スクランブル!ラムを奪回せよ!!(2) (Page 2)
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そして、丼が冷めるのと比例してその輝きは失われていくのだ。
至福の時は短い。
最近流行の「汁ダク」なる物をあえて邪道とは呼ばぬが、必要以上に汁を吸い込み、
ふやけて汁の中に漂う飯粒には、かつての銀シャリとしてのプライドはもはや失われ
ていよう。私は好かぬ。
なお、心と財布に余裕がある時に、玉子を奢るのも悪く無い。
このとき肝要なのは、大胆に白身は使わず黄身だけを用いることだ、白身を入れると
牛丼の味が薄まりぼやけてしまう。
卵黄の衣をまとい、黄金色に輝く飯粒もまた華麗で、美味い。
勿論、黄身が半熟に成るように、牛丼が熱いことは言うまでも有るまい。

さすがに今日は、愚かなチビに牛丼の何たるかを講釈する気にもならず、無言で丼を
かきこんでいると、
「やっぱ命がけなんだろうねぇ・・・」
パーマが話し掛けてきた。
「何かっつうと日本刀振り回すボンボンが相手だからな、まぁ本気でかかれば恐らく
・・・」  
最後の一口を食べ終えて丼を置き、パーマに目を移す。
「怖いのか」
「いやそうじゃ無いんだけど・・・俺たち、ラムちゃんの親衛隊作ってからもうかな
りたつだろう、だからその・・なあ・・・」
「何だ、はっきり言ってみろ」
「玉葱あげようか?」
今までかかって選り分けていたらしい玉葱を持て余したチビが割り込んでくる
「要らん」
まったく間の悪い奴だ。
「長い年月が経っているから、褪めたとでも言うのか、命を賭けるなんてバカらしい
ととでも言うのか。お前達にとってラムさんとは何だったんだ。ラムさん無くして俺
たちの存在も有り得ない。ラムさんこそ全てでは無かったのか」
「メガネェ」
チビがなさけない声で訴えてくる。
「もういい、何も言うな。俺は今夜面堂邸へ突っ込む。その時、俺と行動を共にする
つもりの無い奴は、今すぐここから出て行ってくれ」
少しの沈黙の後、
「すまんな、メガネ」
「メガネの事一生忘れないよ」
「行く前に下着替えてった方がいいぞ」
各人一言ずつ別れの言葉を残して店を出ていった。
不思議と三人に対する怒りは無かった、裏切られたとも思わない、ただ悲しかった。
私自身、面堂と事を構えるのに恐怖が無い訳では無い。
彼らの気持ちも分るし、当たり前だとも思う。
少し、ラムさんへの想いの強さが違っていただけの事だろう。
 
気を取り直して、カウンターから立ち上がりかけると店員が声を掛けてきた。
「お勘定まいど、四人分で千四百円」
あいつら、牛丼代を払わずに出て行ったらしい。
「いや、五人分じゃ」
声に振り向くと、錯乱坊が隣で牛丼を喰らっている。
「チェリー、何時わいて出た」
「何時もの事じゃ、気にするで無い」
「何故貴様に牛丼を奢る必要がある」
「今日、お主の友人にテンの事を教えた」
錯乱坊は当たり前の事の様に言放って牛丼をかき込んでいる。
「フン、それだけか、理由に成らんな」
「先程、サクラより話は聞いた。ラムのことであろう、何なら拙僧に話してみぬか、
その相談料込みでよいぞ」
早くも、牛丼を食い終え、お茶を啜りながら虫の良い事を言ってきた。
「フン、だれがお前のアドバイスなどいるか」
錯乱坊は私のセリフを無視して、顔を覗きこんでくる。
「不吉じゃ、お主の顔に凶相が出ておる。死相と言ってもよいやもしれぬ。悪い事は
言わぬ、今宵は早く家に帰って大人しくしておる事じゃ」
死相が出ていると言われ、さすがに良い気持ちはしなかったが、どこかで納得してい
る自分がいた。
それよりも、この生臭坊主にも少しはモノを観る目が有ることが分った事のほうが何
かおかしかった。
「余計なお世話だ、俺にはやらねば成らない事が有る。ただ、それをやるだけだ」
「かなり思いつめておる様じゃのぉ。気をつけよ、そういう時は見えるものも見えな
くなりがちじゃ」
錯乱坊にしてはまともな事を言うものだ、
確かに、今回の事は分からない事だらけだった。
ラムさんは面堂の元にいて会う事は出来ない。
そして、あたるは頑なに沈黙を守っている。
早退した面堂とは何も話していない。
分っているのは、ラムさんは面堂の元に居ると言う事だ。
大金持ちの面堂がなぜ友引高校に転校してきたのかは知らぬ。
奴の学力と財力ならいくらでも好きな高校へ通えるだろう。
それでも友引高校に通い続ける大きな理由はラムさんだと睨んでいる。
そして、ラムさんを手に入れた面堂が明日からも登校して来るとは限るまい。
と言う事は、二度とラムさんに会え無い可能性が大きかった。
ラムさんに会え無い人生など考えられない、それは「死」も同じ事だ。
同じ死ぬのなら、たとえ一目でもラムさんの顔を見てから死にたい。

錯乱坊は黙って私を見つめていたが、小さく首を振ると呟いた。
「そうか、残念じゃ、決心は変わらぬとみえる。性よのぉ」
なにか寂しそうに聞こえたのは、気のせいだろう。
「これは、仏道に帰依する者の言葉ではないのじゃが。武運を祈っておる」
『武運を祈っておる』とは心でも読み取ったのか、コイツ意外と鋭いとこがある。

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