高校野球編:夢の場所・元の場所(後編・最終話) (Page 6)
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「ええ、あいつは投手としての才能の他に土壇場に凄いことを起こす奴と言うことを実感しました。打者としての才能もあるのかもしれません」
「元・投手だった人間の方が偉大な記録を作ったりするもんさ。王貞治もイチローも高校時代はピッチャーだった」
「そうですね。あいつならやりかねないです」
何か納得したような言い方にルパは多少の驚きを持った。四番打者として天性の才能を持つ男があっさりこういう事を認めたからだ。
「でも、あいつが通算本塁打世界記録やシーズン最多安打世界記録を塗り替えようが、おれはその上を行くまでです」
自信に溢れる面堂の表情はどこか、あたるに似ていたような気がした。
「あいつもまた同じ事を考えているさ。お前がピッチャーになったとして、通算最多勝や奪三振記録を塗り替えたとしてもその上に行きたがる。
 お前ら2人は頂点を何よりも望むからな。そして、良きライバルだと思っている。いいことじゃないか・・・」
面堂はしばらくルパから窓の外の風景に視線を移して、少し間をあけてから答えた。
「今の時期は良きライバルでは在りません。チームが異なる以上、あいつは俺たちのチームを脅かす強大な存在でしかないんです。それに今はあいつが怖いんです」
あたるはともかく、面堂にとって中学の時はB級投手だったあたるがいきなり超A級投手になった。下から舞い上がってきて、いつ自分を追い抜いてしまうかわからない。
そのことに面堂は無意識の恐怖を感じていた。それが今の時期になって自覚症状がはっきり出てきた。その恐怖が錯覚であることをあたるに勝って証明するしかないのだ。
「負けませんよ。あいつには・・・」
面堂は立ち上がって、帰りの支度をしながらそう答えた。持ってきたバックを肩に担ぎ、ドアノブに手を掛けるともう一言いった。
「おれも、ラムさんに惚れている男の1人です。負けようがありません」


「それじゃ、一回学校戻ってから、家に帰りますから・・・」
あたるは墓地の前で親父に一言挨拶をしてから、学校の方へ歩き始めた。その後ろにはラムが後からついてくる。
親父は2人の姿を少しだけ見届けてから、タバコを一本吸いながら、町の風景を見て回った。
2人は公園の森林の道を歩いていた。蝉が鳴き、試合後の疲れにかなり響くような音だった。全力投球で一試合を投げきり、
最後に緊張の打席に立った男は心身共に疲れ切っていた。それでも彼は堂々と歩いていた。甲子園出場を決めたその高揚感が彼の足を支えていた。
「疲れた・・・」
あたるが試合が終わり、ラムに最初に話しかけたのはこの一言だった。ラムに疲れた体の面倒を見て貰いたいという甘えが入ったのかも知れない。
「ウチは何をすればいいっちゃ?」
あたるの甘えに全く気付かず、言ってはならない一言を堂々と言ってのけた。
「べ、別に、何もないわい!」
心にぐさっと刺さった音を隠しながら、あたるは強気の姿勢に出たが無意味だった。それをラムが少し微笑んだ後、前をみた。
そこにある男が立っていた。夕方の太陽の光が逆光となって姿形がはっきり見えない。
「どうも・・・」
その男は小さく挨拶した。あたるとの激闘で敗れた男である。まさかの逆転サヨナラ負けにグラウンドで涙した一刻商の四番であり、二番手ピッチャーだった。
「彰・・・」
あたるは彰の顔を直視することが出来なかった。彼の顔は悔しさとショックで生気を失っているかのように見える。
そんな顔にしてしまったのはあたる本人である。敵の夢を絶たねば、自らの夢は叶うことはない。一つの負けが即、青春の幕を下ろす高校野球。
県予選から一度も負けなかったチームだけが手に入れることの出来る日本野球の聖地の最高峰。その夢を競って友引高校と一刻商は戦った。
結果は三番ピッチャー諸星のサヨナラ逆転ツーランホームラン。
「正直に言います。あなたが憎たらしいです。夢を叶えて、大好きな人々に囲まれて。俺は悔いを残さない戦いをしたつもりです。それでも夢が叶わなければあのときこうすれば、
 このときこうやっておけば、という言葉が頭の中を離れることはありません。勝てばそういう気持ちも無いでしょうに・・・」
あたるは静かに聞いていた。彰がそう思うのも無理はない。負けたからだ。いつかは悔しさが糧となり、彼はもっと強くなる。だが、そこまでの過程が厳しい。
「お前は来年は友引高校負けないと言いたいのか?」
「ええ、それもあります。チームのために今度の練習からは東東京地区王座奪還のためにやります。ただ、個人的な理由でいうと貴方が標的です。
 あなたのポジションがうらやましいんです。いつか、そのポジションを自分の物にしたい。それを言いたかっただけです。今度はバッターとして、いつか必ず」
あたるのポジション。それは彰が最も欲しかったところ。ラムを一目見たその時から欲しかったところ。それを負けたことで得るチャンスを無くした。次のチャンスは未だ先のことだ。

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