「高校野球編:夢の場所・元の場所(中編)」 (Page 5)
Page: 01 02 03 04 05 06 07

あたるは彰の目を見た。彰のその目には、殺戮を欲しいままにする鬼でもなく、復讐に燃えた殺人者の目でもなく、
戦いの本能に目覚めた武士を思わせ物だった。その燃える目の持ち主は振りかぶっていた。それと同時に竜之介の体の動きがまったく無くなっている。
彰は左膝を上げると、再び白球が空間を引き裂いていった。
静寂を守っていた竜之介のバットがヒュッと音を立てて、その白い白球へ向かっていった。バットの先は円の弧を瞬間的に描いて、バットの勢いが頂点に達したとき、
ボールとバットが激しくぶつかった。キッ!と音が鳴った。
(よし!)
竜之介はその瞬間、どうしても勝たなければならない相手に完勝した気分だった。しかし、それもほんの一瞬だった。鈍い金属音がバットから鳴り響くと、ボール前に飛ぶことなく真後ろに飛んでいき、
一刻商キャッチャーの頭上と審判の顔の左横を勢いをゆるめることなく、瞬間的に通過していった。
手がじーんとなって手がしびれていた。竜之介はしびれた右手の手の平を見て、思ったよりボールに重みがあること、そして自分の選球眼が少しついて行けていないことを実感した。
(ツーナッシング・・・)
竜之介は少し冷や汗をかいて、バットを軽く回転させた。足下の土を整理して、自分の打ちやすいように足を固定する。
それは明らかに焦りを相手に悟られないようにしようとする動作そのものだった。
最後の一球である。コレを空振りしたら、三振。フライでもゴロでも行けない。先頭打者としてフォアボールでもデッドボールでも振り逃げでも良い。
一塁に行って、攻撃の最後のチャンスへ繋げなければならないのだ。そうしなければ甲子園は金輪際、友引高校には行くことは出来ないだろう。
現代の友引野球部は至上最強であり、甲子園でも歴代トップクラスに属する強さを見せつけるだろう。
それを意識した竜之介は、先頭打者としての義務を痛烈に感じていた。
三球目。球威の衰えないストレートが飛んできた。ついていけないスピードでも、決して力をゆるめることなくバットを思い切り振り抜いた。
キンッ!!
『強烈なあたり!藤波打った!』
打った球は三塁線を転がりながらも、疾走していった。一刻商のサードはダイビングジャンプをして左手を目一杯延ばして、ボールを懸命に取ろうとした。
それでも、ボールはサードのミットを弾いて離れていた。喜ぶ竜之介であったが、三塁線を破ることはなかった。
「ファール!」
一塁審判が大きくVの字型に両手で上げた。
『ファールです!ファール!しかし、藤波の当たりは芯を捉えていました!』
「く〜」
あたるは両手を握って一生懸命悔しがった。しかし、直ぐに他のナインがベンチから飛び出して、竜之介に大きな声で、応援を始めた。
「いけェ!竜之介!まだ、アウトじゃねえ!!」
「もちろんだ!」
竜之介はバットを彰に向けて、少し挑発する素振りを見せたが短時間だけだった。少しのどを鳴らして、バットを大きく回した。
見逃しとファールでツーストライク。彰は少し誘い球を投げてくるかもしれない。しかし、真っ向勝負で三球三振を狙っているのか。
竜之介は頭をフル回転させた。打つべきか、見るべきか・・・。日頃考えることを得意としない竜之介が、追いつめられたこの状況で考える余裕はほとんど無かった。
(ええい、野生の勘だ!)
彰の投げたボールは布にはさみを入れ込むようななめらかさで、空気を切り裂いてミットに突進していった。竜之介はバットを体中の力をみなぎらせて振った。
キンッ!!
『藤波、ボール球に手を出した!』
竜之介の肩の高さより少し上の高さのボール球だ。
『しかし、勢いは弱い物の飛んだ場所は一二塁間のど真ん中!!』
ボールはポンポンとグラウンドの土をバウンドする事に蹴っていき、一二塁間を走った。一刻商の内野陣は全力疾走をかけて、ボールに飛び込んだ。
「取るなァ!!」
竜之介の言葉に反応したのか、しなかったのか、ボールはファーストのグラブをかすった。
少し方向の変わったボールはちょうど、セカンドの飛び込んだグラブの中にすっぽりと収まる形になった。
「チッ!!」
竜之介は舌打ちをした。竜之介は走ることによって生じる向かい風を顔に受け、髪をなびかせ、土を激しく巻き上げながら一塁ベースへ向かった。
彰がベースカバーに入ってきたのを見た竜之介は、舌打ちをしてさらに全力で走った。大して走る速さは変わらなかったが、その闘志がファーストに走ってくる彰を多少恐れさせた。
(させるか!)
一刻商の誰もがそう思った。
ボールをジャンプして何とか取ることのできた一刻商のファーストは芝に体をこすりつけながら取った喜びにふけることなく、一塁にいる彰に投げた。
それを見た竜之介はとっさにヘッドスライディングに転じた。体が一瞬中に浮き、一瞬の無重力状態を竜之介は感じた。目はまっすぐ一塁ベースを捕らえて、手はコンマ一秒もかからない距離にまできていた。

Page 4 Page 6
戻る
Page: 01 02 03 04 05 06 07