高校野球編:夢の場所・元の場所(後編・最終話) (Page 4)
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彰は振りかぶった。八球目。まだ二年生ではあるのに、その力はとてつもない練習量から成り立った奇跡の一球となる。
彰の今日最高の球であり、一生これ以上の球を投げることはなかった。その背後にはルパの姿があたるの目に映った。
そして、手を完全に振りきった。
あたるの背後には3人いた。ルパとコースケとラムだ。背負う人数だけでそれが力にもなるが重荷にもなる。その重荷をあたるは担ぎ続けてきた。
その重荷を下ろすときが来た。
(・・・)
あたるは左足をあげ、バットを振った。勝利を呼ぶため、甲子園行きの切符を勝ち取るため、両者の分身とも言えるボールとバットが勝者と敗者をきめた。


キィーン・・・・・・


球場に響き渡った金属の快音は余韻を残しながら、少しずつ静寂の一途をたどっていく。観客の誰もが目を上下に拡げ、ボールの行方を追った。
綺麗な放物線を描くそのボールに球場内の誰もが魅了された。
放物線がラムの目に映り、面堂の口に軽い笑みを浮かべさせ、あたるの目から涙を溢れさせた。誰の心も一瞬緊張感から一変して、静かになった。
『諸星の当たりは左中間!!間違いない!!』
あたるは疲れ切った体から右手を挙げて、勝利を確信し、甲子園を確信し、夢の実現を確信した。
ボールは友引高校を甲子園という野球の聖地へ乗せていき、兵庫県のある南西の方向へアーチを描いていく。
友引ナインがベンチを飛び出した。誰もが目を熱くして、なかなか終わることの無かった緊張を高鳴りにかえて飛び出した。
『まさか、まさかの奇跡が起きた!!逆転サヨナラツーランホームラン!!主砲、白井が希望を託した諸星が試合を決めたァ!!』
ボールがレフトスタンドに入るのを見るとコースケのバットを両手でしっかり抱き込んでグラウンドを走り出した。
土を少し巻き上げながら、このグランドで行われる最後の高校野球のラストランナーはバットを歓喜極まりない友引応援団にかざした。
それに反応して、「あたるコール」は始まった。球場内に大合唱が響き、試合を見に来ただけの観客から拍手が送られる。
その大声援に包まれたあたるは二塁ベース上を走ったところで、既に友引ナインがホームベースであたるの帰りを待っていた。
それをみて、先ほど出た涙が再び目下のこぼれ始めた。
「やったやないか」
あの声だ。あたるを闇のそこから復活させた懐かしい大人びた女性の声だ。あたるは慌てて涙を拭く。
(おかげさまで)
あたるは心で返事をした。
「あんたも大したもんやな。これなら、あの娘のことも安心や」
(あの娘って、ラムのことか?)
あたるの問いかけにその声は返事することはなかった。しばらくの沈黙の後、三塁ベースを回ってあとは友引ナインの輪の中に入るだけのあたるに言う。
「ほれ、あんさんの仲間が待っとるで。いってやんな」
(・・・ああ、そうしようか)


マウンドの上では彰がうずくまって大粒の涙を茶色い土の上に降らせていた。何度も何度も拭いても止まらないその涙は負けた悔しさと甲子園の夢を絶たれた絶望にあった。
だが、彼のやってきたことは誰でも高い評価を残すだろう。朝晩、ランニングと腕立て伏せ、腹筋背筋などのトレーニング。それを馬鹿にする者はあたるでも許さない。
友引高校の敵として最後の最後に散ったこの男は、いずれもっと大きな大木になる。いまは、この試合に負けたことに存分に涙を流すことが大切なことだ。
彼の周りにたたずむ一刻商ナインの三年生は涙を流すことはなかった。だが、彰の前では涙を流しては行けないと思っていたのだ。此処で泣けば、彰を責める事になりかねない。
ここはグッと涙を堪えて、彰を励ますことに全力を注ぐことで最後の夏を終わらせた。
「俺たちの夢は終わったんだ。だが、お前にはまだかなえるチャンスがある。来年行けよな、甲子園・・・」



あたるはホームベースでワクワクしながら待機する友引ナインに飛びかかった。たたかれ、抱かれ、ほおずりされてと普段なら怒ることも、喜びしかなかった。
共に鬼監督の猛練習の成果と3年目に掴んだ栄光の甲子園はこの友引ナイン全員に与えられる。この暖かいチームの中で、暖かい心を持つ者しかいない。
最後で今までにない厳しい戦いに勝利し、バッターとして奇跡を起こしたエースと激痛に耐えながら気を失うまでマスクを被り続けた四番、
そして友引高校野球部総勢五十二人が勝ち取った栄光の瞬間は午後四時三十八分のことだった。
『友引高校、甲子園初出場!!』



PART3「早すぎるお礼」
コースケは布団から体を起こした。白を基本とした部屋の中にいる。病院の部屋のようだ。布団ではなくベット言うことも気付いた。
「起きたか」
ドアから入ってきた人物にコースケは視線をスライドさせた。黒い肌に車いす。それだけでルパ以外の人物に見えないはずがない。次に顔を確認して、ルパと言うことを改めて認識した。
「あ、あの、試合は!?」
身を乗り出して訪ねたコースケにルパは少し笑った表情で口を開いた。

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