共に見る夜空 (Page 2)
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さらに前に身を乗り出した。しかしあたるの望はうち砕かれるように温泉は首を横に振った。
それを見るなりあたるは一歩後ずさりした。そしてもう一歩。温泉はこの反応を見るのが嫌だった。
「くっ・・・!」
あたるは歯をかみしめ、揺らしていた。髪の毛であたるの目はかくされていたが、その向こう側では眉をふるわせ、目の焦点が定まっていない。そして無言のまま
部屋を飛び出した。面堂からもメガネからも悲しみの涙を出したかった。だが、さらに悲しいはずのあたるが賢明に涙をこらえるあたるの姿を見て自分たち
もこらえなければならないと思った。あたるが飛び出したドアは今だ揺れている。
あたるは自分が使っている寝室に入った。ドアをゆっくりと後ろ手で閉め、自分の荷物が入ったカバンを視界にとらえた。その部屋は二段ベットが二つあり、
とても狭い部屋であった。いかにも国民宿舎の様な汚らしい部屋である。
あたるは自分のベットの横に立つとばたっとうつぶせに倒れ込んだ。あたるは顔をシーツに埋め、ベットを何度も殴った。そのたびにシーツのしわは増え、そして
涙で汚れていた。窓の外にはなにもしらないツバメが雛にえさをやっている。あたるのバックの中には無邪気な笑顔をいっぱいに見せているラムの写真が、
荷物の隙間から見えた。
「うわああああ・・・」
一晩中悲しい泣き声が宿舎内に鳴り響いていた。あたるだけではない。面堂は雨の中、一人外で刀の素振りをし、メガネは声に出さず、腕で目をかくしながら、
大粒の涙を流していた。雨はその涙を覆い隠すかのように一晩中降り続けた。

翌朝
鳥たちが屋根の上に数匹たまっていた。グラウンドは昨日の雨でびっしょりと濡れており、また霧の深い光景があたる達の目に映った。四組は他のクラスより二日早く帰ることに
なったのである。帰りのバスの中、あたるはひじをつき、外の景色を眺めていた。合宿場は山野奥深くに存在し、そこへ行くには
小一時間ほど車で山中の道を走らなければならない。あたるの目は死んでいると言ってもおかしくなかった。昨夜は泣き疲れ、そのまま寝てしまったため、体力は
回復していたものの、やはりラムの死は精神的な疲れを一晩ではいやしてはくれない。
バスの中もやはりあたると同じ気持ちだった。合宿や修学旅行の帰りのバスなどだいたいどんちゃん騒ぎか疲れて寝ている事が多いが、全員寝ることはなく、そして
騒ぐことはなかった。バスの走るときの振動があたるの手を通じて頬に感じられた。
「諸星・・・」
隣にいる面堂が珍しく普通に話しかけてきた。あたるはゆっくりとその方向を見た。
「現実を直視しろ・・・。ラムさんの死体を見てもそれを受け入れろ、いいな?」
あたるは答えなかった。内心そんなことは言われずともにわかっていた。ただ、本当に受け入れられるだろうか。それがあたるの返事をためらわせた。あたるは、
わかっていても誓うことが出来なかった。空を見ると雲一つない青空が見えた。霧はもう晴れたようである。

あたる達のバスは一度友引高校に寄ってその旅を終えた。あたる達はそこから一度家に帰り、家族の無事を確認するため解散した。
あたるは我が家を見て逃げ出したくなった。昼なのに雰囲気はもはや真夜中だ。せめて入るのだけでも止めたかった。
しかし現実逃避しては行けない。つまりラムの死をこの目で受け入れなければならない。意を決しドアノブにゆっくりと手を掛けた。
「ただいま・・・」
低く言った。そしてラムが待っているであろう今にその足を進めた。できるだけ行きたくない、それがあたるの足を遅くした。そしてふすまを開けた。
「ラムちゃん・・・。あたるや・・・」
ラムのそばにテンがいた。その部屋は薄暗く、近くには線香が静かに光っていた。ラムは白い布団に静かに目を閉じている。
「綺麗な顔しとるやろ・・・」
テンがラムを見ながら口をゆっくりと開いた。後ろから見ていたあたるはテンの後ろ姿が、どこか悲しげだった。
「ラムちゃんは・・・、ちょっと飛んできたがれきが頭に・・・、打ち所が悪くて・・・それだけで逝ってしもうたんや・・・」
あたるはラムに近寄った。確かに綺麗な顔をしていた。汚れ一つなくただいつもと少し肌が白かっただけである。あたるは両膝をつき、胸で組まれている
ラムの手を静かに握った。
「ラム・・・」
呼び起こすように言った。ラムの顔は気持ちよさそうに寝ている様にしか見えない。だが、起きる気配はみじんも感じられなかった。握っている手をさらに強くした。
「そうか、もう覚めないんだよな・・・。永遠に・・・」
その夜、葬儀は地球と鬼星で行われた。特に鬼星での葬儀は日本で言う天皇陛下が亡くなったときと同じぐらいの衝撃である。葬儀には弁天達を始めとしたレイ等の
鬼達、エルやルパなどの騒動に巻き込まれた他の星の長、その他大勢の関係者によって葬儀場は埋め尽くされた。墓は鬼星にある。
そこに皆が悲しむ中、葬られた。


episode2 《夜空》 

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