時は夢のように・・・。「第6話〜心と心は・・・。」 (Page 2)
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 みんな、大学受験を控えていて、自分の成績の悪さからケツに火がついて、最後の望みの綱の面堂に泣きついたのだ。面堂は普段、爪を
隠してるけど先生より頭がいいくらいなんだ。
 俺は窓の外を見た。
 透き通ってどこまでも真っ青な空を、白い飛行機雲が横切って伸びていく。
 もう少ししたら梅雨だってのが嘘のように、夏がすぐそこまできてる予感がした。
 勉強に身が入ってないのは、認める。
 でも、二人の事が気になるのは、しようがないじゃないか。いつも一緒にいる家族みたいな二人。誰よりも身近な他人同士。
面堂「・・・諸星、物思いにふけるのもいいけど、ひとつ忠告しとく。」
 面堂が物差しで俺の額をピシっと弾く。
面堂「唯さんは、貴様が考えてる以上に、貴様のことなんか気にしてない。ラムさんだって、今は受験の事とかでいっぱいいっぱいみたい
   だし、彼女達には彼女達の時間と、事情があるんだ。」
 俺はズキッとした。
 二人は俺のこと、迷惑に感じてるのか?
 なんとなく避けられてるって状態はうんざりだ。直接、二人にぶつかってみようか。
 その夜、別々の食事を終えた後、唯は自分の部屋に引きこもってしまった。ラムは学校から直接UFOに行ってしまった。今夜も降りて
こない・・・かな?
 UFOまでは行けないけど、とりあえず、俺はお茶の準備をして、唯の部屋の扉を叩いた。
唯「ああ・・・あたるさん。いいわよ。急ぎの仕事があってさ・・・ちょっと休憩しようと思ったところ。」
 部屋着に薄手のセーターを羽織った唯が、嫌な顔もせずドアを開けてくれた。
あたる「お茶の用意したんだけど・・・どうだい?」
 机の上には、マグカップが湯気を立てていた。
唯「あれはインスタントのコーンポタージュよ。ありがとう、お茶も飲みたいと思ってたんだ。」
 唯はくらくらするような、人を魅了する罪な笑顔になる。途端に俺の動悸は速くなり、胸が苦しくなってくる。
 ずっと唯の笑顔を見つめていたい。だけど、見ているとだんだん、身体が熱くなって胸がドキドキして、苦しくなるから・・・どうした
らいいだろう。
 前に入ったときより、机のフォトスタンドが、一つ増えていた。アルミ製で可愛らしいハート模様のスタンドで、ディズニーのキャラク
ターの絵ハガキが飾ってある。
唯「これね、妹からのハガキなの。」
 唯はフォトスタンドに入れていたハガキを大事そうに両手で持って、俺に渡した。
 いつ届いたんだろう。宛名は鉛筆で、ローマ字で書かれてる。
 MISS  YUI INOSE ・・・・・・TOMOBIKI NERIMA TOKYO JAPAN.
 文面は日本語だった。女の子らしい文字で、
 『おねえちゃん、おげんきですか? わたしもげんきです。
  あたらしいおともだちもいっぱいできました。たのしいけど、さびしいです。
  おねえちゃんにあいたいな。
                                    姫』
 と、綴られていた。
あたる「唯ちゃんの妹は、小学校二年生だったっけ?」
唯「ええ、二年生になったばかり。姫ったら、すっごいやんちゃだったの。まるで男の子みたいで、いっつも泥だらけだったなぁ。フロリ
  ダじゃ少しおとなしくなったって、両親からの手紙には書いてあったわ。」
 唯は遠くを見る目をした。憂いをたたえた眼差しは、初めて会ったときの、戸惑いと不安に包まれていた、切ない表情。
 不謹慎かもしれないけど・・・そんな時の唯は、とても綺麗だ。
あたる「ちょっと気になってたんだけど、唯ちゃん、何か悩み事があるんじゃないの?」
唯「・・・え、どうして?」
 唯は首をかしげて、ニコッて笑った。
 でもそれはいつものような、こっちまでうきうきしてくるくらいの明るい笑顔じゃなく、どこか寂しげな影のある微笑みだった。
あたる「どうしてって・・・。」
唯「そんなこと、気にしないでいいのに。あたるさんは、今それどころじゃないでしょう?」
 唯は黒く澄んだ大きな瞳で、俺をじっと見つめた。
唯「大事な試験が控えてるんでしょ? 三年生なんだし、もう受験はすぐそこよ。私が元気ないように思えるのは、仕事のせいでしょ。今は
  本腰入れて仕事に打ち込まなきゃいけないし、今月末には沙織ちゃんとダブルスで、テニスの試合もあるし。今、心残りのないように
  やっておかなくっちゃね。」
あたる「あの、沙織ちゃんが、唯ちゃんは秋の選考に上ればフロリダに行くって。」
 唯は顔を上げ、毅然とした表情で俺を見た。
唯「人のことなんか気にしないで。あたるさんには、自分の事を第一に考えててほしいの。」
 それって、どういう意味なんだ?
 なんかごちゃごちゃして、何から考えたらいいのか、分からない。
 一番大事なことから始めろって、サクラ先生も言っていた。
 でも、俺の一番大切なことって? 将来の夢? 進路の選択?
 ・・・俺、何がしたいんだろう。

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