了子の休日 (Page 2)
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「あそこの公園で一緒に食べよ」
 としのぶさんは私の腕を引っぱった。
 クレープは、薄く焼いたクッキーの生地に、生クリームやチョコレートをはさんで、味付けした食べものだった。
 フォークとナイフを使わずに、どうやって食べればいいんですか、とあせる私に、しのぶさんは、こうやって食べればいいのよ、と自分のクレープにかじりついた。
 ええっ、そんな…。面堂家の娘がそんなはしたないことを…とためらっていると、しのぶさんは、すっごくおいしいよ、早く食べてみて、と私に言った。
「では、いただきます…」
 ほんのひと口、かじってみた。卵の味しかしない。思い切って、口を大きく開けてかじりついた。
「おいしい」
 私は感動した。
「よかった。それ、私が作ったの」
 

 新年会のときに会ったしのぶさんは、赤い着物を着ていてとてもきれいだったことを思い出した。
 あのとき確かおにいさまは、ラムさんとばかり話をしていて、しのぶさんとは全然話をしていなかった。
 楽しそうに話をするおにいさまとラムさんを見つめている、しのぶさんの悲しそうな顔。
 私がしのぶさんに声をかけようとしたそのとき、
「りょーこちゃーん」
 と諸星さまに肩をたたかれた。
「あっちで、すごろくしようよ〜」
 としつこく誘ってくる諸星さまの申し出を断れなくて、私はしのぶさんのことを気にしながらもその場をあとにした。
 すごろくが終わり、再びさっきのパーティールームに行ってみると、しのぶさんの姿はなかった。黒子の話だと、具合が悪くなって途中で帰ってしまったそうだ。
 おにいさまを見ると、今度は別の女のクラスメイトと笑いながら話をしていた。
 それを見ていたら、すごく腹が立ってきてしまった。
(おにいさまのバカ!!)
 と私は、自分の部屋から“ネズミ花火”を持ってきて、おにいさまに投げつけた。


「しのぶさんって、おにいさまのこと、好きなんですか?」
 クレープを食べたあと、私はしのぶさんに聞いた。
「な、なに言ってるのよ、了子さんったら」
 と否定するしのぶさんの顔は真っ赤だった。自分から告白しているようなものだ。
「おにいさまって、女友達がたくさんいて、婚約者もいるっていうのに、平気で他の女の人と遊びに行って何日も帰ってこなかったりする、最低な男です」
「…知ってる」
 としのぶさんは、新年会のときに見せた悲しい表情をした。
「だけど、好きなんだよね。何でだろ? 他の女の子と話をしているのを見るたびに、あきらめようって思うの。そう思うと必ず、面堂くんが私に優しくしてくれて。その一瞬の優しさが忘れられないの。いつか、私だけを見てくれるんじゃないか…って、期待しちゃうの」
「期待、しないでください。しのぶさんの悲しい顔、二度と見たくないから」
「了子さん…?」
「クレープ、ごちそうさまでした。また、お店に行きます。今度はおにいさまも連れて行きます。首に縄をつけてでも引っぱっていきます」
「ありがとう。了子さんに話したら、すっきりしちゃった」
 としのぶさんは笑顔を見せた。瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。
 

「ただいま帰りました」
「了子、こんな遅くまで、どこへ行ってたんだ?」
 おにいさまが玄関で待っていた。
「散歩よ、散歩」
「何が散歩だ、いかれた格好して」
 と私のおでこをちょんとつついた。
「どうせ、トンちゃんと会ってたんだろ?」
「飛麿さまとは、別れました」
 そのまま自分の部屋へ行こうとしたけど、しのぶさんに約束したことを言わなければと、おにいさまの方を向いた。
「来週の日曜日、“クレープ”を食べに行きましょう」
「クレープだぁ?」
「お兄様に、会わせたい人がいるの」
「どうせ、新しい彼氏だろ?」
「違うよ、私が尊敬してる人。とっても素敵な女の人」
 何が何でも、ふたりをくっつけなければ。
 しのぶさんが、私の“おねえさま”になってくれたら、一緒にクレープを作って食べるんだから。


                       
                    …The End

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