Once again 第一章 (Page 5)
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  「そこのゲーセンにあったやつじゃないのか?店の客に聞いたんだけどよ、あのゲーセンはズルくてさ……そのぬいぐるみ、人気があるらしいんだけど、それだけ他のより少し重くなってて取れないようにしてるんだと。
  今まで何人も金注ぎ込んだけど結局誰も取れなくて……最近じゃ、もう誰もやらなくなったって言ってた」
  それを聞いて、あたるとしのぶが顔を見合わせる。
  「よく取れたね……」
 呟き、しのぶがぬいぐるみを口元に掲げながら嬉しそうに笑う。
  「そうと知ってれば手を出さなかったのに」
  対照的に、あたるは沈痛な面持ちで悔恨の言葉を口にした。
  
  「竜之介さん、いいですか?」
  後ろの席にいた女性客が、竜之介に声をかける。
  「はい、なんでしょう」
  竜之介が席をたち、彼女達のもとに向った。
 諸星あたるも席をたち、何食わぬ顔で彼女たちのもとに向った。

 「な、なによ、あんたは呼んでない!」
 「あ、あたしのジュース勝手に飲んだっ!」
 女性客二人がたちまち騒ぎ出した。
 「きみたち、可愛いね。どこの子?この近くに住んでるの?」
 竜之介の対面に座り、あたるが女性客に笑いかけた。
 「店の評判が下がるからやめてくれ」
 そう言いながら繰り出した竜之介の拳が、あたるの顔面に突き刺さった。
 「すいません、お邪魔しました!」
 しのぶも慌てて、あたるを肩に担ぎ上げて回収し、元の席に戻っていく。

 マスターはカウンターで暇そうに新聞を広げていた。
  
  竜之介は女性客に座らされ、話し相手にさせられていた。
 あどけない顔の竜之介は、女性客にも人気があるらしい。

  あたるは、身体を大きく捻って、背後に座っている女性客の一人に視線を注いでいた。  「あたしの顔なんか もう見飽きてるでしょうけど、そういうのはやめて欲しいわ。
 あなたって、いっつもそう!付き合ってるあたしがバカみたいじゃないの」
  「そんな事言われてもしょうがない、遺伝子がそういう風にできてるのだ」
 しのぶに向き直りながら、あたるが言い返した。
  「あなたの頭に詰まってるのは豆腐かなんかなの?理性とか分別とか常識とかも覚えたらどうかしら」
  「……ひどいことを言う」
  「言われたくなかったら、バカはやめなさいよ」
  涼しげな顔で言うと、しのぶは足元に置いたバッグを引っ張り出して、帰り支度を始めた。
  「ミルクティ三百五十円ね」
  しのぶは財布から小銭を出し、テーブルに乗せた。
  「ちょっと待て」
  「え、おごってくれるの?」
  あたるの制止に、しのぶが意外そうな声をあげる。
  「いや、そうじゃなくて伝票を見ろ」
  しのぶは、あたるが指し示した伝票に目を向けた。
  コーヒー、ミルクティに加えて、なぜかサービスだったはずのタコヤキ四百円まで記載されている。
  「あのオヤジ……」
  あたるの視線に気付いて、マスターが目を逸らす。
  「最初に想定しておくべきだったわね……ごちそうさま」
  「俺が出すのか?」
  「あたるくんが誘ったのよ」
  「俺、二個しか食ってないのに」
  「遠慮しないで食べればよかったじゃない」
  「……」
  これ以上の議論は無意味と悟ったのか、あたるは不服そうな顔のまま伝票を手に席を立った。
  予想通り、レジに立ったマスターは平然と伝票に記載された金額を要求してきた。
  「タコヤキはサービスと聞いたんだが……」
  「はて、何かの聞き違いじゃないかのう」
  「こういう商売してると、そのうち潰れるぞ」
  「今後ともご贔屓に」
  あたるの忠告にも悪びれた様子もなく、マスターは笑みを浮かべた。
  竜之介の方を見ると、彼女は慌てて目を逸らした。
  間違いなく共犯である。
  
  あたるは仕方なくタコヤキを含めた代金を支払い、店を出て行った。
  
   
 裏通りから片側三車線の表通りに戻り、二人は夕暮れの街の灯を浴びながらゆっくりと歩いていく。
  「ったく、アコギな商売しやがって」
  「まだ言ってる……元クラスメートの家計を助けたと思って諦めなさいよ」
  「俺は二個しか食ってない!」
  「それはあなたの勝手でしょ!いい加減しつこいわよっ」
  しのぶが怒りはじめてしまったので、あたるも黙り込んだ。
  
  「さて、遅くなっちゃた……帰ってレポートやらなきゃ」
  「学校の先生やるんだっけ?」
  「やれたらね……あたるくんは何か考えてるの?」
  「俺は何か思いついたことを適当にやるよ」
  などと、たわいのない事を話しながら歩いていると、すれ違う人が上空を気にしていることに二人は気付いた。
  天を指差し友人と何事か囁きあう者、携帯電話片手に何かを訴えている者など、正常でない事象が発生しているらしいと容易に想像できた。
  「そう言えば、ラムはいつ帰ってくるって?」
  歩道の真ん中で足を止め、しのぶが呟く。
  「……いや、それは聞いてないな」
  あたるも振り向くことを恐れ、立ち止まったまま答えた。
  
   と、不意に周囲が白い光に包まれ、二人の身体がふわりと浮いた。

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