「高校野球編:夢の場所・元の場所(中編)」 (Page 2)
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そう呟くとラムが視線をあたるの顔に向ける前に、あたるは身を翻して、どのナインより速くマウンドに歩いていった。ラムはその背中を見て、背番号1が、妙に目立つような気がした。
あたるが燃えている事に気付いた。
「三人分も背負いきれるかよ・・・」
マウンドの上で文句を誰かに言った。その言葉は何を意味するのか、本人と神のみぞ知るところだった。しかし、心の中ではそれは苦とさえ思っていなかった。
(コースケ・・・。心配しなくてもお前との約束は守ってやるよ)
あたるはチラッと彰を見た。腰に腕を引っかけて、タンカーの方をジッと見ている。
あたるはロジンを手の平でポンポンッとはねさせた。

PART2「【嬉しくないよ】」
コースケが居なくなったことで、ポジションが少し変わった。キャッチャーに二年生が入った。キャッチャーとしてはコースケ以外の三年生の何人かよりは上手い。
体重、身長は他のナインより、かなり大きい。
バッティングでは芯にあたったときの飛距離は友高で抜群ではあるが、三振も異常に多い。また、ヒットになった場合、バットを思いっきり放り投げる癖があるのだ。
そのバットの餌食になる者が後を絶たない。それ故にあたる達は彼のことを「バッド・バット(BUT・BAT)」と呼んでいる。
因みに彼の名前は「神岡 雄大」である。
「あたる先輩、気を使わずにドンドン投げてください」
神岡は強めの声でいった。その大きな体が発せられる声は脅迫めいた声にしか聞こえなかったが、一応神岡がやる気と緊張を混ぜて言ったことだとあたるは理解出来た。
あたるは少し口元に笑みを浮かばせると、帽子の鍔を上げて、自分より背の高い神岡を見上げた。
「お前ももっと、バッティング練習しろよ。多分、お前は来年はレギュラーだ。その時、四番もつとめないと、この大きなからだが泣くぞ」
あたるはグラブのでいう手の甲で神岡の引き締まった分厚い筋肉の固まりの中心、腹をポンポンと軽く叩いた。
「は、はい・・・。努力します」
普段は低く迫力のある声に、遠慮がちな敬語が混ざると些か面白かった。神岡はグラブで軽く叩かれた場所を右手で優しく撫でた。
「それから、バット放り投げる癖やめろ!あれじゃ、一発退場だ。バッド・バットって呼ばれたくなかったら、グッド・バットと言われるようにしろ!」
今度は右手の人差し指で、胸より上、首よりしたの部分を突っついた。
「先輩・・・、グッド・バットってダサくないですか?バッド・バットって先輩が名付けたときも、他の人しらけてましたよ。もう慣れた見たいですけど・・・」
神岡の奇襲にあたるはかなり気まずい目をして、カクカクと神岡から視線をずらしていった。
笑ったり、咳払いをして、話を誤魔化すと、神岡の腕越しに、バッターボックスを見た。それにあわせて、巨漢のキャッチャーも体を横にして同じ場所に視線を移した。
「全力投球でいいか?」
あたるはアゴを少し引いて、バッターボックスを見たまま低く言った。
「え、ええ・・・。良いですよ」
「自慢じゃないが、俺のストレートは155q越えてるからな」
とたん、神岡の顔が引きつった。目がやる気と緊張から一気に緊張だけになってしまった。やる気のバロメーターがぐーんと下がっていく。
速いことは知っていたが、其処までとは思わなかったのである。
とてもじゃないが、友引高校の中で喧嘩がめっぽう強い神岡もコレには恐怖を感じるべきであろう。
感じなかったら、あたるは間違いなくサドヤマを人間として見なくなるようになったかもしれない。
神岡はマウンドをおりて戻っていった。そのついでに、は〜っと溜息をついた。
「お前はコースケの怪我が治らなかったら甲子園じゃあ、お前が先発捕手だ。どうせなら治ってもコースケには甲子園の土を踏ませない気でいけよ」
完全に臆している神岡の背中に言った言葉は、咄嗟に考えた励ましの言葉だった。神岡は、背後ののマウンドに居るあたるを見たが、あたるの目線は下を向いていた。
あたるは彰を見た。一刻商ベンチからこちらをじーっと見つめていた。あたるは勝負がしたかった。どうしてもこの男を倒して甲子園に行きたい。しかし、そうするには何人ものバッターを
歩かせて、なおかつ、ツーアウトで彰が来るようにしなければならない。一刻商の強力打線は、いくらあたるでも思い通りにはならないことは十分承知していた。
さらにコースケとの約束もある。絶対彰と勝負しようと思っては行けない。
「やっぱ・・・、勝負してぇな・・・」
あたるはまたもやぼやいた。

あたるは振りかぶった。そして、もうおなじみの白い弾丸は神岡の構えるミットに突っ込んで行き、これまたおなじみの爆発音がミットから鳴り響いた。
ドォーン!
やはり何球投げてもいい音だった。神岡には今まで受けたことのない衝撃だった。体が少し後へよろめき、右足を後へずらして体勢を取る。
(うわっ、痛ぇ〜!)

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