「高校野球編:夢の場所・元の場所(中編)」 (Page 6)
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そして、体が地面にこすれ、土が舞い上がるのと同時に竜之介の手はベースに触れた。しかし、それは同時に彰のグラブの中にボールが納まった瞬間でもあった。
ほぼ同時の出来事であると思った彰と竜之介は審判にすばやく視線を移した。
「セーフ!!」
大きく手を左右に広げ、審判はまるで叱るように叫んだ。
『セーフです!!セーフです!!一番藤波、内野安打で出塁!ノーアウトランナー一塁!友引高校はこのランナーを生かすことができるのでしょうか!あるいは一刻商がそのまま逃げ切るか!』
「よっしゃァ!!」
あたるは因幡の首を自分の右手に抱え込み大いに喜んだ。あたるが声を上げるたびに因幡の首は大きな振動に巻き込まれたが、顔は笑っていた。
同じくしてナインがガッツポーズを取ったり、隣にいる友と手を叩いたり、抱き合ったりと同点のチャンスに喜びを体の中から沸き立たせた。
竜之介は一塁ベース上で大きくガッツポーズをとった。
(やったぜ。コースケ!)
竜之介は病院で静かに戦局を見守る友引高校野球部の最高のキャッチャーに心の声で呼びかけた。
『ノーアウト一塁!同点のランナーを背負ったまま、黒川のピッチングは再開します!しかも藤波は県内屈指の俊足の持ち主!状況が苦しくなる一方です!』
因幡はバッターボックスに向かった。やることは最低限竜之介を二塁に進ませること。
出来れば自分も塁に出るべきだ。バッターボックスに向かう途中で何球目を打つべきか、因幡の頭はフル回転していた。
竜之介と逆に考えることは得意な因幡だが、結論が出るのはいつも遅い。じっくり考えすぎて、逆に深みにはまるのが、落ちパターンだ。
結局、因幡も竜之介と同じ考えに達した。
(野生の勘だ!)
本人は竜之介と同じ事を考えていたとは知らなかったが、いまの自分に出来ることと言えば、2人とも野生の勘で打つしかないである。
答えは2人とも一つに絞られていた。竜之介は内野安打で運と実力を上手く組み合わせた。因幡も出来るはずだ。ただ、出来ない確立の方が数値が圧倒的に上であるが・・・。
圧倒的に少ない確率を生かすことを奇跡と呼び、奇跡は誰にでも起きることだ。ただ、その機会が少ないだけである。
因幡はバッターボックスに立つと、無駄な動きをせずバットを構えた。
(繋ぐ・・・。絶対に諸星さんに繋ぐ!)
彰はジッと睨んでいる因幡を睨み返す事はせず、ただ敵意のない目で見ていた。甲子園に行くためのたった一枚の切符を争う相手としてのライバル意識のある目だった。
彰は一塁ベースからリードを取っている竜之介を監視するようにチラッと見ると、空気だけしかない彰と因幡の間に白くて堅いボールを走らせた。
ボールが手から放れる瞬間、彰の目に因幡の目が映った。ほんの一瞬見たその目に挑戦状をたたきつけた。打てるモノなら打って見ろ!と。
ビクッ!
しかし、挑戦状は因幡には通じなかった。彰の体の芯から恐怖が沸騰してきて、一気に体外に噴出した。その瞬間、ボールが左に大きく逸れた。
バッターボックスにいる。因幡、一刻商のキャッチャー、球審の左側を時速145キロのストレートが一瞬にして後に過ぎ去っていった。
『黒川のボールが大きく逸れた!!その間に藤波が二塁へ向かう!』
一刻商のキャッチャーはマスクを放り捨てると後方のボールを追った。ボールは思ったよりスピードが速かったらしく、その分跳ね返ってくる力も強かった。キャッチャーマスクが地面に落ちて
左右に揺れるのが終了する前に矢の如くボールが二塁ベースに投げられた。しかし、それは焼け石に水であった。投げ終えた瞬間に竜之介の姿がキャッチャーの目に入り、
もう既にベース上に立っていて、余裕を見せていた。無意味に投げられたボールはセカンドが捕球され、何するまでもなく彰に投げた。
『ピッチャー黒川のワイルドピッチです!ノーアウト二塁!得点圏内にランナーを進めました!』
(な、なんだ・・・!?)
彰はセカンドから投げられたボールをグラブに納めると、帽子を深く被って動揺している顔を見せまいとした。そして、因幡の目が先ほど感じた恐怖の原因であることを確信した。
 
友引ベンチ
「また、やりおった」
「因幡くんの睨み戦法?」
親父のつぶやきに、ラムが付け加えるように答えた。先ほども、彰に変わる前のピッチャー・大山も同じ被害を受けていた。
「ホントに怖いのかな?」
「さあ・・・。お前もピッチャーやってみたらええ」
何気ない会話のあたるは耳を傾けていた。こんな緊迫した状況で何という会話をしているんだと心の中でツッコミを入れたが、あるいはそれは緊張を和らげるための
会話だったかもしれないと思うと何も言う気になれなかった。
ワァー!!!
球場内に大地を揺るがす程の大歓声が起きた。ラムと親父の会話に集中している間に、因幡が何かをやらかしたらしい。

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