんみたいですが。どうも、夢邪鬼でおま」