高校野球編:第三話 最初の挑戦・最後の挑戦(中編) (Page 2)
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PART2「自分のための甲子園」
友引商店街。
多少昼過ぎなのか、人盛りはあまり見あたらない。夏休み中なので小中学生がいつもより多く見られる。
その友引商店街の八百屋。
「はい、五百円ね。えーっとおつりは百十円!毎度あり!」
八百屋の親父が、買い物客の少女に百円と十円を一枚ずつ渡した。
「ありがとだっちゃ!」
この特徴ある台詞を喋るのはラム以外にはいない。右腕に野菜や肉などが入ったビニール袋が二、三個ぶら下がっている。
「あれ?あんた・・・」
ふと、後ろから誰かが話しかけてきた。振り返ったその先にいたのは彰だ。
「こんなとこで何してんの?」
「買い物だっちゃよ。お前だれだっちゃ?」
「あれ?俺のこと聞いてない?」
「誰から?」
「諸星さんから。聞いてないならいいや。俺は黒川 彰。ルパの従弟。一刻商のエースで四番」
ひねくれた性格の彰があたるのことを「諸星さん」と言っているのを、本人が聞いたらさぞかし驚くであろう。
しばらく、考え込んでラムは笑いながら言った。
「ああ、ダーリンに一試合しか出てないって嘘ついたクソガキだっちゃね」
笑いながら、クソガキと言われた彰はどんな表情をすればいいか解らなかった。
「で、何の用?」
彰は気を取り直して話題を変えてみた。
「話しかけてきたのはそっちだっちゃ!」
「ああ、そうでした、そうでした。どう?これから映画でも」
「悪いけど、うちは夕食を作らないと行けないから・・・」
「何言ってんの。母親が作るんでしょ?」
ラムの表情が少し暗くなる。
「かーちゃんはもう死んでるっちゃ・・・」
彰はまずいことを言ってしまったと思った。さすがの彰も女の子を泣かして喜ぶほど落ちぶれてはいない。
「あ、ごめん。まずいこと聞いちゃったみたい。あやまる!」
頭を下げて、その上で手を合わせる格好をする彰。そして頭を少し上げて目を合わせると
「お礼に映画でも・・・、どう?」
と懲りずに言い出した。
「・・・、もういいっちゃ・・・。さよなら・・・」
そう言って、後ろをむいて歩き出すラム。それを見た彰は暫くその寂しげな背中を見た後、口に手を当てて少し大声で言った。
「もしかしたら、その母親のために甲子園に行こうとしているのか?諸星さんは・・・」
ラムはその一言に歩みを止め、振り向いた。
「・・・」
「酷な事言うかもしれないけど、そんなんで甲子園には行かせない。はっきり言えば、おれはそんなのは嫌いだ、他人のための甲子園なんて・・・」
「・・・」
「それはあんたのための甲子園じゃない。甲子園に行くことを望んでいる他人は野球をする人自身に甲子園に行って欲しいんだよ。
自分のために行かない甲子園は他人のためにもならない・・・。だから俺は諸星さんには甲子園に行かせない・・・」
ラムは心に少しズキッと来た。しかし、反論が出来なかった。緑色の髪が風に揺れている。
「それに俺は・・・、あんたに惚れてんだ」
ラムの肩が大きく上下して、おどろいた表情をみせた。ラムはあたるの存在があって男子生徒に告白されたことはなかった。
つまり、こういう状況になれていない。
「俺が小さい頃、ルパ兄ちゃんの家に行ったときにあんたのことを見た時だ。いわゆる一目惚れってやつだな。そして、あんたが甲子園に
行くことを望んでいることを知ったから野球を始めた」
「・・・」
そして彰は夕日でオレンジ色になっている空を見上げ、深く呼吸をした。
「もし、今度の決勝戦でおれが勝ったら・・・、一刻商の試合を見に来て欲しい・・・、甲子園に・・・」
商店街に秋の風が入り込んできた。その風が落ち葉を巻き上げ、人々の髪や服に引っかかっていた。
諸星家
蝉の声が全てを支配していた。クーラーが壊れ、諸星家では窓を全て全開にしていた。そして、テレビの音、ラジオの音、音楽の音、
全てに蝉の声の雑音が混ざっている。
「あ〜つ〜い〜」
この言葉を言ったのはこれで四回目だ。あたるはパンツ一丁で和室のど真ん中で寝そべっていた。
これで練習がないのが不幸中の幸いと言えよう。
ピンポーン
蝉の声に混ざってチャイムが家中に響いた。
「は〜い」
家にはあたる以外誰もいない。仕方なくあたるが玄関へ向かいドアを開けた。
「押し売り販売は遠慮させて・・・」
ドアを開けたその先はラムである。
「お〜、ラム。どうした?」
「ちょっと・・・」
そう言って、玄関前で俯いていた。あたるはその表情を見て、そのままにしておくわけにも行かないと思った。
「ま、とりあえず中に入れ。ワケは後で聞くから」
リビング
あたるはラムをソファに座らせて、何かも飲み物をと冷蔵庫からオレンジジュースを持ってきた。
コップには氷も入っていて、それがカランカラン音を立てている。
「ほれ、ジュースでも飲みな」
しかしラムはオレンジジュースに手を出さず、あたるに言った。
「ダーリンのジュース、酎ハイだっちゃね?」
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