Once again 第一章 (Page 3)
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  「ちくしょうっ、もう一回だ!」
  「いいわよ、負けた方がお金いれるのよ?」
  「おう、覚えてろよ」
  勢い込んで再戦を挑んだあたるだったが、雪辱を果たすには至らなかった。
  前回よりは善戦したものの、力量差は歴然としていた。
  気が付けば、背後にはギャラリーが足を止め、二人の勝負に見入っていた。
  
  「行きましょうか」
  しのぶは照れながら、そそくさとゲーム機から離れていった。
  顔を近づけないと会話もままならないような、騒然とした店内。
  二人は周囲の様子を眺めながら、ゆっくりと歩き回る。
  
  「あ、あれ可愛い!取れるかな……」
  しのぶが足を止めたのは、クレーンゲームの前だった。
  ガラスケースの中に積み上げられた ぬいぐるみの中で、一際目立つペンギンの ぬいぐるみがあった。
  「よし、任せろ」
  失地回復とばかりに早速あたるがコインを投入し、チャレンジした。
  位置的には取りやすい場所にあるはずの、その ぬいぐるみがなかなか取れない。
  アームの握力が弱いのか、ぬいぐるみが重過ぎるのか、一瞬持ち上がるものの取り出し口に落とすまえにアームから外れてしまうのだ。
  「もういいよ、あたるくん……」
  「うるさい、気が散る!」
  五回、六回と失敗するたびに あたるは一層ムキになった。
  「無理だよ、もうやめようよ!」
  「今やめたら、今まで注ぎ込んだ金が無駄になる!やめるわけにはいかん!」
  「いや、もう取っても赤字確定だから……あぁ、もう見てらんない」
  思わず目を覆うしのぶの言葉に聞く耳ももたず、あたるは更にコインを投入していく。
  やがて、努力の甲斐あってか少しづつだが取り出し口に近づいているのが分かるようになってきた。
  そして、ついに数十回目にして難敵を攻略せしめ、ゲーム機が軽やかなファンファーレを奏でた。
  「きゃーっ、取れたじゃないのっ!すごい、絶対無理だと思ったのに……」
  はしゃぐしのぶに、あたるも少し得意げな笑みを見せ、戦利品をしのぶに差し出した。
  「やるよ」
  「くれるの?あたしに?」
  「俺が持って帰るわけにもいかんだろ」
  「他の誰かにあげる気じゃなかったんだ?」
  「……いらないなら別にいいけど」
  受け取ろうとしないしのぶに、あたるはそう言って床に置いていたバッグを背負った。  「くれるんなら貰う!」
  「そっか、じゃあやる」
  「……ありがと」
 しのぶはそれを受け取ると満面に笑みをたたえ、さっそくそれを抱きしめた。
  「手ごわい相手だったぜ」
  「ばか……」
  「さて、茶でも飲んで帰るか」
  歩き出すあたるの後をついていきながら、しのぶは手首を返して腕時計を見た。
  「……まぁいいか」
  しのぶは顔を上げ、あたるに歩調を合わせていく。
  
  
 駅前通りから路地に入り、二人は雑居ビルの中にある喫茶店のドアをくぐった。
  「らっしゃいっ!」
  喫茶店にあるまじき、威勢のいい言葉が飛んでくる。
  テーブルが三組、カウンター席が五つあるだけの狭い店だ。
  浮き輪やサーフボードが片隅に置かれ、氷と一文字書かれた旗は一年中下げられる事はない。
  
  店の名は《海が好き》
  かつては浜茶屋を経営し、後に友引高校の購買部にも勤めた藤波家の主人がマスターである。
  メニューに連なるのも、焼きとうもろこしやヤキソバ、かき氷などの浜茶屋メニューであった。
  「よっ、また来たよ」
  あたるがマスターに気安く声をかける。
  「毎度!」
  マスターもニヤリと笑い、景気よく応えた。
  「どうも」
  しのぶも、ペコリと遠慮がちに会釈して手近な席に座った。
  
  「いらっしゃいませ」
  水とオシボリを運んできたのは、黒いスラックスに白のカラーシャツ、黒のベストに蝶ネクタイというウェイター姿のウェイトレス、藤波竜之介である。
  「俺、コーヒーね」
  「じゃ、あたしミルクティー」
  あたるとしのぶが相次いで注文する。
  「かしこまりました」
  竜之介が軽く頭を下げ、カウンターに向った。
  「オーダー!ワンホット、ワンミティ!」
  「あいよ、コーヒー一丁ミルク紅茶一丁ね!」
  
  この親子の経営にしては、この店はまずまずの評判であった。
  今も奥のテーブルに二人組みの女性客とカウンターに一人の男性客がいる。
  かつての友引高校のクラスメートたちや教職員たちも頻繁に訪れるという。
  
  「最初はどうなるかと思ったけど、ちゃんと商売になってるじゃない」
  しのぶが感慨深そうに親子の様子を眺めた。
  「まぁ、そうだな」
  あたるはオシボリで顔を拭いながら相槌をうつ。
  
  「お待たせしました」
  竜之介は、コーヒーとミルクティをテーブルに置くと、当たり前のように しのぶの横に座った。
  「よく来るな、おまえら……大学生って暇なのか?」
  「暇っていうか、余裕はあるよね……時間に」
  不思議そうに尋ねる竜之介に、しのぶが答えた。
  「竜ちゃんは大学とか行かないの?」

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