高校野球編:夢の場所・元の場所(後編・最終話) (Page 5)
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「ああ、それなら・・・」
口を開いたにはいいが、「ああ、それなら・・・」だけしか言うことが出来なくなった。
ドアを殴り飛ばすように入ってきた数十人の汗まみれの泥まみれ、顔の見た目も形もロクなのがいない見たこと在る顔が並んで入ってきたのに、
ルパもコースケも何も言うことは出来なくなったのだった。息切れの音が何重にも部屋の中を走り回っている。見たところ、友引野球部の三年だけらしい。
その中から一歩乗り出して出たのがメガネだ。
「ハ・・・、ハハハハ・・・」
笑いとも息切れの音とも聞き取れる声を出しながら、少しづつ歩み寄ってくる。
「?」
コースケはその謎の行動にしかめた面をした。
「コースケェ!!」
メガネの野生の遠吠えが病院中に響き渡った瞬間、友引野球部の男の波が一気にコースケを飲み込み、ルパをはじき飛ばした。
コースケはけが人である。そんなことが起きたらたまったモンではないだろう。が、それは未来形から過去形へと瞬間移動した。
「馬鹿ヤロォ!!痛テェじゃねえか、こんにゃろォ!!どけい!!」
コースケはけが人だと言うことに気付いた男の波は1人一言ずつ謝罪し、飲み込んだコースケを解放して、ベットの周りを囲んだ。
何人かは先ほどはじき飛ばされ、カチンときているルパにも謝罪した様子だ。
「んで、なんのようだ?試合は?」
そう言い終える前にメガネ他レギュラー組が「優勝」と書かれた表彰状を、手を目一杯伸ばして見せつけた。
「だれが、試合を決めた?」
「は?」
「は?って名前の奴、野球部にいたっけか?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
メガネはいつもの熱血を何処にやるべきか迷った。
「じゃあ、だれなんだ?」
「もうちょっと、嬉しそうにしろよ。なんのために病院まで来てやったと思ってんだ。それに優勝したんだぞ、甲子園だぞ」
パーマが裁判所で、被告人が裁判長に救いを求めるような表情で言った。
「そんな長い名前の奴いたか?」
その瞬間、一同が揃って何処からともなくバットを取り出すと、殴る体勢満々の状態になった。
「冗談だよ!だから、その・・・、いきなり優勝の賞状見せられても実感わかないし、途中で試合から抜けたし、自分でもよくわからんのだ。もっと、優勝って実感出来るものがないと」
はっきり言えばそれは贅沢であったかもしれない。
「そんなこといわれても、俺たちは表彰状しか貰ってないし・・・」
コースケのわがままみたいな言葉に友引ナインは困り果てた。
「そういえば、あたるは?」
その姿を見て、話題を変えるべきと思ったのか、本当にあたるがいないことに疑問を持ったのか、コースケはエースの居ない男の壁を見渡した。
「あれ?いたんじゃなかったのか?」
メガネ達が周りに視線を配ってみると、「あたる」の「あ」の字も見えない。一同は顔を合わせた。


友引墓地の入り口
「どうしたっちゃ、いきなりかーちゃんの墓参り行こうなんて・・・」
「まずはあいつに報告せなあかんやろ、甲子園初出場が決定しましたて」
親父が早歩きで花束も何も供え物を持たずに墓にはいると、ラムもそれを慌てて追う。親父の横に並んだところで、制服姿のラムは甲子園初出場を決めた瞬間を思い出した。
「友引高校甲子園初出場。鬼木監督、監督生活十四年目の悲願の夢叶う」
ラムが新聞の見だしを読むように言った。
「ん?なんや、いきなり・・・」
「なんでもないっちゃ」
親父は笑顔で答えたラムに何の意志があったのか問う気も失せてしまった。
墓の中の道を右に曲がったら、すぐにラムの母親の眠る墓がある。親父達がその曲がり角を曲がったところで、風が吹き、2人の髪を少し揺らした。
その風が吹く中で、1人の男がラムの母の前で手を合わせている。さっきまで球場でサヨナラの歓喜の中心にいた男である。
「あたる・・・」
名前を呼ばれた男は振り返った。
「監督・・・」
「お前何でここにおんのや?」
あたるは墓を見て口元へ笑みを浮かべて、風が吹き終わるのと同時にゆっくり言葉を発した。
「恩人ですから・・・」
「恩人・・・?あいつはお前やラムが小さいときに死んだんやで。ラムはともかくお前も覚えとるんか?」
「いえ」
「じゃあ、なんや恩人って?」
「・・・救ってくれたんですよ。闇のそこから、友引高校を・・・。サヨナラに出来たのもコースケとおばさんのおかげなんですよ」
親父は何も答えることは無かった。ラムの母親は死んでも、親父達の力になってくれることに感謝の念が絶えなかった。
「そやったら、ちゃんと感謝しとかないかんなぁ」
そういうと、墓の前でその大きな体を膝を折って沈ませると、そっと手を合わせた。その横にラムもしゃがんで同じ行動を取る。
また、墓地に風が吹いた。


ルパは家に帰って決勝戦の試合結果を今聞いたところだった。
「あたるが、勝ったか・・・」
ルパの目の前には面堂が居る。出された麦茶を少しすすり、目に笑顔を作った。

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