「高校野球編:夢の場所・元の場所(中編)」 (Page 1)
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高校野球編:夢の場所・元の場所(中編)


PART1「【目が覚めたら・・・】」

「コースケェ!!」
あたるの叫び声が球場に響き渡った。観客の誰もがあたるの叫び声に反応し、あたるに目を向けた瞬間、うつぶせに倒れている強打者キャッチャーの姿を目にする。
「おい、どうした!?目を開けろ!」
あたるは駆け寄ると直ぐに、片膝をついて、コースケの両肩を持って、上半身を少し起こした。
「おいこら!目ェ覚ましやがれ!」
「立て!何をしとるか!」
言葉は汚いが、声が震えていたのは竜之介だ。続いてメガネもコースケに声の裏返った罵声を浴びせる。
「おい、おい!」
コースケの肩を揺らすあたるの前に1人の男が立った。あたるはその男を見上げると、親父だった。彼も慌てて走ってきたのか、息が切れている。
そっと、コースケの首筋に触り、次いで、閉じた目を人差し指と親指でこじ開けた。
「死んでへん」
「当たり前だ!」
あたるは思わず敬語を使うのを忘れて怒鳴り返した。
「なんや、知らんけど、脱水症状か、日射病やないかの?ベンチで水飲んどんの見てへんで。それにくわえて腫れるまで我慢しとったんやから、それで気絶したんやろ?」
親父はコースケのズボンの裾を膝までまくり上げて、そこに赤く腫れ上がった膝を確認した。
「ただ、膝の怪我の仕方では、甲子園に間に合わへんかもしれん・・・」
「・・・」
あたるは息をのんだ。コースケが抜けると言うことは、面堂の「豪太刀」や彰の「一刻商」と比べると、チームの得点率がガクンと下がるのだ。
友引高校の攻撃は殆どの得点が、クリーンアップのあたる、コースケ、レイの長打によるモノだ。あとは、何とか出塁した四人組を竜之介、因幡が返すというのが時々ある。
そして、一試合に見れるかどうかという六番からの四人組の偶然の連打、時々、まぐれ当たりのホームランによる得点が、もしかしたら誰かの記憶にあるかもしれない。
とにかく、コースケはあたるに次いで守備の要、攻撃の最大の中心打者なのだ。
それが抜けると言うことは、四番抜きにくわえ、ナインの士気の低下、コースケにしか受けられないあたるの全力投球の制限、その他諸々の問題が発生し、なによりも
あたるが野球の置いて最大の信頼を置く人物がいなくなるのだ。
「く、くそ・・・」
コースケがタンカーに運ばれて、それに平行して歩くあたるが心の中で留めようとして、抑えきれないわずかな部分が悲痛の声として外に出た。。右拳が握られると大きく、速く振動した。
「バカ野郎・・・。くそは俺が言いてえよ」
コースケの声にあたるは咄嗟に右拳を解いて、コースケの肩を両手で揺らした。
「生きてるか!おい!」
死ぬはずがないのだが、あたるはそう言わざる終えない程、追いつめられていた。
「か、勝手に殺すな・・・」
コースケは仰向けから少し体を傾かせて、まだよく見えない視界の中にあたるを見つけて、懸命に声を出した。しかし、その声はどんなに一生懸命でも大声になることはなかった。
「い、いいか、あたる・・・。せっかくのサヨナラ打者のチャンスを・・・与えて・・・やったんだ・・・。有り難く頂戴しろ・・・」
けいれんを起こしながら、コースケは懸命にあたるの腕を力一杯掴んだ。しかし、掴まれたあたるの腕は握力の痛みを感じなかった。今にでも腕を掴みきれなくなって落ちそうな
コースケの手をあたるは掴まれてない手で握った。
「もう、なんも喋んなや」
親父がコースケにあたるとの会話を止めようとしたが、それでも、コースケは会話を続ける。
「あたる・・・。絶対彰とは勝負・・・、しようと思うな・・・。例え、耐え難くても耐えろ・・・」
「わかった・・・。わかった!」
あたるは一度、静かに答えたが、もう一度大きく力強く答えた。
「よし・・・。嘘ついたらバッドで、頭かち割るぞ・・・」
コースケはそういうとあたるは大きくうなずいた。それを見たコースケは大きく息を吐いて、またしても口を開いた。
「それからさ・・・、もう一つお願いが・・・」
「なんだ?」
「目が覚めたらさ・・・」
しかし、その続きがコースケの口から出てくることはなかった。再び気絶したのだ。顔中汗だらけで、いかにも死のそうなキャッチャーからの言葉をあたるは考えた。
「大丈夫。命に別状はないよ」
タンカーを運ぶ球場の係り委員が、あたる達が死んだと勘違いする前にそう言った。そして、友高のキャッチャーが球場を去るのを最後まで見ていた。
コースケの運ぶタンカーが球場内から消え去ると、空を見上げて、大きな入道雲を見つけた。いかにも、夏らしい雲だった。あたるははっとした。コースケがなにを言おうとしたのか、
直ぐさまひらめいた。
(なんだ・・・。何を今更言ってんだ)
「大丈夫かな、コースケさん・・・」
あたると並んで、コースケを見送ったラムがそう呟いた。ラムもまたあたると同じ気分だっただろうし、そして、コースケと同じくサヨナラをあたるに託していた。
「大丈夫だ・・・、あいつは・・・」

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