高校野球編:最初の夏・最後の夏(後) (Page 2)
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「まあな・・・」
「それで?」
「ルパさんも彰と同じだったんだ・・・」
「・・・、そうだっちゃね・・・」
あたるは振り返ってラムを見てみた。その瞳がグラウンドに向けられ、バッターボックスに立つカクガリに無言の声援を送っていた。
「甲子園は自分のための場所・・・、それだけだよ」
昼間の太陽がまっすぐ上から照りつけていた。その光りは全ての選手に重荷となってのしかかり、そしてそれを選手が耐えている。
「・・・」
「俺は黒川さんを差し置いて甲子園に行くことに抵抗があった。まあ、甲子園に行けばそんな気持ちも失せると
 思ってた・・・。けど、そうじゃないんだな・・・」
テレビの前で手に汗握りながらある者は三振を、ある者はヒットを望んでいた。
「そんな気持ちじゃ行っちゃいけないんだよ。だから、俺は一つ夢を捨てた・・・」
カクガリの打った球は高く上がった。その球を見た一刻商の外野陣は少し後に下がり捕球体勢に入った。
「黒川さんを越えるピッチャーになること・・・。それが一つの夢だった・・・。でももう越えている・・・。そう断言してやる!」
あたるは胸の前ら辺で握り拳を作って見せた。
「そうだといいっちゃね・・・」
「けど、それを証明するには・・・」(あたる)
あたるは口元に笑みを浮かべた。そして高々と上がったカクガリのボールが落下し始めた。


PART2「【叶う夢・・・、ですよね?】」
ワァァァァァァ!!
大歓声が味方のスタンドからわき上がった。そのスタンドの人々は精一杯喜びを表現し、また声をはり上げた。
『入ったァ!!何と友高の中で最も打率の悪い大岩が一点差に迫るソロホームラン!!しかも友高の得点は全てこの大岩によるモノ!
 この試合、その底力を発揮しました!!3−2!!』
カクガリは喜びの声を張り上げながらベンチに向かってきた。
「カクガリィ!お前は英雄だァ!」
竜之介がカクガリに飛びついた。珍しく竜之介の目に涙が浮かんでいた。その後にパーマ、チビが続きカクガリの頭をぽんぽん叩いていく。
「カクガリ!」(パーマ)
「カクガリ!」(チビ)
「カクガリィ!」(コースケ)
「先輩!」(因幡)
先輩後輩関係なくカクガリを祝福する。笑顔を浮かべ皆の祝福を腹一杯に食べた後、乱れた服装を直して親父の前に立った。
「この試合、やっと監督の期待に応えられました」
「・・・そうか」
今度はメガネだが、メガネは空振りの三振だった。悔しさもあった。だが、それ以上のモノを得た。
「・・・3−2か・・・」
親父の一言で再び、場が静まりかえる。一点差・・・。その差がこの試合どれだけ重いかを誰もが理解していた。
「監督・・・」
あたるが親父の前に立った。そして、帽子を取って口を開いた。汗にまみれ泥だらけの顔に輝きがあった。
「諦めますか、監督・・・」
あたるの一言で諦めかけていた親父の表情が変わった。
「諦めますか?」
あたるが再び親父に言う。その光景を見てナインが静かにあたるの後に並ぶ。それはスタンドから見ると、監督から指示を受けているナインに見えた。
「諦めろと言ったら、お前どないする?」
「それが監督の指示なら、俺は従います」
友引ナインが俺もといわんばかりにうなずく。
「ただ・・・」
あたるは一刻商の彰を見てから閉じた口を開く。
「それは夢じゃないでしょ?」
親父もそうだが、あたるの心にもなにか引っかかりが取れた気がした。その言葉によって自分も救われた。
「もし、これが叶わない夢だとしたら諦めるしかありませんが・・・、まだ十分叶う夢・・・ですよね?」
親父はあたるを見上げた。
「戦い抜きましょう!監督!!」(コースケ)
「監督!」
「監督!!」
ナインが一丸となって監督という言葉を何度も繰り返した。その声の嵐は親父の頭の中に響いていた。そしてその響きがラムの母の姿を映しだした。
「甲子園・・・、行くっちゃ!」
そのラムの母の姿とラムが重なった。母親にそっくりなその仕草が重なった。
一瞬視界がぼんやりとなってそこにラムの母がいた。天国から見守る母がいた。
(お前・・・。・・・甲子園いこうか!)
母の姿は軽くうなずいた。
そして親父は立ち上がってナイン達の前に立った。
「ええか!これから一点もやるな!残りの回で二点取れ!そうすれば勝てる!!相手はお前らと同じ高校生じゃ!!練習量かて負けておらへん!!
 俺らとの差は素質や!そやから気合いでその差をカバーせい!!気合いさえあれば勝てるとかいうあほなことはいわへん!!
 とにかく気合い入れいや!!気楽にいけ!!もし勝ったら特別にわしが焼き肉おごったる!!ええか!!?」
「はい!!」
「よし!いけ!!」
ナインがグラウンドに散らばっていく。親父はベンチにどさっと座ってラムの顔を覗いてみた。しかし、そこに母の姿はなかった。
「今年こそ、甲子園に・・・」
この球場で誰かがこう呟いた。



PART3「【さすが、最上級生!】」
『さあ、守備位置に着く友引ナイン!バッターボックスには六番、稲川!』

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