高校野球編:最初の夏・最後の夏(後) (Page 4)
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「まあな。少し前にあいつの親父さんから、小学校の時の試合をビデオでみさしてもろうたんやけど、
 あいつの気合いが入ったときは九割方初球は大きく外れるそうや」
「それまた何でだっちゃ?」
ラムも興味を抱いたのか、メガネの肩に手を置いて寄っかかるようにひょいと顔を出した。メガネは感動した。
「あいつに投げるピッチャーがビビってしまうからやそうや。投げる瞬間にあいつは恐ろしくけったいな顔をすんねん。
 しかも、そう言うときは絶対三振はあらへん。フライやゴロになるかもしれんけど、三振は絶対ないそうや」
「ふ〜ん・・・」
キンッ!!
因幡の当たりは良かったが、方向が悪かった。ショート真正面に飛んで、キャッチされた。
『因幡不運!これでスリーアウト!友引高校得点圏内に足を進めますが、残塁です!』
ナインに惜しかったなと声をかけられながら、因幡がベンチにも戻ってくる。
守備の準備をしている因幡の横にあたるはすうっと立った。因幡はあたるが横に着たことに少し視線を横にしたが、あたるが無表情で壁の方向を
見ているので気になりながらも視線を下げた。
「お前、双子の兄いたよな?」(あたる)
因幡はあたるの問いかけに少しドキッとしたが、それを隠すようにすばやく返事をした。
「ええ、そうですけど・・・」(因幡)
「やっぱり野球やってるのか?」
「ええ・・・。でも僕より巧いんです、兄貴・・・。中学の時も全国大会の決勝までいけたのも兄貴のお陰ですから・・・」
因幡は少し哀しそうな表情で兄について話し始めた。
ふたりの会話をラムが気付いた。ふたりに気付かれないように適当に作業しながら横目でチラチラ見ながら様子を伺う。
「お前もいやな兄弟を持ったな・・・」
「そ、そんな!兄貴はいつも僕のこといじめないし、回りから役立たずって言われても兄貴だけは褒めてくれるし・・・」
因幡のしゃべり方はだんだんトーンダウンしていった。最後の方に至っては自分でも何を喋っているのか分からない状態だった。
「・・・」
あたるは静寂を壊さないように無言だった。
「みんなから期待される選手だし・・・」
何とか最後の言葉をのどの奥から放った。あたるは上出来だと心の中で思い腕を組んだ。
「そんな兄貴を越えてみたい、違うか?」
因幡の目が少し丸くなった。目から図星と悟れるような光りがこぼれた。因幡はこのことをいっさい口に出したことはない。
しかし、ここまで言われていいえと答えるのは自分のプライドがいくらなんでも許さなかった。
「・・・、そうです!」
因幡はしばらく俯いて、意を決したようにきっぱりと言った。
「お前の兄貴は何処の高校だ?」
話題を急に変えたあたるに因幡は少し困ったが直ぐに立て直して返事をした。
「風林館高校ですけど・・・」
「風林館?福岡の?あ、そっか、お前実家は福岡か。しかし風林館とは凄いな、お前の兄貴は・・・」
少し因幡は戸惑った表情をした。するとあたるが手を叩いてその大きな音をベンチ内に響かせた。
 「よし、だったら風林館を倒すか?お前の兄貴もショートなんだし、新聞に載るぞ。『双子の兄弟、ショート対決』みたいな感じで・・・」
「・・・」
「だから、甲子園言行ってみようか?」
あたるの言葉に因幡はなにか気分が軽くなった。自らの兄を越える事に対する抵抗感。それをあたるは取り除いてくれた。そんな気がした。
「はい!」
因幡は元気良くベンチから飛び出していった。その姿を見守っているあたるの横にラムが歩み寄ってきた。
「さすが、最上級生だっちゃね!」
「うるせいっ・・・」
少し笑いながら言った。そしてラムも笑顔を作った。
「うる星?」
「『うるせい!』」
あたるはラムの頬をつねた。
「冗談なのに・・・」
ラムは少し赤くなった頬を両手で押さえて、片目を閉じた状態で少し涙ぐんでいた。
「もっとマシな冗談いえ!」



PART4「【いてえよ・・・】」
ベンチに座っているコースケはあたるとラムの会話を微笑ましく見ていた。マスクを片手にいざマウンドに行こうとすると、右膝に違和感を覚えた。
「?」
コースケは右膝を少し叩いてみたが、別に激しい痛みも何もなかった。首を少し傾げると思い当たる節を記憶の中から探し出そうとした。
そして一つのことが頭に浮かんだ。
一回の表、パーマがエラーでノーアウト一塁の事態を引き起こしたその次の出来事。その時の情景がコースケの頭の中で浮かんだ。
「さあ、行ってみようか!」
あたるはグラブを左手にはめて、スパイクの金具をこつこつ鳴らせた後、歓声が集中するマウンドに歩いていった。コースケは少しそれを見てベンチを飛び出した。
「あたる、疲れたな・・・。まだ六回だぜ・・・」
コースケは後からあたるの横に並んで歩いた。
「何言ってんだよ?お前、野球初めて何年経つんだぁ?いまさら疲れたもくそもあるか!」
「そうかな・・・」
「そうだよ。・・・、お前何処か調子でも悪いのか?」

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