時は夢のように・・・。「第五話」 (Page 3)
Page: 01 02 03 04 05 06 07 08

 テレビをつけると、若手お笑いタレントが体をはってギャグをかましてる。思わずふっと笑って、次の瞬間、いっそうの虚しさに襲われ
る。
 喉の奥にざらついた気持ち悪い物がつまって、やけに吐き気がする。自己嫌悪の味だ。
あたる「・・・ラムの馬鹿・・・唯ちゃんの馬鹿・・。心配かけさせやがって・・・早く帰って来いよな・・・。」
 俺が勝手に想像を巡らせて心配してるだけなんだけど。
 妄想の虜となって、二階に上がり、唯の部屋の前に立ってみる。ドアに手をかけて、そして、思いとどまる。
 風呂に入れば、唯とラムがシャワーを浴びているところを想像してしまう。
 俺は、そんな感じで、人には決して言えない想像に悶々とする夜を過ごしたのだった。
 翌日、5月2日の夜。
 電話のベルが鳴った。
「あっ、あたるさん? わたし、唯!」
 受話器から、変わらぬ爽やかな声が聞こえてきた。
 じぃぃんと胸が熱くなる。
あたる「唯ちゃんか。旅行は楽しんでる?」
 内心すっごく嬉しいが、俺はなるべく平静を心がけて話しを続けた。
唯「ええっ、楽しいよぉっ。京都はとっても素敵。えっとね、今日は醍醐寺と、南禅寺に行ったの。桜がとっても綺麗だったわぁ。あとね
  あとねっ、円山公園にも行ったんだ。円山公園も桜でいっぱい! 桜の花びらが風に乗ってヒラヒラと池に落ちてくの。風流だったな。
  お昼は公園の近くのお店で湯豆腐を食べたのよ。和菓子と抹茶のセットがあってね、風情がいっぱい。」
 俺は唯のお喋りを黙って聞いていた。お寺の話しとか言われてもチンプンカンプンだけど、唯の声を聞けただけでいいんだ。なんだかこ
っちまで楽しくなる。
唯「・・・でね、『あぶら取り紙』買ったんだ。ラムさんはねぇ、昨日、京都に着いて一番に清水寺に行ったんだけど、清水寺の近くにあ
  る地主神社で『えんむすびお守り』買ってたよ。けっこう有名なんだって。」
あたる「お守りは分かるとして、『あぶら取り紙』って?」
唯「えっ? 知らないの? 顔に浮いてくる油分を吸い取ってくれる小さな紙のことよ。女の子はよく持ち歩いてるよ。勉強不足ですねっ、
  あたるさんっ♪」
 勝ち誇った口調で、唯。俺はちょっと口ごもってしまって、
あたる「し・・知ってたよっ。」
唯「ホントかなぁ〜〜・・まっ、そゆことにしときましょ。ああっ、そうそう・・・。」
 京都の話しで盛り上がった後で、俺に頼みがあると切り出した。
唯「お願いなんだけど、私の部屋に行って、見てきてもらいたいものがあるんだ、いいかなぁ?」
あたる「ええっ!? 唯ちゃんの部屋にっ?! いいですともっ! よろこんでっ! なんなりとお申し付けくださいっ!!」
 唯が家にいるときでも、まだ部屋に入れてもらったことがなかったのだ。
唯「変なあたるさん。なんでそんなに力んでるの? 今ね、絵葉書を書いてるんだけど、あたるさんと、フロリダにいる家族にも出そうと思
  ったんだけど、住所が分からなくて。私の机の引き出しにアドレス帳が入ってるから、見てもらえないかな? 水色のハートの模様が表
  紙の、小さいノート。」
あたる「オッケーっ♪ じゃあ、調べたら折り返し電話するよ。京都のホテルでしょ? ちょっと待っててね。」
 俺は電話を切ったその足で、二階へダッシュした。
 唯の部屋に堂々と入れるんだ! そう思ったら、急に元気が出てきた。
 なんか最低だな、俺って。
                                *

 一階は台所と茶の間、奥の間、トイレ、風呂があって、二階は俺の部屋と物置になってた部屋があった。
 俺の部屋の隣が唯の部屋だ。以前は物置だったところで、彼女の荷物を運び込んで以来、ここには立ち入ってない。
 カタカナの字で『ユイ』って描いた可愛いプレートがドアノブにかかってる。きっと手作りだな。
 ノブに手をかけて回すと、ドアがすっと開いた。鍵はかかってなかったのだ。不用心なだけか、俺を信用してくれてるのか。
あたる「お邪魔しますよぉ〜〜。」
 一歩部屋の中に入って、ざっと見渡した。
 まず目についたのは、やけに大きな熊のぬいぐるみだ。ピンクのクッションに寄りかかって座ってる、立たせると1mくらいあるだろう
か、真っ白な毛並みでフワフワしたさわり心地だ。首には真っ赤な蝶ネクタイなんかしてやがる。
 机に本棚、箪笥・・・だいたい俺の部屋と同じようなもんだ。でも決定的な違いがある。雰囲気だ。ぬいぐるみはこの熊を頭に大きいの
やら小さいのまで、10体くらいある。ハートの形したクッションとか小さな観葉植物なんか置いてあるのを見ると、ああ、女の子の部屋
だなって思う。
 なにやら爽やかないい香りがする。これが唯の匂い・・・?
 やばい、目的を忘れるところだった。
 机の上には、色とりどりのキャンディーが入ったお洒落な器とペン立て、辞書などの本、CD、フォトスタンドが立ててあった。

Page 2 Page 4
戻る
Page: 01 02 03 04 05 06 07 08