了子の休日 (Page 1)
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【了子の休日】


 日曜日のことだった。
「行って来る」
「若、お気をつけて!」
 総勢500名のサングラス隊に見送られ、おにいさまが自家用ヘリコプターに乗ってどこかへ出かけた。新品のスーツ、新品の靴、いつもにも増して決まっているトレードマークの“オールバック”。
 新しい彼女ができたんだな…と私は、さっそうと歩いていくおにいさまをベランダから見ながら思った。
 水乃小路飛鳥さんっていうれっきとした婚約者がいるのに。
 おにいさまったら、本当に『女好き』なんだから。


 今日はこの大きな家に私一人だ。
 お父様とお母様は一週間前から、結婚20周年を記念した宇宙旅行でいないし、おにいさまはたった今、デートに行ってしまった。
 わら人形作りの道具はどこかへなくしちゃったし、友達呼んでパーティーを開く気分でもない。だからと言って真面目に部屋で勉強するのなんて、絶対にイヤだ。
 黒子たちと遊ぶのなんか、とっくの昔に飽きていた。
「そうだ、友引町を散歩しよう」
 この広い面堂邸、私が足を踏み入れたことのない場所、部屋なんかいくらでもある。家じゅうを探検すれば、何かおもしろいものが見つかるかもしれない。だけど、たまには、家以外の場所をひとりで歩いてみたい。
 私は小さい頃から、家にいることが多くて、学校へ行くとき以外、外へ出たことがない。そんな通学のときだって、牛車を使っていて、外の世界とはさえぎられている。直接、外の空気に触れたことがなかった。
 私はクローゼットから、通販で買ったミニスカート、Tシャツ、ミュールを取り出した。
 お父様やお母様、ましてやおにいさまに見つかったら、
「面堂家の娘が、なんて格好をしているんだ!?」
 とか言って、怒られるに決まっているから、一度も着たことがなかった。
 すその長いドレスを脱いで、初めてはいたミニスカート。体の線にぴたっと合ったTシャツ。
 髪をアップにし、念入りに化粧する。手の爪には、真っ赤なマニキュアを塗った。
「わ〜、かわいい」
 鏡に映った私は、いつもの面堂了子とは別人だ。
 最後にミュールをはいて、私は部屋を出た。
「了子お嬢さま、変な格好して、どこへ行かれるんですか?」
 部屋の前に立っていた黒子に、さっそく見つかった。
「友引町を散歩しに行くのです」
「でしたら、牛車を用意させますので、少々お待ちください…」
「いえ」
 私は首を大きく横に振った。
「ひとりで、行けます」
「そんな、いけません!! 車にはねられでもしたら…」
「大丈夫です。道路標識ぐらいわかりますっ!! 信号が赤になったら“止まれ”で、青になったら“進め”でしょ?」
「お嬢さま、いつのまにそんなに難しいことを勉強なさったのですか?」
「難しくなんかありません。常識です」
 私は、自信を持って言った。
 面堂了子はあなたたちが思っているほど子供じゃないのよ。


 初めてひとりで門の外へ出た。短いスカートからのぞいた脚に、風が当たってくすぐったい。
 どこもかしこも、人でいっぱいだった。まっすぐ歩いているだけでも、人とぶつかりそうで、ちょっぴり怖い。
 風船を持って走って行く子供たち、腕を組んで歩いている男の人と女の人、道の端っこで絵を描いて売っているおじさん、ギターを弾きながら歌を歌っている男の人に、それをじっと見ている女の人。
 友引町は、私が見たことのないもの、色、人であふれていた。目がおかしくなってきそう。
 ずっと歩いていたら、おなかがすいてきた。
 胸をドキドキさせながら、私は生まれて初めて喫茶店の中へ入った。
 本で見た“クレープ”というものを、一度食べてみたかった。
「あの…、“クレープ”というものをお願いします」
 白いプラウスを着て、ピンクのエプロンをつけた、かわいいお姉さんに言った。うわっ、恥ずかしい。緊張しすぎて声が裏返っていた。
「了子さん!?」
「は、はいっ?」
 カウンターのお姉さんは、私の名前を知っていた。どうして? 面堂了子って、そんなに有名なの?
「私、面堂くんと同じクラスの三宅しのぶ」
「三宅、しのぶさん…?」
 ああ、今年の新年会に来ていたおにいさまのクラスメイトだ。成績が良くて、力持ちで、かわいくて優しいから、クラスで人気のある女の子だと、おにいさまはいつも私に話していた。
「しのぶさんは、なぜ、こんなところにいるのですか?」
「土日は、バイトなの。お小遣いが足りなくて…」
 としのぶさんは笑った。
「了子さんこそ、今日はひとり? 黒子さんたちは?」
「いません。今日は私ひとりで家を出てきました」
 そう言うと、しのぶさんはたいそうびっくりしていた。
 

「お待たせ」
 店の外で待っていたら、しのぶさんが私服に着替えて出てきた。
「よかった。ちょうどバイトが終わりで」
 私はしのぶさんに友引町を案内してもらうことになった。
「はい、クレープ」
 しのぶさんが私に紙袋を渡した。
「これが、クレープ?」
 首をかしげていると、

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