「高校野球編:夢の場所・元の場所(中編)」 (Page 4)
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「サヨナラのヒットを打つのは本来コースケさんの仕事・・・。だけど、今はいないなら、それはダーリンの仕事になるっちゃ!この回だけは、ピッチャー諸星じゃなく、
 バッター諸星・・・。サヨナラのバッターだっちゃよ」
ラムはもう一度、さっきより幸福そうな笑顔をあたるに見せた。あたるはその笑顔をジッと見つめた後、帽子の鍔を思い切り下げて、顔が赤くなったのを隠そうとした。
それでも、ラムに丸見えなのは仕方がない。
「九回裏、一点差・・・。友引高校の攻撃は一番竜之介から・・・」
あたるはもう一度自分たちの状況を口で確認した。

友引ナインはベンチ前で親父を中心とする輪を作った。
「わいらはコースケ抜きで甲子園行きの切符を手に入れなあかん・・・。九回裏までどうにか一点差に食いついたのは何でや?」
円陣の中心の親父はいつもの大声ではなく、静かな落ち着いた声で話していた。それをナインも違和感を感じることなく、聞き入っていた。
「九回の裏があるからや・・・。ええか、九回の裏は他の回とは違うんや。奇跡の起きる回や・・・。その奇跡の場面にわいらの攻撃があるんをフルに活用せい・・・。ええな?」
ナインは、特にレギュラーメンバーは大きくうなずいた。
「よし、円陣を組め」
親父が命令をすると、ナインは互いに肩を組み合い、上半身を前に傾けた。上から見ると、中心に向かって頭を突き出す感じだ。
「いくぞォ、甲子園!!」
「オォー!!!!」
あたるのかけ声にナインが、これ以上に無い声で叫んだ。その声は守備につく一刻商、球場内、中継するテレビにもその声は響き渡った。
無論、面堂を始め、温泉やルパ、彰の耳にも聞こえてきた。
円陣が崩れると、一番の竜之介は、バットを手に持った。そのバッドを両手に持つと、ジーッと見つめ、このバットにボールがあたるように念じた。
自分が塁に出なければ、サヨナラのチャンスは無くなる。後続を手助けする意味でも塁に出なければならない。グリップを絞めるように握って、ギュッと音を立てた。
 
外野スタンド
面堂はルパが隣に座っていないことにようやく気付いた。周りを見渡すと、不自由な足を強調する車いすを運転しながら、球場を去っていくのが見えた。
「黒川さん!」
急いで駆けつけた面堂は、ルパに追いついて直ぐに呼び止めた。
「最後まで見ていかないんですか?九回の裏なのに・・・」
「バカ、彰はおれの従弟でもあるんだぞ。どっちが勝っても嬉しくないよ」
肩越しにルパはそう答えた。少し残念そうな目だった。本当は心の中で試合を最後まで見たかった。でも、見終わった後に後悔しそうなのだ。結局どちらが勝っても
半分しか喜べない。こんなに緊迫した試合なのに面白くないと思ったのは一度もなかった。
「面堂、お前は、最後まで見ていけ・・・。この試合を制したチームは、8月に、甲子園でお前ら豪太刀とあたることになるだろうから・・・」
ルパは呟くように言うと、少しジーッ面堂を見た後、そのまま車いすに乗ってを日差しの強い外に消えていった。
「黒川さん・・・」
面堂はルパの姿が見えなくなるまで球場の外を見ていた。


PART3「【俺たちを見てろよ】」

竜之介がバッターボックスの横に立った。そこで、緊張をほぐすように胸に手を当てて大きく深呼吸をした。そして、ベンチをみて、
ジッとこちらを見ている友引ナインの顔を一通り見た。ネクストバッターサークルの因幡もバットを地面にたててこちらを見ている。
竜之介は最後に親父の姿を見た。親父は小さくうなずき、竜之介も小さくうなずいた。
そして、バッターボックスに立って、バットを大きく回した。そして、ピッチャーではなく、スコアボードを見た。
(2−3・・・。まだチャンスはある!)
バットギュッと構えて、ピッチャー彰を見た。彰も竜之介をにらんで、闘志むき出しの姿を眺めると、振りかぶった。
ゆっくりと左足を上げて、ボールを投げた。ボールはバッターボックスとマウンドの間を静かに駆け抜けた。
ドォーン!!
キャッチャーミットに入った。外角の低めだ。竜之介はバットを出しかけて、しかしボールと判断し、引っ込めた。
「ストライーク!!」
微妙なその判定に竜之介は驚いた表情のあと、舌打ちをした。今のはストライクと言われても仕方ないコースだった。
彰はフッと笑って、キャッチャーの返球をグラブに納めた。
「彰め、ストレート勝負に徹する気か?」
ベンチのあたるは独り言のような、誰かに話しかけるような言い方で、口を開いた。
「そうなんですか?」
あたるの台詞を聞いた因幡が答えた。
「そうだろ?俺だって、九回裏で相手が気合い十分で臨んできたらそうするさ。ま、中には打たれるわけには行かないって、変化球重視で来る奴もいるけど・・・」
「ふーん・・・」
(ただ・・・、あいつが直球勝負に来たところで、何人が打てるか・・・。このまま三者凡退だったら、甲子園はないぞ、竜之介!)
それは自分に対する戒めでもあった。

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