うる星やつら しのぶのストレンジストーリー(後編)  子狐が洞窟を進んで行くと、やがて先の方に光が見えてきた。子狐は光に向かって全速力で走ると、そこは洞窟の出口だった。出口を抜けた子狐は、目の前の光景に驚き声も出なかった。そこには月明かりに照らされた今まで見たことも無い大きさの巨木がそびえ立っていたのだ。  子狐は、ゆっくりと近づくとその巨木を見上げ  「これが三四郎さんの言っていた世界樹っていう木かなぁ?」と呟いた。そして子狐は躊躇する事無く、その木を登り始めた。決して木登りが得意ではない、いやむしろ苦手と言ってもいい子狐は、何度も滑り落ちそうになりながらも、なんとか木の実のなる枝までたどり着いた。子狐はゆっくりと枝の上を進み、どうにか木の実のところに行くと木の実を取り、肩から下げている小さな袋に入れた。しかし子狐は、無事に木の実を取れた事に安心して、つい下を見てしまった。その瞬間、子狐はあまりの高さに足がすくんでしまい体が硬直して、その場から動けなくなってしまったのだ。子狐は、なんとか動こうとするが体が全く言う事を聞いてくれず、無情にも時間ばかりが過ぎて行った。 その時、子狐の脳裏に三四郎の言葉が過った。  『でも入り口は朝になると閉じてしまうから気を付けてね』  子狐が動けなくなってから随分時間が経っていた。子狐は袋に入れた木の実を見つめ  「この木の実を持って行かないと、しのぶさんは……」と呟くと、それまで恐怖ですくんでいた体がスッと軽くなった。子狐は、急いで枝を渡ると滑る様に下に降り全速力で洞窟に向かった。  気がつくと周囲はうっすらと明るく夜が明け始め、洞窟の入り口もいつ閉じてもおかしくない状態だった。子狐は、死に物狂いで洞窟に向かって飛び込んだ。子狐が洞窟に入るとほぼ同時に洞窟の入り口は閉じ、周囲は闇に閉ざされた。子狐はもと来た道を戻り洞窟を抜けると、外は既に朝日が射していて三四郎が心配そうな顔で待っていた。子狐はすぐに三四郎のもとに駆け寄ると、三四郎は  「やぁ、良かったよ。遅いから心配してしまった」と言った。すると子狐は  「三四郎さん、遅くなってごめんなさい」と言うと、肩から下げた袋から木の実を取り出し  「世界樹の木の実って、これでいいの?」と聞いた。すると三四郎は  「実は、僕も初めて見るんだよ。でも、多分それでいいと思うよ。だって、世界樹の有る世界には、世界樹しか無いはずだから」と言った。すると子狐は木の実を見つめ  「ふ〜ん。ところで、これをどうするの?」と三四郎に聞くと、三四郎は  「それを、キツネくんが助けたい人間の女の子に食べさせるんだよ」と言った。それを聞いて子狐は  「この木の実を、しのぶさんに食べさせればいいんだね」と、嬉しそうに笑った。しかし三四郎は  「うん……でもね、その食べさせるって言うのが難しいんだよ」と言った。それを聞いた子狐は  「何で?もしかして、凄く不味いの?」と言った。すると三四郎は  「い、いや、不味いとかって問題じゃないんだよ」と言って苦笑いをした。そんな三四郎を見た子狐は  「じゃあ、何で?」と言った。それを聞いた三四郎は  「キツネくん。僕が言った事覚えてるかい?時間は戻せないけど、その人の魂を別の時間軸の分岐点まで戻すって言ったよね?」と言った。子狐が頷くと、更に三四郎は  「いいかい?魂っていう物は、肉体に縛られているんだ。だから、魂が肉体から離れる時は、死んでしまった時なんだ。つまり、魂を別の時間軸に移動させるって事は……」と言い、それを聞いた子狐は  「まさか……しのぶさんは……」と言って、言葉を止めた。すると三四郎は  「そう……死なないといけないんだ……そして、その世界樹の木の実は毒の実なんだよ。その毒で眠る様に息を引き取るんだ。しかも、その木の実には魂を別の時間軸に移して再生する働きが有るんだ」と言った。それを聞いた子狐は  「そんな……この木の実をしのぶさんに食べさせたら、しのぶさんは死んでしまうって事?」と言った。すると三四郎は  「そう言う事になるね……でも、違う時間軸で生き続けるんだよ」と言った。子狐は木の実を見つめ、大粒の涙を流した。         第三章  4月になった。私は就職した会社で働き始めたが、車椅子での仕事は決して楽なものでは無かった。仕事は、パソコンにデータを打ち込む作業で、1日やってると肩やら首やらが痛くなる。じきに馴れるものなのだろうか?  毎週、土曜日と日曜日は休みなので、私は良く出掛ける。  私も年頃なので、オシャレには敏感だ。学校へ行ってる頃は、ほとんど化粧もしなかったが社会人になったら、そうも行かない。こんな私だって、綺麗になりたい欲求も有るし、恋を諦めた訳ではない。  その日も私は洋服を買おうと出掛けたのだが、なかなかいい服が見つからず私は隣町まで足を伸ばす事にした。  隣町に着いた私は、歩道を車椅子で進んでいると不思議な感覚に襲われた。それはデジャブに似た感覚だった。隣町には良く来るので、町並みも良く知ってるからデジャブではないと思う。不思議な感覚を気にしながら進んでいて私は  (あ、そう言えば……私が事故に遭ったのって、隣町だったわよね)と思った。  実は、私は事故から1年以上経った今でも事故の時の記憶が無い。これだけ思い出せないと言う事は、思い出したくない理由でも有るのだろうか?  そんな事を考えながら進むと、ある交差点に着いた。交差点の信号は赤になったので、私は止まり何気なく通りの向こう側に目をやった。すると仔犬を散歩している女の人が目に入った。その時、私は雷に撃たれた様な衝撃を受けた気がして次の瞬間、事故に遭った時の記憶が甦った。私は  「あぁ……思い出した……私、私、キツネさんを助けようとして事故に遭ったんだ」と呟くと、急に子狐の事が気になり  (キツネさん、大丈夫だったのかしら……事故の後、誰もキツネさんの話をしていなかったから、大丈夫だったと思うけど)と思いながらもショッピングを済ませ、帰宅する事にした。  私が家の前まで来た時に、家の近くでウロウロする小さな影を見つけた。それは、あたる君の姿をした子狐だった。本人は化けているつもりなのだろうが、尻尾は生えてるしバレバレである。  私は、気づかないふりをして家に向かうと、あたる君の姿に化けた子狐が寄ってきた。私は  「あら、キツネさん。久しぶりね」と言って笑うと。子狐は  「何言ってるんだ。俺はあたるだ」と言ったので、私は合わせて  「はい、はい、それで、あたる君は私に何か用事が有ってきたの?」と言うと、子狐あたるは、何かを差し出しながら  「これは御守りだ。おまえにやるから、もってるっちゃ」と言った。それを聞いて私は  (ふふふ、キツネさんまたラムとあたる君が一緒になっちゃってる)と思って、思わずクスッと笑ってしまった。すると子狐は私の手に、御守りを握らせるとトコトコと走って行ってしまった。私は、そんな子狐を見送ると子狐に渡された御守りを見てみた。それは、見た事のない木の実で造られた御守りだった。ちょうどポケットに入れても邪魔にならない程度の大きさだ。これならいつでも持ち歩けそうだ。私は  「せっかくキツネさんがくれたんだから、いつも持ち歩こうかな。でもキツネさん、元気そうで良かった」と言った。知らぬ知らぬうちに、顔には笑みが浮かんでいた。そんな私をちょうど出掛けようと玄関を開けた母が見ていて  「しのぶ、そんな所でニヤニヤしてどうしたの?」と怪訝な顔をしたので、私は  「ん?ちょっとね」と言って、家の中に入った。母は  「変な娘。事故の後遺症かしら」と呟きながら買い物に出掛けた。  私は、子狐から貰った御守りが何の木の実なのか知りたくて、植物図鑑を拡げて調べると、それがワイルーロの木の実だと分かった。更に図鑑を見ると、その木の実は南米ペルーに生息しているワイルーロと言う木の実で、幸せを運ぶと言われている木の実だと言う事も分かった。子狐が渡した木の実は、御守りとして持ち歩ける様に加工してあった。私はそれを見て  「キツネさん、私の為にこの御守り造ってくれたんだ」と言って、御守りを両手で握りしめた。そして  (有りがとう。キツネさん)と思うと、子狐の優しさに触れて心が暖かくなった。  夏になり仕事にもようやく慣れた頃に私は隣町まで夏の洋服を見に行った時だった。突然歩道で呼び止められたのだ。  「しのぶさん?」  私は、思わず振り替えるとそこには見覚えのある顔が。そこに居たのは、私が入院していた病院の鈴木先生だった。私は、思いがけない人と出会った事で思わずテンションが上がり  「鈴木先生!」と大きな声を上げてしまった。私の声に一瞬周りの人達が一斉に私を見た。私は、それに気付くと恥ずかしさで顔が真っ赤になるのが分かった。  私達は、近くの喫茶店に入る事にした。すると席に着くなり鈴木先生は  「しのぶさんは、進学したの?」と聞いて来た。私が  「いえ、今の私を受け入れてくれる大学が近くに無いので就職しました」と言うと、先生は  「そうかぁ。やぁ、しのぶさんもすっかり大人の女性になったね」と言ったので、私は  「いえ、そんな事……」と言った。だが、決して悪い気はしなかった。なぜなら、私は学生時代から幼く見られる事が良く有ったからだ。  そんな他愛もない会話をしている時、私はあらためて鈴木先生がかなりいい男だと言う事に気付いた。入院中は、精神的にも不安定だったせいか全然気付かなかったのだ。先生は、今日は休みだったそうで私の買い物に付き合ってくれたうえ、食事までご馳走してくれた。  買い物も終わり、私が  「今日は、ありがとうございました。食事までご馳走になってしまって」と言うと、先生は  「なぁに、僕も暇だったしね」と言って笑った。私が  「男の人と食事するなんて久し振りだったので、緊張しちゃいました」と言うと、先生は  「そうなのかい?はははっ」と、笑い更に  「もし良かったら、また食事誘ってもいいかなぁ?」と言った。私は  「はい。是非」と答えた。社交辞令なのは分かっていても、嬉しいものである。私は駅で鈴木先生と別れると、自宅に戻った。  それから2週間経った頃、自宅に鈴木先生から電話が有った。私は、まさか本当に誘われるとは夢にも思っていなかったので嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。でも、元々男運の無い私にとっては千載一遇のチャンスだ。鈴木先生は、優しいし、私の事情も分かってる。それに医者だから生活にも困らないだろう、そして何より顔がいい。誘いを断る理由は無く、私は二つ返事でOKした。約束は翌週の土曜日なので、その時には先日買った服を着て行く事にした。それからの1週間は緊張と不安の毎日だった。  そして土曜日になり、鈴木先生は車で家まで迎えに来てくれた。母は玄関まで出てきて  「娘をよろしくお願いします」と言って、深々と頭を下げた。まるで嫁にでも送り出しそうな勢いだ。そんな母に私が  「もうお母さんったら、ただ食事に行くだけじゃない」と言うと、鈴木先生は  「お母さん、娘さんちょっとお借りしますね」と言うと、ニッコリと笑った。  私は鈴木先生の手を借りて車に乗り込むと何気なく前を見た。すると電柱に隠れる様にこちらを見ている子狐が見えた。子狐は私と目が合うと、逃げる様に走り去っていってしまった。その後すぐに鈴木先生が車に乗り込み  「じゃあ行こうか」と言い、私も  「はい」と答えた。食事はとても美味しく楽しいものだった。帰り際、鈴木先生は  「しのぶさん、今日はとても美味しい食事が出来たね」と言った。それを聞いた私は  「はい。今日はお食事に誘ってもらって、ありがとうございました」と言って軽く頭を下げた。すると鈴木先生は  「今度映画でもどうかなぁ」と言った。私は、心の中で叫んだ。  (きたーーーー!)  でも、顔に出しては待っていた事がバレてしまう。私は出来るだけ気持ちを悟られない様に、うつむき  「あ……は、はい……」と答えた。私の答えを聞いて鈴木先生は 「じゃあ、今度週末に休みが取れたら連絡するね」と言った。そして、私を自宅まで送ると母に挨拶をして帰って行った。  それから1週間程経って、鈴木先生から電話が有った。次の休みが取れたらしい。今度の日曜日に映画を観に行こうと誘われたのだが、いい服が無い事に気付いた私は、前日の土曜日に隣町のデパートに買いに行く事に決めた。  土曜日になり、私は隣町まで出掛けた。デパートの近くまで来た時に、デパート横のオープンカフェに見覚えのある2人を見つけた。私は、その2人に近づき  「こんにちは、2人共相変わらずね」と声をかけた。すると私の声に2人は振り向き  「あ、しのぶじゃないか」と答えたのはあたる君。そしてすぐに  「あ、しのぶだっちゃ」と笑顔で答えたのはラム。そう、またいつもの通りあたる君がデート中に他の女の子にチョッカイを出そうとしていたのだ。私はそんなラムに  「ラムも大変ね」と言うと、ラムは  「ほんとだっちゃ、ダーリンにも早く落ち着いてほしいっちゃ」と言って、あたる君の方を見ると、あたる君は  「何を言っとるか。落ち着いた俺なんぞ、俺じゃ無かろうが。俺は俺の生き方にポリシーを持っとるんじゃ」と言ったが、ラムは  「何がポリシーだっちゃ!自慢出来る事じゃないっちゃ」と言って、あたる君を横目で見た。私は  「本当に、あなた達を見てると飽きないわね」と言って笑うと、ラムが  「しのぶ何だか明るくなったっちゃね」と言うと、満面の笑みをみせた。それを見て私は  (なるほど、この笑顔なのね皆がラムに惹かれるのは。私には、これが足らないのね)と思った。するとラムが私の顔を覗き込み  「どうしたっちゃ?しのぶ」と言ったので、私は  「あ、ううん。何でもないの」と言って笑顔を作った。そして  「じゃ、2人のデートの邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行くね」と言って、デパートに向かった。私が少し進んで振り替えると、2人は私に手を振っていた。わたしも、軽く手を振って答えた。  私はデパートに入ると婦人服売り場の有る5階に向かった。色々と目移りしながら服を選んでいる時  ジリリリリリリリリリー!  突然けたたましくベルが鳴り、店内放送が流れた。  〈只今、3階子供服売り場より火災が発生しました。お客様は係員の指示に従い、避難して下さい!〉  その放送が流れた途端、売り場はパニックになり誰もが我先に避難しようとしていた。そんな中、店員の人が  「皆さん!慌てないで下さい!走らずに非常階段より避難して下さい!」と言った。それを聞いた私は  (非常階段から避難って……私はどうすればいいの?)と思いながらも、とりあえず非常階段に向かった。その時、後ろから走って来た人が私に激しくぶつかり倒れた。その衝撃で私も車椅子ごと倒れてしまい、私は車椅子から放り出されてしまった。後ろから走って来た人は私が倒れたのを見たが、まるで逃げる様に走って行ってしまった。他の避難している人達も見て見ぬふりだ。私はすぐに車椅子の方に這っていった。こんな所で高校時代にラムに言われて頑張った事が役にたつとは。私は必死に車椅子にたどり着くと、車椅子を起こし、何とかまた車椅子に乗った。そして私は  (ラム、ありがとう。もしあの時ラムが私に厳しくしてくれなかったら、私ダメだった)と思い、再び非常階段に向かった。しかしその時  ドーーーーーン!!!  という大きな爆発音と共にデパートが大きく揺れた。売り場は避難している人達の悲鳴で溢れた。私も怖かったけど、早く非常階段に行かなければと思って車椅子を動かし始めた時、私の横でガタガタと妙な音がしたかと思ったら、洋服の陳列棚が私に向かって倒れて来た。私は避ける間も無く、陳列棚の下敷きになってしまった。避難している人達は、自分の事に精一杯なのか誰も私に気づかない様子だった。私は何とか棚の下から抜け出そうと頑張り、やっとの事で抜け出す事が出来た。さいわい車椅子が棚を受け止める形になり、私は挟まれずに済んだのだが、車椅子はもう使える状態じゃなかった。  私が抜け出した時には、周りにはもう誰も居らず、店員の人の姿も見えなかった。私は  「え?誰も居ない……私どうすれば……」と言って周りを見渡すと近くにエレベーターが見えた。非常階段ははるか先、ここからならエレベーターに行った方が早い。私は迷わずエレベーターに向かった。何とかエレベーターまで着いた私は上体を起こし、エレベーターのボタンを押し  (エレベーター動いて!)と思った。すると1階に居たエレベーターは2階、3階、4階、と上がって来てついに5階に到着し、エレベーターのドアが開いた。私はすかさずエレベーターに這って入ると1階のボタンを押そうとしたが、立てない私には手が届かない。私は何とか押そうと頑張ったが、どうにも無理だ。そこで私はバッグから髪を纏めるコンコルドクリップを出し、それを使って何とか1階のボタンを押した。するとエレベーターのドアが閉まり、エレベーターは下がり始めた。私はホッとして身体中の力が抜けた。しかし、エレベーターは4階を過ぎたあたりで突然ガクン!という衝撃と共に止まってしまった。エレベーター内の照明が落ちていないから、多分モーターの故障だろう。その時、気のせいかと思ったけど、やっぱりエレベーターの中の温度が上がってきてるみたいだ。私はなんとかエレベーターの扉を開こうとしたが、10cm程開いただけでそれ以上開く事は出来なかったエレベーターは、3階と4階の間で止まったらしい。3階側からは熱気と煙が入ってくる。私は開けた扉を元に戻そうとしたが、扉は全く動かない。このままでは熱気と煙にやられてしまう。私は扉の隙間から  「誰かー!助けてー!」と叫んだが、返事をしてくれる人は居ない。それでも私は諦めず叫び続けた。しかし叫び続けた事と、煙で声が掠れてきた。私は出来るだけ煙を吸わない様にエレベーターの奥へ移動した。エレベーターの中の温度はどんどん上がってきて、呼吸も辛くなって来た。私は力無い声で  「誰かー、助けてー」と叫んだが、やはり誰からも返答は無い。その時私はエレベーターのインターホンが目に入った。私はハンカチで鼻と口を覆いながらエレベーターの操作盤の所まで這って行き、インターホンのボタンに手を伸ばした。さいわいにも、このエレベーターはインターホンが下の方に付いていたので私でも手が届いた。私はインターホンのボタンを押したが、何の反応も無い。まるで繋がっていない様だった。何度やってもダメだったので、私は再びエレベーターの奥に移動した。ハンカチで鼻と口を覆いながら  「まさか、私……こんな所で……」と言った時、頭の中に高校時代の楽しかった思いでが過った。目からは自然と涙が溢れてきた。私は  「こんな体になった私でも恋が出来ると思ったのに……やっと幸せになれると思ったのに……嫌だ、死にたくない……死にたくないよ」と言った。すると、その時扉の隙間から何かがエレベーターの中に入ってきた。それは子狐だった。それを見て私は  「キツネさん!何でここに……ダメ!早く逃げて!あなたまで死んでしまう」と言ったが子狐は私の所に寄って来た。良く見れば身体中の毛が火で焼かれ、あちこちを火傷している。私の為に炎の中、私の事を探したのだろう。私は、そんな子狐を抱きしめると  「キツネさん……私を探してくれたんだね。ありがとう」と言った。子狐は悲しそうな目で私を見つめていた。  熱さと煙のせいか、私はだんだん意識が朦朧としてきた。その時、子狐は肩から下げた袋から何かを出した。それは、見たことも無い木の実だった。子狐はその木の実を私に差し出した。私は木の実を手に取ると  「……なぁに?この木の実」と言った。すると子狐は空中でクルリと回転し、ラムの姿になり  「その木の実を食べるっちゃ」と言った。子狐の瞳には涙が浮かんでいた。私は  (もしかして、この木の実……私が苦しまない様に?)と思い再び子狐を見ると、もう元の子狐の姿に戻っていた。子狐はポロポロと涙を流している。私はそんな子狐に笑顔で  「わかったわ」と言うと、木の実を口に運んだ。子狐は一瞬手を伸ばしそうになったが、その手を止めた。私は朦朧とする意識の中で子狐に  「キツネさん……ゴメンね。助けてあげられなくて……」と言った。  私はだんだん眠くなり、やがて意識が無くなった。          ※          ※          ※  デパートの火災は、3時間後に鎮火した。さいわい発見が早く店員の迅速な誘導も有り、ほとんどの人が無事避難出来た…………1人を除いて。  しのぶは、エレベーターの中で子狐を抱き眠る様に息を引き取っているのを発見された。          ※          ※          ※          ※  私が目を覚ますと、目に映ったのは真っ白な天井。私は首を動かし周りを見ると窓には白いカーテン。どうやらここは病院らしい。私は  (私……助かったの?)と思った。その時病室のドアが開き、母が病室に入って来た。母は私を見ると  「目がさめた?良かったわ、大した事なくて。あなたが事故に遭ったって聞いた時は生きた心地がしなかったんだから」と言った。私は  「え?事故?火事じゃなくて?」と母に聞くと、母は  「火事?何言ってるの?」と言った。私は  (どう言う事?)と思った。その時、誰かが病室に入ってきた。それは50歳過ぎくらいの医者だった。その医者は  「三宅さん、具合はどうですか?」と言って。私のベッドの所に来た。私は  「多分、大丈夫だと思います」と答えた。すると先生は  「私は、あなたの担当医師の山口と言います」と言った。私は  (鈴木先生じゃないんだ)と思った。山口先生は  「一応、検査の為に1日だけ入院して行って下さい」と言うと、更に  「では、何か有りましたら呼んで下さいね」と言って病室を出ようとした時、私は  「先生!ちょっといいですか?」と言って呼び止めた。すると山口先生は  「ん?何ですか?」と言い、私は  「鈴木先生を呼んで貰えますか?」と言うと、山口先生は  「鈴木先生?ん〜、そんな名前の先生は居ないと思いますが」と言った。私は  (え?居ないって……まさか違う病院?)と思っていたら、母が  「でも良かったわ、1日位の入院なら学校の勉強が遅れる事も無いでしょうし」と言った。私は耳を疑い  「学校?どう言う事?」と母に聞き直すと母は  「どう言う事って、しのぶは高校生じゃない」と言ったのだ。母がふざけてるとは思えないし、第一そんな嘘をつく理由もない。私は  (まさか本当に私は高校生?と言う事は今までのは全て夢?歩けなくなったのも、高校を卒業したのも、そして鈴木先生の事も……そしてあの火事も)と思い、それを確かめようと思った。その方法は……歩く事。もし夢だったら歩けるはず。私は上半身を起こすと、足を動かしてみた。すると足が動いた!自分の思う様に動く。私はベッドから足を降ろして立ち上がってみた。まだフラフラしてるが確かに自分の足で立てた。私は  (立てた!歩ける!普通の事なのに、こんなに嬉しいなんて)と思い、知らず知らずに目には涙が浮かんだ。母はそんな私を見て  「しのぶ?どうしたの?」と言った。私は  「ううん、何でもない」と言って、ベッドに腰を降ろし、更に  「実はね、私夢を見てたの……とっても長い夢……そして怖くて悲しい夢……」と言った時、スカートのポケットに何か入っているのに気づき、それを取り出してみた。そして、私はそれを見て驚きのあまり声を失った。なんとそれは子狐に貰ったワイルーロの木の実で造った御守りだった。私はその御守りを見つめ  (え?これってキツネさんに貰った……て事は、夢じゃなかったの?でもどうして?)と思った時ある事を思い出してハッとした。そして私は  (あのエレベーターの中でキツネさんが私にくれた木の実……そうよ!あれだわ。キツネさんはきっと私にやり直すチャンスをくれたんだわ)と思って、子狐の優しさに再び涙を流した。その時、病室のドアの方から  「お、しのぶ元気そうじないか」と言う声がして振り向くと、そこには、あたる君、ラム、面堂さん、ラム親衛隊の4人が居た。私は涙を拭うと  「お見舞いに来てくれなたの?ありがとう」と言った。皆が来たのを見て母は  「あ、お母さんちょっと用事済ませて来ちゃうね」と私に言うと、あたる君達に  「ゆっくりしていってね」と声をかけた。するとあたる君が  「はい、ありがとうございます」と言って、みんな軽く頭を下げた。私はそんなあたる君を見て  (へぇ、あたる君まともな事も言えるんだ)と思った。すると面堂さんが  「しのぶさんが事故に遭ったって聞いて慌てて駆けつけました。でも元気そうでなによりです」と言った。あたる君も  「本当に心配したんだぞ」と言ったが、あたる君が言うと何だか信じられない気がして、思わずクスッと笑ってしまった。それを見てラムが  「しのぶ、笑えるなら大丈夫だっちゃね」と言って微笑んだ。更に4人組が  「まぁ、しのぶが事故に遭ったっ聞いてすぐに思ったのは、相手の車の運転手が大丈夫かって事だよ。しのぶの事だから、殴り飛ばしてんじゃないかって」と言って笑った。それを聞いて私は  「何よそれ!私だってか弱い女の子なんですからね!」と言って頬を膨らませた。みんな私の顔を見て笑った。私はそんなみんなの笑顔を見て、やり直すチャンスをくれた子狐に感謝した。  私は、色々な人に支えられて生きている。周りに居る人達の優しさも今なら分かる気がする。私は、そんな皆が好きだ。子狐が命懸けでくれたチャンスを私は絶対に無駄にはしない。  私はこの気持ちを忘れずに生きて行く事を誓った。                fin