高校野球編:夢の場所・元の場所(後編・最終話) (Page 7)
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「冷たいことを言うかも知れないが、おれの今の敵はお前じゃない。面堂なんだ」
「解ってます。だから、来年を見ていて下さい。あなたが高卒でプロ野球選手になるか、大学に行くか、野球を止めるかどうかなんて俺には解らない。
 ただ、また貴方と戦えるレベルにまで来たら、その時は頭の隅っこでも良いです。ライバルとして認めて下さい、野球だけでなく・・・。貴方の生きる道の障害物として」
「ああ・・・」
あたるは低くそう答えると彰は小さく礼をしてあたるに背を向けた。一刻商の制服が夕日で紅く燃え上がっているかに見えた。
来年、彰は再び大舞台へと立ち上がることになる。
「なんのことだっちゃ、ポジションって・・・」
「そのまんまだよ」
「エースの座って事?でも、バッターとしてもう一回勝負したいって言ってたし・・・」
ラムは肩をすくめて考え込んだ。あたるはそれを少し高い視線から目だけを動かして様子を見てみた。ラムは意味がよく解っていないらしい。
「親父さんは泣いていたか?」
あたるが話題を変えたことにラムはわずかに戸惑いを感じたが、直ぐにそれなりの返答した。
「ああ、見てないっちゃ」
「なんだ、残念だ。一生に見れるかどうか解らないのに・・・」
「なんで、とーちゃんが泣かないといけないっちゃ?」
ラムが疑問を投げかけるとあたるは笑みを作って、自分たちが歩いている道の先を眺めた。
「言ってたろ?『男は悲しいときに泣くもんじゃない。うれしいときに泣くもんだ』って・・・。甲子園の初出場決めたんだから、嬉しいことなんだから・・・」
「きっと家で泣いているっちゃよ・・・」
「そうかな?」
「そうだっちゃ」
そこで2人の会話が途切れた。足の地面を蹴る音が微妙に重なって耳に入る。2人は夏の蝉がやかましくなり始めたこの時期、久しぶりに2人きりになった気がする。
夏らしい恋愛物語をお互い期待はしていなかったが、それなりに意識し、少し緊張しながら歩いていた。
「ありがと」
ラムがいきなり言うのであたるは緊張の糸が勢いよくはち切れるのを感じた。
「なにが?」
「なにがって・・・、甲子園だっちゃ」
ラムが拗ねた表情をした後、あたるはポケットに手に入れた。
「お前がそれを言うなって・・・。甲子園出場することと全国制覇すること、それがお前が俺に頼んだことだ。まだ、一個しかかなえてないんだから、お礼を言われる筋合いはないよ。
 今の台詞取り消せ、NGだ」
「ハイ」
ラムは敬礼をしてみせて、少しふざけてそう答えた。あたるは試合に勝った瞬間、大いに喜んだ。しかし、今は高揚感が感じられない。
実感はあるはずだ。サヨナラを決めたのは自分自身であるから。
本来なら真っ先にコースケの病院に行くべきなのに、あとに回しても良いラムの母親の墓参りを先にした。
コースケの病院に行かなかったのは、今はない高揚感のせいでコースケの前で笑えないからではないか。落ち着いた気分でこれる場所と言えば、墓場ぐらいだ。
逆に高揚感を持って墓参りをすれば、死者には眩しすぎる。あたるは気分によって行き先を変えていた。相手のことを考えすぎて、そういうワケの分からない行動になったと言うところであろう。
案外、だれよりも相手に気を使っているかも知れない。
「もし、甲子園で優勝出来たら話があるから・・・。その時に礼を言ってくれ」
あたるはそう静かに言って学校に向かった。


PART4「夏」
そして、彼らの新たな夏は始まった。
『さあ、ついにやってきました!!今年の全国高校野球選手権大会の決勝戦、最後を飾る瞬間です!!何も言葉は要りません!今大会、最強と呼ばれた2人の対決をご覧下さい!!』
得点板には先攻友引高校、後攻豪太刀高校の名が堂々と光っていた。その横には0がズラリと並んでいて、八回の表のところにある1が目立っている。
八回の表、友引高校の主砲、コースケが豪太刀エース、水之小路飛麿からスタンドの上段に突き刺さるソロアーチで得点し、この九回の裏、
ランナーをフォアボールとヒットで出し、ツーアウトランナー一、三塁。そして、バッターボックスにはコースケを上回りそして高校野球史歴代最高の豪太刀四番、面堂終太郎が立っていた。
さらにマウンドの上には同じく高校野球史歴代最高の友引高校のエース、諸星あたるが立っている。
この2人の甲子園での活躍は凄まじかった。彼らはプロ野球をも凌駕するほどの活躍で、ニュースの一面を飾り、友引高校は甲子園大会ではここまで三失点しかしておらず、
また、豪太刀高校は準決勝まで全試合二桁安打を記録した。
そのうちに彼らはあたると面堂を最強と呼び始め、好投手、好打者から怪物へ、怪物から英雄へ、その異名を変えていった。その2人の英雄が頂上決戦で対峙した。
この日の気温は彼らの熱気には涼しいぐらいであり、彼らの目の炎は日光より眩しかった。この日の対決を誰よりも望んでいたのはこの2人であり、勝とうとする信念はどちらも互角であった。

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