高校野球編:最初の夏・最後の夏(後) (Page 6)
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場内にあたるの名前がコールされた。あたるはバットを持ってコースケと目を合わせた。


 

PART5「【最後の夏をだよ!】」
あたるはバットを引きずりながらバッターボックスに向かった。そこで、簡単に素振りをして、大山がボールを投げてくるのを待った。
大山がサインを見る間、サードをちらっと見た。彰である。彰は少し笑顔を作っているようにも見えたが、あたるとの距離では見るのは困難だった。
「フン・・・」
「君、早く構えなさい」
主審に注意された。さっきから大山が投げるのに困っている様子だった。思ったより、時間が過ぎるのが早い気がした。
「ええい、くそ」
あたるは構えた。ギュッとバットを握るのがキャッチャーに分かった。首を絞めるようにその音が回りに静かに響いていた。
相手ピッチャーが振りかぶって投げてきた。最初はストライクかと思った。しかも、甘めの球と思い、振ろうとした。
もしかしたら変化球かもしれない。相手は一刻商のエースであり、大会ナンバー2のピッチャーと言われている男だ。
そして、暫く頭の中で審議が行われた後、判断を下した。
「ボールだ!」
あたるは振ろうとしたバットを止めてぐっと堪えた。バットはぎりぎりのところでぴたりと止まり、後へ引いていった。
バンッ!「ストライーク!」
審判が右手を挙げて声を上げた。あたるは審判をにらんだ。
(ストライク〜!?ボールだろ、今は!)
しかし、審判はそっぽを向き、目線を合わせようとしない。これに再びあたるはムカッと来た。
誰にもばれないように、ベーッと舌を出して、挑発した。それでも審判は何も動かなかった。
(ああ、そうかい!わかったよ!くそ審判が!野球界から追放されちまえ!!)
心の中で審判に対して暴言を吐いたが、実際口に出していたら退場は必至である。なんとか自制心でそれを耐えきった。
そして、二球目が来た。今度は大山のミスか、あるいは一つ間をあけたかったのだろう。明かなボールだ。
『カウント1−1!』
ボールにあたるは審判に少し得意げな表情をして見せたが、審判の表情はマスクのせいではっきり分からなかった。
あたるは少し悔しそうな表情をした。しかし、審判は先ほどのあたるの得意げな表情に少し戸惑った。
『さあ、三球目!』
大山の投げたボールはあたるでも速く感じた。しかし、そんなことは分かっている。いまはとにかく塁に出て、四番コースケ、五番、レイ
に任せるほかない。わずか一点差ならあたるが出塁してこのふたりのどちらかが、あるいはどちらもが長打を放てばよい。
(簡単にはいかんだろう・・・な!)
「な!」の所だけは口に出しながらバットを振った。一直線の線を描きながらボールはあたるのバットに激突した。その瞬間、あたるの手に少しの衝撃が走った。
重い球だったが、押し戻される程芯から遠くなかった。少し強引ながらバットを前に押し出して直線の線は逆方向にアーチを描いていた。
「あり?」
あれ?と声を出そうとしたが、咄嗟の口の判断が難しく「れ」が「り」になった。それもそうである。ボールはフェンスを越えるか、直撃か微妙な飛び方なのだ。
長打を打つことはまず無理だと思っていたそばから長打コースなのである。
コースは弱い当たりならフライになるライトの方面だったが、とにかく長打であることは間違いない。あたるは走った。
土があたるが足を上げるたびに舞い上がった。一塁を蹴ると、二塁方向へ直角に曲がろうとしたが、そんなことをしたらまず転倒は免れない。
あたるは一塁ベースを踏むと少し左手を地面について、出来るだけ直角に曲がった。そして、スピードを緩めることもなく二塁へ。
二塁ベースがもう少しと言うところで、ボールが今何処にあるのか確認すべく、ちらっと外野をみた。いまだ送球する様子はない。フェンスに直撃して、
ボールが変な方向に跳ね返ったらしく外野がいまだボールを追いかけている様子だった。
「止まれ!無理はするな!」
ベンチからの指示では無理をして次の回に障るよりも、途中で止まって少しでも体力を残しておけとの指示だった。しかしあたるはこれを無視した。
「あの、バカ!!」
ベンチで親父が立ち上がった。あたるはベンチで親父が立ち上がるのが解った気がした。友校のベンチは一塁側だからあたるには見えるはずもなかったが、
何か殺気らしき物が感じられた。少し躊躇したが、スピードはゆるめなかった。二塁三塁の間を半分走ったぐらいで横目で外野をちらっと見るとボールが三塁側に
飛んできているのには焦った。しかし、今更引き返したってどうせ挟まれてアウトだ。それなら三塁まで行ってやろうか、あたるはそう思った。
ベンチで親父に叱られる自分が想像出来た。
(んっ?)
あたるはあることを思いだした。試合前の場内アナウンスの事を思い出した。
「四番・サード、黒川くん」
「あっ・・・、サード彰だ・・・」
あたるは息切れの中で拍子抜けした声をだした。その瞬間急にやる気がなくなってきた。
(いかん、いかん!)

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