微笑み返し (Page 3)
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「終わりって事だね・・・」
「本当は今のままがずっと続けばって思ってた。
 でも、あんなことされたら・・・。
 もうそろそろはっきりしなきゃって、そう思ったの」
少年は少女を抱いた手を離し床に落ちた写真を拾った。
そこにはただ無邪気なふたりの姿。
「結局、あなたは優しすぎた・・・」


静寂を破るように突然少年が声を上げた。
「ハハハ、泣くなよしのぶ〜。そんな暗い顔しのぶらしくないぜ」
「あたるくん・・・」
「俺達これで最後なんだよ。最後ぐらい笑ってお別れにしようよ」
少年の言葉に少女は少しだけ驚いた。
しかし直ぐに首を縦に振って笑顔を作った。
「うん・・・」
「泣くなよ!絶対泣くなよ・・・」
最後の方は声にならなかった・・・。
「うん・・・」
お互いに目にいっぱい涙を浮かべて思いっきり笑った。
何がおかしいのかはわからなかったけれども、
ふたりとも心の底から笑った。
笑っていなければ涙がこぼれてしまうから・・・。
春の日はさらに傾き、部屋の奧まで差し込んできた。
「あたるくん、なんで目に袖を持って行くの?」
「ば、ばか・・・これは汗だよ汗。しのぶこそ目が真っ赤だぞ」
「違うの、あんまりおかしいから涙が出て来ちゃったの」
「そうかそうか、ハハハハハ、俺も泣けてきたよ、ハハハハハ」
そして、ふすまが破れ、畳が変色した小さな部屋からは
いつまでもふたりの笑い声が響いていた。


陽は西の空に沈み、東の方から少しずつ闇が迫っていた。
町内の家々からは夕食の、味噌汁や魚を焼く匂いが漂ってくる。
そのうちの一件の玄関先に少年と少女の影が映っていた。
「遅くなっちゃったね」
「そうだね・・・」
「それじゃ、さよなら」
そう言って帰りかけた少女に少年は声をかけた。
「しのぶ・・・。俺達これで終わりだけどさ・・・三宅しのぶの
 初恋の相手は諸星あたるだったってことは覚えておけよな」
精一杯の笑顔を繕った。
「うん、絶対に忘れないわ。でもあたるくんも・・・
 わたしを好きだったこと忘れないでね」
それでも、頬を生暖かいものが伝った。
「ああ・・・。ハハハ、明日からだってまた逢えるのに、俺達って大げさだな」
口では強がってみても、心は泣いていた。
(ずっと一緒だったから、わからなかった・・・わかってあげられなかった)
「じゃあ、今度こそ本当にさよなら」
そう言って少年は軽く手を振った。
「さよなら・・・」
少女も手を振った。


♪Un deux trois 三歩目からは Un deux trois それぞれの道
          私達 歩いて行くんですね・・・  歩いて行くんですね♪


視界から少女の姿が完全に消えたあとも
少年はしばらく玄関先に立っていた。
(優しすぎた・・・か。優しくなんてないのに・・・)
その時、後ろの方から彼を呼ぶ声がした。
「ダーリ〜ン。うちがいない間いい子にしてたっちゃ?」
少年はあわてて涙を拭って、平静を装った。
「な〜んだ、ラム、もう帰ってきたのか」
少年は背中を向けたままで言った。
涙は見せたくなかったから。
「それはどういう意味だっちゃ!」
「い、いや別に」
少年は反射的に身構えた。
だが別にラムが電撃をして来るというわけでもなかった。
「ダーリン、うちはまたダーリンが他の女に手を
 出してるんじゃないかって心配してたっちゃ」
「今日はずっとうちにいたよ」
嘘ではない・・・。
だが口に出して言ってみるとちょっとだけ罪悪感が芽生えた。
「そうけ。それならいいっちゃ。・・・ダーリン鼻水のあとが
 あるっちゃよ。うちのこと心配して泣いてくれてたのけ?」
「えっ、ああ、これね。ちょっと風邪気味なだけ・・・」
少年はあわてて鼻を拭った。
「本当け?それは大変だっちゃ」
ラムが心配そうに顔をのぞき込んだ。
(俺がしのぶと会っていたって事も知らずに、
 こんなに心配してくれるなんて・・・)
なんだか今日はちょっとしたことで心が痛む。


雲一つない東の空に月が照っている。
満月の明かりに照らされて、ふたつの影が寄り添っている。
「なあラム・・・、俺って優しいと思うか?」
「もちろんだっちゃ」
一瞬の間も置かないで返ってきた答えに、
この時ばかりは少年も頬を緩めた。


明日からはまた、まるで何事もなかったかのように、
いつもと何ら変わらない日常が始まるのだろう。
そしてきっと今日あったことは誰にも話すことはないだろう。
少年が今一番愛している、そして少年を一番愛してくれる
遠い遠い星から来たこの少女にも・・・。

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