時は夢のように・・・。「第6話〜心と心は・・・。」 (Page 7)
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あたる「(ああっ、こんなチャンスはもう無いだろうなぁ。)」
 ケダモノになりそうだ。でも、なんでかな・・・あまり煩悩が働かない。
 きっと、パニックになってて、煩悩が萎縮しちゃってんだろうな。
 しばらく、そのままでいた。
 そして急に、唯は叫んだ。
唯「あっ・・・ごめんなさいっ!?」
 おれがどうにも反応できないでいるうちに、唯は我に返った。みるみる頬を真っ赤にして、離れていってしまった。
 そして、唯は両手で顔を隠して、泣き出してしまった。
 最初は声も立てずに・・・しだいに、堰を切ったように涙が溢れ出す。
 俺は、あんまり泣いたことないから・・・こんな時の女の子の気持ちなんて、よく分からなかった。ただ見つめているだけで、どうして
やったらいいのか。そっと、肩に手を置いた。細い肩も背中も震えている。
 俺はずっと唯の肩を抱いていた。
 やがて、泣き疲れた唯は、放心したように、階段に腰を下ろした。
 俺は近くにあった自動販売機でウーロン茶を2本買って、唯の隣に座った。
あたる「コレ飲んで、気分変えて・・さ。」
 ウーロン茶を手渡すけど、唯は飲もうとはしなくて、目を伏せて、ぽつりとこぼした。
唯「私、急に寂しくなったの。・・・今まで、あたるさんやラムさんとの新しい生活に慣れるのに一生懸命だった。それに少し馴染めてき
  た頃に、家族の手紙を見たら・・・なんだか急に。私は、この日本でたった一人なんだなって。気を悪くしないでね、家族と・・肉親
  と離れてるんだって意味よ。すごく寂しくて・・・今思うと、いろいろ重なったのかも。沙織ちゃんともちょっと口喧嘩しちゃって。
  春には親切にしてくれた先輩が転勤になっちゃったし、仕事でも、プレッシャーが大きくて。」
あたる「・・・・・」
唯「自分のことさえ、自分で分からなくなってた。ただ寂しくて、でも誰かに話すのも嫌だった。ごめんね・・・。私、この世でたったひ
  とりみたいに思い込んでた。」
あたる「唯ちゃん・・・。」
唯「馬鹿だよね、私。ひとりじゃなかったのにね。こんなに近くに、あなたやラムさんはいたのに。」
 顔を上げて唯は、潤んだ瞳を俺に向けた。
 俺の手にウーロン茶の缶がなかったら、唯の手をぎゅっと握りしめていただろう。
唯「・・・えへっ!」
 彼女はニコッと笑った。
 それは無邪気な子供のようだった。ひさしぶりに見る、唯の心からの明るい笑顔だった。そうだ、唯ちゃんはこうでなきゃ。

                             *
 気がついたら、日は西に傾いて、街は黄金色の光に覆われて、あたたかい景色に変わっていた。
 俺はあまり気が乗らなかったんだけど、唯がバイクに乗せてくれるって言うから、二人乗りして帰った。
 意外にも、唯らしくない大人しい運転だった。とは言っても、普通からすると、全然ありえない時間で着いちゃったけどね。
 唯が庭にバイクを置いてくるのを、玄関前で待って、俺たちは玄関の扉を開けた。
唯「ただいまぁーっ!」
 唯の元気いっぱいの「ただいま」が玄関に木霊する。
 玄関先では、ラムが、俺たちの帰りを待っていたように、
ラム「おかえりーーっ! だっちゃ♪」
 ラムと唯は、笑顔で顔をあわせた。
ラム「早くあがって、手を洗うっちゃ。もうすぐ夕飯だっちゃよ。」
唯「うんっ。」
 玄関をあがって、洗面所に向かう時、唯は足を止めて振り返った。
唯「ありがとう、あたるさん、ラムさん。私の為に・・・いろいろ心配してくれたのね。私ひとりで浸ってて、気付かなかったんだわ。」
 しんみりとした口調で、唯は俺とラムを交互に見つめた。
唯「本当にありがとう!」
 ラムはどうか分かんないけど、俺は、なんだか胸がつまって、何もしゃべれなかった。
 うまい言葉なんて、そうそう出てくるもんじゃないよね。


エンディングテーマ:BEGIN THE 綺麗
                                             第六話『心と心は・・・。』・・・完

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