高校野球編:最初の夏・最後の夏(後) (Page 7)
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あたるは首を振ってサードへヘッドスライディング。地面に腹がこすれベース周辺の黒みがかった砂が飛び散った。
彰もボールを受けると、あたるにグラブをたたきつけるように振り下ろした。あたるの背中にパシッと音がした。本当にグラブをたたきつけたのだ。
「セーフ!」
痛かったがセーフだった。球場全体から安堵の溜息が出た。親父は力が抜けたようにどさっと椅子に座ると、冷や汗をハンカチで拭き取った。
「ヒヤヒヤさせおってからに・・・」
あたるは腹に着いた土をぱんぱんと両手ではたいて、彰をにらんだ。
「どうです?三塁まできた気分は?」
彰が軽々しく口を開いた。先日、ラム経由であたるに問いかけた疑問はあえて口に出さなかった。
「別にどうでもねえよ。ただ、これで追いつけるってもんだ」
あたるは彰とは目線を会わせず、かといって興味がないようなしゃべり方はしなかった。
「そうですかね。行っておきますけど、ウチのエースはそんじょそこらの好投手とは違いますからね」
「分かってないね〜、君は」
あたるは少し偉そうに声を大きくして言った。そして、三塁ベースから少し離れてリードを取った。そして、少し離れた距離から
あたるは再び口を上下に動かした。
「うちは、そんじょそこらの好投手とは違うエースでも討ち取るのは不可能に近いバッターだぜ?」
続きを言おうとしたが、コースケの打ったたまがあたるに向かってきた。さっと避けてボールの行方を首を回して目で追った。
「ファール!」
「危ねえな、コースケのやろう」
バッターボックスでコースケが目で謝っていた。あたるは目で許すといって彰に続きを話し始める。
「ウチの四番は結構な努力家でね。一年の時は結構、俺と一緒に練習サボってたけど、家で決行打撃練習してたんだよな〜。しかもあいつには才能がある
 から、才能と努力を掛け持った四番なんだよ」
あたるはコースケを見ながら少し自慢げに言った。コースケと同じチームであることに少し誇りさえ思えた。
コースケもまた同じ事を考えていた。あたると一緒のチームで誇りに思っていた。
「努力しているのは友高だけじゃないですよ」
彰は静かに反論した。というよりこの反論を聞いたらどう反応するか、それが気になった。コースケが大山のボールを打った。
しかし、あたりは良かった物のホームランのコースとはほど遠い物だった。内野スタンドに弾丸のように突っ込んでいった。
「確かにそうだろうな。でも、コースケは打てるような気がする」
あたるは笑いながら、右手で握り拳を見せた。そして、彰は笑った。
「そうですか?おれは打ち取れるような気がしますけど・・・」
両者それそれの大黒柱に絶対の信頼を置いていた。それだからこそ、多少の無理が出来るような気がした。
「でもいいですね、友高は・・・」
彰が再び口を開いてみせた。
「なんで?」
「大黒柱がふたりもいるんですよ。ナインから信頼を得ているエースと四番がいるんですから・・・」
彰は寂しそうだった。再びコースケのバットが音を鳴らした。しかし、今度は後方へ大きく飛んでいって、バックネットを越えていった。
「お前、信頼を得てないのか?」
あたるは少し改まって言った。
「分からないんです・・・」
「二年生っていうのはそう思ってしまうんじゃないか?三年生を差し置いて四番に座ることにどうしても抵抗があるんだろ?」
彰からの返事はなかったが、軽くうなずいていた。あたるは腰に手をおいてふうと溜息をつく。
「いいだろうが別に・・・。お前は四番に座った以上、プレゼントする義務があるんだよ」
「プレゼントって・・・、なにをですか・・・?」
「・・・、最後の夏をだよ!」
彰は聞き取れなかったが、聞き返す暇がなかった。
コースケの打った球が、彰の左上をノーバウンド通過しようとしていたのだ。これに気付いたあたるは走り始め、彰はそれを取るべくジャンプした。
彰にとって取れるか取れないか微妙な高さだ。
これは長打になると誰もが思った。それに合わせるように友高応援席で歓声が上がった。
しかし、あたるはもしかしたら彰だったら取れるかもしれない。彰程の瞬発力があれば取れる範囲だ。
あたるは彰がボールをキャッチしないことを願った。そうすれば同点。そしてもし取られればコースケはサードライナーでアウト。あたるは
飛び出したせいでアウトになる。あたるは彰が取るか取らないかの二分の一の確立にかけた。取れない!そう思った。
あたるがサードとホーム間の半分も行っていないとき、友高応援団と反対の方向から歓声が上がった。
あたるは最悪の事態を振り向き様に見せつけられた。日太陽の中に彰の姿が見えて逆光ではっきり見えなかったが、その姿が目に焼き付いた。
そして彰は光りの中から産み落とされたかのようにバランスを崩しながら背中から落ちていった。そのグラブの中にコースケが放った白球がすっぽりと納まっていた。
『と・・・』

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