「高校野球編:夢の場所・元の場所(中編)」 (Page 7)
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直ぐさまバッターボックスを見るとボールが彰とキャッチャーのちょうどど真ん中を殆ど死んだように転がっていた。因幡はと言うと、一塁ベースへ走っている。
竜之介も三塁へ向かっていた。彰は死んだボールを追いかけている。
『セーフティバントだァ!!』
あたるは落ち着いたような顔をして、しかし、汗が頬を伝っていた。あまりにも急なことで声は出なかったが、両手はこれ以上にない力で握られていた。
(いけ、因幡。行け!!)
頬から垂れ落ちた汗が、握り拳に落ちたことにあたるは気付かなかった。彰は全力疾走でボールを取るとほぼ180度逆方向にボールを投げた。一塁へだ。
それを知ってか知らずか、因幡は九死に一生を欲するように土を巻き上げながら、因幡はヘッドスライディングを試みた。体が緩い放物線を描き、因幡の体が中に浮いた。
しかし遅かった。ファーストミットに彰から送球されたボールがぶち込まれたのである。それが終わったコンマ数秒後に因幡の手がベースの上に乗った。
審判がアウトを宣告した。
『アウトォ!しかし、藤波は三塁へ!因幡最低限の仕事をしました!』
因幡はヘッドスライディングで汚れたユニホームの腹の部分をぱんぱんとはたき、友引ベンチへ歩いていった。そして、小さくガッツポーズを取った。
あたるはその因幡を見た。アウトではあったが、同点のチャンスに繋げた。コレまで何度も甲子園に行くチャンスを持ち、しかしそれの出来なかった友引高校をやっとここまで連れてきたのだ。
至上まれに見る友引高校のレベルの高さ、コレを甲子園で見せずしてどうする?それが因幡の今の正直な気持ちだった。
因幡はベンチに歩いてくる途中、バッターボックスに向かうあたるのところに向かった。
そして、お互いの右腕の、右手の、手の平をそっけなく、しかし託す側から託される側に向かって意志を繋げる意味で叩いた。
ただ、それはこの後あたるは彰と勝負するという最大のチャンスとピンチを生かして欲しいという因幡の意志も込められていた。
「勝つよ、この勝負」
そう呟くとあたるはヘルメットの鍔を上げて、マウンドの上の倒すべき相手を見た。
その男は自らが尊敬する男の従弟で、尊敬する人物より野球の才能が高く、そして友引高校が甲子園にするためには
越えなければならない最大の壁だった。そして、密かにラムを想っている人物だった。あたるがそれを聞かされたのはつい先ほどだった。
試合前日、ラムが買い物をしている最中に偶然会った彰は言った。
「もし、今度の決勝戦で俺が勝ったら一刻商の試合を見て欲しい・・・、甲子園に・・・」
そういわれたラムがどういう意志を持って、今、それを聞かせたは不明だが、あたるはこれに怒りでもなく、またラムに対する独占欲も出てこなかった。
そして、ラムに返した言葉はこれである。
「もし、一刻商が勝ったら甲子園の試合、見に行けよ」
ラムはショックだった。しかし、ついでにこう付け加えた。
「ただ、友引高校が勝ったら、俺達を見てろよ」
そして、あたるは最終決戦の舞台へ歩いていった、ラムが背番号1を見つめたまま・・・。

〜続〜

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