高校野球編:夢の場所・元の場所(後編・最終話) (Page 2)
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その目の向かう方向にあたるがいることを彰は直ぐに悟った。
「なんだかんだ言って俺は敵だな・・・」
彰のほぼ独り言に等しいその言葉に先輩達は視線を集中させた。
「だれが敵だって?」
1人の言葉に彰はベンチから彼をみた。
「少なくとも俺は味方のつもりだぜ?」
この男は彰の言った一独り言を完全に理解していなかったが、それでもその一言は彰を最後の戦いへの励ましの一言になった。
「俺もですよ。気が合いますね」
多少冗談交じりに言ったが、感動的な台詞も浮かばなかった彰の本心混ざった声がマウンドにいる一刻商ナインに何らかの力を与えていた。

あたるはバットを構えた。その光景を見ていた友引ナインは目を上下に拡げた。その姿はあたるのものではない。
顔はまさしくあたるのものだが、バッティングフォームがコースケのものだった。あたるは誰もやったことのないフォームを実現していた。
「こ、コースケ・・・?」
驚きと、そしてわずかな懐かしさを声に出した友引ナイン一同であった。
『さあ、友引高校のエース諸星と、一刻商の四番黒川の今度は立場が逆転しての対決!しかし、立場が逆転しても名勝負には代わりありません!勝つのは諸星か、黒川か!
 そして甲子園初出場を狙う友引高校か、はたまた甲子園初優勝を目指す一刻商か!!試合は終盤にさしかかっています!』
その実況にあわせるかのように両校応援団が一層声を張り上げ始めた。互いの応援合戦か、相手に対するプレッシャーをかけるためか。
その応援の結果、どちらが勝つにしても決して応援が足りなかったわけではない。彼らの入り込む余地のない戦いなのである。
しかし、少しでも力になりたい。プレーは出来ずとも、せめて目指す場所は皆が同じでもいいのではないのだろうか。
(これが最後だ・・・・)
この夏、東東京地区予選決勝、試合は9回の裏、ワンアウト三塁で友引高校の攻撃。打席には三番、諸星あたる。


PART2「【夢は終わったんだ】」
彰は最初の一球を投げようと肩の力を抜いて構えた。
一球でも甘いところに入れば、コースケになりきったあたるはスタンドまで運んでいくことだろう。
ボールは急激な彰の大きな力を得て、ここ一番のストレートと化し、あたるに挑戦状をぶつけた。
あたるもその力を凌駕するべく、全神経をボールに集中させ、そして、親友と共に彰の挑戦状を受けた。
躊躇することなく振り抜いたバットは球と激突し、豪快な金属音を発するとボールは進む方向を変えた。
一刻商のサードにとっては一瞬何が起きたか解らなかった。まるで拳銃の弾が、いやその力強さから戦車の弾と言うべきだろう。それが体の右横を走り抜けた。
サードはボールが後方のフェンスにあたった時、やっとそれがあたるが打ち返した弾だと言うことに気付いた。
彰のピッチングから繰り出される剛速球とあたるのスイングから出されるバットの破壊力は凄まじい物があり、場外は一瞬静まりかえった。
『な・・・、なんという一瞬の出来事か!恐らく今日、いや今年で最高のピッチングであろう球を諸星は打ち返しました!わずかにファールではありましたが、
 この一瞬の勝負に場内は静まりかえりました!!』
(速い・・・。タイミングが合わない・・・)
あたるは今ファールしたボールの行方を目で追い、その後に彰の目に視線の槍を投げつけた。
(強い・・・。この速さであれか・・・)
今の返された打球の速さを見た彰もまた視線を投げ返す。ふうっと2人とも大きな溜息をつくと第二ラウンドの構えをした。
(やっぱ、プレイするのは俺か・・・)
あたるは今度はコースケのフォームから自分のフォームに変えた。やはり、ここまでコースケに頼るのは癪な気もする。しかし、バットだけでもコースケと共に行こうという
気持ちは少しも傷つくことはなかった。
『第二球!投げた!』
そう言い終えた瞬間は既に第二ラウンドは終了していた。ボールはバックネットに直撃していた。
『またしても、一瞬の勝負!この2人の決着はそう簡単に決まりそうにありません!これで、ツーナッシング!形の上では黒川が諸星を追いつめた状態ではありますが、
 実際に追い込まれているのは黒川かもしれません』
彰はいつにない最高の球を二回連続、尽くファールにされたのだ。しかも、わざとファールにするためにカットするようなスイングではなく、
空振りするかもしれないホームラン狙いのスイングで。彰は経験と才能で培ってきた自信を踏みつぶされそうな気がした。

友引ベンチ
「この勝負は絶対につかない。つくとすれば、一瞬でも勝とうとする意志が弱くなったときか、あるいは・・・」
メガネがパーマ、チビ、カクガリを背に声を低くして言った。背中を向けられた三人はコンクリートの床に守備からの余韻となる汗を落としながら、メガネの次の言葉を待った。
「甲子園を忘れたときだ・・・」
三人の他にも親父や他のナインも小さくうなずいた。
「あいつも前に二度も甲子園を忘れたことがある・・・」

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